第5話
※
眠りに落ちかけていた僕の脳みそを、警報音が揺さぶった。
即座に意識が覚醒し、非常時体制に移行する。ここはゲリラ基地であるため、大きな音を発信することはできない。その代わりに不快で危機感を煽るような人工音が、僕たちの耳に捻じ込まれるようになっている。
僕は何も言わずにベッドから飛び起き、他の二人と連携を取る。
まずカレンと意思疎通しようとしたものの、彼女の方が早かった。
(ケンイチ、遅い)
(あっ、ごめ――)
(ソファで寝てるユウジはあたしが起こす。あんたは早くレーダーサイトに)
(了解)
僕は速足で廊下を渡り、通信室へ飛び込む。室内は真っ赤な非常灯が点滅していて、否応なしに緊張感が込み上がってくる。
恐らく敵機の迎撃には十分間に合うだろう。だが問題は、こちらの警戒空域に敵機が侵入するまで、その存在に気づけなかったということだ。いわゆるステルス性能を持ち合わせているのかもしれない。
そんなことを考えながら、僕はレーダーサイトの座席に就いて機材を起動させた。
緑色の円が展開され、非常灯が黙り込む。するとそれとは別の警報が耳朶を打った。
「機影は一つ。機種は……不明?」
どういうことだ?
(ケンイチ、状況は?)
(ちょ、ちょっと待ってくれ。こいつは今まで君が交戦したことのない機種だ。どんな兵装を積んでいるのか分かってからでないと、迎撃に出るのは危険だよ)
(ビビるのは夢の中だけにして。臆病者)
正直、その言葉にはカチンときた。僕が臆病者だと? カレン、一体君は誰のお陰で戦っていられると思っているんだ? そう伝えてやろうとしたが、結局怒りは喉元から押し下げられた。
(了解。アクランを装備するから、地下二階へ)
(もう着いてる)
(分かった)
冷静であれ。そう言い聞かせながら、僕は階段を下りていく。すると待ち構えていたのはユウジだった。階下で仁王立ちになり、僕にぴしりと指を突きつける。
「遅いぞ、ケンイチ!」
しかし、臆病者呼ばわりされた僕には余裕がない。
「黙ってろ。お前に構ってる暇はない」
「え?」
「カレン、装備はどうする?」
ユウジを肩で弾き飛ばし、ずんずんとカレンに歩み寄る。カレンもこちらに背を向ける。
(さっきと同じ。大口径ライフルの調整は済んでるんでしょうね?)
(もちろん。でなければ出撃許可は出さないよ。いてっ!)
カレンに踵で膝下を蹴られた。何するんだよ、と告げようとしたところで、僕は自分が微かな優越感を覚えていることに気づく。
カレンの階級は上級軍曹であり、曹長である僕より僅かに下なのだ。
これは、僕の方が緊急時に冷静な対処ができるだろうと判断した大尉の采配だ。僕に非はない。だが、どうもカレンはこの現実に我慢ならないらしい。
ちなみにユウジは更に下の伍長だ。
それでも考えてみれば、今の僕はカレンの独走に付き合おうとしている。あの『臆病者』という一言に、上手く乗せられてしまったのかもしれない。
そしてその汚名を返上するだけの手段を、僕は持ち合わせていない。今できるのは、粛々とカレンに武装を施してやること。それだけ。
「アクラン装備良し。翼部接続良し。全火器、装備異常なし!」
僕は指さし確認をして、カレンの肩を叩く。急いで横に飛び退くと、カレンは振り返って二段飛ばしで階段を上がっていった。
僕とて決して暇ではない。カレンを誘導するため、レーダーサイトのある管制室に向かわなければ。
ユウジがゴネたらぶん殴ってやろうと思っていたが、彼は黙して僕たちを見送った。それだけカレンが殺気立っていたということだろう。
僕は地下一階の管制室へ、カレンは地上一階から大空へと向かう。別れ際に、くれぐれも気をつけるようにと告げようと思ったが、止めた。
緊張感に満ち満ちた今のカレン。そんな彼女に伝えることなどあるだろうか? それも、たかが言葉で?
どうせ僕のような後方支援要員の言葉など、カレンに届きはしない。
生きている世界が違うのだ。情報網を駆ける僕と、航空戦に身を置くカレンでは。
何だか自分がひどく卑屈になっているような気がしてきた。だが、別に評価が欲しいわけではない。名声を得たいわけでもない。自分の非力さが悔しい、それだけだ。
つい先ほどまで同じ考えに囚われていたことを思い出し、僕はぶるぶるとかぶりを振った。
これでは、まともな誘導支援は困難だ。落ち着け、ケンイチ・スドウ。お前にしかできないことは、確かにあるはずなんだ。
(カレン、もうシンクロしてもいいね?)
