第11話 『決着』
ミクリ・トウヤは絶望した。
……何か『メロスは激怒した』みたいな始まり方だが、実際とってもすっごく絶望しているのだから仕方がない。
どれだけ絶望しているのかといえば、正月の書き初めで筆を片手に、半紙に「絶望」の二文字を納得するまで刻み続けたいぐらいには絶望している。そういえば異世界で過ごしてるから忘れてたけど、あっちじゃもう年越ししているのか、と簡単に現実逃避に走るぐらいには絶望している。
ハッピーニューイヤー、あけましておめでとうございます、今年もよろしく──。
「いやいやいや現実逃避し過ぎだろ!!」
畳の上で門松に挟まれながら、装束を着た黒獣が丁寧にお辞儀をするイメージが流れたので、前足で頬をぶっ叩いて無理やり意識を現実に戻す。
ますます激化する大ウツボとトモコの戦い。
さっきまでは、トモコが魔法で巨岩を操って大ウツボの体力を少しずつ削り、結界で相手の攻撃を防ぐ慎重な戦い方で彼女が優勢だった。
そしてトモコが引導を渡さんと放った『岩中封印(命名・トウヤ)』によって大ウツボを巨大過ぎる岩塊に閉じ込めることに成功したが、ここで戦況は一変する。
第二形態に移行し、更なるパワーアップを遂げた大ウツボに岩中封印を破られたのだ。
それに対し、トモコは大技を放った反動でかなり消耗している。恐らく、魔法を発動する為のMP的な何かも残り少ないに違いない。
ラスボスに第二形態があるのはお約束だが、こちとらまだ冒険に出た覚えも無い。ただ小さな草原と森でスローライフ送ってただけだ。
「実は負けイベントとか、そういうのには期待しない方が良いよな……」
最序盤に魔王とか最強格の魔物と戦うのは王道といえば王道な展開だが、正直リアルでその展開されると、割とマジで開発者であるところの神サマに苦情入れたくなる。
それは置いといて、正直言ってこの状況はかなりマズイ。
トモコが倒れれば、大ウツボは間違いなく森と草原を焼き払うだろう。そうなればトウヤもハチローも他の兄弟たちも、全てを失ってバッドエンド直行だ。しかし現状はトモコ劣勢。このままでは──。
「俺にできることは、何も無えのかよ……」
────────────────────
『グロロロロォォォ!!!』
「────!!」
大ウツボは森全体に響き渡る程の咆哮を上げると、
それはあの超破壊をもたらす熱線の前兆──なのだが、何やら様子がおかしい。
「野郎、何で空に……!?」
大ウツボが開いた口を向けるのは、トモコではなく、分厚い雲に埋め尽くされた空だった。
しかし大ウツボは照準を定め直すことはなく、そのまま天に向かって炎のブレスを吐き出した。
が、それは今まで大ウツボがブレス攻撃として得意としていた熱線ではなく、まさに夏の夜空を派手に彩る打ち上げ花火のような、巨大火球だった。
火球が空高く昇る。まだ昇る。上へ上へと昇って──そして、
(火球が……、分裂した……!?)
