兎はどこへ消えた?

夕暮れ。里の広場で、ひとり修行をする於兎。


於兎:……なんで!? なんで来てくれないの……?


====


甲賀の屋敷。集まって朝ごはんを食べる。


ネム:いやー、餡音が帰ってから用意すべきお米の量が激減したわ……。あの子、どんだけ食べるんや……。

宇迦:てか、おやつタイムも3回くらいあったよね……。朝昼晩におやつ3回、夜食……?

咲耶:餡音が来るときは、伊賀に食費を請求したほうがいいかもね……。

於兎:……。

宇迦:於兎?どした?

於兎:あ、うん、いや、そうだね。餡音ちゃんは1日8食くらい食べてたね。ヤバいよね★!!

咲耶:備蓄の減りが想像以上だし、ご飯食べたらまじめに計算するね……。

宇迦:(なんか変だな、於兎……)


====


里の広場。めいめいに忍術の修行をする。


宇迦:「白狐!煙幕!」


宇迦が使役する真っ白な狐が召喚され、一面が煙で満たされる。


ネム:ちょ、ちょっと!ゲホッ!いきなりやめい!けむいわ!

宇迦:あ!ごめん!みんなここにいたの忘れてた!

ネム:どんだけ……けむい術練習するのはやめてや……。

宇迦:ごめんごめん!於兎と口寄せやるわ!於兎〜!

於兎:………(後ろを向いたまま動かない)

宇迦:於兎?

於兎:え?なに?

宇迦:……や、口寄せ一緒に練習しない?って……。

於兎:……ご、ごめん、今日はそういう気分じゃなくて……ごめんね!(走り去る)

宇迦:えぇぇ、ほんとどうしたの……?


====


夜、屋敷。咲耶とネム、宇迦が集まる。


宇迦:ぜったいおかしいでしょ、今日の於兎!

咲耶:どうしたんだろうね……。

ネム:いつもはうるさくてかなわんのに、今日は話しかけても返事すらおぼつかない……。

宇迦:あいつが元気ないと、こんなに張り合いないんだなぁ……。

ネム:宇迦と於兎が張り合ってないと、こっちも張り合いないわ……。

咲耶:(それはそれで静かでいいんだけどな……)

宇迦:よし!ライバルのよしみで、がっつり相談乗ってくるわ!


====


夜、於兎の自室にて。


宇迦:お〜い、いるでしょ?

於兎:宇迦?

宇迦:入っていい?

於兎:うん。


ずけずけと部屋に入ってくる宇迦。


宇迦:あいっかわらず兎のぬいぐるみだらけの部屋だなここ……。うっ、息が詰まる……。

於兎:……。

宇迦:いやいや、ほんとうにどうした?いつもなら「なんてこと言うの!くっさいキツネより何億倍も息しやすいから!兎の可愛さがわからないなんて、なんのために生きてるのよこのキツネ娘!」とか瞬時に早口で反論してくるじゃん……。

於兎:……呼んでも、来てくれないの……。

宇迦:え?

於兎:今日の朝から、うさちゃんたちが、口寄せできないの……。

宇迦:……え、そんなことってあるの……?

於兎:こんなことは初めてなの。私はもう、価値がないのかなぁ……。

宇迦:い、いや、そんな……。

於菟:どうしてかなぁ……(真っ黒な瞳でうつむきながら)

宇迦:と、とりあえず岩爺に聞こうよ!なんか知ってるかも!

於兎:そうだね……明日また口寄せしてみて、それでもダメなら聞いてみる……。

宇迦:そうだよそうだよ、とりあえずそれで!じゃ、おやすみ!


====


翌朝、昨日よりもどんよりした於兎を囲んで朝ごはん。

食後、於兎は無言で出ていく。


ネム:……勘弁してくれ!お通夜か!坊さんを呼べ!

咲耶:まばたきもせず、ずっとボソボソ「私は無価値……」とかつぶやいてたよね。

ネム:怖すぎるわ……。必要なのはエクソシストか……。あの兎娘、今なら首180度回るんやないか?

宇迦:ごちそうさま!ちょっと於兎の件、岩爺の部屋行って話してくる。

ネム:たのむで、ほんま……。


====


岩爺の部屋。宇迦と岩爺が対面する。


宇迦:岩爺、突然口寄せできなくなるなんてこと、ある?

岩爺:……わしが知っているかぎり、突然できなくなるということはないな。

宇迦:そうだよね。

岩爺:一度泳げるようになった人間が、突然「泳ぎ方を忘れる」ことはない。口寄せもそれと同じなんじゃが……。

宇迦:そうかぁ、岩爺でもわからないとなると……。

岩爺:……試練じゃ。於兎なら、必ず乗り越えるじゃろう。友として見守ってやりなさい。

宇迦:そうだね。ありがとう岩爺、もうちょっと様子を見てみるよ。


====


日が沈む寸前、里の広場。寒々しい空の下で、於兎はひとり佇んでいる。


宇迦:……やっぱり、ダメ?

於兎:……うん。

宇迦:そうかぁ……。

於兎:兎が口寄せできない私なんて、肉の入ってない肉まんみたいなもんだよ……。

宇迦:そ、そう……。

於兎:しかも、冷めきっている……。私なんて、冷えて固まった、無価値な白い塊だよ……。

宇迦:(なんかちょっと饒舌だなこいつ……)

於兎:これからどうすればいいんだろうなぁ……。

宇迦:が、岩爺は試練だって言ってたよ。乗り越えられるって。

於兎:知ってる?兎って寂しくて死ぬんだよ。兎を呼べないなんて、寂しくて私が死んじゃうよ……。

宇迦:も、もう一回だけ、試しに口寄せやってみれば?

於兎:……そう、だね。ダメでもともと、人生は無謀なサイコロを振り続けるしかないし、人は大なり小なり絶望して生きて死ぬんだよね。

宇迦:(くそぉ、言い回しがいちいちめんどくさい)

於兎:…………口寄せの術!


ぼうぅん!!!


宇迦&於兎:え!出た!!


大きな兎:えっ?なに?於兎ちゃん、なんでこんな時間に呼んだの!?

宇迦:いや、え?

於兎:……なんで、なんで、呼んでも来てくれなかったの!?

大きな兎:え?………休暇くれるって言ったの、於兎ちゃんだよ?みんなで風魔温泉に行ってたんだけど……。

於兎:……え?

宇迦:おい。

於兎:そんな話してたっけ?

大きな兎:いやいやいや、於兎ちゃん、めっちゃ温泉について熱く語ってたよね!ぼくらの話をさえぎって、それはもう温泉のすべてを語り尽くさんばかりの勢いで。

於兎:それは覚えてる、けど……。

大きな兎:いや、普通に「一泊二日のサク旅、楽しんできてねッ★」って言ってたよ。最初に。

宇迦:……おい……。

於兎:……どういうことだよ……。(宇迦の真似をしながら)

宇迦:違うよな?

於兎:……テヘペロッ★

宇迦:………!!!(声にならない怒り)


(温泉の手土産のまんじゅうを食べる岩爺)


【終】

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