惨めな目
赤川が退学になってから一か月。その事実は一部生徒達をにぎわせたが、すぐに消えていった。
先生達は未だにバタバタしているが、それが生徒に伝わることはない。試験や受験などを優先し、いなくなった相手など気にする余裕などない。
ただ幾人かの生徒は今回の騒動の影響を受けていた。赤川の取り巻きである緑谷、柴野、桃井の三人。赤川と付き合っていた(と勘違いしていた)紺野、蘇芳、桜坂。そして私だ。
緑谷、柴野、桃井の三人は赤川の友人という事で念入りに先生から話を聞かされた。センパイの三股に関しては知らないを通せたが、私と赤川のことに関してはにげられない。SNSのログが画像ファイルとして提出されたのだ。
『イジメようという会話の記録が存在する』『見知らぬ誰かが証拠を握っている』……というのが効いたのだろう。学校側はすぐに動いた。先生達の焦りを見るに、私が個人で言っただけなら曖昧に誤魔化すつもりだったに違いない。何も言わなかったが『黙殺するなら証拠を公開する』とでも思われたのか。
(え……ウソ。あの発言消したはずだよ)
(私じゃないわよ! あんなのバレたら終わりじゃないの!)
(誰が先生に売ったのよ!? 自分だけイイコになるつもりなの!)
三人は視線でけん制し合う。言うまでもなく、ログを画像ファイルにしたのは私だ。消される前に三人のアカウントから有効そうな発言を記録し、印刷して匿名で送ったのだ。私をイジメていた証拠として。
「待って! それは冗談で言っただけなの! 全部赤川が悪いの!」
「そうそう! 私たちは命令されただけ! それも無理やり言わされただけだから!」
「私は悪くない!」
三人は自分だけは悪くないと主張を繰り返す。それが悪手なのだと気づくこともなく。
「詳しい話はゆっくり聞こうか」
私も4人にされたことは先生に言ってある。赤川同様、厳しい処分が待っているはずだ。
ざまあみろ。
紺野、蘇芳、桜坂は赤川にいいように騙された男として烙印を受ける。
真面目な紺野はそれから女性という存在を信じられなくなった。近寄ってくる女性から距離を取り、会話すら拒むようになる。心の傷は深い。立ち直るにはかなりの時間がかかるだろう。或いは一生か。
それまで女性の憧れの的だった蘇芳も、あの事件以降女性たちから嫌われる。年下の女に三股された情けない男。つまらない女に引っかかる底の浅い男。そんな印象だ。手のひらを返されたかのような態度を前に、人間不信になったという。
桜坂は停学から復帰することなく引きこもる。学校なんてつまらない。俺はもっとうまくやれるんだ。そう勝手に思い込み、ネットを介して女性を売り物にする商売を始めようとする。すぐにばれて、警察のお世話になった。――『見て』ばらしたのは私だけど。
三人のセンパイも、これまでとは違う人生を送る。順風満帆とはいいがたいだろう。異性を疑い、人間を信じられず、前科を持ち。赤川に振り回された結果、人生が狂ったのだ。
ざまあみろ。
青木は相変わらず引きこもりだ。他人の視線が怖い。他人の目が怖い。その恐怖は抜けそうにない。スマホを買いに行くこともできず、家で膝を抱えて過ごしている。
数日に一度は買い物の為に家を出ないといけないが、その際も他人の目から隠れるように時間帯を選んでいる。コンビニの会計の際にレジ打ちに見られるのさえ、恐怖を隠せない。誰かに見られている、と思っただけで呼吸が乱れて身をひそめるようになった。
大好きだったマンガも動画ももう見れない。キャラクターの目が怖い。こちらを見る構図だと耐えられない。目がこちらを見ていると思うだけで、あの日の恐怖が蘇る。見るな、見るな、見るな、見るな。
カウンセリングなんて無理な話だ。病院に行くことさえ苦痛なのだから。探せば個人で行っているカウンセリングもあるだろうが、それを検索するためのスマホもない。情報が狭まれば、選択肢も狭まる。
もう、こうして細々と生きていくしかない。目に怯え、視線に怯え、誰かに見られている恐怖に怯え。ずっと見てるから。その怯えをずっと見てるから。社会復帰なんかさせない。そんな様子が見えたら、また恐怖を教えてやる。見られている事実を刻んでやる。
ざまあみろ。
赤川は誰かの家に転がり込んでは、逃げるように去っていく日々だ。貯金なんてない赤川は誰かに依存するしかない。ネコを被って可愛く男の懐にもぐりこんで、体を売っていた。
