酉花の奥義

夜の山、三人のくのいちが巨大な鬼と戦っている。


カルラ:お前たちは逃げろ!


ふたりの若いくのいちが逃げる。

5メートルは超えるであろう巨躯が、猛烈な勢いで大鉈を振るう。

しんがりを務める烏天狗のくのいちは、無断に両断された。


酉花:カルラ様っ!

餡音:酉花ちゃん!だめ!


酉花は意を決したように大鬼に対面する。

手元から小さな袋を取り出した。


====


朝。

伊賀の屋敷。

食堂で食事を取る餡音と酉花。


ハヤテ:おはよう。

餡音:おはようございまっす!

酉花:おはようございます。

ハヤテ:朝餉は……雑炊か?

餡音:うまいっすよ!

ハヤテ:どれ……。


大鍋から自分の分を取り分けるハヤテ。


ハヤテ:いただきます。……うっ!?


一口食べるや否や、憔悴するハヤテ。

酉花が不安そうに見つめる。


ハヤテ:(……毒!? ではない……?なんだこの痺れ、苦味と辛味、不穏な風味は……!?)

餡音:今日の朝ごはんは酉花ちゃんが作ったんだよ〜!

酉花:お、お口に合いませんか……?


脂汗をぬぐい、飲み込むハヤテ。


ハヤテ:あ、あぁ、わ、悪くはないよ……。

餡音:典座(てんぞ)のおっちゃんが体調崩しちゃってさぁ。

酉花:昨晩の残りを雑炊にしたのですが……。

ハヤテ:ち、ちなみに、何を入れたんだ?

酉花:はい!私が育てた薬草と、使ってみたかった香辛料を入れてみました!

餡音:おいしいよ!

ハヤテ:(……酉花に料理をさせるのは危険だな……)


====


食後、広間にて。


ハヤテ:そうだ、酉花、餡音。

酉花:はい。

ハヤテ:烏天狗の里、わかるか?

餡音:怖いおばちゃんがいるとこ?

ハヤテ:いや、まぁ、間違ってはないが……。

酉花:修行の誘いですか?

ハヤテ:そうだ。俺も若い頃、カルラ様に鍛えてもらった。

餡音:またきつい修行かぁ……。

ハヤテ:カルラ様の修行は……なんというか……たいへん学びがある。行って来い。

酉花:はい!


====


伊賀の里の辺境。

危険な鬼が出没するため、足を踏み入れる人はわずかだ。


酉花:……ここだよね?

餡音:う〜ん、何もないけど。


突如、暗雲が立ち込め、ごろごろと空が鳴り出す。

カッ!と空が光り、目の前に雷が落ちる。


餡音:ひぇーッ!?

酉花:……雷遁!?


土煙の中に、真っ黒な羽が生えたニンジャの姿が見える。


酉花:カルラ様……?


つかつかと二人に近づくカルラ。

鋭い眼光で、静かに言う。


カルラ:……よくきたな。ここが我々の根城(ねじろ)だ。


呼応するように、森の中から、何百というカラスが叫び声めいた鳴き声を上げる。


餡音:(このおばちゃん、めっちゃ怖いんですけど……)


====


夜。

烏天狗の里。

用意された小屋に佇むふたり。


餡音:灯りも……ないんだよね、きっと。

酉花:布団はぎりぎりあるね。

餡音:ご飯は大丈夫かなぁ……。

酉花:あ、ハヤテ様が「メシはたっぷり用意してあるはずだ」って。

餡音:よかったぁぁ〜!それなら大丈夫!

酉花:明日から、どんな修行が待ってるのかな……。

餡音:ぐぅ

酉花:(え、もう寝てる……)


====


森の中の開けた土地。

カルラは小高い岩の上に立っている。


カルラ:……さて。お前たち。

餡音:はい〜っ!

カルラ:語尾を伸ばすな。

餡音:ぴえん

カルラ:酉花。

酉花:はい。

カルラ:ハヤテから聞いているか?

酉花:奥義の修行……ですか?

カルラ:そうだ。今回の修行では、酉花の新しい忍術を開発していく。

餡音:えっ!? 聞いてないんだけど!?

カルラ:うるさい。

餡音:ぴえん!

カルラ:奥義の習得は、酉花だけだ。

餡音:わ、私は……!?

