第23話

 タァン、と一際大きな発砲音がして、カレンは向かって右側に吹っ飛んだ。


「……!」


 驚きと恐怖がないまぜになり、僕もまたグラウンドに飛び出した。敵の銃弾が飛び交う中に出ていくなんて、正気の沙汰ではない。先ほどの煙幕弾が上手く機能してくれたのが幸いだったが。


 とにかく僕も、と飛び出した勢いでカレンの下にひざまずく。


(カレン……)

(ケン、イチ。ごめ、ん。急に、怖くなって……)


 カレンに謝られるなんて一体何年ぶりか分からなかったけれど、そんなことはいい。


(喋るな。どうにかするから)

「動くな!」


 流石に敵も、いつまでも煙に巻かれているわけではなかった。白煙が見る見る晴れて、自動小銃の銃口がぬっと突き出されてくる。濃緑色の迷彩服を着たヴェルヒルブ軍兵士が、円を描いてじりじりと近づいてくる。


「こちらランド・クルーズ。第一目標クリア、第二・第三目標の身柄を確保」


 ああ、そうか。ユウジが殺されてしまったことをクリア、と言っているのだな。そして僕とカレンを確保した、と。

 そこまで状況を飲み込んで、僕は視界が真っ赤になった。この感情が怒りなのか悲しみなのか、よく分からない。だが、少なくとも平静ではなかった。


「ケンイチ・スドウ曹長だな。我々はヴェルヒルブ陸軍所属の陸戦部隊、ランド・クルーズだ。貴官には一緒に来てもらう」


 言葉の芯から無機質な声。それを聞きながら、僕は反対側の足首に仕込んでおいたものを引き抜いた。

 それは、一本の注射器だ。以前、大尉が貨物輸送をしてくれた時に個人的に届けてくれたもの。


「立て、スドウ曹長。誰か担架を持ってこい。カレン軍曹を搬送――」


 僕の腕がぐっと引き上げられる。それを振り切ってうずくまり、僕は注射器を思いっきり胸に突き刺した。


 どくん、と心臓が跳ねて、視界がよりクリアになる。同時に、まるで突然血液の循環が始まったかのように、熱いものが全身を駆け巡る。


「おい、何をやってるんだ!」


 僕はさっと立ち上がり、声をかけてきた兵士の胸に掌を叩きつけた。驚いたのは周囲の兵士たち。理由は明快で、その兵士が後ろ向きに十メートルも吹っ飛んだからだ。

 相手の肺から空気が流れ出す。その中には、確かに鮮血が混じっていた。


「お前らなんかに、カレンを渡すもんか‼」


 そう叫んで僕はカレンをお姫様抱っこし、両足に力を込めた。次の瞬間、大きく背後に跳躍。グラウンド上に円を描くように土くれが舞い上がる。カレンのようにバク転し、僕は建物の屋上へ飛び乗った。


「何をやってる! プランBだ!」


 再び銃撃が開始された。なるほど、身柄確保が困難となったら、今度は殲滅か。ユウジを即射殺したところからするに、彼を生かしておく必要性は、連中には最初からなかったのだろう。その推測、いや恐らくは事実に、僕はぐっと唇を噛み締める。

 カレンを横たえて、そばに膝をついてこう念じた。


(カレン、すぐに戻る)


 それからレーダー基部まで這って行き、ユウジの瞼を閉じてやりながら言った。


「ちょっと借りるからな、ユウジ」


 僕が手にしたのは、彼の腰に差さっていた拳銃。四十四口径、六発装填のリボルバー。

 これだけ大きな銃になると、発砲時の反動は凄いはず。だが、僕はそんなことにはお構いなしで、軽く動作確認をしてからグラウンドの方へ向き直った。


 斜め下方からの猛烈な銃撃。僕は角度的にそれを喰らわないギリギリのところに立ち、すっと目を閉じた。

 プラン変更の指示が聞こえたのは――あのあたりか。


 自分なりに見当をつけてから、今度はコンクリート片を撒き散らしながら僕は跳んだ。

 空中で身を捻り、弾丸を躱していく。向かったのは手前中央、プラン変更を命じた人物、すなわち隊長の下だ。


 ふっと重力に引かれ、僕の身体は空中で静止する。

 今だ。

 僕は二発を発砲した。一発が隊長の胸に、もう一発が頭部に吸い込まれ、直撃。隊長はのけ反るようにして倒れ込む。その額には大きな穴が空いていた。


 続けざまに僕は発砲。隊長の隣に控えていた、通信機を担いだ兵士を狙う。増援を呼ばせはしない。今度は一発で片づけた。


「隊長! おい、隊長が!」

「落ち着け! 任務続行、プランBだ!」

「慌てるな、副隊長の私が指示を――」


 そう言いかけた副隊長の正面に下り立った僕は、彼の足を思いっきり蹴りつけた。みしり、と嫌な音がする。相手は悲鳴も上げられない有様だった。


 副隊長は随分と長身だ。僕の身体をすっぽり隠してくれる。僕は彼の襟首を掴み、盾にしながら再びバク転。散発的な発砲が起こり、副隊長の防弾ベストと肉体に弾丸が食い込む。

