第17話 『ガイオス・ティアラメルク』

 トウヤを巡る最後の『魔物競売』。

 最初こそ、大勢の参加者が黒獣を自分のものにしたい、という欲望を以て入札してはいたが、最終的にはヴォルテとエレナのどちらかがトウヤを落札すると、全員がそう予想していた。

 ぶつかり合う赤と青。どちらかが入札すれば、それに張り合うように、より高い値で入札する。

 そして最終的には、『2億ドロピカ』を宣言したエレナに軍配が上がる──誰もがそう思っていた。


 だから、突然『待った』をかけた(?)その声が会場に響いた時は、トウヤも、ヴォルテも、エレナも、司会まで、何事かと目を見開かずにはいられなかった。



 ……客席の最奥に、煌びやかなアクセサリーで全身を装飾させた男が見える。

 赤い装束を纏った、背の高い男だ。年齢は50〜60歳代といったところで、白金色プラチナブロンドの短髪が暗い会場の中で眩しく、同色の髭を弄りながらふんぞり返っている。

 気取った成金オーラを、金ピカの装飾品を介して全身から放出しているその男は、白い歯を剥いて発言を続けた。


「まったくお前らは……、カネというものを1ミリも理解していない!」


 嘆息して、会場にいる全ての人間に謎の説教を始める成金男。しかし、誰もそれに対して口を挟もうとはしない。

 それは、男の登場があまりに突然すぎて全員が呆気にとられているということもあるだろうが、何よりもこの男の威圧感プレッシャーが尋常ではないことが大きいだろう。

 彼が一瞥すれば反論など打ち消され、泣く子は黙り、トウヤなどいとも簡単に縮こまるだろう。

 この成金野郎には、そう思わせる程のスゴみがある。


「良いか、カネとは惜しむものではない!

物品、情報、娯楽、健康、人間……。それらを得るための、いわば『手段』だ! カネとはその為に存在しているのだから、それを使い果たすことはカネを持つ者の義務であると言える! 得たいのなら使え、放棄するなら捨ててしまうが良い!!」



「…………」


 男の言葉に、肯定する声も無ければ、否定する声も無い。会場は依然として静まり返っており、男の次のアクションを待っている。

 ……場の空気を乱す能力でいえば、トウヤよりもこの男の方が一枚上手だ。


(──あの成金、言ってることがムチャクチャすぎんだろ……。家の財産デカすぎて頭のネジ外れてんのか……?)


