第12話
※
「ふむ……」
大尉は足元を見下ろすようにして、じっと視線を固定させた。
「お前を疑うわけじゃないがな、ケンイチ。そのあたりは専門家の意見を聞く必要がある。もうじき到着するから報告は上げさせてもらう。構わないな?」
「はい、お願いします」
大尉が大きく頷くと同時、がたんとトラックが揺れて、急に車体が安定した。どうやら舗装された道路に入ったらしい。荷台の小さな窓から見ると、背の低い、しかし広大な建物が目に入った。きっとこれが救護所なのだ。ゲリラ基地同様に地下に主要設備があるのだろう。
僕たちの乗っていたトラックが止まった時、カレンを担架に載せた兵士たちは既に救護所に入っていくところだった。
(カレン、不安じゃないかい?)
(不安なのはあんたでしょ、ケンイチ)
辛辣な一言だったが、カレンの気の強さが反映されていると思えば安心材料にはなる。
「ほらほら、あんたたち急いで! でないと助かるもんも助からんよ!」
威勢のいい声が響く。そちらに目を遣ると、初老の女性が手でメガホンを作って声を張り上げていた。すらりと背が高く、長髪を背後で引っ詰めている。眼鏡越しの視線は鋭く、しかし場を取り仕切る者としての包容力が感じられた。
僕がトラックのステップを降りると、大尉が女性の下に大股で歩いていくところだった。
「ペール先生! ペール・オルセン先生!」
「またあんたかい、アラン大尉! いや、無線で報告は受けていたがね。今回の患者はあの女の子なんだろう?」
「ええ。お願いします。それと、ほら!」
とん、と大尉は僕の背中を押した。
「えっ?」
「ほら、テレパシーのことがあるだろう? ペール先生に報告しろ!」
「あっ、あの、その……」
「分かってるよ坊や、詳しい話は後だ。手術が終わったら聞かせてもらうよ。ほらあんたたち! 緊急手術の準備だ!」
周辺を駆け回る白衣の人々に喝を入れながら、先生は救護所に入っていった。
※
地下一階。手術室前のソファで、僕と大尉は二時間ほど待たされていた。
僕は身体を丸め、大尉は壁に背を当てて腕を組みながら、どろどろと流れる時間を感じている。
僅かな物音にも反応してしまう僕に、少しは落ち着けと諭す大尉。
だが、そんな大尉も顔を上げる瞬間が来た。手術室のドアが開いたのだ。すぐさま担架に載せられたカレンが現れる。
僕は立ち上がろうとしたが、直接声をかける必要がないことを思い出した。
(カレン、大丈夫なのか?)
応答はない。気を失っているのだろう。人工呼吸器を取り付けられたカレンの姿は、ガキ大将たちを伸してみせた彼女からは想像もつかないほど弱って見えた。
廊下の向かい側の部屋に収容されるカレン。その担架の後ろから、ペール先生が出てきた。
大尉がつと視線を上げると、分かっていると言わんばかりに先生は手招きをする。
「先生から説明がある。行くぞ、ケンイチ」
僕は足をもつれさせながら、大尉について行った。
※
狭い廊下を歩くことしばし。『ペール・オルセン』というプレートの掲げられた部屋に、僕たちは招き入れられた。
きっと研究資料なのだろう、紙束が無造作にデスクやキャビンの上に積まれている。
「今さらですが、ご無沙汰しております。ペール先生」
「何がご無沙汰だい、アラン。私がどれだけあんたの面倒見てきたと思ってんだい」
「失礼しました」
そんな言い合いをしながらも、二人の口元には笑みが浮かんでいる。
「とまあ、俺と先生の仲はこんなものだ。出番だぞ、ケンイチ」
「は、はい。でも上手く説明できるかどうか――」
「さっさとしなさいな、お若いの。時は金なりって言うだろう?」
やや語気を強めて、先生が言った。怒らせたら大尉より怖いかもしれない。
「まあいい。ケンイチくんとやらが心の準備をしている間に、私からカレンちゃんの容態の説明でもするかね」
「お願いします、先生」
大尉に頷き、先生は語り出した。
「まず良い報告から。骨は無事だよ。半身不随の可能性も考慮したけど、大丈夫だ。奇跡的にね。次に悪い報告だけれど……肺の状態がよくないね。呼吸するのに支障はないけど、気圧の影響を受けやすい。高地での戦闘は不可能だ。西方の山脈を越えて攻め込む作戦には、彼女は参戦できないだろうね」
再び短い唸り声を上げる大尉。
その時だった。鋭い思念が僕の脳裏に刺し込んできたのは。
(ど、どうしたんだ、カレン?)
