13話 妄想
語り合う……か。
正直言ってアイツらとまともな会話が成り立つとしても、俺は別にそうしたいとは思わない。アイツら自身には何の興味もないからだ。
だがのび太の事件に関してアイツらは一切本当のことを言っていない……ように思える。つまり言葉によるコミュニケーションではアイツらの心を開くことは出来そうもないということだ。となると拳によるコミュニケーションしかないか……。
(……いやいやお前!それはお前自身がアイツらと殴り合いのケンカをするってことだぞ? )
俺は思わず自分にツッコみを入れた。
もちろん俺はケンカなんて生まれてこの方したことがない。当然だ。モブキャラ云々を抜きにしても、今時実際に手の出るケンカなんてしたことのある高校生の方が珍しいだろう。というかいくらなんでも暴力はダメだろう。普通に常識として。
だが普通に常識的なやり方でのび太は救えるのだろうか?事件の真相を暴くことは出来るのだろうか?このままでは何もかもが
(……まあでも想像するくらいなら構わないよな? )
ふと俺は思った。
どんな時でも想像だけは自由だ。それは人間に残された最後の抵抗手段なのかもしれない。
ちょっとしたストレス解消も兼ねて、もしヤツらとケンカをするなら……という妄想をしてみることにした。
俺も最近になって俺はヤンキーの生態について調べ上げ、幾分の知識を付けつつあった。……まあ要はそういった類のマンガなどを幾つか読んでみたというだけのことだ。
ヤンキー的世界観に幾分慣れてくると、
創作中のヤンキーたちのケンカの基本はタイマンだ。1対1で闘い余人はそれに手出しせず見守るのだ。ただしアドバイスを送ったり、野次を飛ばしたりするのは構わないらしい。
そして基本はステゴロだ。武器を使ったりせず素手で闘うのが正々堂々としたケンカのようだ。
つまり1対1で武器を使わずに闘うのがヤンキーのケンカの王道らしい。
そしてケンカにおいて最も大事なのは気合だ。気合いさえ入っていれば多数の敵や、武器を使ってくる卑怯な敵にも負けないらしい。……むしろそうした卑怯な手段を使ってくる連中は、気合の入っていない証拠とすら言える。だからそんな卑怯な連中に負けるわけがないのだ!
というのが俺が幾つかのヤンキー漫画から学んだ、彼らのケンカの流儀だ。
……本当か?本当に本当か?
ヤンキー漫画も読んでみると面白い。勧善懲悪や義理と人情。熱い友情や信じる心。日本人の心情にもピッタリ来るストーリーのものが多ように思う。だから太古からヤンキー漫画の人気は根強いのだろう。
允生たちもそうした文脈の上でヤンキーをやっているのだろう。タイマンだとかケンカの自慢話をするのも、ヤンキーとしてのポリシーを様々な形で培ってきたゆえのものだろう。
……だけどだ、ケンカってものは本当に気合だけで勝てるわけではないだろう?
俺はそんな安易な創作話の流儀を信じたりはしない。俺はオタク気質ではあるが、フィクションと実際とがきちんと区別できるタイプのオタクだ。妄想にしてもなるべくリアルな方が良い。
ケンカと言えど身体を用いた運動だ。大まかに言えばスポーツみたいなものだろう。そこには気合などという呪文は通用せず、単純に体力・運動能力の競い合いになるのだろう。
まあ仮に、もちろん絶対にないことではあるが、もし俺がヤツらとケンカを実際にやるとしたら……どういったやり方を採るのが適切だろうか?
とりあえずはアイツらの流儀に乗りタイマンということになるだろうか?……というかこの点では他に採るべき方法がない。のび太がいなくなってしまった今、俺の協力者は蜂屋奈々子1人だけなのだ。まさか彼女に「一緒にケンカしてアイツらをぶっ潰そうぜ! 」と助力を求めることは出来ないだろう。
……いや、どっちかと言うと俺が真面目な顔して話したら彼女はどこか乗って来そうな雰囲気さえあるのが怖いんだよな。過剰に真面目というかさ、冗談が通じないというかさ……いつも一緒にいる俺ですらどこか彼女にはそうした危うさを覚える。万が一計画がバレて蜂屋さんが「どうしても九条君と一緒にケンカがしたいんです! 」と言い出したってそれは絶対に止めなければならない。
とにかく俺は1人でヤツらに立ち向かわねばならない。
だがヤンキーの流儀はタイマンだけではない。タイマンを張るに値しないと判断した相手はフクロ……つまり多数で1人を袋叩き……にしてもいいというものもある。
允生もそんなことを俺に向かって
とにかく俺が勝つためには何とかタイマンに持ち込まなければ話にならない。勝負の前提にならないということだ。
もしタイマンが成立したとして、じゃあ俺に勝ち目はあるのだろうか?
あの3人の内で1人を選ぶとしたら誰だろう?
允生は……外した方が無難な気がする。
今まで向き合って話した中でそれほど危ない雰囲気を感じたわけではないが、ヤツらの話を聞いている限り允生は相当ケンカが強いのだろう。アキラと飯山が允生を事あるごとに立てているのはそれが理由だろう。ヤンキーたちというのはとても野蛮な種族なので、ケンカの強弱でしか関係性は作られないのだ。
となるとアキラか飯山か?
……正直言って、どちらもそれほど怖い相手には思えなかった。
もちろん俺が強い弱いといった話ではない。
アキラも飯山もヤンキーたちの中でそれほどケンカが強い部類の人間には思えなかったということだ。
アキラは如何にもヤンキーらしい大きな声と派手な容貌をしていたが、体格的には華奢だ。身長は170センチ、体重は恐らく60キロに満たない体格だろう。ただし体育のサッカーを見た限り運動神経自体は悪くないと思う。特に俊敏性という部分ではなかなかだ。
ただもちろんその部分に関してもレベルとしては知れている。俺がサッカー部だった時に試合で対峙したトレセンのヤツらには足元にも及ばないだろう。
対する飯山はどうだろうか?
飯山は先述した通り飯山は180センチ、100キロに近いであろう巨漢だ。ただし運動能力はかなり低いように見える。サッカーでも允生やアキラがボールを追い走り回っているのに比べ、アイツは後ろから野次を飛ばしているだけだ。
街でチンピラに絡まれた際にタックル一発で倒した……というのもヤンキー特有のフカシではないか、と思えてきた。自分を大きく見せる、舐められないというのがあの界隈において如何に重要なことかが、学習によって俺にもかなり理解出来てきたからだ。
どちらも1対1なら勝てるんじゃないだろうか?
考えれば考えるほどそんな気がしてきた。
(……いやいやいや、何を真剣に考えているんだお前は! )
再び俺は自分にツッコみを入れた。
暴力を振るう、という倫理的な問題も当然ある。勝てるかどうかは抜きにして、俺自身が暴力の土俵に上がるということは、アイツらのステージまで自分を落とすことになるのではないか?……という後ろめたさが残るだろう。
だがより実際的な問題として、ケンカをしてそれが露見したとしたら俺のこの学校で積み上げてきた計画はパーになってしまうのだ。目標である慶光での華々しい大学デビューのために、モブキャラに徹してきた雌伏の時を自らぶち壊すことになるのだ。
(そんなんダメだろ……多分のび太もそんなことになってしまったら喜んではくれない気がする……)
もう一度他の方法を考えてみることにした。
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