第6話

 僕は思わずヘッドフォン越しに耳に手を当てた。はっとして、すぐさまレーダーサイトに向き直る。そこには味方機を示すマーカーが一つだけ、ぽっかりと浮かんでいた。


(カレン? カレン、大丈夫か?)

(ええ。とっくに帰投ルートに乗ってる)


 そこまで聞いて、致命的なミスを犯したことに気づいた。カレンとのシンクロを、一方的に解除してしまったことだ。


(カレン、一体どうやって――)

(ミサイルって、弾頭に爆薬が搭載されているんでしょう? だから起爆システムと弾頭部分の隙間を斬った)

(き、斬った?)

(そうやってミサイルを無力化してから、そのまま高度を下げて敵機をサーベルで一突き。大丈夫、遠隔操縦はされていないし、パイロットの死亡も確認したから)


 僕はキャスター付きの椅子を滑らせ、レーダーサイトに再び見入った。これだけでは状況が分かりづらい。シンクロを発動するべきだ。


 僕が顎に手を載せ、いつもの体勢でカレンと体感を共有する。すると、遥か下方で爆発音がした。きっと戦闘機が爆発したのだ。ミサイルはもう起爆のさせようがないし。

 状況を脳内で精査していると、カレンのテレパシーが届いた。


(ミサイルの件だけど、あの敵機には二人のパイロットがいた)

(複座式、ってこと?)

(そう。後席のパイロットがミサイルの操縦係ってわけ)


 なるほど、そうだったのか。だからあれだけでかい図体をしていたのだろう。


(この件は明日、いやすぐにでもアラン大尉に報告するよ。ミサイルは君にとって大きな脅威になるだろうから)

(は?)

(え? だって、機関砲の弾雨に比べるとミサイルはずっとトリッキーな動きをしてくるわけだし、カレンにとっては厄介な相手になるなと思って)

(たった今落としましたけど?)


 そう念じるカレンの呼吸は少しばかり荒かった。しかし、苦戦を強いられたとまでは言えない。いや、言わせない。そんな気分があった。


(まあ、とにかく報告は入れる。カレン、すぐに戻って休んでくれ。流石に今夜は、もう敵機は攻めてこないだろうから)


 カレンは無言。だが、この基地に向かって飛行ルートに乗るのは確認できた。シンクロ、及びレーダーサイトにて。


 僕がシンクロを切って椅子から立ち上がった、その時。


「カ、カレン! カレン、無事なのかい? 俺にも応答してくれ!」

「何やってんだ、ユウジ?」


 僕がじとっとした目で見つめる先、ユウジもまたレーダーサイトに目を遣った。


「い、一機しか飛んでない! ケンイチ、カレンは……?」

「無事だよ。今映ってるのがカレンだ」

「ああ、よかったぁ……」


 僕は空咳を一つして、ユウジを睨みつけた。腕を組んで、高圧的な態度を装う。


「随分到着が遅かったな」

「い、いや、だって、非常警報が鳴った時には、その、慌てて、何をしたらいいのか分からなくなって……」

「あっそう」


 こめかみを人差し指で軽く掻く。僕はもう平気だが、ユウジは汗びっしょりだ。


「少しは落ち着けよな、ユウジ。取り敢えずシャワー浴びてこい。カレンの着陸誘導と装備の取り外しは僕がやる」

「じゃ、じゃあ、僕がその装備を整備して――」

「駄目だ。今のお前には早すぎる」


 と言ってはみたものの、レーダー設備(いわゆるパラボラアンテナという形のやつだ)の取り扱いには、ユウジが適任だとは思う。明日の朝になったら、レーダー設備の点検を任せるとするか。飽くまで上官として。


 しかし、と僕は考える。

 まさか自分が軍属になって、他人に命令を下す立場に置かれることになるとは。六年前まではずっと想像できなかったことだ。


 決して上の空というわけではない。が、カレンの装備の取り外しと点検をしながらも、僕はそんな立場に違和感を覚えていた。


『戦争さえなかったら、お前をこんなところに預けはしなかったんだよ』――そう言い聞かせる両親の姿が思い浮かぶ。


 ルーティンとなった装備点検を終えてから、僕は自分がシャワーを浴びたかどうかも忘れて自室に戻り、ベッドの上にぐったりと横になった。

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