第5話 『メシマズって次元じゃない』

 相変わらずため息が出るサイズの巨獣と、ゲッダンみたいにグルグル回る兄弟たち。

 自分の尻尾でも追いかけてるのだろうか。


「何だ、トモコとクソ兄弟共かよ。森で何の成果も得られなかった俺を嘲笑いに来たのか?」


 森から戻る時に、退屈なので白犬家族の名前を考えていたトウヤ。


 まず、存在感の大きい巨獣は母親であるということで、生前のトウヤの母、『ミクリ・トモコ』の名前を借りて『トモコ』。


 そして憎たらしい兄弟たちの名前だが、生前のトウヤは一人っ子だったので、名前を借りる兄弟は残念ながら居なかった。

 その為、テキトーに『イチロー』、『ジロー』、『サブロー』、……以下略。と名付けることにした。


 正直見分けがつかないし、一匹一匹覚える気も無いので誰がイチローで誰がジローだか分かっていないが、最初の邂逅でトウヤの腹にタックルをかましたところのハチローだけ顔を覚えてしまったため、彼にのみ『当たり屋ハチロー』という蔑称を授けている。



 それはともかくとして、突然現れた白犬ファミリーに対し、若干の警戒心を隠せないトウヤ。

 トモコに罪は無いが、トウヤは兄弟たちにあまり良くない印象しか抱いていないので、彼は人間不信ならぬ白犬不信に陥っていた。


「…………? お前、何咥えてんだ……?」



 そんなトウヤの警戒心を逸らせたのは、トモコが咥えている三つの赤い『何か』だ。

 トウヤがそれを確認しようとすると、トモコはそれらを一挙に地面にばら撒いた。


 ……粘着質な音を立てて地面に落ちたそれは──





「────う」


 肉の塊だった。

 恐らくは、兎らしい小動物だったモノだ。


 トモコが子に餌をやるために、森かどこかで狩ってきたのだろう。

 兄弟たちは回転を止めると、一つの血肉に三匹ずつ群がり、それを喰らい始めた。



 狩り立ての新鮮な肉など、野生の猛獣ならば垂涎モノの豪勢な食事である。

 成長を目標とするトウヤにとっても、それは強い身体を作る為に有用な代物の筈だ。


 ……その筈なのだが。




「…………さすがに……コレは……」


 兄弟が死体の腹を喰い破り、内蔵の味に舌鼓を打つ様を見て、トウヤは戦慄する。


 トウヤがまだ中学生だった時、下校中に偶然、車に轢かれたらしい鳩の無残な死体を見て、それが当時のトラウマになっていたことを思い出した。


 しかしトモコがトウヤの事情を知る訳もなく、顎でそれを指して、死肉を食べるよう促してくる。


「…………」



 喰うのか。アレを。


 身も心も獣になれというのか。


 そうするしか、俺には生きる方法が無いというのか。




「…………いただきます」


 せめて、人間が食事前に行う挨拶をして、トウヤは目の前の肉に食らいついた。




 ──皮が硬い。噛み切れない。


 前脚で肉を固定し、力いっぱいに引き千切る。

 ブチブチという生々しい音を立てて、皮が肉から剥がれた。


 息が荒くなりながらも、剥がしたそれを口に含み、咀嚼する。



「美味い!!」の三文字で感動を叫び、それっぽい事を言っているようで当たり前の事を言っているだけの薄っぺらな食レポを始めようと、そうポジティブな未来を思い描いていたのに。





「────ゔお゙え゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙」


 ハッキリ言う。不味い。

 いや訂正、クソマズい。



 血生臭さが獣の嗅覚で倍増し、咀嚼の度に口内に広がる不快感で涙目になる。


「ヴェ゙ェ゙ッ……」


 耐えられなくなって血塊を吐き出し、急いで川に向かって口をゆすぐ。

 とても人間が食えたものではない。

 もう人間じゃねえだろとか笑ってる奴は食ってみろ。飛ぶぞ。


「こんなの喰って生きてくぐらいなら……、飢え死んだ方がマシだっつの……」


 やはりトウヤは、人間は、獣になることなどできはしない。

 それができる奴は最初から人間なんかじゃない。


 流水で口腔を洗い流しても、胸糞悪い後味がへばりついて離れない。

 嘔吐感と嗚咽が止まらず、味覚を感じるこの舌を今すぐに切り落としたくなる衝動に駆られる。


「ぇ゙……ゔぁああ゙……ぷ……」




 ──悪夢に等しい地獄の時間は、約20分続いた。

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