目の呪い
『9時までにいつもの公園に来い』
『逃げたら明日みんなでひどい目に合わせるからな』
『センパイの事で脅しても、もう無意味だから。センパイとは話はついてるから』
『お前、自分の立場忘れるなよ』
赤川から届いた文章。要約すると、公園に来なかったら前みたいにイジメるから来い。もうセンパイの事で脅迫しても聞かない。そういう事だ。
センパイにはとっくに捨てられている。だから私の脅しはもう意味をなさない。なるほど納得だ。センパイとは話がついてる? そうね、別れ話がついてるわね。今の状態から関係修復できたらすごいとおもう。
みんな、というのも滑稽だ。もう赤川に付き従う取り巻きはいない。皆赤川の傍若無人さについていけずに離れていった。私は少しだけかき乱しただけ。あとは勝手に壊れていった。
「馬鹿みたい」
赤川に味方する人はもう誰もいない。
私を辱めた写真で脅迫をする青木はいない。一緒になっていた取り巻きはいない。守ってくれるセンパイはいない。家族はいない。今の赤川は丸裸。それを知らなかったらびくびく怯えていただろう。メール着信音に息を切らし、内容を見て動悸が収まらず、公園に近づくにつれて泣きそうになり。
だけど、今は違う。むしろ笑みすら浮かんでくる。
私は全部知っている。私は全部見ている。
公園につく。ベンチと広い空き地のような空間。そのベンチに座る赤川を見た。遠目にわかるほどに憔悴している赤川。今までは赤川の視点から事を見ていたので気づかなかった弱りはてた赤川。
赤川は私が来たことに気づくと、にたぁ、と笑みを浮かべた。そのまま私に近づき、胸ぐらをつかむ。
「白石ぃ! お前がやったんだな!」
何をやったのかの説明なく叫ぶ赤川。私は全部知っているからわかるが、呼び出されていきなり胸倉をつかまれてわけのわからないことを叫ぶとか。よっぽど精神的に追い詰められているようだ。
「お前がぁ! お前がいなきゃ! ぶっ殺す!」
「殺す? 何言ってるのよ。なんで殺されないといけないのよ」
セリフだけを見れば宥めるように。だけど口調は小ばかにしたように。私は赤川を見下ろすように冷たい目で言い放った。
「お前がやったんだろうが! 緑谷や柴野や桃井につまんないこと吹き込んで! センパイに媚び売って! イジメとか大げさに親に言いやがって!」
「だから何のことよ。私はそんなことしてないわ」
事実だ。私は赤川が言うようなことはしていない。あいつらのアカウントを乗っ取ってかき乱して、赤川がシている最中にセンパイ達を乱入させるように仕向けて、学校のアカウントを使って赤川の親に私がされたことを伝えただけ。
あとは勝手に壊れていった。それを直で見ていた。赤川の目線から、周りの目線から。唯一手を伸ばした父親を拒絶して。その様子は――ひどく面白かった。
「嘘つくな! お前が……お前が悪いんだ! お前さえ死ねば、みんな帰ってくる……! アタシを愛してくれる!」
支離滅裂だ。もう自分でも何を言っているのかわかってないだろう。殺す、なんて言葉も勢いで言っているだけだ。そうやって私を屈服させて、追い込まれているストレスを解消したいだけでしかない。
「愛される? 何言ってるのよ」
だけどそんなことは許さない。殺される気もないし、逃げることも許さない。
「貴方は誰にも愛されない」
その言葉を聞いた赤川はキョトンとした。
予期せぬ相手から予期せぬタイミングで、予期せぬ刃で自分でも気づいていなかった急所を突かれたかのように。
「貴方は誰にも愛されない。違うわ。元から貴方を愛していた人なんていない。
一緒にいた取り巻きは都合よく貴方を利用して、センパイ達は都合よく貴方と遊んでいた。家族も勝手気ままなあなたに愛想をつかした。もう、あなたを愛する人なんていない」
「……黙れ……」
「今困っているあなたに手を指し伸ばす人なんていない」
「黙れ……!」
「貴方が愛されてるって感じていたのは、全部ウソだった。今ここに誰もいないのがその証拠」