上空で花を咲かせるように、不意に火球が拡散。50に迫る数に分裂し、流星群の如く森に降り注ぐ。
当然その脅威に晒されるのはトモコだけではなく──。
「こっちにも来る! 全力で逃げろ、ハチロー!!」
「アオ────ン!!」
拡散した火球がトウヤ達の近くに落下し、凄まじい轟音と共に森が火に包まれる。
その時、怯んでいるトウヤの隣の大木に火球が直撃し、それは根元から折れ──、
「──ぐああああああああああ!!!」
背中に衝撃と激痛が走る。何より、ここで動きを封じられるのは確実な死を意味する。
「クソ……!! ヤバい、ヤバい……!!」
痛みと焦燥感で冷静さを失う。今この間も、火球は降り注ぎ続けているのだ。
「ハチロー……! お前何してやがる……!! 早く逃げろ!!」
だから、左を向くトウヤは目を疑った。
ハチローがトウヤを置き去りにせず、どうにか大木をどかそうと体当たりを繰り返している。
「お前が俺なんかを助ける理由なんて、これ以上無いはずだろうが……!! だから俺を見捨てて、逃げてくれよ!!」
トウヤは大穴の中で大ウツボと相対し、死を拒んだ。
だがそれは死そのものではなく、孤独な死に様が嫌だっただけだ。
もう十分だ。俺はあの時救われた。ハチローが死んだら、それこそハチローが死ぬ原因になった自分を許せなくなる。だから──。
「────あ」
その時、もう一つ火球がこちらに向かってまっすぐに落ちてくるのが見えた。
大木の下敷きになって身動きの取れないトウヤは勿論、ここまで火球が迫ってしまえばハチローももう間に合わない。
「──ごめん」
静かに、トウヤの口から呟きが漏れる。その一言にどれだけの謝罪が込められているのか、もはやトウヤ自身も分からない。
目からはとめどなく涙が溢れる。思い返せば、異世界に来てから涙を流したことは一度も無かったと思う。
最後に聴こえたのは、傍に居た兄弟の吼える声で──。
耳をつんざく爆音が響き、木っ端微塵になった二匹の獣の死骸が脳裏に浮かぶ。そしてトウヤは悟った。
ああ、死んだのだと。
せっかく拾った……否、始まった第二の人生が終わったのだと。
──目を開けて、真上に広がる砂色の結界を見るまでは。
「どう、して……、コレはトモコの……」
結界、と言おうとした瞬間、目の前のハチローが倒れ、結界も消えた。
「ハチロー……!? う、ぐぐぐ……、うおおおおおおお!!!」
全力で脚に力を込め、体を起こす。
さっきの爆風のお陰で少しだけ木の位置がズレたらしく、何とか脱出に成功した。
「ハチロー、どうした!?」
飛来する火球が尽きたことを確認し、急いでハチローの下に駆け寄る。
彼は意識こそあるが、倒れたまま動かない。
ハチローが倒れたのと結界が消えたのはほぼ同時だった。ということは、
「さっきの結界……、まさかお前が……?」
トウヤの問いを肯定するように、ハチローは頷いた。
トウヤは二度も、ハチローに助けられたのだ。一体どうして。何故そこまでして。
「兄弟……だからか?」
「ワン」
再びハチローが頷く。それを見て、トウヤは更に感傷を覚えた。
「──お前はご主人泣かせの才能があるよ、ハチロー」
「────」
「俺も一人の男として、そしてお前の兄弟として、受けた恩義は必ず返す。──皆のところに行こう。もしかしたら……あのウツボ野郎に一泡吹かせられるかもしれねえ」
ハチローを再び背に乗せて、草原に向かって駆ける。