 僕が目標地点、すなわちエントランスに到達するまでに副隊長はぼろきれ同然になっていた。


 エントランスにあるのはグレネード・ランチャーだ。僕はズタボロでとっくに絶命した副隊長を投げ捨て、ランチャーを構える。それから残りの煙幕弾を全弾、敵の足元に撃ち込んだ。


 大方の敵の目を眩ませながら、僕は最寄りの二人に駆け寄った。思いっきり身体を捻り、右足を軸に一回転。左足を蹴り出し、二人の側頭部を打つ。

 堪らずのけ反った二人の顔に拳銃の残弾を叩き込み、自動小銃を二丁共拝借。再び土埃を上げて跳躍し、僕は敵陣のど真ん中、白煙の中心へと飛び込んだ。


 自分で訓練した時には、全く扱えなかった自動小銃。だが、今の僕はいつもの僕ではない。

 身を屈め、自動小銃を握らせた腕を交差させ、フルオートで弾丸をばら撒いた。それからすぐに腹ばいになる。


「九時方向に敵! 仕留めろ!」

「軍曹、向こうから攻撃を受けています!」

「敵はあっちだ、応戦しろ!」

「な、何をやってるんだ! こっちは味方――がはっ!」


 僕の頭上を無数の弾丸が飛び交うのを感じながら、僕はある感情に囚われていた。歓喜と興奮だ。これだけの敵を自分自身が翻弄できていることで、僕の胸中は大きく波打っている。


 敵軍の防弾ベストとて、自動小銃の弾丸をそう何発も食い止められるわけではあるまい。白煙が晴れた頃、そこには多くの死体があり、負傷者がいた。そして地面は真っ赤だ。水はけの悪いグラウンドに、血だまりが無数にできている。


 僕は跳躍を繰り返し、弾丸が尽きるまで負傷者にとどめを刺す行為に勤しんだ。といっても、それほど長い時間ではない。無傷で撤退を試みている敵を仕留めなければ。

 腰元の背後に差していたコンバットナイフを引き抜く。僕にはあたかもそいつが血に飢えているかのように見えた。――今からたくさん吸わせてやるよ。


 滑空しているような気分で駆けながら、僕はナイフ一本で暴虐の限りを尽くした。逃げ惑う敵の肉を裂き、骨を断ち、あるいは放り投げて後頭部から頭蓋を破砕した。


 大方の敵を片づけた時、森林のやや奥まったところから何らかの気配を感じた。

 一人だけ遠距離に陣取っている敵がいる? ああ、狙撃手か。


 なかなか狙いをつけられないでいるうちに、撤退の機会を逃したのだろう。僕が切味の落ちたナイフをぶん投げると、短い悲鳴と共に木の上から落下した。

 がさり、と音がしたのを聞き取り、僕は大股で、しかし焦ることなく接近した。

 そこには、肩にナイフを突き立てられた兵士が一人。案の定、そばには高性能狙撃銃が落ちている。


 僕がわざと音を立てると、彼はすぐさま蒼白になって僕を見上げた。


「ま、待ってくれ! 君の友人のことは謝る! 私は命令されただけで、殺したくはなかったんだ!」


 ならどうして軍人になんてなったんだ。そう思ったけれど、最早自分に聞く耳の持ち合わせがないことははっきりしている。

 僕は敵の首を片手で掴み、そのまま足が浮くまで持ち上げた。だんだん顔が土気色になっていく。


 それでも足をばたつかせる余裕はあるらしい。目障りだな。僕は少しだけ、指にかける力を強めた。

 ぐしゃり、と音がして敵の頸部は破裂。鮮血を巻き上げながら、ぼとり、と頭部が落下した。


「さて、もう気配はない、か」


 あたりを見回している間に、今度は僕の頭がくらくらし始めた。


「あれ?」


 重力に対抗する術もなく、その場に倒れ込む。その後、警報を探知した大尉が医療班と共に駆けつけ、僕とカレンを回収したことは、後になってから気づいたことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る