25話 允生との開戦

「おー、来たなガリ勉君!おつかれ! 」


 次の日の放課後、俺は允生に言われた通りに西校舎屋上に来た。

 もちろんいつも通り俺の後ろには蜂屋さんも付いてきていた。


「んだ、こんなクソ雑魚に2人は負けたのかよ」「お、女もいるぜ! 」「とっととやっちまえよ允生みつお! 」「見せつけたって下さい、允生君! 」


「……おつかれは良いけどもよ……何だこの集団は?ずいぶん卑怯なやり方じゃないのか?これがヤンキー流か? 」


 屋上には允生の他に10人以上の人間がいた。いずれもこの学校でよく見る絵に描いたようなヤンキーたちだ。

 

「なあに、気にすんなよ、ガリ勉君。コイツらは梵具会のメンバーだよ。勘違いしてもらっちゃ困るが、コイツらは一切手出ししない。あくまで観客だ。ケンカも観客が多い方が楽しいだろ? 」


「……クソ」


 允生は気にすんなよと言ったが、気にしないことなど不可能だった。

 ヤンキーの集団に囲まれれば嫌でも圧力を感じるし、フクロ(複数による袋叩き)にされる光景が嫌でもちらついた。


「九条君……何も完全に向こうの言い分に従う必要はないと思います。また別の機会にしてはいかがでしょうか? 」


 蜂屋さんも同様のことを考えていたようだ。

 確かに允生は昨日の時点では観客がこれだけいることを一言も言っていなかったのだ。何かこれ以上策が用意されていないとも限らない。一度撤退するのが賢明かもしれない。誠実でない相手に対してこちらも誠実に対応する必要などないのだ。


「おいおいおい、メガネっ子ちゃん!それはないでしょ?俺とガリ勉君の男の約束に余計な茶々を入れないでくれよな? 」


 残念ながら蜂屋さんの声は丸聞こえだったようだ。


「そうだそうだ、それは野暮だぜ? 」「ここまで来て逃げるのはナシだわ」「ダサすぎるな」


 允生の言葉に他のヤンキーたちも同調する。

 そしていつの間にか出入り口との間に何人かのヤンキーが移動して、俺たちを逃げさせないように取り囲んでいた。


「クソが……やってやるよ!……その代わり自分の言ったことはきちんと守れよ?それと蜂屋さんには絶対手を出すなよ? 」


 俺は覚悟を決めた。

 退路は断たれた。ここで勝つしか活路はないのだ。


「オーケー、オーケー。俺たち梵具会ぼんぐかいは必ず約束は守ることで有名だぜ。……じゃあ早速だが始めよう、ガリ勉君! 」


 允生が屋上中央に歩み出てきた。

 俺もそれにならい中央で允生と顔を合わせる。

 周りを取り囲んでいたヤンキーたちの輪は自然と解け、彼らは邪魔にならないよう屋上の四隅に散らばった。見事に統制の取れたものだ。

 ふと1人のヤンキーが目に入った。

 久世くぜアキラだった。俺に負けた後は顔も見ていなかったが、いつの間にか再び学校に来ていたようだ。明らかに浮かない表情をしていた。

 ……恐らく仲間のヤンキーたちにやられたのだろう。なぜかピンときた。

 俺にケンカで負けたことがヤツらの面子を潰したとか適当な因縁を付けられて、フクロにされたに違いない。どういう理屈なのかは未だに理解出来ないが、ヤンキー社会というのはそういうもののようだ。




 向かい合っていた俺と允生の視線が離れては今一度ぶつかる。

 それが開始の合図だった。


(……あれ?俺、何でコイツとさも当たり前のようにケンカしてるんだっけ? )


 様子を見るため俺は一旦允生から距離を取ったところで、ふとそんなことを思った。

 ヤンキーの集団に囲まれて、その輪の中で1人のクラスメイトのヤンキーとケンカをしている……まるで異世界ファンタジーのようなシュールさだな……そんな気が一瞬したのだ。


(のび太の仇を取るためだろ! )


 自分の疑問には自分で答えるしかない。目前のことに集中出来ないヤツはロクな人間にならない。こないだ俺が言ったばかりのことだ。


「へへへ、ガリ勉君を真似して俺も構えてみよっと」


 允生が薄ら笑いと共に俺と同じように両手を顔の前に持ってきてファイティングポーズを取った。

 ほぼ同じような構えを取った人間が目の前にいる、というのは初めての経験だった。


(……いや、大丈夫だ。勝てる! )


 俺は自分に言い聞かせた。

 もちろんクラスのボスである允生に対しては、もう少し余裕を持って挑みたかったというのが正直なところだ。昨日の飯山戦で痛めた脚も右手首もまだ少し痛んだ。もう少し綿密に戦略も立てたかったし、さらなる技も身に付けた上で允生とは闘いたかった。

 だが、そんな不安よりも自信の方が上回っていたというのは、強がりではなく率直な気持ちだった。ケンカなんてしたこともない俺がアキラと飯山に勝てたのだ。ヤンキーとやらも大したものでもないのかもしれないし、俺には実はケンカの才能があるのかもしれない。


 今一度目の前の允生をしっかりと見てみる。

 長髪の金髪、左耳のピアス、にやけた笑顔からこぼれる白い歯。細く整えられた眉毛と二重の切れ長の眼、鼻筋も高く通っている……ヤンキーでなくダンス&ボーカルグループにでも入っていれば、女子人気が沸騰しそうなルックスに思えた。

 ……いや、そうじゃない。戦力としてのコイツだ。

 身長は173~4センチと俺より少し低い。今はヤンキー特有の太っいズボンと学ランを着用しているが、体操服姿の時のシルエットを思い出すとやや細身の体型だったはずだ。動きを見ていてもそれほど特徴を感じなかったし、抜群の身体能力があるようにも見えなかった。もちろん允生は体育などにはそれほど本気を出していなかっただけかもしれないが。

 だが、身体に関しては俺の方が一回り大きいし、アキラほどのスピードも飯山ほどのパワーも允生には無いはずだ。


(大丈夫だ、ビビるな! )


 俺は自分から踏み込んでジャブを放っていった。


「おっと! 」


 允生がスウェイ(頭を後ろに引く動作)して避けた。

 だがこれで良いのだ。最初のジャブはフェイントだ!

 俺は最初のジャブを放ちながら後足(右足)を引きつけ、さらに一歩踏み出していた。そしてその勢いのままもう2発目のジャブを放ち、ジャブの反動を用いて右ストレートを放った。

 ワンツー。

 ジャブからストレートへとつなげる最も基本的なパンチのコンビネーションだ。だが基本的でありながらよく用いられるのはそれだけ有効だからだ……と言われている。アキラとの最初の闘いの前から俺はこの基本のワンツーをずっと練習していたのだ。



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