ハードワークに気をつけろ!


薄暗い風魔の屋敷、広間にて。


アトザ:すまない、よく集まってくれた。

カルマ:ま、またこの流れっすか……。

蛇ノ目:お金がないのよねぇ、里に。

狐白:風魔温泉は経営が好調のようだけど、それでもダメなの?

アトザ:里に対して多額の寄付をしてくれている。が、彼らを頼りすぎることはできない。

呂屯:ゔぁゔぁー。

蛇ノ目:私たちだけで、お金を稼ぐことってできないのかしらねぇ。

狐白:(カルマを見る)

カルマ:な、なんだよ狐白。

狐白:……前から思ってたんだけど、あなた、店舗経営できるんじゃない?

カルマ:えぇ、俺にふるなよ……。

蛇ノ目:いいわねぇ。いつまでもふらふら遊び歩いてるのは、イケメンの無駄遣いよぉ。

アトザ:……風魔温泉本館のすぐ横に、昔、甲賀の岩(がん)と経営していたバーの空き店舗があるな。

カルマ:なんすかそれ初耳なんすけど!

狐白:素敵。イケメンがいるバー、いいじゃない。(震えた声で)

カルマ:待って待って。お前、仮面の下でめっちゃ笑ってるだろ!それ便利だな!

蛇ノ目:オロチ、掃除しといてくれるぅ?

オロチ:シャーッ!(了解!)

カルマ:おい、待てってば!了解するなよ!

断:……店舗の準備は、こちらでやっておく。一週間待ってくれ。

カルマ:断がしゃべった!?

呂屯:ゔぁゔぁー!

アトザ:うむ。試してみる価値はあるな。

カルマ:……わ、わかったよ、やりゃあいいんだな?知らないからな!?


====


一週間後。風魔温泉の近く。

コンクリートがむき出しになった古いビルの前に立つ、カルマと呂屯。

ビルの前に「VANITY by Karma 〜虚無と業〜」と書かれた看板が立っている。


カルマ:おいおい、ほんとにできてるじゃないか……。

呂屯:ゔぁ!(いい感じだね!)

カルマ:なんだこの名前は……。

呂屯:ゔぁ!(中二病っぽい!)

カルマ:店舗の中も見てみるか。2階だっけか。


暗く狭い階段を上がり、2階へ。

何も書かれていない、古い扉を開ける。


カルマ:うぉ!?

呂屯:ゔぁ!?(なんだこれ!?)


目が眩むような、きらびやかな照明に目を奪われる。

バーカウンターの前には、4脚の椅子がある。

客席は、わずか4人分しか用意されていないようだ。


カルマ:すごい内装だ。別世界のような雰囲気だな……。

呂屯:ゔぁゔぁ、ゔぁあ。(カウンターに断からの指示書があるよ)

カルマ:どれ……。


「今日から営業ができるように、すべてを整えてある。

完全予約制で、当面の集客も終えている。

カルマは接客をするだけでいい。

呂屯はカルマをサポートしてくれ。

バックヤードに制服も用意した。

客が入ってきたら、彼らの目を見て、笑顔で迎え入れてくれ。」


カルマ:いや、「目を見て」ってこれ、瞳術使えってことか?客に使っていいのか!?

呂屯:ゔぁ、ゔぁ!(ここまできたら、やるしかないよ!)

カルマ:そ、そうだな、とりあえず着替えるか……。


====


カウンターに立つカルマ。

ガラリと、4人組の妙齢の女性たちが入店した。


カルマ:……ご来店ありがとうございます。


断の指示どおり、カルマは4人の目をしっかりと見て、笑顔で案内する。


カルマ:こちらにお座りください。呂屯、お客様のコートをクロークへ。


マスクとサングラスをした黒服の呂屯が、女性たちのコートを無言で預かる。


カルマ:ご注文をお伺いします。


雰囲気にあてられた女性たちが、おずおずと注文をする。

美しい所作で、カルマがドリンクを用意する。

全員に行き渡ったところで、カルマが、目を見て話しかける。


カルマ:お姉さま方、今日はどちらからいらしたんですか?


カルマの瞳術で魅了された女性たちは、終始、幸福な気分で会話を楽しんだ。


====


深夜。


カルマ:つ、疲れた……。結局、夕方から5回転、20人も来たな。

呂屯:ゔぁゔぁ?(瞳術使いすぎてない?)

カルマ:いや、相当加減してるから消耗はしてない……労働そのものがしんどいんだ……。

呂屯:ゔぁゔぁあ。(いつも遊び歩いてるしね)

カルマ:これで売上は……10万円か!

呂屯:ゔぁ!(すごい!)

カルマ:……たしかに稼ぎもいいし、いっちょ本気でやってみるか!呂屯!

呂屯:ゔぁ!(うん!)