大木の下敷きになったダメージは決して軽くないが、今は痛みに構っている暇はない。
無我夢中で走って、遂に──。
「──着いたぜハチロー。何かいつもの5倍くらい長く感じたけど」
トモコを案じる他の兄弟たちが待つ草原に、ようやく辿り着いた。
「皆、聞いてくれ!!」
トウヤの声が草原に木霊する。
兄弟たちは何事かと顔を上げると、トウヤの背中で動かないハチローの姿を見るなり、すぐに集まってきた。
トウヤは自分とハチロー以外の8匹が居ることを確認すると、一回深呼吸をしてから話を始めた。
「今、森でトモコ……俺たちの母ちゃんと、こっからでも余裕で姿を拝めちまう程デカい、あのウツボ野郎が戦ってる! ただ正直、今はトモコが劣勢だ。そしてこの状況を打開する為には、他でもない、お前らの力が必要だ!」
懸命に、兄弟たちの手を借りようと状況の説明をするトウヤ。
しかし兄弟たちに人の言葉は伝わらず、彼らはただ首を傾げるだけだ。
「くっ……」
どうすれば兄弟たちに力を貸してもらえるか、必死に思考し、唸るトウヤ。
──すると、
「ワン、ワンワンワン! ワン!」
トウヤの背中のハチローが兄弟たちに向かって鳴き、何かを伝えた。すると兄弟たちはお互いに顔を見合わせ、それからトウヤの方に歩み寄ってきた。
「ハチロー、皆……」
トウヤの気持ちを唯一理解できるハチローが、兄弟たちにトウヤの言葉を代弁してくれたのだ。
兄弟たちはハチローを通じて受け取ったトウヤの言葉に賛同するように、一匹ずつ順番に月に向かって吼え、最後に全員でもう一度吼えた。
『ワオ──────────ン!!』
「俺も……ワオーーーーーーン!! なーんてな! 最高だぜ、お前らは!」
トウヤは大ウツボの方向に向き直り、兄弟たちの士気を上げるため、最後に気合いの入った声を上げる。
「いくぞ、お前ら!! 俺たち家族で、あのウツボ野郎とっちめるぞ!!」
『────!!』
────────────────────
野生の世界では、弱さを見せた方が負けとなる。
元々トモコに縄張り争いの経験は無く、魔法さえも餌を得る以外に使ったことは無かった。
その未熟さが災いし、隙を見せて胴体を咬まれることとなった。背中を上顎に、腹部を下顎に挟まれた、喰われかけに等しいこの状況はもはや諦めるより他ない。
だが──。
「グ……ルル……ァ」
ここで諦めるのは、母親としての矜恃が赦さない。
我が子がいるのだ。
10の、愛しい我が子が。
故に、彼女は命尽きるまで戦い続ける。せめてほんの1秒でも、子供たちが逃げる時間を稼ぐために。
「ヴァオオオオオオオオオッッ!!!」
残り少ない魔力を捻り出し、大地から巨岩を召喚し、大ウツボの喉を貫く。
『グロロロ……ォォォ!!』
喉元に風穴を開けられ、思わずトモコの拘束を外す大ウツボ。
トモコはすかさず魔法で岩を呼び出すが、既に前半戦ほどの余裕は無く、操る岩の大きさは小さくなり、数も目に見えて減少している。
『グロロロロロロロロロ』
しかし大ウツボは、無情にも攻撃の手を緩めようとはしない。
超破壊力の熱線で、哀れな母親に止めを刺そうと、口を開けて喉奥の光を覗かせている。
トモコも熱線を防ごうと、攻撃を中断して結界を展開するが、それは先程までトモコを守っていた結界と比べて小さく、薄い。
それでも、トモコはその頼りない壁に縋るしかなかった。
縋って、頼って、そして祈った。
せめて、子供たちだけでも無事でありますように──。
「──さっきの合図で同時にいくぞ……!
