第14話 『魔物競売』

 天井から射し込むスポットライトが、ステージ中央に立つ司会の男を照らしだす。男の年齢は30代前半くらいで、白い正装を身に纏い、それに合わせて白のシルクハットを被っている。

 まるで、ロンドンかどこかで華麗に宝を盗むような、そんな紳士風の怪盗を思わせる出で立ちだ。


『ではまず、゙魔物競売゙についての説明をさせて頂きたいと思います!』


 司会者は客席の向こうまで届くように、声を張って説明をしようとしている。わざわざ大声で解説するあたり、この世界にはマイクやスピーカー、拡声器といった電子機器が存在しないことがトウヤの中で確定した。

 そんな現代っ子トウヤの小さな落胆を他所に、司会者は「魔物競売」とやらの説明を開始した。


『この魔物競売では、名の通り珍しい魔物が多数出品されております! さらに、権力者の皆さんがご自分の意思で参加し、自分の好きな値段を設定して購入して頂くという画期的なシステムを採用しているのです!! 簡単に説明いたしますと、皆さまにはこちらの提示した価格よりも高い金額を宣言して頂き、他に誰も入札する方が居ないとわたくしが判断すれば、その時点で最も高い金額を宣言した方に落札の権利が与えられます!!』


(まあ『競売』だしな、要するにオークションか)


 これから始まる『魔物競売』の概要については納得したが、当然トウヤにはオークション参加の経験は無い。非合法な闇オークションで人身売買されている女の子を助けるという妄想をしたことがあるぐらいだ。


「つっても、俺が売られる側じゃなあ……」


 妄想の中でどれだけカッコイイ己を描いても、現実の前ではその偶像は崩れ去る。

 トウヤは弱い。それは他でもないトウヤ自身が一番わかっていることだ。

 それでも、自分の身と未来を他人──トウヤを落札する『魔物競売』の客に委ねるしかないということがどうにも歯がゆく、情けない。


「異世界転生デビュー、完全に失敗しちまったな……。高校に入学したばかりの時を思い出すぜ……」


 回想される、クラスの陽キャグループに混ざろうと迂闊に近づき、食い物にされた忌まわしい記憶。

 もとより、獣に転生した時点で充実した異世界ライフは送れないと思っていたが、それでも昨日まではまともな過ごし方をしてきたと思っていた。


 だがそれは勘違いだ。トウヤは転生する前から、何も変わっちゃいない。

 不健康な生活習慣から脱したのは、ゲームや漫画といった娯楽が無かったから。もしあの草原にそれらがあれば、自分で食糧を採りに行くこともなく、それは目も当てられないような穀潰しと化していただろう。


 大ウツボとの戦いも9割はトモコの功績。

 後の1割はハチローたち兄弟の手柄で、トウヤは特に何もしていない。むしろ大穴に入って大ウツボを触発させ、無駄な争いを起こしてしまったことを考えればプラスどころかマイナスだ。