 暴論を叩きつける成金男に呆れ果てるトウヤだが、ここにツッコミを入れると面倒なことになりそうなので内心に留めておくことにした。


「……おぬしも、あのライガーンに入札するつもりかの?」


 静寂の中、エレナが瞑目して成金男に入札の意思があるのかを尋ねる。その水色の瞳には、わずかな嫌悪感が宿っていた。


「どうなんじゃ? ──ガイオス・ティアラメルク卿」


 エレナに問われ、男が──ガイオスが笑う。


「当然だろう。アレも儂のコレクションの一匹に欲しい。……どうだ、司会。 3億ドロピカぐらいで落札できそうか?」


『────!!!』


 エレナの提示した額にさらに1億を上乗せし、規格外の金額で入札しようとするガイオス。

 会場全体が湧き上がり、エレナとヴォルテは苦虫を噛み潰したような表情になる。トウヤは目を丸くして唖然とし、そして司会は──。



『──もっちろんでございます! さすがティアラメルク様! 太っ腹ですねぇ!!』


 目に見えて上機嫌になり、掌を合わせてゴマをすっている。満面の笑みを浮かべながら腰を低くする司会に辟易しながら、トウヤは再びガイオスを見る。


 この男は何の躊躇もなく、【3億】という巨額を宣言した。しかしガイオスからは、エレナやヴォルテのような「トウヤが絶対に欲しい」という強い意思をあまり感じない。

 何なら、わりかし軽い気概で入札したことが伺えてしまう。


 たとえガイオスがどれほどのブルジョワであろうと、気前が良いにも程がある。いったいこの男は何者なのだろう。



「──お前、ええんか?」


「馬鹿を言うな。『散財趣味』のガイオス・ティアラメルクに金で張り合うほど、妾も愚かではない」


 ヴォルテがため息をつきながらエレナに入札の意思を確認するが、エレナは首を振って諦めた様子だった。

 彼女の言を聞く限り、どうやらガイオスは『散財趣味』と揶揄されるぐらいには金遣いの荒い人物であるらしい。まさに成金の中の成金といったところか。


『では! この黒いライガーンは、3億ドロピカでの落札となります!!』


 司会が木槌を鳴らし、甲高い音が響いてトウヤの落札が確定される。

 そう、トウヤがガイオスの所有物となることが決まってしまったのだ。


『これにて、今回の『魔物競売』は終了とさせて頂きます! 落札者の方はこの後、別室にて商品をお受け取り下さい!』


 『魔物競売』の終わりを告げられ、舞台に暗幕がかかる。

 その陰でトウヤは、最悪の結末になってしまったことを悟った。


 落札したのがヴォルテならば、きっとカビオルと共に上手くやっていけただろう。ヴォルテに対する信用はあまり大きくないが、それも含めて徐々に環境に慣れていくだろうと思っていた。

 落札したのがエレナならば、彼女のペットとして有意義な時間を過ごせただろう。少なくとも、ハシュロウ家はあの草原より生活水準がグッと上がっているはずだ。そこで何不自由ない生活を送れるのならば、それも悪くないと思っていた。


 ……だが、トウヤを落札したのはガイオスなのだ。あんな男の所有物になったらどうなってしまうのか、想像もつかない。

 剥製にされて屋敷のインテリアにされるかもしれない。

 若しくは、知能を持つことを逆手に取られて、奴隷のような日々を送らされるかもしれない。

 若しくは、人語を話すトウヤの謎を解き明かすため、解剖されたり実験されたりするかもしれな──。


「──イヤだああああああああああ!!!」


 不安感を吹き飛ばすように、悲惨な未来を腹の底から叫んで否定。


 その直後、横腹にチクリとした痛みが発生。遅れて、激しい眠気に襲われる。


「────……!!?」


 覚えのある刺激だった。

 どうにか首を傾けると、腹に細い注射器のようなものがブッ刺さっている。

 これは……確か、メルフィスも……使っ……て、たような……そう、……ます……い?



 ──トウヤの意識は、そこで暗転した。


────────────────────



「────」


 ガラガラと、木製の車輪が砂利道を走る音で目が覚めた。

 はっきりしない意識のまま辺りを見回せば、そこは馬車の中だった。


 もっとも、トウヤが居る屋形は鉄格子に囲まれた、移動する小さな牢獄であったが。


(……もう、何がなんだか)


 『魔物競売』が終わって、それからの記憶がまったく無い。

 確か最後は、麻酔矢で眠らされたような光景を見た気がするが……。


(……ドコだ、ここ)


 トウヤを乗せた馬車が走っているのは、瑞々しさを感じる葵い葉の木と、紅葉を迎えたような赤い葉の木が入り乱れた森だった。

 道端の雑草は青緑色で、元の世界と比べるとちょっぴり神秘的といった雰囲気が漂う。

 何となくだが、吸う空気も美味しいような気がする。多分気のせいだが。


 流石に舗装はされていないが、道らしき道が木々の間に通っており、馬車は今そこを走っているのだと鉄格子の間の景色から推測する。



「────、──?」


 「つまり、今はガイオスの屋敷に向かう途中か」と独り言を言おうとしたが、何故か喋ることができない。そこでトウヤはようやく気付く。



 ──自分の頭に、いつの間にか謎の兜が装着されていることに。


「────!?」


 その事実に、眠気で停止していた脳が一気にフル稼働。それと同時に、兜の存在を認識したことでズッシリとした重みがトウヤを襲う。


「───、──!?(なんだこれは!?)」


 兜の材質は鉄か青銅──かなり重いのでおそらく後者だろう。

 目、鼻、耳の部分にのみ穴が空いており、口を開けることはできない。

 首を振る度にジャラジャラという音が鳴り、何か鎖のようなもので固定されているのが分かった。


(ちくしょう……! いったい何だってんだ!?)


 どうにか前足で兜を取り外そうと試みたが、兜以外にも取り付けられていた拘束具のせいで上手く身動きが取れない。

 バランスを崩して横転。知り合いには見せたくないような醜態を晒して、己の無力感を味わう。

 兜と拘束具の重さで体力はすり減り、酸素を得ようとして口を開ける──ことができないのを思い出し、床に倒れたまま鼻呼吸のみでその意識を保つ。


 疲弊した身体と精神に、馬車の揺れがひどく心地よくて、兜を外すのを諦めたトウヤが再び夢の中に誘われようとしたその瞬間。



「──降りろ」


「────!」


 馬車の後方が扉のように開く。

 そこにはトウヤを落札した男が──、散財趣味のガイオス・ティアラメルクが立っていた。




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