第4話 『異世界青春計画』

 鬱蒼と茂る森林を、一匹の黒獣が奥へ奥へと進んでゆく。

 森の奥に進めば進むほど、木々が日光を遮り、やがて黒獣を闇に融かす程までに森は暗くなっていった。


 ここまで、なるべく見落としが無いよう、森を探索してきたつもりだった。

 人間だった頃よりも遥かに優れた嗅覚を駆使し、血眼になって食えそうなものを探した──が、ここまで収穫ゼロ。


 一応、薄紫色の果実っぽいのが生っている木をいくつか発見したが、今のトウヤでは果実に全く届かないし、地面に落下しているものも無し。見たことのない果実である以上、有毒の危険性も捨てきれないので一旦保留。


 食糧確保が難航しているトウヤは、無意識にため息をついていた。

 ここまで川に沿って歩いてきたので草原に戻るのは容易いが、戻ったところで結局、他の兄弟と同じように巨獣ミルクをねだるのは、トウヤのしょーもない矜恃が許さなかった。


「ゼェゼェ…………、ぜってぇ……何か一つぐらいは……食えるもの……を……」


 まだ森に入って大した距離は歩いていないが、生まれたてのアニマルベビーにとっては空前絶後の大冒険。

 生後2時間前後の子犬にしてはよく頑張ってる方だと、自分で自分を鼓舞する。


 そうして、さらに川沿いに森を進んでゆくと……。




「…………おっ?」


 ──突如差し込んだ眩い光に、トウヤは目を眩ませた。


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 そこは森の中で唯一、陽の光を全身に浴びることができる空間だった。

 半径大体50メートルくらいの、円形の大広場。

 開けているその場所は、暖かな日差しが差し込み、心地よい鳥の囀りが耳から入り込んで、荒んだ心を癒してくれる。



 しかし、その場所には一つだけ、『異質な物』が存在した。




「何だ……? この穴……」



 広場の中央に、底が見えない程の深い大穴がぽっかりと空いていた。

 トウヤが辿ってきた川の水が美しい滝となって、その深淵に落ちていく。


 穴はすり鉢状に道が続いているので、螺旋階段のように内側を回っていけば、穴の下を探索することは可能だろう。だが──


「……流石にダルいな。長時間かけて降りても、下に何も無かったら骨折り損どころじゃ済まねーぞコレ」


 途方もない穴の深さに尻込みし、踵を返して草原に戻るのが最善だとトウヤは判断。

 明日の方針は明日の自分に任せるとして、空も夕焼けに紅く染まってきたのでひとまず今日のところは撤収。


「進展ナシかぁ……。ま、1日目だし気にすることもねーな。それにホラ、川には魚だっているしな、焦る必要ねーよ」


 言いつつも、段々早口になっていることに気づく。

 トウヤが焦燥感を感じているのは、別に食糧に困っているからではない。



 ……いや、勿論それもあるのだが。それ以上の理由がトウヤにはある。それは……、



「一度アイツらと決別した手前、ノコノコ戻るのが恥ずかしすぎるぅぅぅ!!」


 大口を叩いて旅立ったのに、結局手のひらを返してマミーに泣きつくのは、些か不本意な判断である。


 とはいえ現状が現状だ。

 せめて立派に成長するまでは、仲間と協力して生きていくのが賢い判断だろう。

 ……兄弟たちは仲間というより、エサを奪い合う敵に近いが。



「とりま、帰るかぁ! 何か「帰る」ってワード口に出すとちょっとだけ安心する今日この頃!」


 「帰ろう」という言葉はどうして心を落ち着かせるのか、ふと疑問に思ったトウヤだったが、『帰る場所がある』と改めて認知できるのが理由じゃないかと自分で完結。

 結論に辿り着いたことに満足して、ウッキウキで来た道を戻っていくトウヤは気づかない。




 ──大穴の底で、とてつもなく巨大な「何か」が蠢いたことに。


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「一番隊隊長ミクリ・トウヤ、ただ今森の探索から戻りましたぁ!!」


 何の一番隊かは自分でも決めていないが、普段と変わらず軽口を叩く方が将来の不安を誤魔化せていい。

 あれから特に寄り道せず、まっすぐ帰ってきたのだが、もう既に紅かった空は暗くなり始めていた。


「暗えなぁ……。夜とか何も見えなさそう、また冷たい川に落ちんの嫌なんだけど」


 転生したのがネコ科の動物なら夜目も利いただろうが。


「……って俺は何で獣に転生したことに少しずつ納得し始めてんだ!!」


 やはり(元)人間である以上、何事にも慣れはつきものである。

 この姿になって制限されたものも多いが、それは割り切って、この姿でしかできないことを探す方がずっと良い。


「……ダメだ。人乗っけて走るぐらいしか思いつかねえ」


 それも、今の未成熟の姿では敵いそうにない。と、思ったところで明日からの方針が決まった。


「よし。今の俺がやるべき事は、将来多くのことができるように立派に育つことだ!! その為によく食べ、よく寝て、毎日運動する!! 生まれて翌日から筋トレ始めれば、犬にしてボディービルダーも夢じゃねぇ!」


 さすがにそんな所まで目指すつもりは無いが、トウヤにとって筋肉……というかマッチョは一つの憧れでもあった。

 平日から休日に至るまで、時間があればゲーム、漫画、アニメに入り浸り、青春を無為に過ごした男、「美玖莉 冬弥」。


 定期テストも赤点ギリギリ、良くて60点台という留年の土俵際を歩むトウヤは、当然ながら筋トレに割く時間もドブに捨てていた。


 しかしこのだだっ広い草原には、トウヤをダメにしていく娯楽は一つも存在しない。

 ならば自然と、トウヤも前世より有意義な時間を過ごせるだろう。


「おっしゃあ!! 明日から頑張るぞォォォォ!!」


 両腕……前脚を天に振り上げ、トウヤはこれからの異世界青春に思いを馳せる。




 ……と、そんなテンションMAXのトウヤの元に、例の巨獣と兄弟たちが集まってきた。

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