14話 アキラとの開戦

「……あの、九条君?そんなことして本当に大丈夫でしょうか?」


 それから1週間後のことだ。もう6月に突入していた。

 例によって昼休み、俺は蜂屋奈々子はちやななこに俺たちがやろうとしていることを説明した。


「大丈夫だよ。俺はずっと陰から見てるし、何かされそうになったら人を呼べば良いよ。いくら先生方が何も協力してくれないと言っても、現行犯の場合は助けてくれるでしょ?というかアイツらも流石に女子には手を出してこないとは思うけどね」


「あ、いえ……むしろ私が心配しているのは私の身というよりも九条君のことなのですけれど……」


 もちろん蜂屋さんの言うことはもっともだったし、気持ちは嬉しかったけれど俺はこれしか方法が無いと思っていた。それほど追い詰められた気持ちだった。






「……んだよ、ガリ勉メガネ女!俺に何か用かよ!? 」


 放課後の西校舎屋上、そこにやって来たのは久世くぜアキラだった。

 

「すみません!お忙しい中、わざわざ来てくださって恐縮至極です! 」


 蜂屋さんがアキラに向かってペコペコと頭を下げる。

 俺は蜂屋さんに頼んで、アキラ1人を屋上に呼び出してもらったのだ。


「良いから俺を何で呼び出したんだよ!?あ? 」


 アキラはいつも通りのヤンキーらしい態度を取っていたが、どこかソワソワとしていた。過度に虚勢を張っているようにも見える。

 もしかしたら、蜂屋さんと2人きりになって面と向かって話すことに緊張しているのかもしれない。

 ん?あれか?……まさか愛の告白でもされると思っているのだろうか?

 残念ながら、そんなことは天地がひっくり返ったとしてもあり得ないぞ。


「すまない……久世、君?……だったよな? 」


 あまり妙な雰囲気をそのままにしておくのも、蜂屋さんのメンタル面に悪影響を及ぼす危険性があると判断して俺は早めに出た。

 俺は屋上の物陰に隠れていたのだ。


「……チッ、何だ。ガリ勉!お前も一緒かよ! 」

 

 俺の顔を見るとアキラは露骨に態度に出した。

 

「すまない、海堂のび太がなぜ学校を辞めてしまったのか?そのことについて教えて欲しいんだ。本当に君らがアイツをイジメていたんじゃないのか? 」


「んだよ、またその話かよ!知らねえって言ってんじゃねえかよ!しつけえなぁ! 」


 そう吐き捨てるとアキラは屋上のドアに向かってズンズンと足を進めようとした。


「……ちょっと待ってくれ。まだ話は済んでいないんだ」


 その肩を俺が掴む。

 今日だけは、このまま話を聞き出さず帰すわけにはいかないのだ!


「……んだ、テメェ!触んな!あんましつけぇと、ぶっ飛ばすぞ! 」


 俺の手をアキラが乱暴に振り落とす。




 俺があえてアキラ1人を屋上に呼び出して話を聞こうとしたのは、ヤツらは仲間同士の見栄とプライドが強いように思えたからだ。

 3人が一緒にいる中で、1人だけが俺たちに譲歩した態度を取ることは恐らくコイツらの面子メンツとして出来ないだろう。

 だから1人ずつを呼び出して話をすればその束縛も解けて、もしかしてのび太のこともコイツから聞き出せるのではないか。俺はそんな希望的観測に賭けたのだが……残念ながらアキラの態度はそうではなさそうだった。


「おい、いい加減にしろ!……どかねえとマジでぶっ飛ばすぞ! 」


 俺は屋上の出入口のドアの前に立ち塞がっていた。

 ……しかしコイツは殴るぞ殴るぞと脅しを掛けてくるだけで一向に手を出して来ないな?意外と紳士的というか、本当にある程度はヤンキーとしての誇りがあり、無闇やたらにケンカをするわけでもないのかもしれない。




「なあ?ヤンキーってのはタイマンが流儀なんだろ?やってみろよ?」


 ここから色々とアキラから話を聞き出す方法を事前に考えてはいたのだが……気付くと俺の口は勝手にそう動いていた。

 多分このままどれだけ頼み込んでもアキラから情報を聞き出すのはムリだ……それを俺の身体は無意識に察したのだろう。


「……テメェ!!! 」


 俺の言葉を挑発と捉えたのか一気にアキラの眼の色が変わった。

 正解だ。俺の口はお前を挑発したということで間違いないだろう。

 アキラが俺の肩を突き飛ばす。

 これまでの接触とは明らかに違った、明確な攻撃の意志をもったものだった。

 俺の身体が屋上の鉄扉にぶつかり、ガァンという鈍い音が響いた。


「……九条君! 」


 蜂屋さんの声も今まで聞いたことのない鋭いものだった。




(……本当にこうなるとはな……) 


 さっきも言った通り、俺が今回蜂屋さんに頼んでアキラを呼び出したのは、あくまで話を聞き出すためだ。

 だが同時にこうなってしまう事態も想定していた。

 話を聞き出すためならケンカになっても仕方ないという気持ちだった。




 のび太の事件の真相を究明するために何か他の方法はないだろうか?……この1週間ずっと考えてきた。だがどう考えても事態は八方塞がりだった。

 むしろこのまま日をおけば、のび太の件が事件だったということも忘れられ風化していってしまう気がした。

 だから今日、この場で、何としても、僅かでも事態を転がさなければならないのだ!そのためにはケンカでも何でもしてやる!

 そう思って俺はこの場に臨んでいたのだ。




 アキラが俺を突き飛ばしたことでお互いの交戦の意志は明確になった。

 俺は鉄扉の前から屋上中央の広いスペースへと移動していた。


「ハハッ……テメェ、マジでやろうってんだな?やってやるよ! 」


「……この状況を見てもまだ迷っていたのか?ヤンキーってのは意外と臆病なんだな」


「……テッメェ! 」


 アキラが俺に向かって真っすぐ踏み込んできた。



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