第2話 『そうはならんやろ』

「ど……どうなって……やがる?」


 水面に映る黒獣が、あんぐりと口を開いて滑稽な表情をしている。

 その反応がどこか自分に似ていて、不本意ながら親近感が湧く。



 ……トウヤが水面に顔を近づけると、黒獣もまた、トウヤに顔を近づける。


 トウヤが首を左右に振ると、黒獣もまた、同じように首を動かす。


 トウヤが変顔を披露すると、黒獣もまた、顔を歪ませて「それらしい」ことをする。




 流石のトウヤもそこまで察しが悪いワケではない。

 恐らくは、そういうことなのだろう。素直に信じるのは難しいが。


「……そう考えれば、物事の辻褄は合う……か……?」



 模試の帰りに不運にもライオンに遭遇し、友人を庇って噛み殺され、生死の狭間を彷徨って目を覚ましたら──、



「──ミクリ・トウヤは、黒いワンコに

゙転生゙していた────。







…………って、信じられっかァァァ!!!」


 予想外が過ぎる展開に、トウヤも思わず大声でリアクション。

 「死んだらどうなるのか」と死ぬ直前に考えてはいたが、まさかこんな姿に生まれ変わろうとは思いもしなかった。



「……つーか、あまりにナチュラル過ぎて忘れてたけど、この姿でも普通に喋れんのな」


 獣の姿になっても、会話は問題なくできるらしい。生物ごとの声帯の形とかは、喋ることに影響は無いのだろうか。


「いやまあ、日本語が通じねーと何のアドバンテージにもなんねーけど……」



 ため息をついて後ろを見ると、見上げるほど巨大な獣と視線が合った。相変わらず遥か上からトウヤを見下ろしている。


「やっぱ普通に考えて、あんなデカい犬が居るわけねーよな……」


 ゲームのボスキャラと例えてもいい程の圧倒的な風格と、トウヤとは対照的な美しい純白の毛並みを兼ね揃えた巨獣は、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。


 それはそれとして、トウヤの胸中では異世界転生したことへの興奮と落胆が渦巻いていた。

 だって異世界だぞ。全男子の憧れだ。

 トウヤもその手の漫画やアニメは積極的に閲覧&視聴し、「俺も異世界転生してェ〜!!」と幾度となく妄想を膨らませたものである。


 イフ・異世界転生したら……、どっかの名門家に生まれ、前世の記憶を駆使し、何かそこら辺の魔道士が愕然とするぐらいの魔法ポテンシャルを見せつけ、最強パッシブスキル『主人公補正』で波乱万丈なストーリーを描いていく……、



 そのつもりだったが、現実は非情である。


 実際には、名門どころか家すらない獣の家族に生まれ、前世の記憶は未熟過ぎてこれからの方針すら決められない、魔法なんて使えるかどうかも分からんし、こんな姿じゃ『主人公』どころか、勇者の序盤の経験値になるぐらいが関の山だ。



「頼むからもう一回転生しろォォォォ!!!

ワンモア・チャァァァァァンス!!」


 神に縋るような気持ちで、天に向かって吼える。

 野生の世界で生き抜くなんて、ゆとり世代のトウヤには無理難題が過ぎる。


 とはいえ、現状を嘆いても後の祭りだ。

 まずは生きるのを目標に……、



「…………?」


 次の瞬間、トウヤの耳が、草原が揺れるガサガサという音を聞き取った。


 風によるものではなく、明らかに小動物が草を踏む音だ。


「何奴……ッ!!」


 無意味に達人口調で威嚇しながら振り向いたトウヤは、その光景に思わず後ずさってそのまま後ろの川に落ちた。




 ──九匹の白い犬の群れの視線を、一斉に浴びながら。

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