第22話
僕はすぐさま拳銃を下げ、ユウジの下に駆け寄ろうとした。が、彼の腰元に拳銃が備えられているのを見て慌てて立ち止まる。
声を震わせながらも、僕は尋ねた。
「な、なあユウジ? 一体何があったんだ? いやそれより、お前は無事か? だいぶ煙に呑まれていたようだけど……」
「ああ、俺なら平気だよ。無傷だし」
「それはよかった……じゃない! 敵襲だ! ユウジ、早く伏せるんだ!」
「もう爆発は起きないよ」
「どうしてそう言えるんだ?」
「だって爆弾仕掛けたの、俺だもん」
僕は今度こそ拳銃を取り落とした。セーフティがかかったままだったのは僥倖だ。
それよりも、僕は今のユウジの台詞を上手く認識できずにいた。
「お、お前が、レーダーを破壊した?」
「今そう言ったじゃん」
いつもの人懐っこい笑みを浮かべて、ユウジはひらひらと片手を振った。
「そんな……。せっかく自分で整備したのにか? それより、レーダーが使えなくなったらこの基地はすぐに制圧されてしまうぞ! そもそもゲリラ基地としての存在意義が――」
「いいんだ、ケンイチ」
「は、はあっ? 何がいいんだって?」
「なかなか話し出せなかったことについては謝るよ。なあケンイチ、俺とカレンとケンイチの三人で、ヴェルヒルブに亡命しないか?」
「……あ」
僕は脳内のみならず、胸中までもがいっぱいになって言葉を失った。ユウジは何を言っているんだ?
「ケンイチ、言いたいことは分かるよ。俺の両親はヴェルヒルブの空襲で殺されたんだから、親の仇の側に寝返るのはおかしい。そうだろ?」
「……」
「でも、実際は違った。俺の両親は生きてるんだ。ヴェルヒルブに亡命してね」
「ユウジ、一体何を言って……?」
「俺の両親は地質学者でね、エウロビギナの地理関係にはとても詳しかったんだ。そんな人物を、ヴェルヒルブがむざむざ敵国民として殺すはずがないだろう?」
夜明け前の涼風が、周囲の木々をさわさわと鳴らしていく。その時になってようやく、僕は自分の顔に冷たいものを感じた。冷や汗が額から流れ出して止まらない。
僕が口をぱくぱくさせている間に、黒煙が晴れてユウジの煤で汚れた顔が露わになった。
いつも通りの明るく軽い口調で言葉を紡いでいたユウジ。しかしその表情には、苦悶の念がありありと見て取れた。
「俺が修理を手掛けたこのレーダーだけど、実は使う度に微弱な電波をヴェルヒルブ側に送っていたんだ」
「こ、この基地の場所を知らせていた、と?」
「ああ。レーダーを使いながら微弱な電波を送信していれば、他の皆に疑われる恐れも少なくなるだろうからね。もちろん、そんな細工ができたのはこの基地だけだ。でも、それだけで相手さんは大喜びさ。なんせ、謎の航空戦闘少女に亡命を促すことができるんだから。あるいはこの基地を攻撃して、ケンイチとカレンの二人を殺してしまう、とか」
殺してしまう? カレンを? 僕だけでなく? そんな馬鹿な。
「嘘だろう、ユウジ? お前はあんなにカレンのことを慕っていたのに」
「だからレーダーをぶっ壊したんだろ、たった今」
「えっ?」
「いやいや、えっ? じゃねえだろうよ。俺にはやっぱり、どこにいるかも分からない両親より、カレンの方が大切だと思った。ケンイチ、お前、テレパシーが使えるからって、自分だけがカレンのことを想ってるなんて考えちゃいないよな?」
「そりゃあ、そうだけど」
「ならいい。明日には大尉に来てもらおう。このレーダーを修理するのに。それから俺は、自軍の高官を通してヴェルヒルブから亡命の誘いを受けていたこと、レーダーにちょっかいを出したこと、それからやっぱりこんなんじゃいけないと思ったこと、全部を話すよ」
「でもそうしたらお前、軍法会議もんだぞ?」
するとユウジは両手を腰に当て、俯きながら、そうだな、と呟いた。
「きっと重罰を受けるだろうし、しばらくは太陽を拝めないような暮らしを強いられるだろうな。けど、いいんだ。カレン、それにケンイチが無事なら」
「カレンと僕が無事なら、ってお前……」
まだ届く距離でもないのに、僕はユウジの肩に手を伸ばしていた。それを意識してか、ユウジも半歩遠ざかる。
「俺のことは気にすんなよ。いっそ忘れてくれ。そして、カレンと幸せに――」
しかし、ユウジの次の言葉が発せられる機会は二度と訪れなかった。
ズシャッ、と肉体が破損する音と共に、ユウジの左半身が消し飛んだのだ。
僕の足元にまで血飛沫が飛散する。それからタイミングをずらして、パアン、という発砲音が轟いた。
「ユウジ!」
自分が血塗れになることなど構わない。負傷者は助けなければ。そう思って、ユウジのそばにしゃがみ込んだのは正解だった。もし立ち続けていたら、第二射で今度は僕が殺されていただろうから。
「ユウジ、おい大丈夫か! ユウジ!」
腕のなくなった左肩に手を当てるものの、どくどくと溢れ出す血液を止める術はない。
僕はもう無我夢中でユウジの身体を揺さぶったが、出血を酷くするだけだ。それ以前に、ユウジの瞳からは、既に生気が失われていた。
自分の腕とシャツ、それにズボンまでもが真っ赤に染まっていく。それに気づき、危うく悲鳴を上げかけたところで、僕は足首をむんずと掴まれ、勢いよく引き摺られた。
「うあ! カ、カレン!」
(何やってんのよ、馬鹿! さっさと身を隠せ!)
