断はどこへ消えた?

薄暗い風魔の屋敷、広間にて。断以外の全員が集まる。


アトザ:すまない、よく集まってくれた。

カルマ:俺たちが自由なのは知ってるんすけど……。

蛇ノ目:ここ、半年くらい、さぁ。

狐白:断を、見かけないのよね……。

呂屯:ゔぁゔぁー……。


====


続いて、屋敷の同じ広間。


カルマ:アトザさん、断は、何か特別な任務を背負ってるんすか?

アトザ:いや、私の知るかぎり、特務はないはずだ……。

蛇ノ目:断くんは、どうしちゃった、のよ?

狐白:……断がいないと、困りますね。

カルマ:そうだ。あいつがいないと、ほんとうに困るんだよ……。

呂屯:ゔぁー……

カルマ:そうだよ……あいつがいないと……夜が暗くてな……。

狐白:あのビームが、里全体を照らしてくれて、いい具合に明るいのよね……。

蛇ノ目:私たちの、たいせつな、街灯……断くん……。

アトザ:いや、そろそろ、街灯くらい、里に用意してもいいのかもしれない。

狐白:アトザ、そんな予算は、どこにあるのかしら。

アトザ:……。

蛇ノ目:私たちは、とても貧乏ぅ。カルマぁ、ホストクラブでも経営してよぉ。

カルマ:いや、うさぎくらいしか来ないこんな田舎じゃな……。

蛇ノ目:それも、そうねぇ。

呂屯:ゔぁぁ。

狐白:(……早く咲耶の元に帰りたい……)


====


風魔の里、唯一の観光地、風魔温泉。

うさぎくらいしか来ない秘境の温泉だが、

ここ最近、「本館」が不思議なにぎわいを見せている。

なにやら、新しい番頭がたいへんな美女で、商売上手。

うさぎ以外の観光客が殺到しているようだ。


カルマ:狐白、聞いたか。

狐白:えぇ。風魔温泉の本館が繁盛しているようね。

カルマ:本館って、あの古臭い温泉だろ!? 新しい番頭が凄腕らしいが……知っているか?

狐白:いえ。

カルマ:……そうか。この件については、風魔衆として「公式」に調べる必要があるようだな。

狐白:賛同するわ。

カルマ:「公式」ということは、「経費」になるよな?

狐白:えぇ、アトザに経費申請を出しておくわ。

呂屯:ゔぁあ。

カルマ:(げ、呂屯)……いや、お前は……すまん。経費の問題もあるし……。

狐白:ごめんね呂屯、あなた、温泉に入れないじゃない。

呂屯:ゔぁぁ……

カルマ:お、温泉まんじゅう買ってくるからよ。

狐白:里の経費でね。すぐ帰るから。

呂屯:ゔぁ!(経費!)


====


狐白の完璧な資料により、無事に経費申請が通ったふたり。

アトザの空間術を使い、サクッと風魔温泉に移動。


カルマ:……きた。

狐白:やったわね。

カルマ:経費で温泉だ!!

狐白:……「調査」だからね。

カルマ:ノープロブレム!風魔温泉の本館を「調査」するんだろ!?

狐白:そう。あくまで調査だからね?

カルマ:経費で調査、レッツゴー!

狐白:(ちゃんとずっと温かいお風呂、久しぶり……)


====


風魔温泉、本館前。


カルマ:……げっ!? おいおい、なんだよこの混み具合は……。

狐白:3年前に社員旅行で行ったときは、私たち以外の誰一人客がいなくて、明らかに人手不足、肝心のお湯もぬるかったし、サウナと水風呂は当然のように利用停止、アメニティも全部すっからかんだったのに……。

カルマ:メシもひどかった……。

狐白:呂屯ですら残してたわね……。

カルマ:蛇ノ目が呼んだオロチが全部たいらげてくれたからよかったけど……。

狐白:あの風魔温泉本館が、こんなことに……?

カルマ:ま、まぁ、なんにせよ、温泉自体を「調査」してみないか!?

狐白:そうね!じゃ、3時間後にロビー集合にしましょう。

カルマ:やべぇ、サウナと水風呂まで新設されてるじゃねぇか……。岩盤浴と塩サウナまであるし……。じっくり「調査」しようぜ!


====


3時間後。風魔温泉本館、ロビー。


カルマ:(マッサージチェアに座りながら)……やばいな、狐白。

狐白:えぇ、語彙力がなくなるわね……。やばいわ。

カルマ:ほんとうに、3年前と同じ場所なのか……!?

狐白:建物自体は同じ躯体に見えるわ。リノベが完璧すぎて、誰も気づかないでしょうけど……。


……突如、近づいてくる銀髪の美女。


??:失礼ですが、以前ご利用いただいた、風魔ニンジャの方ですよね?

カルマ:へっ!

狐白:(油断して変な声が出てる……)

??:ご存知の通り、この温泉は……ひどい状況でした。

狐白:あなたが、立て直したの?