====


風魔の里。

アトザに報告をする狐白。


狐白:アトザ。カルマのバーなんだけど、大盛況よ。

アトザ:それはすごい。

狐白:この売上が続けば、このボロ……この屋敷もだいぶ修繕できるわ。新しいニンジャを雇うお金も出せそう。

アトザ:それは助かるな。

狐白:特に、裏方として呂屯が活躍しているみたい。

アトザ:呂屯はもともと、自主的、献身的に働くタイプだからな。適材適所というやつか。

狐白:ただ、カルマのやる気が続くかが心配なのよね。

アトザ:あいつは労働には向いてなさそうだな……。

狐白:アトザから、檄を飛ばしておいてくれる?助かってるよ、引き続きがんばってくれ、みたいに。

アトザ:わかった、すぐに手配する。


====


「VANITY by Karma 〜虚無と業〜」。

げっそりと疲れた顔のカルマ。

明らかに元気がない呂屯。


カルマ:……今日も仕事か……。

呂屯:ゔ……ぁ……。(しん……どい……)

カルマ:お、おい、目玉一個取れそうだぞ!入れろ!

呂屯:ゔ、ゔぁああ……。(そ、そうだね……)

カルマ:……はぁ……。お?なんだ、アトザさんから手紙が来てる。


カウンターの上の手紙を開封するカルマと呂屯。


「いつもありがとう。

【感謝、挑戦、圧倒的な成長】をモットーに、風魔の里で、いちばん多くの”ありがとう”を集める店舗を目指してくれ。

今日も笑顔で働こう。

笑顔で努力を続けていけば、みんなの夢は必ず叶う。アトザ」


カルマ:……こ、これはヤバいな……。

呂屯:……。

カルマ:ど、どうした?

呂屯:……ゔぉえぇぇぇぇ……(ありがとうぅぅぅ)

カルマ:ろ、呂屯、店で吐くな!

呂屯:……。(カウンターに突っ伏し、動かなくなる)

カルマ:ロトーーーンッ!!


====


風魔の里。アトザに報告をする狐白。


狐白:アトザ、たいへん。

アトザ:どうした?

狐白:呂屯が倒れたわ。

アトザ:なに、病気か?いや、あいつは病気になるのか?基本的に不死では?

狐白:それが、過労だ……と聞いたわ。

アトザ:過労。

狐白:えぇ。

アトザ:過労。不死でも、過労にはなるのか。気が付かなかった。

狐白:……えぇ、そうね。

アトザ:それは申し訳なかったな。店舗は一旦閉じて、静養してもらおう。

狐白:伝えておくわ。


====


明かりの消えた元店舗の前に立つ、銀髪の美女。


断:(私としたことが……労務管理が行き届かず、2人には申し訳ないことをしてしまった)

断:(呂屯……業務時間外に、自主的に店舗の清掃、新メニューの開発、人気店舗のリサーチ、来店したお客様へのフォローメールをして、しかもカルマが最高のコンディションでいられるように、自腹でエステまで通わせてたとか……)

断:(誰かが強いているわけではないのに、いい仕事をするために、自ら過労に追い込んでしまう【セルフブラック化】が発生してしまったわけね……)

断:(起業家と、それをサポートするコアメンバーにありがちな現象……)

断:(特に、呂屯はゾンビだから、自分の限界がわからなかったのかもしれない)

断:(再発しないように、急いで就労規則を作らなきゃ)


=====


風魔の里、屋敷でくつろぐ二人。

休養をもらって、活力を取り戻したカルマと呂屯。


カルマ:いやー、ひどい目にあったな呂屯!

呂屯:ゔぁあ……。(ほんとうにね……)

カルマ:働くってのはろくでもないことだな!

呂屯:ゔぁあ、ゔぁぁ。(それは、言い過ぎだけどね)


二人に近づくアトザ。


アトザ:よかった。元気になったか。

カルマ:そうっすよ!呂屯が倒れるなんて、はじめてっすよ!

呂屯:ゔぁ、ゔぁああぁ。(いや、自分に落ち度がありました)

カルマ:(まじめだな……)

アトザ:ところでだな。

カルマ:なんすか?

アトザ:営業再開はいつなんだ?

呂屯:ゔぁ!?

カルマ:ま、またやるんすか!?

アトザ:え、やらないのか?困ったな……。収入源なんだが。

呂屯:ゔぁあ。(検討させてください)

カルマ:いや!いいんだよ!断ろうぜここは!

アトザ:まぁ、気分が変わったら連絡してくれ。

呂屯:ゔぁあ。(了解しました)

カルマ:まじめか!了解しなくていいよ!

呂屯:ゔぁ、ゔぁああ……。(でも、ここで逃げるのは……)

カルマ:「逃げ」とかじゃないから!

呂屯:ゔぁ……。(でも……)


〜〜〜


(就労規則を印刷する銀髪の美女の後ろ姿)


【終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る