開く視界
赤川『叔父さん。白石のヤツ、破滅させて』
赤川『二度と学校に来れないぐらいにメチャクチャにして。その写真も動画も頂戴』
赤川『あいつぶっ殺す』
…………。
自分にぶつけられる遠慮のない悪意。当人たちは私が見ていることなどに気づくわけもなく、当然遠慮もない。私はその悪意に強い衝撃を受けた。直接的な暴力や罵りとは違う、別の圧力が私の呼吸を乱す。
青木からの返事はない。おそらくは仕事中なのだろう。それまで赤川は家に帰らずファーストフードに入り浸り、他の取り巻きとメッセージを交換したり、流行りの動画を見て気分を紛らわす。
その間に何度か赤川の母親からメッセージが来たが、邪魔とばかりにフリックして表示から消す。来るたびにイライラが募っているのが、指の動きからわかった。
青木の返信は、夜の9時頃。赤川は急ぎ青木とのメッセージを開始する。
…………。
青木『どうしたの、聡子ちゃん? 殺すとか』
赤川『あいつ、私を脅したの。白石の分際で! だからめちゃくちゃにしてやる!』
青木『ああ、それは可哀そうにねえ。犯罪とかなら智子さんに相談したら?』
赤川『ママにいえるわけないでしょ! 察せ!』
青木『はいはい』
赤川『あいつ、私の秘密を知っていい気になってるんだから! このままだとお金とられたりするかもしれない! だからその前に潰すの!』
赤川『脅迫したことをばらすと秘密を公開するとか、ドヤ顔で言ってたわ、ナマイキ! 犯罪よ!』
青木『あのおとなしい瞳チャンんがねえ』
赤川『ネコ被ってんのよあいつは! そうやってだまして酷い目に合わせるヤツなんだから!』
…………。
この後も赤川は如何に私が悪辣で非道な手段で脅したかを語り続ける。ほとんどない事ばかりで、センパイとの関係は一切出てこない。愚痴る赤川をなだめる青木と言った感じだ。
メッセージによる愚痴はしばらく続く。時折青木の反応が遅いと赤川がキレて八つ当たりしたりする。それを受け流しながら会話は続いていた。
…………。
赤川『とにかく! あいつをヤッた写真と動画ちょうだい! あいつを脅し返してやる!』
青木『いや、それは待って。聡子ちゃんがそれを持ってると僕との関係がばれちゃうから。それはまずいでしょ?』
赤川『叔父さんは私が白石に脅されてもいいっていうの!?』
青木『だから落ち着いて』
赤川『とにかく! あいつをひどい目に合わせてほしいの!』
…………。
赤川の短絡的な行動を諫める青木。私からすれば青木の冷静さには助かるが、青木からすれば私を脅す材料がなくなるのが困るだけだろう。
…………。
青木『じゃあ、こういうのはどうかな? 僕が瞳チャンを外でヤるから、それを聡子ちゃんがたまたま目撃して撮影するっていうのは』
青木『これなら僕も脅迫が続けれるし、聡子ちゃんも瞳チャンの弱みも握れる。ボクらの関係もバレないし、ウィンウィンじゃね?』
赤川『オッケ! じゃあそれで!』
青木『場所と日付とか決まったら連絡するから』
赤川『できるだけ早くね!』
青木『オモチャ通販で購入するんで、それまでまってね』
…………。
会話はここで一時中断する。赤川も上機嫌になってSNSを閉じ、冷たくなったポテトを口にした。
最悪だ。私は未来に降りかかる災難に気分を落していた。
『外でヤる』の意味が分からないほど子供じゃない。そういう性行為を題材としたマンガを見たことはあるし、その手の動画もあると聞いている。屋外での性行為。それを『たまたま』赤川に撮影され、脅迫に使われる。
イヤに決まっている。外での行為も、それを撮影されることも、赤川に脅迫されることも。そもそも青木に抱かれること自体がイヤだ。拒否したいけど、拒否すればあの時の動画を世界中にばらまくと言われて逆らえない。
自分が処刑されると聞いて、後悔する。知らなければ、こんな気分にならなかったのに。未来に訪れる破滅を知り、それを避ける術がないことを理解し、近くにあった枕をぎゅっとつかむ。
苦しい。
赤川にこれまでされたこと。青木にこれまでされたこと。それが脳内で蘇る。精神的に肉体的に追い詰められ、苦しめられた日々。二人が結託していたこと。そしてそれはこれからもっとひどくなるということ。
悔しい。
三股している赤川が悪いのに、脅迫している青木が悪いのに。なんで私が苦しまないといけないの? なんで私がこんな目に合わないといけないの? こんなに惨めな目にあって、それでも耐えないといけないの?