(早い。あんたが疲弊する)
(構いやしない。今は非常事態なんだ)
(勝手にすれば?)
(了解)
僕は目を閉じ、すっと深呼吸をする。すると、視界と聴覚、それに触覚の一部がざわり、と波打った。夏の虫がBGMを奏でる中、夜空を見上げ、ややひんやりとした風を頬に感じる。カレンの体感を共有したのだ。
カレンが背中から腰、足元へと力を入れていくと、アクランがゴオッ、と火を噴いた。あたりに熱を帯びた光の環が広がり、微かに足の裏が地面から離れる。
ばさり、と両翼を展開し、カレンは躊躇なく、しかし慎重にエンジン出力を上げた。
たちまち視界が夜闇と同化し、下方へと流れ去っていく。一旦斜め前方に飛び上がっていったカレンは、大口径ライフルをがしゃり、と構え直した。
僕は一旦、視界を自分自身のそれに切り替える。敵機の方位と高度を確認し、再び感覚をカレンと共有した。
(敵機はやや大型、でも爆撃機にしては小柄だ。方位二時、高度三五〇〇。警戒して)
カレンは無言。言われなくとも、というところなのだろう。
しばしの間、月明りを反射する雲を抜けて飛行を続ける。
(方位よし、高度変わらず。迎撃態勢に入ってくれ)
無表情のままカレンは唇を湿らせて、翼を巧みに震わせて滞空体勢に。その視界の中央には、既に敵機が捉えられている。
(コイツは……)
(カレン、距離を取るんだ。相手の出方を見よう)
そう念じた直後、僕は、そして間もなくカレンも驚嘆した。
(なっ! カレン、目標から小型目標分離! 高速で接近中!)
これは、まさか。
(カレン、ミサイルだ!)
(ッ!)
そんな馬鹿な、というのが僕たちの共通見解だった。戦闘機に搭載可能なミサイルなど、今はまだ開発されていない。
逆に言えば、ついさっき開発に成功して、実証試験を行うためにわざわざ領空侵犯をしてきた可能性がないとも言い切れない。
ミサイルとは、いわば操縦可能な弾丸だ。もちろん通常の機関砲よりかさばるし、搭載可能な弾数などたかが知れている。
だが、たとえ外れても強制的に起爆させることで広範囲を制圧できる。それに、ミサイルそのものが推進剤を搭載しているから、かなり遠方からの攻撃が可能だ。
航空白兵戦という独自のスタイルで戦うカレンにとっては、天敵といってもいい。
発射されたミサイルは一発。僕は再びシンクロし、管制官としての視点から状況を観察する。
カレンは滞空状態から、一気にジェット噴射を決行。ほぼ垂直に、急速に高度を上げていく。結果、カレンの遥か下方で爆光が煌めき、ボン、という鈍い爆音が続いた。
(敵機自体の足はのろい。上方から攻め込む)
(了解)
今度はカレンが攻める番だ。上昇時よりも急速に高度を落とし、ライフルを構える。
が、しかし。
(小型目標、再度分離! 数は……二つ!)
(ぐっ!)
その光景を見て、僕はぞっとした。いつの間にか機首を上げていた敵機が、そこからミサイルを発射したのだ。それも二発。
ミサイルは垂直にこちらに上ってくる。カレンは見えない壁を蹴るように、今度は水平方向へと直角に軌道を変えた。身体を捻り、羽ばたきながらライフルを格納。ヒートブレードを起動する。
(何をする気だ、カレン?)
(ミサイルの隙間を抜けて、本体を破壊する)
(待て、危険すぎる! そんな芸当、今まで――)
(やったことがなかっただろう、って? 冗談よしてよ。戦う時なんて、いつだって臨機応変。失敗すれば死ぬ。それだけ。あんたには分かってない)
ギリッ、と音を立てて僕は奥歯を噛み締めた。
酷い侮辱だ。そう思った。それが共闘している仲間に対して言う言葉か。
だが、為すべきことを何が何でも独力で為してしまう。それがカレン・アスミという少女なのだ。そう思えば、僕には最早何も言えない。言えるはずがない。
カレンは急に減速し、ミサイルの推進剤の発する光に向かって突撃した。
途中でもう一本のサーベルも抜刀し、さらに加速。相対速度は増大し、合わせて距離はぐんぐん縮まっていく。
そして――。
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