第6話 『魔道士トモコ』

 地平線の向こうまで広がる大草原、それを縦断する浅い川の上で、トウヤは静かに獲物を待ち構えていた。


「──来た」


 水が跳ねる音に気づいて顔を上げると、一つの魚影が川の流れに乗って、トウヤの方に向かってきていた。


 まだ。まだまだ。焦るな。タイミングは本能に任せろ。俺は獣、俺は獣、俺は獣──。



「──今だぁぁぁ!!!」


 熊が鮭を狩る要領で、魚影を水面ごとすくい上げる。

 高く上がった水飛沫が、日光を反射して青空に煌めいた。


 その中に、目当ての獲物は──、



「はにゃ?」


 居なかった。

 トウヤの後ろ脚の隙間を通過して、流れに沿って魚影は泳ぎ去っていった。


「はぁぁぁぁ……。またダメか……」


 7度目のチャンスを逃し、いよいよ心が折れかけるトウヤ。


 異世界転生二日目。昨夜の地獄を省みたトウヤは、少しでも自分の口に合う食事を得ようと、川で魚取りに挑戦していた。

 しかし結果はお察しの通り。

 箸にも棒にもかからず、忍耐力の無いトウヤのメンタルをへし折りにきていた。


「ソシャゲのリセマラとか3周目ぐらいで妥協する男だぞ、俺は」


 余程インストール→ダウンロードが早いゲームじゃないと粘れない弱メンタルゲーマー、ミクリ・トウヤ。

 『スタートダッシュキャンペーン』で周囲が一強キャラを序盤から連れ回すのに対し、

トウヤだけ「レア度は高いけど性能は微妙」な感じのキャラをリーダーに編成して皆に追いつけないことは苦い思い出。

 中途半端なところで急にモチベーション落ちて結局アプリアンインストールは、もはやトウヤのスマホの恒例行事である。


「……ってそんな悲しい恒例行事とか回想してる場合じゃねえ!!」


 魚が捕れなければ、いよいよあの劇物を胃に収めるしか生きる方法は無い。が、アレを飲み込もうと努力する時間があるなら、別の食べ物を探す方が遥かに手っ取り早い気がする。

 餓死で連載終了する異世界転生モノとかあってたまるか。

 それならまだ生前の死因(ライオンのエサ)の方がマシというものだ。


「いややっぱどっちも嫌ァァ──ッ!!!」


 情けない死に方も嫌だが、ツラい死に方も当然ながら遠慮したい。

 ああやって一刻も早い死を懇願するような時間に身を置くのは、もう二度とゴメンだ。



「……次は、絶対捕る──」


 この時、トウヤは異世界転生して初めて、本気の闘志を目に宿した。


 するとそこに例の巨獣──トモコが、大きな足音を響かせてトウヤの元を訪れてきた。


「オイ何だよ! 今良いところだろうが!

まさか朝メシの時間とか言うんじゃねえだろうな、朝晩二食も生臭ミンチ食わされたらマジマズすぎて狂死するぞ!!」


 水を差してくる母親に、彼女には理解不能な言葉で罵倒する親不孝者トウヤ。

 トモコは変な鳴き声で吠えるそれを無視し、トウヤと同じく川の上に立つと、


「まさかお前も魚を捕る気か? ムリムリ止めとけ……っていつもの俺なら煽り散らしてるけど、純粋な野生動物のお前ならできそうだな……。ま、お前の狩り方参考にさせて貰うからキバってくれ」


 ここまでの巨体に成長する程なら、トモコにとって魚を捕ることなど容易いだろう。

 一体どのようなハンティングテクニックを披露するのだろうか、トウヤは彼女が一瞬で魚を捕るのを見逃さないよう大きく目を見開いた。


「来たぞ……!」


 向こうから泳いでくるのは、三つの魚影。それに、3匹とも中々の大物だ。


「何お前、普通にガチャ運良いタイプかよ」


 先程のソシャゲの記憶が再びフラッシュバックし、羨望と嫉妬の視線をトモコに送る。我ながら浅ましい。


 それを気にも留めずに、トモコの狩りは始まる。

 魚影との距離が3メートルぐらいに達したところで、トモコの咆哮が炸裂。

 大気が震え、巨獣のプレッシャーを受けて、上空を飛行する鳥と傍らの黒い獣がビビり散らす。


 しかし、当然ながら知能の低い魚が怯む様子は無い。

 一体、今の威圧には何の意味があったのだろう──と、トウヤが考えるより前に『それ』は起こった。


「────え」




 ……突如、トモコの背後の地面が隆起し、天然のダムが造りあげられる。

 その光景に、トウヤは目を疑った。



「…………は? は? は? は?」


 突発的に出現した土の壁にせき止められ、三匹の魚はおろか、後からやってくる魚もトモコの前で積もってゆく。


 そのまま放置して作り上げられた魚の山から、トモコは9匹ぐらいの魚を咥えると、トウヤに「後は自由に使っていいわよ」とでも言いたげに一瞥して去っていった。



 川には、自動魚捕り装置とそれに次々と引っかかっていく哀れな魚たち、そしてトモコの所業に脳がフリーズしたトウヤだけが残された。


「……さっきの……え、マジで……?」


 普通ならば、ありえない事象が起こった。

 しかし、ここを異世界だと仮定していたトウヤの頭には、その現象を証明する二文字の単語が浮かんでいた。それは──



「…………『魔法』……?」


 最初の咆哮が、威嚇ではなく『詠唱』だったなら。

 直後に起こったアレが魔法によるものだと説明がつく。


 ともあれ、こうしてトモコの魔法によってトウヤの食問題は解決したのである──のだが……。



「こんなショボいイベントで俺の魔法初見童貞を奪うんじゃねェェェェ!! おのれ許さんぞ、トモコォォォォォ!!!」


 腑に落ちないあまり、親の仇と言わんばかりに親の名前を叫ぶトウヤであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る