せーのォ!!」
『ワオォォ────────ン!!!』
刹那響いた、咆哮の大合唱によって砂色の結界が多重展開され、巨大な障壁が築き上げられる。
照射された熱線は障壁によって完全に防がれ、それを見た大ウツボは沈黙する。
そしてその光景に目を見開いたのは、トモコの方だ。
先の戦闘で隆起した地面の上、10匹の獣たちが並んでいる。
その先頭に立つ黒獣、トウヤがその黒い双眸に大ウツボの姿を収めると──。
「兄弟の中で魔法使えねーのが俺だけとか、マジハズ過ぎて、穴があったら入りたいって気分だぜ……! ──最も、お前の巣穴にはもう二度と入りたくねーけどな!!」
そんな役立たずトウヤは、中指を立てて全力で大ウツボを挑発。陽動役となって敵の注意を引きつける。
『グロロロロロロロォォ!!!』
「ターゲット移したな! 狙い通りだ、クソウツボ!!」
今度はトウヤ達に狙いを定めて熱線をお見舞いしようとする大ウツボ。しかしトウヤは冷静な状態のまま、「散!!」と叫び、兄弟たちを散り散りに逃がした。
森中に散って逃げてゆく白獣9匹とトウヤ。バラバラになった自分たちを殲滅する為に、大ウツボが次に何の行動をとるのかは予測済みだ。
(後はトモコのMP残量と、俺の指示がちゃんと伝わってくれるかどうかだな……)
『グロロロァァァァァァ!!!』
大ウツボが再び、空に向かって口を開ける。それは森全体に無差別に攻撃する『拡散火球(命名・トウヤ)』の予備動作であり、トウヤが考えうる、ゆいいつ大ウツボに致命傷を与えられる瞬間でもある。
「トモコ、聞け!!」
「────」
「アイツがブレスを吐く前に、岩でも何でもいいからヤツの口に詰め物をしろ!! それがアイツを倒す、ただ一つの方法だ!!」
「ワンワン──ワンワンワン!!」
大ウツボを倒す手順を、ハチローに翻訳させてトモコに伝える。それだけじゃ不安だったので、トウヤも大ウツボのように上を向いて、開いた口に小石を挟み込むことで全力のジェスチャー。
正直言って心許ないが、これがトウヤに出来る最大の表現だった。
トウヤの指示とジェスチャーを受けたトモコは、初めて見せるような焦った顔でトウヤの目を見つめる。
何か言いたいことがあったのだと思う。
遠くに逃げて欲しかった子供たちが、自分を助けにこんな場所まで来てしまったのだ。
しかし猶予はもう無いと判断したのか、諦めたように小さく頷くと、余力を絞って魔力を練りこんだ。
「ウルォォォ──────ン!!!」
残った全ての魔力を注ぎ込んだ、トモコの決死の詠唱。
しかし今までの攻撃のように、大地が隆起するといった現象は起こらない。
まさか不発──と、トウヤの脳裏に最悪の可能性が過ぎった瞬間だった。
『グロロロロロロロ……ロ゙ォ゙!!?』
天に向けて開かれた大ウツボの口腔に、突如として空から飛来した彗星が落下する。
否、それは彗星ではなく、大ウツボの口にピッタリはまる大きさの岩石だ。
そしてそれを落としたところの巨獣は、力を使い果たして倒れ込んでしまった。
「おい、トモコ……! しっかりしろ!
お前、まさかメテオまで落とせるとは思わなかったぜ……!」
トウヤが想像していたのは、魔法で地面から岩を持ち上げて、それを大ウツボの口の中に放り込むとかそんな感じのものだったが、トモコはその期待を良い意味で裏切ってくれた。
ともあれ、こうしてトウヤの目論見は成功した訳だが──。
『グロ……ロロロ……』
岩に口を塞がれた大ウツボは、ありったけの力で岩を噛み砕こうとしている。
岩には少しずつヒビが入っていくが、しかし大ウツボの喉奥のエネルギーも出口を求めて暴走する。
ボゴボゴと大ウツボの首は膨張していき、既に限界に達していた。
『グロロ……グロロロロロォォ!!』
「砕かれんな、耐えろ──!!」
火球の拡散までにこの岩が耐えてくれるかどうかが、この戦いの勝敗を決める。
トウヤは必死に、祈り続ける。
耐えろ。耐えろ。耐えろ。耐えろ。耐えろ。耐えろ。耐えろ。耐えろ……!!
『──────────グ』
爆音と共に大ウツボの頭部が弾け、巨躯から噴出される血の豪雨が森に降り注ぐ。
大ウツボだったものは首から噴水のように赤い水を吹いた後、崩れるようにして木々の上に倒れ込んだ。
「──倒した」
そうだ。勝ったのだ。
あの悪夢のような化け物に。
今はそれが何より嬉しくて、トモコを、ハチローたち家族を守れたことに安堵した。
「ケッ──、」
この時、ミクリ・トウヤは異世界に来て初めて、心の底から信頼できる仲間ができたのだった。
「──汚ねぇ花火だ」
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