覗き・赤川の家族 そして青木
赤川の家族の項目にあったのは、4人。パパ、ママ、玲子。そして青木。
どういうことなのだろうか? パパとママはわかる。玲子もおそらくは姉か妹なのだろう。だけど青木はどういうことなのか。同じ苗字を持つ別人なのだろうか。それとも――
思考している間に赤川の視線は画面を確認する。視線の動きが『パパ』に向いて、その後で『玲子』。そして『ママ』に向く。青木には見向きもしない。『パパ』と『玲子』に通知はなく、『ママ』からは50を超える通知が来ていた。
通知数を確認したにもかかわらず、赤川の指は『パパ』をタップする。最後の通知は一か月前。その前は二か月前。ほぼ一か月ごとに通知が来ているようだ。
…………。
パパ『明日は会えるね、聡子。駅前の『ル・フェ』で12時に待ってるよ』
…………。
たったこれだけの文章が、ずっと並んでいる。赤川からの返事はない。だけど赤川はそれを愛おしげに指でなぞっては過去の分までさかのぼっていた。年数にすれば2年ぐらい前。
スマホを使うのが得意じゃないお父さんが、作った文章。しかも使いまわし。端から見れば面白くもなんともない内容だけど、赤川はそれを何度も何度も読み直している。その日の思い出に浸るように。
たっぷり20分近くそうしていたかと思うと、次は『玲子』の会話を開いた。アイコンは赤川に似た子の顔だ。だけど若干幼い。中学生か、あるいは小学校高学年だろう。
…………。
聡子『困ったことがあったらお姉ちゃんに言うのよ』
…………。
それが最後の会話だ。赤川の妹。赤川の指は会話を遡る。内容をまとめると、玲子はクラスの男子からいじめにあっているという。
…………。
玲子『学校行きたくない』
聡子『なんで? 勉強が辛い?』
玲子『勉強は大丈夫だけど、クラスの大崎君がいじめてくる』
聡子『どんなことされてるの?』
玲子『物を隠したり、テストの点が悪いって言ってくるの』
聡子『男子サイテー! いじめとかマジありえん!』
…………。
貴方がそれを言うのか。言ったのはだいぶ前なんだけど、その時期は私を普通にいじめている。怒りで衝動的に書いたか、私をいじめている自覚がないのか。
…………。
聡子『パパと先生は?』
玲子『言ってない。迷惑かけそうだから』
聡子『言わないとダメだよ。言えないんなら、なんなら私が言ってあげる』
玲子『余計なことしないで。もっといじめられる』
聡子『いじめる奴は何もしないと調子に乗ってくるんだから。絶対言った方がいい』
玲子『うん。考えておく』
聡子『考えておく、じゃなくて絶対言う』
聡子『親が別れても、お姉ちゃんは玲子のお姉ちゃんだから』
聡子『困ったことがあったらお姉ちゃんに言うのよ』
…………。
時系列順に並べると、そんな会話だ。この会話も二週間以上前の日にち。それ以降、妹からの返信は来ない。その事にいら立っているか、返事を書こうとしては消して書こうとしては消す赤川の指の動き。
会話の内容から、どうやら赤川と妹は別居しているみたいだ。理由はわからないが、前の『パパ』の会話ログから察するにあまり明るい理由ではなさそうだ。一か月に一度会えるから、国内にいるのだろうが。
ふと、妹に赤川が学校で私にしていることを教えるとどうなるだろうか、と考えた。姉の信頼は失墜し、軽蔑されるだろう。虐められている人間の心理からすれば、ブロックされるかもしれない。
そして妹へのメッセージを送るのをやめ、赤川の指は『ママ』に伸びる。ものすごく躊躇し、ため息のような脱力の後でタップした。
そこには、短いながらも多数のメッセージがあった。
…………。
ママ『宿題やった?』
ママ『テストどうだった?』
ママ『学校どう?』
ママ『塾行ってないみたいだけど、本当なの?』
ママ『あの学校、いじめがあるみたいだけどあなたは関係ないわよね?』
…………。
おおよそ、そう言った内容だ。娘との会話と言うよりは、機械のメンテナンスをしているかのような小さな問いかけの繰り返し。『やったかどうか?』『結果はどうか?』……そんな確認と、悪いことを追求する形。
『ママ』の性格を示す内容として『あの学校、いじめがあるみたいだけどあなたは関係ないわよね?』と言う聞き方だ。娘に関係がないなら、いじめはどうでもいい。そんなふうにとれる。実際そんな心境なのだろう。
『あの学校、いじめがあるみたいだけどあなたは関係ないわよね?』……当事者で、加害者です。そう知ったらこの『ママ』はどう反応するだろうか?