「黙れええええええええええ!」
殴られた。痛い。だけど、いじめられた時ほど怖くはない。むしろ赤川に憐みすら感じる。
「これまでも、そしてこれからも。貴方は誰にも愛されない。愛してくれる人なんていない。一生その孤独を感じてろ。一人寂しく生きていけ」
返事はない。その代わりとばかりにまた殴ってきた。何度も、何度も。
殴ってくる赤川を、私は冷たい目で見る。殴られていたいけど、殴るたびに赤川は弱っていく。私の言葉から逃げようと、必死になってる哀れな女。
「もう誰にも愛されない」
殴られた。
「貴方は惨め」
殴られた。
「ずっとずっと、一人でつまらない人生が待ってるわ。ご愁傷さま」
殴られ……なかった。
「白石のくせに……白石のくせに……」
顔を青ざめさせ、胸を押さえる赤川。私の言葉が染み入っている。取り巻きに、センパイに、妹に。愛してほしい人から拒絶された赤川の心には今の言葉がよく届いた。私の言葉を戯言だとはねのける力はない。
仮に心を持ち直して誰かと依りを戻し、仲良くなりかけたとしても邪魔してやる。
私はずっと赤川を見てる。
赤川の視界からずっと見てる。
誰かと幸せになれるなんて思うな。
お前は一生一人だ。
お前は誰にも愛される資格なんてない。
惨めに、つまらない人生を歩いて行け。
呪ってやる。一生呪ってやる。ずっとずっとお前の目を通してみて、そしてお前が誰かに愛されることを邪魔してやる。誰にも気づかれず、お前は呪われていることにも気づかず、ただ無様に嫌われ続けろ。愛されることなく、泣きながら生きていけ。
「……そうだよ。誰にも愛されないなら、いっそお前を殺して……」
カバンの中からカッターナイフを取り出す赤川。脅し用に使うつもりだったけど、もうどうでもいい。ぐちゃぐちゃになった心はもうまともな判断なんてできない。その目には、確かに殺意が乗っていた。
偶然なんだろうけど、それは最善策だ。今ここで私を殺せば、赤川は未来に愛される可能性がある。赤川のことを好きになってくれる物好きは一人ぐらいいるかもしれない。私がいなければ、その関係は邪魔されない。
カッターナイフを振り回す赤川。だけど私は赤川の視界を奪っている。赤川がどこを狙っているかなんて、それこそ目に見える形で分かる。大ぶりの攻撃を避ける。何度も、何度も。『見』て、避ける。運動神経がない私だけど、それに専念すれば避けられる。
「死ね! 避けるな! 死ね! 私の為に死ねええええ!」
大声をあげながらカッターナイフを振るう赤川。それを避け続ける私。その終わりは、見知らぬ大人が乱入することで終わりを告げた。
「おい、何やってるんだ! やめろ!」
「コイツ刃物持ってるぞ! 警察呼べ!」
「落ち着け! 危険だから!」
その後、警察が到着。私は保護される形で警察署に行き、事情を説明する。
イジメられた相手に呼び出されたこと。訳も分からないことを自分のせいにされ、口論の末に赤川がカッターナイフを出したこと。
未成年の赤川は罪状はつかない。だけどこのことは警察を通して学校に知らされる。停学処分だった赤川は、完全に退学扱いとなった。イジメの事も問題視され、赤川の取り巻きも先生に呼び出される。周囲から冷たく見られ、あの三人も肩身が狭い思いをするだろう。
退学した赤川は家族と大喧嘩をして家出をした。SNSで知り合った男のところに潜り込み、そこで媚びを売る。だけど同居人がふとした拍子で目に入ったネットの記事を通して赤川の素行を知る。イジメ、傷害事件、三股した女、家出して男の家を渡り歩く女。清楚で可哀そうな赤川はウソの姿。そこから口論となって追い出される。その繰り返しだ。
その繰り返しを見ながら、私は薄く笑みを浮かべる。
ざまあみろ。お前はずっと一人。誰にも愛されず、寂しく怯えて生きていけ――
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