第18話【第四章】
【第四章】
三日後の夜が明ける前のこと。
僕はいつもの基地のグラウンドで、大尉の到着を待っていた。今回のアルバトル攻略作戦における、カレンの装備品を運んできてもらう手筈なのだ。
当のカレンは地下二階で待機中なのだが、意外だったのはユウジが素直に休んでいるということ。
せめて見送りにくらい出てくるかと思ったが、今のところそんな気配はない。
何か思うところがあるのだろうか。
(カレン、調子は?)
(普通。さっき会ったばかりでしょ)
普通という割には、その思念は刺々しさを帯びている。明確な殺意だ。
僕は誤ってそれに串刺しにされないよう、先手を打って、ごめん、と謝罪しておいた。
カレンは特に気にする様子はない。ストレッチでもしているのだろう。
「そろそろかな」
僕が腕時計を見下ろし、東側ゲートの方を見遣ると、ちょうどトラックの走行音が聞こえてきた。続いてヘッドライトが僕の目を軽く眩ませる。僕は両手をぶんぶん振って、停車位置まで誘導した。
「お疲れ様です、大尉」
「おう。カレンの調子は?」
「いつも通りです」
「よし。装備品を搬入するから、手伝ってくれ」
通常だったら、カレンにグラウンドに出てきてもらい、そこで装備の取り付けをすればいい。だが、加重や対称性のバランスを調整するためには、やはり地下二階の機材で計測する必要がある。
さらに言えば、その後に地下三階でカレンに少し動いてもらい、最終的な調整を行うことも考えられる。
実際は、僕が気分的に調整作業をやり易いから、という都合もあるのだけれど。
そんなことを考えている間に、大尉はトラックの荷台に上がり、がこん、と金属質な音を立てた。
僕が覗き込むと、そこには棺桶のような鉄製の箱があった。開放されている。今の音は、その箱の蓋を開ける音だったのだ。そして中には、カレンの装備品一式が格納されていた。
「もうセーフティを解除すれば撃てる状態だからな、慎重に運べよ」
「わ、分かりました」
僕と大尉が地下二階に運び込んだのは、一メートル半はあろうかという筒状の物体やら、やや大きめの機関銃やら、スパイクのついたコンバットブーツやら。
運び込む度にカレンはしげしげとその装備品を眺めては、そっと触れてみたり、担いでみたりしていた。
「大尉、これ本当に全部カレンに背負わせるんですか?」
「おう、あとヒートサーベルを二本な。使い込んであるやつで構わん」
「分かりました」
(じゃあ、装備していくよ、カレン)
(さっさと済ませて)
(了解)
そう念じてみたはいいものの、僕の心には何らかのわだかまりがあった。これはきっと罪悪感だ。カレンに戦いを押しつけているという、逃れられない現実に叩き潰されそうになる圧迫感。いつもいつも、僕の心を真っ暗な方へ引っ張り込もうとする。
(どうしたの、ケンイチ?)
(ああいや、何でもない)
僕は黙々と装備品を扱うことで、その考えから逃れようと試みる。
だって仕方ないじゃないか。カレンは自分の意志で戦ってるんだ。そう、戦いたがってるんだ。僕なんかがどうこう言っていい問題じゃない。
「よし……。大尉、カレンの装備、完了しました」
「うむ」
僕は立ち上がり、大尉の隣まで引き下がって、カレンの姿を眺めた。
ジェットエンジンの配置は今までと変わらない。両肩から覗くヒートサーベルも同様。違うのは、隣に巨大な弾倉を有する大口径機関銃が二丁、装備されていることだ。
遠・中距離戦で機関銃を、近距離戦でサーベルを使うというのが基本スタンスになるだろう。
異様なのは、腰元から両脇に伸びている大口径散弾銃だ。これは、把手が付いている以外は単純な筒でしかない。弾丸は既に装填されている二発、二門合わせて四発のみ。予備弾倉はなし。
この散弾銃は、戦闘開始早々に敵の出鼻を挫くために使われる。広範囲に、超高温に加熱された小さな弾丸を撒き散らすという代物だ。
これを使うためには、カレンは真っ先に敵陣に飛び込み、味方機が周囲にいない状況に晒されなければならない。が、それはカレンとて望むところだろう。
問題は散弾銃の重量だが、二発ずつ撃ち終わってからすぐに放棄すれば問題ない。
「どうだいカレン、違和感はない?」
何を言っているのかが大尉にも伝わるよう、僕は口頭で尋ねる。
(まあこんなものでしょうね)
「こ、こんなものって……」
