第19話


         ※


「敵機の待ち伏せだ! 情報が漏れてる!」

「全機、各個に敵機を撃墜せよ! 全兵装、使用を許可する!」

「重爆撃機隊、一時戦闘空域より退避! いい的になるぞ!」


 管制室は蜂の巣をつついたような騒がしさだった。当然だ。

 あの機密会議から三日しか経っていないというのに、ヴェルヒルブ空軍は見事なまでの空対空防衛線を築いていたのだから。


 カレンの登場で出鼻を挫かれた節はあるだろう。だが、それを差し引いても十分な戦力がアルバトル西方の空域には待機していた。


(カレン、サーベルのエネルギー残量に注意して。六時方向に敵機!)

(チッ!)


 テレパシー内で舌打ちするカレン。しかしすぐさま対応し、身を翻して真後ろから迫る敵機に対峙した。直後、機関銃によって敵機は前面から穴だらけにされ、黒煙を上げて落下していった。


 僕がカレンとシンクロしながら次の敵機の気配を探ろうとした、その時。


「ふむ、戦況はいかがかな」


 中性的な、しかし男性と分かる声がした。事務要員たちが踵を合わせる音がする。


「はッ、ご報告します、スルズ准将!」


 一瞬僕の気が逸れた。

 スルズ准将? 今作戦の指揮を執るという、スルズ・バルナ准将か? とっくに作戦は始まっている。今頃になって何の用だ?


 管制室に詰めていた中佐が、准将に現状報告を行っている。

 僕はふっと息をつき、カレンを援護すべく再びシンクロへの集中力を高めた。


 カレンはアクランによる機動性能をフル活用し、近接戦闘に注力していた。

 狙うのは敵機のコクピット。一刺しで敵機を無力化する。敵味方が混戦を繰り広げる中、主を失った敵機が一機、また一機と減速、墜落していく。


 ここぞと迫ってきた別な敵機に対しても、カレンは巧みに立ち回る。

 コクピットに突き刺したサーベルを軸に身体を回転させ、残骸の陰に入って敵機の銃弾を回避。

 敵機が頭上を通過するタイミングで機関銃を連射し、これさえも落としてしまう。見事というにはあまりにも冷徹な返り討ちだ。


(カレン、二時と三時方向から敵機、計四機。機関銃で迎撃を)

(了解)


 カレンは機関銃の弾倉を交換し、すぐさま急降下。

 まさか不利であるはずの下方に回り込むとは思っていなかったのか、四機編隊の隊形が乱れる。

 その隙にカレンは四機の後方に回り込み、ズダダダッ、ズダダダッ、と機関銃の固め打ちを浴びせる。旋回する前に全機が被弾。黒煙を上げながらあっという間に落ちていった。


 よし。待ち伏せされていた分は、カレンと自軍パイロットたちの奮戦で取り返した。じき爆撃機がより高空から現れ、爆撃を開始するだろう。そうすればカレンも帰投して――。


 そこまで考えて、僕は脳内がぐしゃり、と押し潰されるような不快感を覚えた。

 何だ? この攻撃意志……爆撃機以上の高高度から、僕たちを圧するように前方から迫ってくる。


(新しい敵だ! 規模は数十機の大編隊、高度は一五〇〇〇!)

(何? そんな高空に突然現れたの?)

(ああ……)


 僕はレーダーサイトを確認した。間違いない。接触まであと二百秒といったところか。


「危険だ……」

「どうした、ケンイチ・スドウ曹長?」

「危険です! 直ちに全機に撤退指示を!」


 隣の管制官に向かい、僕は声を張り上げた。


「今度は何事だ?」


 中佐が咎めるような声音で、ずかずかと歩いてくる。


「中佐、これを見てください!」


 席を立って、中佐にレーダーサイトを見るよう促す。すると、彼の顔色が見る見る青くなっていった。


「スドウ曹長、何か感じられるものはあるか? テレパシーで」

「は、はッ、敵機は――」


 僕はカレンを経由して、突如として現れた敵機群の様子を探った。規模も高度も先ほどと変わりない。ただ、接触予想時刻はとっくに五十秒も縮まっている。


(ケンイチ、あたしがもっと詳しく探ってみる。あたしから敵機を引き離して)

(わ、分かった!)