だけど、そんな生活は長くは続かない。転がり込んだ男は偶然赤川が昔やったことを見てしまう。たまたま見たSNSの通知に、赤川が誰かをイジメた事や三股していたことが流れるのだ。
『毒親に耐えきれず家出した少女』『イジメられた可哀そうなJK』が、実は誰かイジメた人間だったり三股で退学したとしれば男も態度が豹変する。
「何なんだよ、これ!? お前、こういう女だったのか!」
「だから何よ! 私は愛されないといけないの! そいつらはクズだから仕方なかったの!」
最初はごまかしていた赤川だけど、男の度重なる追及に開き直る。こうして追い出され、そしてまたどこかの男に転がり込む。
「姉がイジメをしていたことが原因で、その妹がイジメられて自殺したんだって。可哀そうになあ」
「娘がイジメで退学して、それを探すために父親が奔走してるんだって。会社も辞めて私財もなげうってるとか。大変だな」
ついでに赤川の家族がどうなったかも、赤川が転がり込んだ男のSNSに流しておく。他人から聞く家族の状況。自分が原因で家族が不幸になったこと。それを知った赤川は、ただ耳を塞いでいた。
男の家に転がり、そして捨てられる。何度も何度も。過去から逃げようなんて許さない。ずっと見てるから。ずっと見て、捨てられるように誘導して、一生誰にも愛されないようにしてやる。
ざまあみろ。
ざまあみろ。ざまあみろ。
ざまあみろ。ざまあみろ。ざまあみろ。
ざまあみろ。ざまあみろ。ざまあみろ。ざまあみろ。
ざまあみろ。ざまあみろ。ざまあみろ。ざまあみろ。ざまあみろ。
不幸になれ。私を不幸にした報いだ。幸せになんかしてやるもんか。絶対に幸せになんかしてやらない。
私が苦しんだ分苦しめ。私が苦しんだ以上に苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦し、め――
――苦しい。
「苦しい、なんなのよ、これ……!」
赤川は私をイジメて嗤っていた。センパイの嫉妬もあったけど、確かに嗤っていた。センパイに近づくオンナを退治して、嗤っていた。
青木は私の体を凌辱して嗤っていた。肉欲を満たし、私をなじり、私が嫌だ苦しいと叫ぶさまを見て嗤っていた。私が泣いているのを見て、嗤っていた。
他人が不幸になるさまを見て、嗤っていた。
なんで? なんで、嗤えるの?
「こんなの、何が楽しいの!? ねえ、教えてよ! 相手が惨めになって、相手が無様になって、泣き叫んで、苦しんで、これのどこが楽しいのよ!」
ざまあみろ。
私は確かに満たされた。赤川が不幸になり、青木が社会的に死んで、赤川の取り巻き達が裁かれて、私がイジメられる間接的原因のセンパイは歪んで。確かにその結果には満足した。復讐を為したと満足した。
そう思い込もうとした。
復讐を達成すれば終わる信じてた。何度も何度もざまあみろと呟いて、私は勝ったんだと言い聞かせて、これで終わりだと思い込んで、新たな一歩を踏み出せると信じてそしてそれを終えて。
だけど、私がされたことは消えない。
赤川にイジメられたことは、今でも夢に見る。学校を歩くたびに涙が出る。イジられた場所の近くを歩くと、その時の記憶がフラッシュバックする。
青木にされたことは忘れられない。男に近づくのが怖い。ネットで性行為を想起させる画像を見ると吐く。性欲そのものを嫌悪してしまう。
「こんなことしても、私がされたことは消えない! あいつらにされたことを忘れることなんてできない! ただ報いを与えただけで、ざまあみろっていう思いだけで!
満たされたはずなのに、傷が消えたわけじゃない! 私が望んだのは、こんなんじゃないのに!」
満たされた、けど傷は消えない。その傷は今でもいつでも私を苛む。痛い、怖い、気持ち悪い、いやだ、やめて、こないで、さわらないで、なぐらないで、ゆるしてください、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!
「誰か教えてよ! 私はどうしたらよかったの!? どうしたらこの痛みは消えるの!? どうしたら私はあの2人から解放されるの!?
ずっとずっとあいつらを不幸にして、それで満たされて! そこまでしているのに!」
ありとあらゆる視界を盗む百の目を持つ腕は、肝心なものを見せてくれない。
人を壊して喜ぶ鬼は、私の心を満たすだけで傷を癒してくれない。或いは私のこの様子を鬼は楽しんでいるのだろうか。
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