「どうした? 何か不具合があるのか?」
僕がカレンを一瞥すると、特にないとでも言うようにカレンは首を傾げた。
「大丈夫だそうです」
「よし。まだ時間はあるから、地下三階に移ってもらおうか」
こうして僕たちはカレンの装備の微調整を完了し、地上に出て大尉のトラックに搭乗。前回同様、荷台で揺られながら、空軍本部へと運ばれた。
ユウジはやることがないし、戦況はゲリラ基地のレーダーサイトでも観測できるから起こしもせずに置いてきたが……。まあ騒がしくされるよりはいいだろう。
※
空軍本部と聞いて、僕は首都にでもあるのかと思っていたがそれは間違いだった。国家レベルでゲリラ戦を展開するにあたり、本部もゲリラ基地同様、森林地帯に隠されるようにして再建されていたのだ。
前線からは遠く、大型のレーダーがいくつも頭を出していたが、流石に今の戦況でここまで敵が攻め込んで来ることはないだろう。爆撃されることはあるまい。
地下の作戦指令室に立ち入ると、その広大さに僕は目を見開いた。そこは流石、空軍本部といったところか。
指令室は天井が高く、六角形をしていて出入口以外の一辺ごとにレーダーサイトが配置されている。つまり、僕も含めて五人の管制官がいるわけだ。他の四人とは別に、僕はカレン専属の管制官ということになるらしい。
カレンは実戦部隊に同行し、作戦概要について説明を受けている。それに彼女が従うかどうかは甚だ怪しいところだが。
そして午前五時半。甲高いアラーム音が指令室に響き渡った。
《作戦開始。繰り返す、作戦開始》
僕はレーダーサイトをじっと眺め、作戦通りにカレンたちが離陸したのを確認してからそっと目を閉じた。そしてテレパシーではなく、自分の中だけで呟いた。
無事でいてくれよ、カレン……。
※
カレンとシンクロして戦闘態勢に移行したのは、出撃から二十分後のことだった。
カレンの直掩にあたる二つの味方機が、勢いよく左右に展開した。何だ? 何があった?
(待ち伏せされてる)
(えっ)
僕は言葉を失った。意識を元に戻すまでもなく、指令室内の言葉が聞こえてくる。
「敵機確認! 防衛線から離脱した先遣隊と思われる!」
(ッ! カレン、警戒)
警戒してくれ、と言いかけた時には、左右の直掩機はドッグファイトに突入していた。カレンに対しても、真正面から敵機が機関砲を見舞ってくる。
カレンはそれをひらり、ひらりと回避して、すれ違いざまに抜刀。ヒートサーベルは、敵機を正面から真っ二つに斬り下ろした。
速度を上げるカレン。僕はレーダーサイトを意識の隅で捉え、状況を伝える。
(前方の雲の向こうに敵本隊! 気をつけて!)
(シンクロ頼むわよ)
ほう、カレンの方から頼んでくるとは珍しい。僕は了解の意を示し、大口径散弾銃の使用を薦めた。
それをカレンは読んでいたのだろう。気づいた時にはボン、と鈍い発砲音が響くところだった。
左右から同時に一発ずつ射出された弾丸。二発同時だったのは、カレンが発射の反動を上手く受け流すためだ。
以前のようにバク転し、反動の波に乗る。同時にばさりと翼を最大まで展開し、カレンは自身の身体を覆った。
その直後、爆光が敵陣の真っただ中で煌めいた。逆光を相殺するほどの、目潰しにもなり得る光。発射された弾丸が空中で破裂したのだ。
しかし、散らばったのは光だけではない。今発射されたのは散弾。光源を中心に、高熱を帯びた小さな金属球が無数に広がる。それが敵機の風防や装甲を穿ち、次々と無力化していく。
敵機のパイロットからすれば、この状況は地獄だっただろう。自らの機体諸共、燃えるより先に溶けていくような高熱に晒されたのだから。
今の二発で、いっぺんに十機近い敵機が地面に吸い込まれていった。カレンは翼で身を守った後に急上昇し、散弾の到達範囲から逃れている。
(カレン、敵の部隊が展開しようとしてる! 早く次弾を!)
(了解)
カレンの挙動は機敏だった。ボン、と再び銃声がして、今度は敵の上空から散弾の雨を降らせた。重力に引かれた高温の金属球たちは、これまた敵機群に情け容赦なく襲い掛かる。
こうして早々に十数機を屠ったカレンは散弾銃をパージし、背中から機関銃とヒートサーベルを一丁ずつ抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます