第13話 『邂逅』
『──起きるだべ』
ひどく安らぎを与えるような声が、眠るトウヤの耳を打つ。例えるなら、田舎育ちの優しい兄貴の子守歌といったところだ。
『──起きるだべよ』
そんな声で起床を促されても、余計に眠りが深くなるだけだ。ヘッドホンとかで聞いたらASMRみたいで良さそうだな、なんてとりとめの無い思考が脳裏をチラつく。
──お前は……、いったい……。
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「ホラ早く起きるだb」
「──うるせェェェ!!! 起きたところで結局二度寝すんだから無駄だバカタレェェェェェェ!!!」
覚醒して第一声がそんな穀潰しの発言なのだからトウヤは救えない。まあ、4ヶ月も草原でスローライフ送ってたら、二度寝や三度寝が日常的になってしまうのも仕方ないが。
寝起きの苛立ちに任せて、声のした方に向かってハチロー直伝(身をもって受けた)の突進。『ガツン』という音が響き、頭部に鈍い痛みが駆け抜けた。
「ぎごぉっ!?」
「あーあー、何やってるだべ。こんな狭いところで暴れたら危ないだべよ」
痛みに悶え、転げ回るトウヤを宥める穏やかな声の主。その人物像が、問題ばかり起こす子供に心労しながらも対応する、デキた親のようにも思えてきた。
それはそうとして、痛みで完全に意識を戻したトウヤは、自分がいつの間にか真っ暗な部屋の中に居ることに気付いた。
「痛てて……、つーかココどこだ!!?」
視界の全てを塗りつぶす暗闇の前に、思わず絶叫してしまうトウヤ。一体眠っている間に何があって、自分はここに居るのだろうか。
周囲を確認して分かったことは、自分は鉄格子にぐるりと取り囲まれ、2m×2mぐらいの窮屈な檻に囚われていること。
そしてこの暗い部屋には、自分以外にも複数の生物の気配がすることぐらいだ。
「オリといえば、俺を馬車にブチ込んだ奴らはどこに……」
「な、なあ……。もしかして、さっきから聞こえる声ってお前の……、だべか……?」
トウヤが山賊風の男と華奢なモブ男の二人組のことを回想していると、横から穏やかな声の男が話しかけてきた。いや、さっきからずっと話しかけてはくれてるのだが。
部屋が暗いせいで彼の姿はよく見えないが、彼もトウヤと同じように檻に囚われていることは伺える。あと、けっこう大柄だ。
「あん? このイケ渋ヴォイスはどっからどう聞いてもミクリ・トウヤ、その人以外ありえねーだろ?」
「んなあ!!? ま、まさかとは思っていただべがお前、あの魔獣ドルマだべか!?」
咄嗟に放った軽口に、「別にイケても渋くもないだべ」みたいな微妙な反応を返されるだろうと予想していたトウヤに対し、大柄の男は別の部分に大きなリアクションを取った。
再び耳にする、『魔獣ドルマ』の単語。
当然トウヤとは全く関係の無い第三者であるが、『魔獣』という単語から、トウヤに似た四足歩行の黒い獣の魔物だと思われる。
「ドルマじゃなくて、ミクリ・トウヤだ。二回も間違われるとか、そんなに俺とドルマさん似てんの……? 何か申し訳なくなってきたんだけど」
「ミクリ……トウヤ? これまた変な名前のライガーンだべな……」
『ライガーン』という単語も、トウヤには聞き覚えがある。
ライガーというのは、確かライオンとトラのハーフみたいな雑種の動物であった気がするが、今のトウヤはライオンでもトラでもなく、どちらかといえばオオカミに近い。トモコを最初見た時だって、第一印象は『デカい狛犬』といった感じだったし。
「ライオン……? うっ、頭が……」
ライガーンについて考察している内に、牙を剥いて飛びかかってくる百獣の王の姿を思い出して久方ぶりにトラウマが蘇った。
死ぬ直前の瞬間を思い出すと、いつも首に牙を立てられているような気がして、生きた心地がしない。
「そういえば、おらの自己紹介がまだだっただべな。おらは『カビオル』っていうしがないオークだべ。宜しくだべな、トウヤ」
そんなトウヤの葛藤には気付かず、大柄の男──カビオルは自己紹介を始めた。
その中で、最もトウヤの興味を強く惹いた『オーク』という単語。
オークといえば、RPGを始めとする様々なゲームに出演するため、トウヤには馴染みの深い魔物である。
タイトルにもよるが、『首から下は人間で頭部は豚』と『ゴブリンの上位互換ぽい奴』という二つのイメージがゴッチャになっているので、実物がどんな感じなのかは想像がつかない。
どちらにせよ、今は部屋が暗すぎて彼の姿がよく見えないのでノーコメント。
「はあ……。大した親孝行もできてないのに、父上と母上に合わせる顔が無いだべな……」
カビオルの呟きには、情けない己を恨むような心の葛藤を感じられた。
どうやら彼もトウヤと同じ境遇にあるらしく、彼の話によると、故郷から「ヴァステル」という国に向かう途中で、トウヤ同様に眠らされてここに連れてこられてしまったらしい。
家族に見送られた後に、旅先で不埒な輩に捕まってしまうとは何とも気の毒な話だ。
「それはそうと、何で東北弁?」
「ト、トーホク? どこの話だべ?」
さっきからずっと気になっていたので訊いてしまったが、カビオルの方は自分の言葉訛りに疑問は無いらしい。元の世界での方言がこちらに適用されているということは、英語とかを話す異世界人も居るのだろうか。だとしたら、外国語に疎いトウヤにとって致命的な問題だ。
「ところで、トウヤさんはどこから来ただべか?」
「さん付けなんて、堅苦しいから止めようぜ? この世界での初期リス地点なら、だだっ広い草原だよ。近くに綺麗な川が流れる森があってさ、そこには激ウマフルーツが生る木とおっかない大ウツボが潜む大穴があるんだぜ? ウツボはついひと月前にトモコにやられて埋葬されてるけど」
それにしても、自分のブレスが原因で頭が弾け飛んで絶命とは、思い返すと結構ショッキングな最期だったと思う。
「まあ、弱肉強食の世界だからしょうがのない自然の摂理ってヤツだな。あんま思い出したくもないし、アレのことは忘れよう」
トウヤの中でライオンと共に恐怖の象徴である大ウツボについては記憶の海の底に沈めるとして、そろそろ暗闇に目が慣れてきたのか、カビオルの姿もうっすらと視認することができる。目を凝らして彼の顔を見ると……。
「草原だべか? あまりにペラペラ人語を喋るもんだから、てっきりどこかで飼われてたもんかと……」
「──ブタが喋ってるうううううう!!!」
オークという単語を聞いてから予想はしていたが、いざ本当に喋る豚を前にすると、あまりに衝撃的過ぎてリアクションせずにはいられない。
「ブっ……、ブタとは失礼が過ぎるだべ!!
それを言うなら、お前だってライガーンの癖に喋ってるだべ! 普通そっちの方がおかしいだべよ!!」
「俺にとっちゃお前も同類だ!! ブタが喋れんだからオオカミが喋ってもおかしくねーだろ!!」
「オークは亜人種の魔物だから人語を話せるだべが、魔獣種のライガーンが喋るのはどう考えても異常だべ!! そもそも魔獣種で喋れるのはドルマ以外に存在しないべ!!」
お互い狭いオリの中で、唾を飛ばしながら抗議する二人(二匹)。
先に冷静になったカビオルの方が、トウヤへ『警告』を促す為に抗議を中断した。
「ちょ、ちょっと静かにするだべ。あんまり騒いでると、『ヤツら』が……」
「あ? 『ヤツら』……?」
何やら本気で焦っているらしいカビオルの様子を見て、トウヤがその理由を聞こうとした次の瞬間。
「──おい騒がしいぞ!! 誰だ、喚いてる奴は!!」
突如、空間に怒鳴り声が響き渡る。
うっすらと光が射し込んだ方を見ると、幕の間からサングラスの男が部屋に入ってくるのが見えた。偏見だが、友好的な人物ではなさそうだ。
ついでと言ってはなんだが、男が入ってきた瞬間の明かりによって、部屋にはトウヤとカビオルの他にも檻が複数あるのが見えた。
「ふん、良いかお前ら! 幾らここで騒ごうが、もうお前らは『商品』としてリストに登録されている! お前らがすべき事はここでゴネることではなく、より高い値で買い取って貰えるよう、客にアピールすることだ! 分かったな!!」
サングラスの男はそう言うと、トウヤ達に背を向けて幕の間に消えていった。
「行っちゃった。結局どゆこと?」
「……まだ分かってないだべか。もうおら達は、ヤツらの売り出す『商品』になっちまった、ということだべ……」
話についていけないトウヤの問いに、暗い顔でカビオルが答える。
その表情はさっきまでの微笑みを消しており、生気すらも失って憔悴しきった様子だ。
「そんな死刑判決きまった囚人みたいなカオすんなよ……。こっちまでテンション下がんだろ?」
「…………」
「なあ……おい……?」
俯くカビオルは、トウヤの軽口にも反応する様子はない。
どうにかカビオルをフォローしようと、頭の中でセリフを組み立てていると──。
『──お集まりの紳士淑女の皆さん、誠にお待たせ致しました!! 今宵も選りすぐりの魔物を10頭取り揃えました、『魔物競売』、間もなく始まります!!』
「な、何だ何だぁ!?」
「始まる……だべか……」
司会者らしき声が、隣の部屋で何かの始まりを宣言した。
それに対応するように、さっき現れたサングラスの男を含めた集団が10人、暗い部屋に現れてトウヤ達を檻ごと移動させ始めた。
「おい、グラサン野郎!! これから何が始まるっつーんだよ!!」
「……!? このライガーン喋ってる!?」
(──ハナシにならねえ!!)
トウヤ達は檻に入れられたまま、真っ暗な部屋から劇場のような部屋のステージ上に運ばれて一列に並ばされた。
ステージ中央に佇んでいる白い正装の男が、値踏みするように檻の中の魔物たち、特にトウヤの方を見ると、客の方に向き直り……。
『それでは只今より、『魔物競売』を開始致します!!』
──と、高らかに何かの始まりを宣言するのであった。
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