おいらは風来坊


夜。

町民が雑賀の屋敷を訪れる。


町民:あのぉ、どなたかいらっしゃいますかぁ!


就寝準備をしていた弁天。

急いで身支度を整えて応対する。


弁天:どうしたの?困りごとかしら。

町民:はい……。風太さんが……。

弁天:……あぁ……ごめんなさいね。すぐになんとかするわ……。


====


居酒屋。

酔いつぶれた男がいる。


猫又:おい。こら。風太。

風太:むにゃむにゃ……。

凪紗:まるで、だめね。

猫又:叩き起こすか。


猫又が、ぬらりと、刀を抜く。


猫又:やれ、村正。


村正から放たれた妖気が、突っ伏した風太を覆う。


風太:……!? や、やめてくれ!! おいらが悪かった!! ……はれ?


飛び起きた風太はあたりを見渡す。


猫又:ほれ、早く帰るぞ。

風太:猫又ぁ、この起こし方はやめてくれよぉ……。

凪紗:どんな悪夢を見たの?

風太:怒り狂った女に刺されそうになった……。

猫又:この女たらしめ。

凪紗:最悪……。その人に、どんなひどいことをしたの。

風太:た、単なる、悪夢だよ!


====


雑賀の屋敷。


風太:あー、ただいま!わが家!

弁天:久しぶりね。

風太:よっ、弁天ちゃん!10年ぶり!相変わらずかわいいね!

柴:風太、帰ってきたんだ!

風太:柴!人間の姿も板に付いてきたなぁ!子犬だったお前が……。ほろり。

凪紗:すごい荷物ね。

風太:あぁ!さっさと部屋に置いてくる!

弁天:待って。

風太:へ?

弁天:言いにくいんだけど……。

猫又:お主の部屋はもうない。

風太:へ?

凪紗:孫市様が「あいつの部屋は必要ない」って言って、物置にしちゃったのよ。

風太:えぇ……おいらの大事なブロマイドは!?

凪紗:孫市様、ぜんぶ捨ててたわね……。



ひどくしょげる風太。


風太:……おいらの居場所はないのかぁ……。


気まずい空気が流れる。


猫又:ま、まぁ、荷物は広間の隅にでも置いておけばいいじゃないか!

凪紗:そうよ、布団もそこに敷いていいから!

風太:……そうだよな、そうするよ。


====


翌朝。

屋敷の厨房。

怒る猫又、しょげる風太。


風太:ごめんって、知らなかったんだよ。

猫又:謝って許されることと、そうじゃないことがあるんだよ!

凪紗:どうしたのよ、いったい。

猫又:こいつが食っちまったんだよ……大事に取っておいた干物を……。

風太:みんなで酒呑んでたらつまみが足りなくて……あ、最高にうまかったぜ!

猫又:当たり前だ!

凪紗:(く、くだらない……)


====


昼。

屋敷の広間。

驚き、呆れた顔の柴と弁天。


弁天:ちょっと、なにこれ。

柴:うん……ひどいね。


風太の私物、飲み食いしたゴミが大量に散らかっている。


弁天:どういうこと?宴会でもしてたの?

柴:うん。

弁天:到着したその日に?

柴:うん。

弁天:本人は……片付けもしないで、ほっつき歩いてるの?

柴:うん。

弁天:信じられない……!

柴:(こんな顔の弁天、初めて見るなぁ……)


====


夜。

町民が屋敷を訪ねる。


町民:弁天さま〜!いらっしゃいますか〜!


就寝準備をしていた弁天。

身支度をして、応対する。


弁天:……また、ね。

町民:はい……また、です。

弁天:凪紗、猫又……お願い。

猫又:ぐぬ、村正を使うのもタダじゃないんだが……。

弁天:町民に迷惑はかけられないわ。

凪紗:……回収してくる……。


====


朝。

風太の私物でとっちらかった、屋敷の広間。

さらにゴミが増え、汚染範囲も広がっている。

集まる雑賀衆の面々。

隅では風太がいびきをかいて寝ている。


弁天:……わかってるわね。

猫又:あぁ。

柴:さすがに……。

凪紗:もう限界よ……!