??:そう、言われれば、そうなのかもしれません。けれど、この温泉には、これだけのポテンシャルはあったのです。

カルマ:前の番頭が無能だっただけだ、と?

??:ありていにいえば、そのような表現には納得もできます。

狐白:あなたはとても優秀なのね。3年前と比べると……信じられないわ。温浴施設専門のUXデザイナーでもいるのかしら?

??:はい!よくわかりましたね。嬉しいです。私はもともとUX畑出身で、ユーザー体験の設計をキャリアの根幹に据えてきました。

狐白:あなたがUXデザイナーで、経営も担っているのね。どうりで。

カルマ:ゆ、ゆーえっくす?

狐白:UXは大事な概念よ……。断がいなくなって、里の夜が暗くなったじゃない?

カルマ:あれは、ほんとうに不便だ……。

狐白:断の光は、都市の優れたUXだったのよ。

カルマ:そうかぁ。断は、どこに行ったんだろうな……。あいつには感謝しないとなぁ。

??:……そうですね。UXは、ほんとうに大事です。ですが、それ以上に大事なのは、経営だとも考えてます。

狐白:そうね。UXだけ優れていても、収益につながらなかったら、継続的な発展は描けないですもの。

??:お客様……ほんとうにそのとおりです!UXはあくまで、収益を増加させるための「ツール」にすぎません。

狐白:偉い人には、それがわからんのよねぇ……(遠い目)。

??:そのとおりです。

カルマ:……難しい話はよくわからんけど、うちの里も、もっと金持ちになりゃあいいのになぁ……。

??:そうですね……では、私は失礼します。

狐白:ありがとう。あなたのおかげで、ちゃんとずっと温かいお風呂に入れたわ。

カルマ:そうだ!ほんとうにありがとう!

??:いえいえ、おくつろぎください。

(……断は、明日には帰ると思いますよ)(小さな声で)

狐白:え……!?

カルマ:ん?マッサージチェアがよすぎて聞こえなかった……(ヴヴヴ)

狐白:「断は明日には帰る」……って言ったように聞こえたけど……。

カルマ:えぇ?なんでそんなこと知ってるんだ?

狐白:わからないわ……。


====


3時間ほどの温泉を楽しんだあと、アトザの便利すぎる空間術で、サクッと風魔の里に戻った二人。


狐白:……一瞬で、天国から、帰ってきたわね……。

カルマ:地獄に、一瞬で帰ってきてしまったな……。

狐白:地獄……これもUXと経営の問題よ……。

カルマ:そうか、これがUXと経営なのか……。


====


夜。

今日も残業を終えて屋敷を出ると……町には以前の明かりが戻っている。


蛇ノ目:あれぇ?今日は明るいわよぉ!?

アトザ:ほんとうだ。断が戻ったのか?

狐白:この光は、断ね!見て。道をくまなく照らしてくれている。それでいて、人家の寝室には光が入らないように配慮をしている。

カルマ:あぁ、明るいと、町が歩きやすい……。明るいと、夜も楽しい……。

狐白:夜のお店も繁盛するようになるわね。

蛇ノ目:私は、久しぶりに、爬虫類バーに繰り出すとするわぁ。真っ暗でお金、使えなかったから、最近余っちゃってぇ。

アトザ:……そうか、なるほど。経済というのも、大事なんだな。

カルマ:そう、そうっすよ!経済回してなんぼなんです!本館、すごかったっすよ!

狐白:アトザ、もう少し、里の経済について考えてみない?

アトザ:……実は半年くらい前、断が珍しく「経済の活性化」について提案していくれていたんだ。

カルマ:断が提案!? それ、ちゃんと話聞いたんです?

アトザ:いや、ちょっと忙しくてな……。あらためて話を聞こうと思ったら、断がいなくなったんだ。

狐白:半年前……。ちょうど本館の再建が始まった頃ね……。

カルマ:たしかに!? あの謎の美女といい、もう一度、温泉を「調査」する必要があるな!?

アトザ:いや、もう調査経費はない。

蛇ノ目:私たちは貧乏ぅ〜。

カルマ:まだいたのかよ!

呂屯:ゔぁゔぁ……。

カルマ:やべ!ごめん!まんじゅう買うの忘れた!

アトザ:……お前は、温泉まんじゅうを経費で買おうとしてたのか……?

カルマ:まんじゅうだって、ゆーえっくすっすよ!里には不可欠な!

狐白:(……私がこの里を出るのは、まだ早いな……)


====


里の消灯後、ひとり根城に帰る断。


断:

(里を離れていた間、夜の経済は滞っていたようだ)

(夜の商売をしていた人々には、申し訳ないことをしてしまった)

(しかし、アトザも問題に気づいてくれただろう)

(温泉のほうは引き継ぎも済んだので、次は、この里の再生だな)


断がヘルメットを外すと、銀髪の美女が現れる。

鎧を外し、浴室へ向かう。


断:……「ちゃんとずっと温かいお風呂」を、この里にも作らないとね……。追い焚き機能くらいは、せめて……。


【終】



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