イヤだイヤだイヤだイヤだ。
苦しい苦しい苦しい苦しい。
悔しい悔しい悔しい悔しい。
ふと、赤川の視点で見た自分を思い出す。惨めな自分。きっと今そんな姿をしていると気づく。
イヤだ。もうあんな姿になるのは。あんな惨めな自分はもう見たくない。
ふと、赤川の泣きそうな顔を思い出す。惨めな泣き顔。センパイに捨てられるのハイヤだと青ざめた顔。
そうだ。赤川はああなるのが正しいんだ。自業自得。みじめな姿になるのは赤川の方なんだ。
ふと、青木の顔を思い出す。私を抱いて、優越感に浸っているイヤらしい男の顔を。
死んでしまえばいい。赤川と手を結び、私の体を弄び、そしてさらに私を堕とそうとする変態なんか、地獄を見ればいい。
嫌悪感が、屈辱が、私の中で渦巻く。青木にされたことが燃料となって、坩堝となってドロドロになっていく。そして――
「――ッ!?」
脳に衝撃が走った。腕にある眼球から貫くように脳に届く。痛みはその後に襲ってきた。たとえるなら虫歯の痛み。神経を直に刺激され、直接脳をかき乱されたような耐えがたい痛み。青木を憎んだドロドロのマグマが腕から脳に迫ったかのような、灼熱。金属を思わせる痛みが腕の一つから脳にかけて絶え間なく響く。
私はしばらくその感覚にのたうち回った。時間にすれば数秒程度だけど、痛みが続く間は永遠に続く地獄のような感覚だった。何が何だか分からない。頭を抱えてベッドの上で悲鳴すら上げれずに転がって、
「…………あ、れ?」
私の脳に、映像が映る。乱雑に物が置かれた机、缶ビールとつまみのお菓子。そしてスマホ。スマホの画面に映るのは、アダルトな通販サイト。女性に使う淫靡な玩具がずらりと並んでおり、それを選んでいるのが分かる。
視界に写る情報はそれだけだが、私は何を見ているのか理解できた。汚い男の部屋。ここに来るたびにはきそうになり、泣きそうになりながら行為が終わるまで耐えていた場所。
ここは、青木の部屋だ。そして今見ているのは、青木の視界だ。
赤川が見ている視界を見ることができるように、いま私は青木の視界も見ることができる。強く憎んだからだろうか。理由はわからないけど、確信できる。
「……何なのよ、これ……」
赤川の時と同じように、見ないように意識すれば見なくするようにできる。私はすぐに瞳を閉じ、視野を遮断した。そう言った玩具に対する羞恥もあったが、それが自分に対して使われると思うと陰うつになる。
「こんなの見えたって、どうしようもないじゃない……」
自分の処刑道具を見て、いい気分になれるはずがない。どんな破滅を迎えるのかを知っても、気分が悪くなるだけだ。そう思い、無理やり寝ようとする。青木の事、赤川の事。そのことで圧迫される私の心は、逃げ道を探すように赤川の悔しそうな顔を強く思い浮かべる。
気分がいい。スカッとした。あの赤川をやり込めた。やった。やったやったやった! 赤川に勝った。そう思うだけで気持ちよくなる。あいつの秘密を知って、泣きそうな顔にさせてやったんだ!
「……そうだ。そうだよ」
落ちかけていた私の心は、勝利の味で目を覚ます。
赤川の弱みを握ったから勝ったんだ。なら、青木の弱みを握れば勝てるのでは? そしてその方法は? 赤川の弱みはどうやって知った?
「あの男の決定的な弱点を見つければ」
青木の視界を開く。あの男の生活を赤裸々に見て、弱みを見つけてやる。そして赤川みたいに泣かせてやる。
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