猫又が妖刀・村正を抜く。


猫又:ぐ、こんな短期間で三度目……。


弁天が三味線を構える。


弁天:いくわよ……。……かけまくも かしこき……。


弁天が祝詞(のりと)を唱えだすと同時に、村正が妖気を発する。

のんきに寝ている風太に、二人の呪法が襲いかかる。


弁天:……おん、そわか。

凪紗:効いたかしら。

猫又:二重の呪法だ。効かないわけがない。


むにゃむにゃと起き出す風太。

あたりを見回し、一呼吸おいて、すべてを悟った顔で言う。


風太:……うん、わかった。おいら、迷惑だよな。ごめんな。すぐ、出るよ。


決して顔を見られないように、荷物を片付けていく風太。

気まずい空気が流れる広間。


凪紗:(ちょっと、猫又なんとかしてよ)

猫又:(どうしろと)

柴:あ、そろそろ見回りの時間だな〜!

弁天:私も、報告をまとめないと。

猫又:そ、そうだな。村正の面倒をみないといけないんだ。

凪紗:(わ、わざとらしい!)


そそくさと部屋を出る、猫又、柴、弁天。

残った凪紗。

柔らかい顔で振り向く風太。


風太:……凪紗は、まだいるのか?

凪紗:あ、思い出した!私も用事があるんだった!

風太:そうか。旅の土産を置いておくから、みんなによろしくな。

凪紗:え、えぇ!任されたわ。


====


荷物をまとめ、屋敷を出る風太。

門前で見送る凪紗。


風太:またな。

凪紗:えぇ……。

風太:風遁!


大きな風がビュッと吹き、風太の姿は見えなくなった。


====


夜。

雑賀の屋敷に、任務を終えて集まる面々。


弁天:風太はもう行ったのね。

猫又:嵐のようだったな……。

柴:あれ?でも、荷物残ってない?

凪紗:あ、そうだ、手土産があるって。

弁天:変なところ、気が利くのよね。

猫又:どれ……これがわしのか。丁寧に手紙まで付けておるな。


「拝啓 猫又様。北方の地にて、たいへん貴重な魚の乾物、折々の保存食を手に入れました。お仲間と召し上がってください。」


猫又:なんと!これは!北の湖にしか住んでいない珍魚じゃないか……!? 買おうと思って買えるものではないんだが……。

柴:これ、僕の?


「拝啓 柴様。南方の地にて、たいへん話題になっている【ちゅーるん】という、犬用のスイーツを手に入れました。里の子犬たちが喜ぶと思います。」


柴:え!? ちゅーるん!……今、僕の里の子どもたちが、まさに欲しがってるやつだよ……。

弁天:私のもあるのね。


「拝啓 弁天様。里の世話役の苦労は、私には想像ができないほどに、大きなものだと思います。風魔温泉本館・特別室のチケットを手配しました。英気を養ってください。」


弁天:いやだ……これ、とっても高いのよ……?

凪紗:ど、どれもけっこう高級なものよね。私のは……?


「拝啓 凪紗様。乾燥肌でお悩みだったと思い、諸国で評判の化粧品をおまとめしました。美しさが、あなたをもっと自由にする。」


凪紗:ちょっとしたキャッチコピーまで……。


顔を見合わせる4人。


猫又:……もうちょっと……優しくしてやってもよかったな。

弁天:……2泊3日で追い出すのは、酷だったわね。

柴:……次はいつ帰ってくるかな。

凪紗:前回は1年以上空いてたし、次はだいぶ先かも。

柴:ゆっくり話をすればよかったなぁ。

猫又:メシくらい一緒に食べたかったな。

凪紗:風遁の修行も付けてもらいたかったわ。

弁天:諸国の音楽についても、話を聞きたかったわね。

猫又:……ま、ぜんぶ、次回だな。


====


翌朝。

広間にて、任務の打ち合わせをしている4人。

門前に、町民の大きな声が響く。


町民:あのぉ、どなたかいらっしゃいますかぁ!


顔を見合わせる4人。


弁天:……猫又、あなた「メシくらい一緒に食べたかったな」って言ってたわよね。

猫又:いや、弁天も「音楽について話を聞きたかった」って言ってたよな。

柴:……凪紗ちゃん、風遁の修行付けてもらえるかもよ?

凪紗:柴こそ、ゆっくり話ができるわよ?


ふたたび、町民の大きな声が響く。


町民:あの、どなたか!


(居酒屋で酔いつぶれる風太)


【終】

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