カルラ:カラスたちが巣を新調しようとしている。……黒烏(こくう)!


ひときわ大きなカラスが、餡音の頭に止まる。


餡音:ひえぇぇ!

黒烏:グワァーッ!!


森の中から無数のカラスが集まってくる。


カルラ:そこの籠(かご)に乗れ。


餡音がおそるおそる籠に乗り込む。

カラスたちが羽ばたき、籠を持ち上げる。


餡音:ひえぇぇぇぇぇ!

酉花:(飛んでいっちゃった……)


====


カルラ:うるさいのは行ったな。

酉花:はい。

カルラ:忍術を組み合わせたことはあるか?

酉花:いえ……ありません。

カルラ:見せたほうが早いな。


カルラは懐から小さな袋を取り出す。


カルラ:ハッ!!


左手で袋を投げると同時に、右手でクナイを投げ、貫く。

瞬間、袋は爆散し、前方は真っ赤な炎に包まれた。


酉花:……すごい……!

カルラ:わかったか?

酉花:爆薬の入った袋を、火遁と風遁を練ったクナイで貫いた……?

カルラ:そのとおりだ。お前の忍術では、さらに毒を混ぜる。お前は毒に詳しいのだろう?

酉花:はい!とっておきの毒をたくさん持ってきています!

カルラ:……よし、練習をはじめろ。


====


夜。烏天狗の小屋。

修行を終えた酉花が休んでいる。

一足遅れて、餡音が帰ってくる。


餡音:ただいま〜!

酉花:げ、元気ね……。私はもう動けない……。

餡音:カラスのみんなと仲良くなっちゃってさ!

酉花:そ、そう……。

餡音:みんなでお団子を作ってさ!めっちゃ盛り上がったよ!

酉花:(えぇ、この子、遊んでる……)


====


ひとり、新しい忍術を練習する酉花。

つかつかと近づくカルラ。


カルラ:……難しいか?

酉花:はい。

カルラ:ハヤテも……苦労していた。

酉花:ハヤテ様も、ここで奥義を学んだのですか。

カルラ:あいつはまた違う忍術だがな。


じゃらり、と錫杖を取り出すカルラ。


カルラ:修行の段階を上げる。殺すつもりでやってみろ。


カルラが錫杖を一振りすると、目の前に猿のような小鬼が現れた。


酉花:鬼!?

カルラ:安心しろ、訓練用の傀儡(くぐつ)だ。


じゃらり、ともう一振り。

鬼が4体追加された。

5体の鬼が、酉花を囲む。


カルラ:この程度なら何体でも出せる。倒せたら、小屋に戻ってこい。

酉花:……はい!


====


朝。

岩の上に立つカルラ。

見上げる餡音と酉花。


カルラ:よし……修行も最終局面だ。

餡音:つかれた〜〜〜

酉花:(あなたはカラスたちと遊んでただけじゃ……)

カルラ:酉花、新しい忍術は。

酉花:……まだ、完璧では……。術を組み合わせるのが難しくて……。

カルラ:違う。組み合わせるな。ひとつの術として練るんだ。

酉花:え?

カルラ:お前の好きなものはなんだ?

餡音:お団子です!

カルラ:聞いてない。

餡音:ぴえん

酉花:……花が好きです。

カルラ:では、こたびの新しい忍術と、花を重ねてみろ。どんな花が似ている?

酉花:そうですね……。火炎のように真っ赤な花で、毒がある……曼珠沙華(マンジュシャゲ)?


マスクの下では笑みを浮かべたのか、少し目を細めるカルラ。


カルラ:……いいぞ、そういうことだ。

酉花:はい!

餡音:のけものぴえん


====


広場。

修行期間、最後の夜。


餡音:もうむ〜〜り〜〜〜!

酉花:はぁ、はぁ……。

カルラ:かたちになってきたな、酉花。

酉花:はい!今まで作ってきた毒たちが喜んでます!

餡音:(言い方、怖いな……)

カルラ:よし、そろそろ終わりに……


カッ!!

雷光が空を走り、直後、どーんという轟音が森に響く。

無数のカラスが、ギャーギャーと警戒音を発する。

森の奥から、岩ほどもある巨大な鬼が姿を表す。


酉花:鬼!?

餡音:ちょ、でかすぎ!?