…………。
ママ『一年から遊んでたら、パパみたいになるわよ』
ママ『野球にかまけて大学行けなかったパパみたいになりたくなかったら、今のうちに勉強しなさい』
ママ『玲子は×●中学に受験ですって。貴方も負けないようにしなさい。今から勉強すれば、挽回できるから』
ママ『パパについていったにしては頭いいわよね、玲子。貴方も負けちゃだめよ』
…………。
赤川はそのメッセージを見るたびに、怒ったように指を震わせる。その後のメッセージはもう流し見と言うか見てすらいない。でも書かれている内容はおおよそ予想できる。
私の娘なんだからもっと頑張れ。もっと成績良くなれ。もっと良くなれ。パパの方に行った玲子なんかに負けるな。大学行けなかったパパみたいになるな。遊ぶな。勉強しろ。勉強しろ。
赤川にとって『ママ』の存在はストレスのようだ。それが手に取るようにわかるぐらいにスマホを強く握りしめている。嫌だ。そんなこと言わないで。ママなんか大嫌い。勉強なんか大嫌い。そんな想いが伝わってくる。
そして再度『パパ』のメッセージを見て、「助けて」ってメッセージを送ろうとする。だけどそこで止まった。言ってしまえば楽になるのに、言えない。私が赤川に対して逆らえないように、赤川はここで助けを求められない。それだけの重圧があるのだ。
……可哀そう、だと思った。
赤川にも逆らえない相手がいることがいるのだ。私と似たような重圧に耐えているのだ。同じ苦しみを味わったのだから、その辛さはわかる。助けようなんて全く思わないけど、プライベートに踏み入って悪かったと思うぐらいには同情する。
だけど、そんな同情はすぐになくなった。
「青木」の項目をタップする赤川の指。そのアイコンを忘れることはできない。私を弄んだあの男の顔だ。その男と、赤川は知り合いだった。それだけでも衝撃的だったが、会話の内容はさらに衝撃的だった。
…………。
赤川『今、白石のカバンに口紅入れた。こんな感じの女』
(私の写真が数点)
青木『確認。捕まえてくる』
青木『万引きのお仕置き、済。感謝』
赤川『動画と写真撮った? うまくいきそう』
青木『当然。逆らえないって顔で頷いてた』
赤川『おけ。そんじゃ、オカネよろしくね、叔父さん』
…………。
「これって……」
画面に映った会話だ。日付も時間も、私に万引きを強要したあの日と一致する。間違いない。忘れられるはずがない。あの日から、青木の凌辱は始まったのだから……。私にとって、第二の地獄の始まりの日。
「間違いない。あの二人は叔父と姪の関係で、万引きはあの二人のマッチポンプで」
どう好意的に解釈しても、赤川と青木は結託している。あの日、赤川が私のカバンに口紅を入れて、青木はそれを知って私を捕まえた。万引きしてしまったとおもったショックで何も言えない私は、そのまま青木に体を許してしまったのだ。
「酷い……私が何をしたのよ」
怒りに震える私の視界内で、赤川の指が動く。青木にメッセージを送るために。
…………。
赤川『叔父さん。白石のヤツ、破滅させて』
赤川『二度と学校に来れないぐらいにメチャクチャにして。その写真も動画も頂戴』
赤川『あいつぶっ殺す』
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