「ど、どうなんだ、スドウ曹長?」

「高高度に出現した新たな敵の編隊に対して、カレン軍曹が斬り込むつもりです。援護を申請します」

「りょ、了解だ。西方に展開中の各機、カレン軍曹を援護しろ! 残存火器に余裕のある者は、軍曹の両翼に展開して援護射撃体勢に入れ!」

《ブラボー小隊、了解》

《チャーリー小隊、お供させていただきます!》


 あまりの緊迫感に僕がごくり、と唾を飲んだ、その時。


「ふむ。敵もなかなかやるものだね」

「はッ、准将……」


 いつの間に背後に立っていたのか、スルズ准将が僕のレーダーサイトを覗き込んでいた。

 まるで針金でできているかのような細い手足と胴体。それらを器用に曲げて、准将は奇妙な踊りを始めた。


 いや、踊っているのではない。どの高度、どの角度から攻め込むべきか、自分の腕を使って考えているのだ。


「やはり頼みはカレン軍曹か」


 折っていた腰を元に戻し、直立不動の姿勢で言い放つ准将。僕はその糸のように細い目が、不気味に輝くのを見た気がした。


「高高度より接近中の敵機編隊、接触まであと六十秒!」


 隣席の管制官が再び声を上げる。それを正面から受けた准将は、無機質な口調でこう言った。


「スドウ曹長、カレン軍曹に命令。出来得る限りの急角度で、敵機下方より突撃せよ」

「なっ!」


 僕は思わず身を乗り出した。


「准将、他機はカレンに追従できません! これでは本当に単機で、しかも下方から敵に接触することになります! カレンが危険です!」

「だがそれはカレン軍曹の望むところなのだろう?」


 准将の口の端がにやり、と歪む。まさかこの男、カレンを捨て駒にするつもりか!


 僕が誰かを、刺し違えてでも殺してやりたいと思ったのはこれが初めてだ。奇妙なのは、その相手がヴェルヒルブ軍の一兵卒ではなく、味方であるところのエウロビギナ軍の高官であることだが。


(ケンイチ、銃身が加熱でおかしくなったから、機関銃は取り換える。サーベルもエネルギー残量が少ないから、適当に放り投げるから。構わないわね?)


 カレンの思念が届く。ちょうど僕が怒りに駆られるのを打ち消すようなタイミングだ。


「う、あ、あぁ」


 僕の喉から曖昧な音がだらだら流れる。准将はこくりと頷き、再び歪みのない上品な微笑を浮かべた。


(ケンイチ、シンクロして)

(りょ、了解だ、カレン。でも――)

(敵機の規模は、さっきあんたが教えてくれたでしょ。先陣を切るくらいのことは、あたしが勝手にやるわよ)


 気をつけて、と念じようとして、僕は止めた。

 いくらカレンだって、自分の安全は確保してから戦っているのは分かる。だがそれは飽くまで、使えるものは使うというスタンスによるもので、周囲の状況がどうだろうがカレンは自力で何とかしてしまう。


 今回もそうであってくれ。そう祈りながら、僕は自分の非力さを噛み締めた。


         ※


 シンクロした直後のこと。僕は敵機群の最前線が、ちょうど機関銃の射程に入るところだと気づいた。


(カレン――)


 しかしカレンは応じない。急上昇を続け、敵機が放ってきた機銃弾をすらりと躱す。やがて敵機の上空に出たカレンは、雲に身を隠すようにしてサーベルを投擲。

 霧状の雲のベールの向こうからでも、微かに爆光が見えた。


 カレンが二本目のサーベルを抜いた、まさにその時。僕の脳の奥底から、直感に基づく何かが這い登ってきた。


(これは……)

(どうしたの、ケンイチ?)

(敵機がこんな上空から現れた理由が分かった)


 僕は一旦、カレンに無用な戦闘を避けるよう指示した。そしてレーダーサイトから振り返り、テレパシーと口頭、両方で語り始めた。


「どうかしたのか、スドウ曹長!」

「はッ。中佐、新たな敵機群が高高度で現れた理由が分かりました」

「対処できるのか?」

「はい。カレン軍曹と、十分な後方支援があれば」


 僕の意識に上ってきた感覚。それは、標高四千メートルを誇る山脈の頂上付近が水平に均されており、その上に敵の最前線空軍基地があるというものだった。


「中佐、こちらの残存航空兵力は?」

「はッ、准将殿。損耗は二割程度かと――」


 そう中佐が説明しようとした、その時だった。


「そんな馬鹿な!」


 僕の反対側の席にいた管制官が、悲鳴に近い声を上げた。


「どうしたんだ!」

「ちゅ、中佐、大変です! 高高度の敵機編隊が一斉に降下を開始しました!」

「何だと!」


 中佐がたじろぐのが、視界の隅に入ってくる。


 何故敵機編隊の一斉降下が脅威なのか。それは、有利な上空からこちらの戦闘機部隊が襲われてしまうからだ。

 だが今さっきまで、その可能性を僕たちは一顧だにしなかった。

 もちろんここにも理由はある。このまま高高度の編隊が攻撃を開始すれば、現在交戦中の敵機群にも被害が及ぶ。敵は同士討ちを起こしてしまうのだ。


 だがまさか、そんな禁断の手とも言うべきことを本気で行うとは。

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