16話 やっぱ予習が大事
(……まずはアキラだろうか? )
事前準備の段階。アキラと飯山のどちらを呼び出すべきか俺はずっと迷っていた。
最終的にアキラを選んだのは、戦力を比較としてというよりも、アキラの方が多少話が通じそうな気がしたからだ。
もちろん俺は話し合いを前提にしつつも万が一……あくまで万が一ではあるが、ケンカになってしまった際の対策も考えてきた。
まず考えたのは戦力の分析である。
『敵を知り己を知れば百戦危うからず』と古典で習った。最近あまり実用的でないと批判の対象になることも多い古典の授業だが、こうして立派に実用的な意味もあるのだということを文科省に報告して差し上げたい。
すでに述べた通り、久世アキラは170センチ、恐らく60キロを少し下回る程度の体格だ。俊敏性は中々のものだから運動神経自体は悪くないのかもしれないが、体格的には細身だ。……もっとも海堂のび太はさらに身長も体重もさらに一回り小さかったが。
対する俺、九条九郎は178センチ66キロ。もちろん特別デカいわけでもないし、マッチョとは程遠いひょろ長い体型だが、小中サッカーをしていたおかげで足腰には多少の筋肉が付いている。おまけに俺は手脚が長い。8センチという身長差以上にリーチには差があるだろう。
もし万が一ケンカになったら、このリーチ差を生かして戦えないだろうか?
そこまで考えが及んだ時には「いやいやケンカなんか絶対やめておけよ! 」という自らの自制はもう働かなかった。俺は元来考えるのが好きなのだろう。
そして試行錯誤の結果選んだのがパンチによる戦いだ。ジャブで相手を寄せ付けない、近付いてきた相手を徹底的に突き放す……といった戦い方だ。
この1週間、YouTubeで俺は幾つものパンチの打ち方の動画を見て練習してきた。もちろん全くの素人の高校生がたった1週間動画を見て練習したくらいで、大したパンチが打てるようにはならないだろう。だがそれでも一心不乱に練習をしていると徐々に感覚を掴んできたように思える。
パンチというと腕力で振り回すようなイメージかもしれないが、実は最も大事なのは土台となる下半身なのだ。踏み込みんだ下半身で生じた力を如何にスムーズに上半身に伝えて来るか……先端となる腕や拳はオマケくらいの感覚だという。
相手もヤンキーとはいえ素人だ。こうして確実に距離を制し、アキラを攻撃の当たる範囲に入れさせていないことが練習の明らかな成果と言えよう。
(やっぱ、何事も予習と事前準備が大事だな! )
俺はまたそのことを思った。
パンチ自体がどれほど上手くなったのかは分からないが、何よりも自信を持って初めてのケンカに挑めたことは大きい。しかも俺は屋上に出る前から軍手を装備していた。
突然ケンカになったアキラに比べ、こちらは明確な目的を持って準備をしていたということだ。始まる前はこの上なく緊張していたが、実際にケンカが始まってしまい、アキラの反応が見えてくるとケンカもそれほど大したことないものだな……という気持ちになってきた。この前の模試の方がだいぶ大変だったように思える。
「……テッメェ、いい加減にしろよ! 」
アキラが突っ込んできて、それを俺がジャブで突き放すという攻防を何度か繰り返した後、アキラはさらに強く突っ込んできた。
(これは……ダメだ! )
今までの踏み込みとは明らかに質が違った。ジャブを貰うことが分かった上で、そのまま身体ごとぶつかってこようとするかの如く強い踏み込みだった。
俺のジャブでは止められないだろう。アキラの決死の気配を感じた俺の身体は、それをサイドステップで左にかわしていた。
(……ああ、1対1の感覚だな。懐かしい)
ほぼ無意識の内での反応だった。
アキラがこうまで強く踏み込んでくることは想定していなかった。だがそれに反応できたのは間違いなくサッカーの経験のおかげだった。
サッカーはチームプレーのスポーツだが1対1の局面というのが必ずどこかで生じる。最終的にはそこが勝負を分けることも多い。ドリブルで突破を図ってくる相手を止めるか抜かれるかが、そのまま失点の有無に直結するのだ。もしかしたらあの緊張感はケンカに少し似ているかもしれない。
俺はサッカー部でDFだった。本当は攻撃の花形であるFWや攻撃的MFをやりたかったのだが、ボールを扱うテクニックは平凡。特筆すべき攻撃的センスも無い。という自らの才能の欠如により仕方なくDFになったのだった。
……今にして振り返れば、自分に特筆すべき才能がないことを自覚した時が、モブキャラへの第一歩だったのかもしれない。
だが1対1のDFは割と得意だった。自分からアクションを仕掛ける攻撃よりも、相手の出方を観察しそれに的確な対応をするリアクションの方が俺の性に合っていたのだろう。
俺が1対1のDFの中で学んだ重要なポイントは「相手の全体を何となく見る」ということだ。保持しているボールだけを見てもダメだし、足元だけ、上半身だけ、顔だけを見ていてもダメだ。相手の全体を何となく間接視野で捉え、どんなフェイントにも反応できるように自分はニュートラルな体勢を保つことがどんな時も重要だ。……もちろん相手の足が断然速かったり、抜群のテクニックを持っていたら、対応しきれない時もある。それは仕方ない。恨むのは自分の凡庸な能力だ。
「どうした?もう疲れたのか? 」
決死の突進を俺にかわされ、肩で息をしているアキラを見ていると自然とそんな言葉が出た。
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