第3話 『醜い獣の子』
水飛沫をあげて水面から顔を出したトウヤを、9匹の子犬が若干冷ややかな目で見つめてくる。
向こうにいる規格外のデカさの獣と同じ白い毛並みだが、そのサイズ自体は今の黒獣トウヤと同じくらい。
「な、何だ……お前ら……、つーか寒ッ!!」
急いで川から上がり、ブルブルと体を震わせて水滴を飛ばす。それでも体毛に染み込んだ水分が、冷たい空気を孕んでトウヤの体温を奪ってゆく。
「あ〜……、さみいぃ〜……。電気ストーブでも何でもいいから暖房プリーズ……。それか皆でおしくらまんじゅうやって温め合おうぜ……?」
言葉が通じた訳ではないだろうが、子犬たちは一斉に草原を駆けて、トウヤの方に向かってきた。
「お……? おぉ……!? マジか!! やっぱ俺は異世界転生したら動物とか魔物とかを使役する『テイマー』の素質があると思ってたんだよ!!」
ここに来て再浮上してきた、スキル『主人公補正』の可能性。
たとえ獣の姿に転生したとしても、まだ未来を捨てるのは尚早だ。
「来たれ、俺の下僕1号よ!! あ、でも9匹いるから1号から9号……、いやもうこの際関係ねぇ!! お前ら全員まとめて1号にしてやる!!」
両手を広げて胴を空け、走ってくる子犬たちを迎え入れる。そして先頭の一匹がトウヤの腕にホールインワン──
……する事は無く、トウヤの横を通り抜けて走り去っていった。
「え……ちょ待っ…………ぶぐぉッ!!?」
それに続いて次々とトウヤを躱す子犬たち。最後の一匹に至っては、ノーガードのトウヤの腹に勢いよくタックルをかましてから去っていった。
「チクショウ!! この犬畜生共が!!
白犬VS黒犬で戦争するか!? 俺はSASUKE全クリを果たした男だぞ!? 妄想の中でだけd……」
9対1という絶望的な戦力差。リンチ必至の勝てる見込みゼロの戦いの火蓋を自分で切りかけたところで、子犬たちが走った方向を向いたトウヤは、それを見て言葉を失った。
「お……親……?」
走り去った子犬たちは、例の巨獣の腹の下に集まって乳をせがんでいた。
それはとても微笑ましい光景で、トウヤに無意味な口を叩くことを許さなかった。
あの巨獣は、子犬たち……そしてトウヤの母親だったのである。
「……となると、アイツら全員、俺の兄弟かよ」
腹をさすりながら少し不満げにぼやくトウヤだったが、それは兎も角として、さっきから独り言が多いせいで喉が渇いてきた。
とりあえず自分も子犬に混じって、巨獣の恵みを傍受しようと接近したが、他の兄弟が邪魔すぎるせいでとてもじゃないが混じるタイミングが無い。
誰もが我先にと、巨獣の乳を求めて他を蹴落とす。
トウヤは幾度も挑戦を試みたが、噛まれ吠えられ踏んだり蹴ったり。
『醜いアヒルの子』状態のトウヤは、転生してから早くも、野生の激しい競争の洗礼を受けることとなった。
「チッ……、別に良いもんねー!! お前らはママのミルクでもちゅぱちゅぱ吸ってやがれ、マザコン共が! 俺はお前らとは違って、人間のプライドがある! 犬っころと同じ釜の飯を食うつもりは無ぇよ!!」
文字通りの負け犬の遠吠え。
トウヤは、さっき落っこちた川の水をガブガブと豪快に飲んで喉を潤すと、白犬家族に背を向けて一人孤独にその場を去っていった。
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「まずは食糧になるものを探さねえとな……」
幸い、草原には綺麗な川が流れているので、飲み水に困ることはないだろう。
後は果実の木でも見つけれれば、少しの間なら飢えをしのげるだろう。
とりあえず何でもいいので食糧を探すために、トウヤは草原の横に位置する森林を進んでいた。
「サバイバルか……。無人島に漂流する妄想はしたことあるけど、それとはまた別ベクトルの難しさだよな……」
まず舞台が無人島ではなく豊かな森林というのは食糧を見つけやすい環境ではあるのだが、人間専用スキル『手先が器用』が制限されるのが痛すぎるハンデ。
これでは見つけたヤシの実を岩にぶつけて中身を味わうこともできない。
「ま、ヤシの実なんてこんな所にある訳ねーけど……」
そもそも、ヤシの実ジュースなんて無くとも水分補給なら無限にできる。
それは良いとして、人間と獣ではできることのバリエーションが天と地ほどの差がある。
……どうして人間のまま転生させてくれなかったのだろうか。
もはや通算何度目か分からない、神サマへのないものねだり。
後の祭りだと分かっていても諦めきれない複雑な心境。
途方に暮れるトウヤを、森の冷たい静寂が包んでいた。
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