カルラ:……あいつはまずい!すぐに逃げろ!

鬼:ぐおぉぉぉぉ!


容赦なく、巨躯が迫る。


餡音:ヤバい!夜だから影縫いも使えないんですけど!

カルラ:いいから逃げろ!


一足飛びに逃げる餡音。

餡音の背中を追う酉花。

猛攻をいなしながら、二人を守るカルラ。

大きく振りかぶった鬼が、大鉈を振るう。


鬼:ごわぁぁぁ!!

カルラ:くっ!!


カルラは胴から真っ二つにされ、地面に伏す。


酉花:カルラ様っ!

餡音:酉花ちゃん!だめ!


逃げることをやめ、鬼と対面する酉花。

酉花の覚悟に触れたのか、鬼は足を止め、見下すようににらみつける。


酉花:(餡音、影を作るわ)


酉花は懐から小袋を取り出し、天高く投げる。


酉花:忍術・曼珠沙華!


直後、あたり一帯を巻き込みながら、爆炎が鬼を包む。

燃え盛る炎が、鬼の足元に、一瞬の影を作り出す。


餡音:か、影縫いーっ!!

鬼:ぐうぉぉあぁぁああ!!


足止めされた鬼は、炎熱と毒に苦しむ。

徐々に動きは鈍くなり、1分と立たずに動かなくなった。


酉花:カルラ様!!

餡音:……ってあれ?


先ほど分断されたカルラの姿を、まじまじと見る二人。

よく見るとそれは、服を着せられた丸太だった。


カルラ:あっはははははは!


背後から、カラカラとした笑い声が響く。

振り返ると、カルラがいる。

呆然とする2人。


カルラ:あー、おかしい!でも、あんたたちよくやったわねぇ!すごかったわ!さすが、伊賀のホープたちね!

餡音:キャ、キャラ変わってる〜〜〜!

カルラ:そうよぉ。目を細めて、ドスの利いた声でしゃべるのは、疲れるわよ。

酉花:え、では、あの大鬼も……。

カルラ:傀儡よ、傀儡。このときのために、何年も掛けて仕込んだのよ!あのサイズを仕込むのはハヤテ以来ねぇ。

酉花:……。


涙を薄く目に浮かべ、カルラをにらみつける酉花。


カルラ:怒らない、怒らない。一人前になるためには、こういう学びも必要でしょ?ハヤテも「カルラ様の修行はたいへん学びがある」とか言ってなかった?


酉花:……。


ぷー、と頬を膨らませ、うつむきがちに、ぷるぷると震える酉花。

酉花の不穏な状態に気づき、焦る餡音。


餡音:い、いやー、カルラ様、どっと疲れたので帰っていいっスカ!?

カルラ:あぁ。私もここでしまいにして、風魔のホスクラに顔だしてくるわ!明日の朝ごはん、よろしくね〜。


黒い羽をばさりと広げ、カルラが飛び立つ。

朧月夜の空に、烏天狗のシルエットが遠ざかっていく。


餡音:あのおばちゃん、やべぇな……。ごくり。


====


朝。

小屋で食事を取る餡音、酉花。

ガラリ、と入ってくるカルラ。


カルラ:あぁ、飲んだ飲んだ……。おはよ、ふたりとも。

酉花:おはようございます。

餡音:お、おはようございます。

カルラ:おい、酉花ぁ、いまちょっと「なんだこのダメ人間……」とか思った!? 誰が忍術教えたと思ってるんじゃ!?

酉花:すみません。以後、気をつけます。

カルラ:じょ、冗談だよ……。

餡音:カルラのおばちゃん、これ以上のハラスメントはやめてください★

カルラ:は、ハラスメントか……世知辛いな……。お、朝飯まで作ってくれたのか!さっすが。粥か?


嬉しそうに粥を器によそうカルラ。


カルラ:どれどれ……。うっ!?


粥を口に入れると同時に、真っ青になり、白目を向く。

バタン、とうつぶせに倒れるカルラ。


餡音:え!?

酉花:お薬になると思ったけど、ちょっと入れ過ぎちゃったみたい。

餡音:目が笑ってない……。

酉花:私と餡音ちゃんは耐性があるから大丈夫よ。

餡音:え、怖いんですけど!


(「パワハラ撲滅★」と札が貼られたカルラの背中)


【終】







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