「い、いや、俺が大穴に入ってなかったらハチロー死んでたし……? やっぱトモコ8割、兄弟ども1割、俺1割ってことで……」


 そこまで言って、不意に頭に稲妻のような刺激が駆け抜けた。直後、果てしない焦燥感と不安感に苛まれ、一瞬だけ思考が止まる。


 何を自分のことばかり考えていたのか。

 トウヤがここに居るということは、あの場に一緒に居たあの『当たり屋』も連れてこられているに違いない。



『では早速、最初の商品を──』


「──待て……ッ!!!」


 突如として会場中に響いた鬼気迫る声によって、魔物競売の前置きが中断される。



「な、なんだなんだ?」

「今の声は……?」


「……どうしたんだい? 商品番号10番クン──」


 何者かに水を差され、先程までの客席の熱狂が一気に冷めてゆく。しかし、トウヤはそんな事はお構い無しに、ゆいいつトウヤの問いに対応した司会者を問い詰める。

 当然、その内容は──。




「──お前、ハチローはどこだ?」


「ふむ。『ハチロウ』とは何か、私には分からないな」


「俺と一緒に居た白い犬だ! 超ナマ意気だけど、アレでも俺の兄弟なんだよ! 正直に答えなかったら承知しねぇぞ!!」


 ハチローの人となり(犬となり?)を良くも悪くも本音で訴える。

 トウヤの脅迫とも取れる質問を聞いた司会者は数秒間、腕を組んで思い出す素振りを見せたが、トウヤの言に対する返答は──。


「──いや、知らないな。そもそも、彼らが出品したのは君だけだったからね」


「俺……だけ……?」


 司会者が口にした『彼ら』とは、眠るトウヤをここに運んだビネスとメルフィスのことに違いない。

 眠らされた後、何があったのかトウヤは知らないが、しかし一つ仮説を立てることはできる。


 まず第一に、あの二人はこの『魔物競売』に出品する為の魔物を探しに草原まで遠征に来ていた。

 そこでハチローの捕獲を試み、苦戦しているところにトウヤが現れる。

 二人は最初、トウヤのことを『魔獣ドルマ』なる魔物だと勘違いをし、それは傑作のリアクションを取っていたが、さっきカビオルも同じように驚いていたことから、かの魔獣は普段滅多にお目にかかれないレアモンスターの類だと予想がつく。

 トウヤが正体を明かしてからも、彼らはトウヤを「偽ドルマ」という名称で呼んでいたので、その間抜けな黒獣を『なんちゃってレアモンスター』という名目で高く売れるのではないかと踏んだ二人は、ハチローを放置してトウヤだけを運んだ。そういうことなのではないだろうか。


「俺が顔出す前、アイツらハチロー1匹に手こずってたからな……」


 結界術すら扱うハチローがあんなヘッポコブラザーズに負けるとは思えない。というか思いたくない。

 しかしそうなるとトウヤはヘッポコ以下ということになり、それはどうにも納得いかなくて──。


「んなコトはどうでも良い! とにかくハチローは、このオークションに出品されてねぇんだな!?」


「オークション。聞いたことの無い言葉だがいい響きだ、気に入ったよ。──ああ、君以外にライガーンは出品されていない。残念ながら君はもう、そのハチロウなる兄弟とやらに会うことはできないよ」


(……別にそこまでアイツの顔を見たいとは思わないけど)


 非情な宣告を放つ司会者に対し、トウヤは心からの安堵の表情。ハチローが巻き込まれていないのなら、あの草原に大した心残りがある訳ではない。

 そも、近いうちに独り立ちしようとは常々考えていたので、その機会が与えられたと思ってしまえばそこまで悪い状況でもないだろう。買われた先で剥製にでもされなければの話だが。

 急に姿を消したために、今頃トモコ達はトウヤの行方を心配していることだろう。別れも告げずに遠くに行ってしまったのは本当に悪いと思っている。だが、独り立ちするタイミングはトウヤ自身では決められなかったのも事実。

 今さら後戻りもできない。故にトウヤが言えるのはこれだけだ。



「トモコ……、ハチロー……、俺のもう一つの家族──。幸せに、暮らせよ……」


 トウヤの願いがこもった呟きは、誰に届くことも無く、大気に融けて消えた。

 親孝行もできないまま親元を離れる。これも、トウヤが前世から何も変わっていない証の一つだ。

 こんな親不孝なドラ息子を、許してくれ。


『さあ、気を取り直して……。最初の商品はコチラ!!』


 大声で『魔物競売』の進行を再開した司会者が踊るように一回転し、左手で四角い檻の一つを示す。

 次の瞬間、その檻にもう一つのスポットライトが照射され、中の物体が光を反射し七色に輝く。


「何だ、ありゃ……」


 遠目からでも心奪われてしまうような、美しい煌めき。

 宝石類に縁の無いトウヤでも、それがとんでもなく高価なものだということが確信できる。

 貪欲に光るそれは、宝石にしては異常に大きく、小さな手足が生えている。その間に、短い尻尾と首が存在していて──。



「……カメ?」


 宝石のような甲羅を背負う亀。簡単に表すならそんな感じだ。

 サイズはスッポンくらいの小さいもので、背の甲羅には複数の色の宝石が埋まっており、ステンドグラスのような輝きを放っている。──あれも、魔物なのだろうか。


『トップバッターから超ゴージャスな一匹の登場です!! 商品番号1番、「宝亀カランブ」ゥゥゥ!!』


 もはや実況みたいなテンションと化す司会者だが、トウヤの発言によって冷めた客席のボルテージが再び上がる。


「あれがカランブ……、本物を見るのは初めてだ!」

「絶対に私のものにしてやるザマス!!」

「まさに生きる宝石……。その美しさは眉唾ではなかったようだな」


 途方もないカランブ(の甲羅)の美しさに、客席から感嘆と意気込みが渦巻く。

 司会者は懐から、裁判で見るような小さな木槌を取り出すと、それをカンと鳴らして宣言する。


『それでは、『魔物競売』スタート!!』


 権力者同士の醜いカネの争いの火蓋が今、切って落とされた。

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