(身を隠すって?)
(狙撃される! 早く建物の中へ!)
(で、でもユウジが――)
(ユウジがどうかしたの? あっ)
その気配からするに、カレンもユウジの遺体に目を留めたらしい。
しばらくカレンは固まっていたが、敵の狙撃第三射が頭上を掠めたところで正気に戻った。
振り返って匍匐前進を始めるカレン。彼女に続き、僕ものそのそと地上一階へ下りるハッチへ向かっていく。
狙撃による第四射はない。代わりに、この基地の正面フェンスが発破で吹き飛ばされた。
(地上部隊まで動員してくるとはね。どうにか隠れてやり過ごすしかない。ケンイチ、どこか思い当たる場所は?)
(そ、それなら……)
僕が選んだのは、地上一階の防空壕だ。地下三階まで下りる時間はないものと判断した結果である。
しかし、あんな無残な、それも仲間の遺体を前にして、どうしてここまで冷静でいられたのか。
正直自分でも分からないが、もしかしたらユウジが天に召される前に力を貸してくれたのかもしれない。常に冷静であるように、と。
(こっちだ、カレン)
階段を下り切った僕はカレンを手招きし、エントランスから見て左奥の通路へ。その先にある重金属製のハッチを開け、そこに入るようにカレンを促した。
続いて僕が入ると、それだけで防空壕の収容人数に達してしまった。僕とカレンは体育座りをし、この狭い防空壕で肩を寄せ合った。
その直後、ハッチの向こう側からくぐもった爆発音がした。手榴弾かロケット砲か、何による攻撃なのかは分からない。だが、少なくとも敵は正面突破を試みているらしい。
敵が僕たちを発見する前に退散してくれるといいが……。
だが、最も大きな脅威は敵ではなかった。それも僕にとってではなく、カレンにとって。
僕がハッチを封鎖すると、当然ながらこの空間は闇に呑まれることになる。
この狭さ。この暗さ。それが、カレンに何らかの刺激を与えたようだ。
「いてっ! カレン、立ち上がっちゃ駄目だ!」
(逃げなきゃ……)
「えっ?」
(ここから、逃げなきゃ!)
「逃げなきゃ、って、たった今逃げてきたんだろう?」
(くっ!)
「ちょっ、待って! カレン!」
ハッチを押し上げ、出ていこうとするカレン。僕はカレンの腰に抱き着いて止めようとしたが、思いっきり踵で蹴り飛ばされた。
その時には既に、この建物は敵部隊の猛攻を受けていた。銃声、爆発音、壁が崩れる鈍い音。それらが入り混じって、とても音声は届きそうにない。
(カレン、何をやってるんだ! 危険すぎるぞ! 戻れ!)
こうなったら仕方がない。
僕もまた防空壕から出て、カレンの背中を追いかけた。既にカレンはエントランスを出て、敵の火線の集中するグラウンドへと飛び出そうとしている。
身体を動かすことについては、僕はカレンには全然及ばない。追いつけないと判断し、僕はボロボロになったエントランスに到達。扉のわきに備え付けられたグレネード・ランチャーに煙幕弾を込め、立て続けに発砲した。
とにかく、カレンが敵の的になることは避けなければ。そう思ってのこと。
弧を描き、グラウンドに落ちた煙幕弾から、猛烈な勢いで白煙が噴出する。
しかし、カレンを救うにはほんの僅かに遅かった。
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