(冗談じゃない……)
「どうしたんだい、ケンイチくん?」
「あっ、その、カレンの意識が戻ったようなんですけど、こちらの会話が聞こえていたようなんです。それで――」
(あたしを戦えるようにして。こう言えば皆に伝わるわ、アクラン、と)
「ア、アクラン?」
僕がその単語を口にした瞬間に、大尉と先生は即座に反応した。
「ケンイチ、今何と言った?」
「アクランだなんて、どこでそんな兵器の名前を?」
「へ、兵器?」
僕は慌ててカレンに確認しようとしたが、それよりも先に廊下側の扉が開いた。
はっとして振り返ると、そこにはカレンがいた。患者用の服を着て、胸のあたりを押さえながら荒い呼吸をしている。
(どうかあたしの肺を機械化して、高高度での戦闘を可能にして。そのための、ユニット、が、アクラン……)
そこまで伝えてから、カレンの身体がぐらり、と傾いた。
「おっと!」
大尉がなんとか転倒直前で支える。
「カレン! カレン!」
「お前は下がれ、ケンイチ! 先生!」
「まったく無茶するね、この子は! 大尉、あんたは今、カレンがケンイチに何て伝えたのか訊き出しておくれ!」
「了解!」
こうして、ペール先生の私室には僕と大尉が残された。
「まあ、あの調子ならカレンの方は大丈夫だろう。ケンイチ、お前は大丈夫か? 今さらだが、怪我はないか?」
「掠り傷だけです。その、カレンのお陰で」
「ふむ。確かお前は、鉄柱の下敷きになるところでカレンに救われた。そうだったな? これはごくごく稀なケースなんだが……。瀕死、あるいはそれに近い状況に陥った人間の中で、不思議な能力を獲得する者がいるんだ」
僕にはそれが、テレパシーのことだとすぐに判断できた。そうでなければ、カレンの気持ちや考えを共有できるはずがない。
「つまり僕とカレンが、その稀なケースである、と」
「そうだ」
僕は既に、アラン・マッケンジー大尉という人物に頼り甲斐を見出していた。だから過度な説明を聞かずとも、テレパシーに関しては理解できる。
問題はもう一つの方だ。
「大尉、アクランって何なんですか?」
「ああ、もうお前は知っているんだものな、名前だけは」
ぱん、と自分の両膝に手を載せる大尉。
「アクランは、生身の人間に航空戦力を与える装備一式の俗称だ」
「生身の人間に、航空戦力?」
「もし人が空を飛べたら、戦闘機を製造する必要がなくなる。それに、実戦では戦闘機より素早く宙を舞うことができる。問題は飛行者の呼吸器系がもたないということだ」
「だからカレンは、自ら肺を取り換えてアクランを使いこなせるようになるつもりだ、と?」
「……」
大尉は無言で眉間に手を遣った。重苦しい溜息が一つ。それとは逆に、僕の頭には血が上っていた。がたん、と音を立てて椅子を蹴倒し、ドアへ向かう。
「おい、どこへ行く?」
「カレンを止めるんです!」
カレンとのテレパシーは再び切られていた。麻酔薬でも注射されたのだろう。だが僕には、そんなことに頓着している暇はない。
自分の身体を機械化? そんな馬鹿な話があってたまるか。背後から羽交い絞めにされながらも、僕は声を振り絞った。
「カレン! カレン、駄目だ! 君は大怪我をしてるのに、まだ戦うつもりなのか? それは死に急ぐってことだよ! アクランの装備なんてやめてくれ!」
そこまで叫んでから、僕の意識は急に遠ざかることとなる。大尉が僕の後頭部に手刀を食らわせたからだ。
そうでもしてもらわなければ、僕は気が狂っていたかもしれない。
それほどまでに、僕はカレンを、いや、戦争を止めたかったのだろう。僕一人では、到底できることではなかったが。
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