兎はどこへ消えた?
夕暮れ。里の広場で、ひとり修行をする於兎。
於兎:……なんで!? なんで来てくれないの……?
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甲賀の屋敷。集まって朝ごはんを食べる。
ネム:いやー、餡音が帰ってから用意すべきお米の量が激減したわ……。あの子、どんだけ食べるんや……。
宇迦:てか、おやつタイムも3回くらいあったよね……。朝昼晩におやつ3回、夜食……?
咲耶:餡音が来るときは、伊賀に食費を請求したほうがいいかもね……。
於兎:……。
宇迦:於兎?どした?
於兎:あ、うん、いや、そうだね。餡音ちゃんは1日8食くらい食べてたね。ヤバいよね★!!
咲耶:備蓄の減りが想像以上だし、ご飯食べたらまじめに計算するね……。
宇迦:(なんか変だな、於兎……)
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里の広場。めいめいに忍術の修行をする。
宇迦:「白狐!煙幕!」
宇迦が使役する真っ白な狐が召喚され、一面が煙で満たされる。
ネム:ちょ、ちょっと!ゲホッ!いきなりやめい!けむいわ!
宇迦:あ!ごめん!みんなここにいたの忘れてた!
ネム:どんだけ……けむい術練習するのはやめてや……。
宇迦:ごめんごめん!於兎と口寄せやるわ!於兎〜!
於兎:………(後ろを向いたまま動かない)
宇迦:於兎?
於兎:え?なに?
宇迦:……や、口寄せ一緒に練習しない?って……。
於兎:……ご、ごめん、今日はそういう気分じゃなくて……ごめんね!(走り去る)
宇迦:えぇぇ、ほんとどうしたの……?
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夜、屋敷。咲耶とネム、宇迦が集まる。
宇迦:ぜったいおかしいでしょ、今日の於兎!
咲耶:どうしたんだろうね……。
ネム:いつもはうるさくてかなわんのに、今日は話しかけても返事すらおぼつかない……。
宇迦:あいつが元気ないと、こんなに張り合いないんだなぁ……。
ネム:宇迦と於兎が張り合ってないと、こっちも張り合いないわ……。
咲耶:(それはそれで静かでいいんだけどな……)
宇迦:よし!ライバルのよしみで、がっつり相談乗ってくるわ!
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夜、於兎の自室にて。
宇迦:お〜い、いるでしょ?
於兎:宇迦?
宇迦:入っていい?
於兎:うん。
ずけずけと部屋に入ってくる宇迦。
宇迦:あいっかわらず兎のぬいぐるみだらけの部屋だなここ……。うっ、息が詰まる……。
於兎:……。
宇迦:いやいや、ほんとうにどうした?いつもなら「なんてこと言うの!くっさいキツネより何億倍も息しやすいから!兎の可愛さがわからないなんて、なんのために生きてるのよこのキツネ娘!」とか瞬時に早口で反論してくるじゃん……。
於兎:……呼んでも、来てくれないの……。
宇迦:え?
於兎:今日の朝から、うさちゃんたちが、口寄せできないの……。
宇迦:……え、そんなことってあるの……?
於兎:こんなことは初めてなの。私はもう、価値がないのかなぁ……。
宇迦:い、いや、そんな……。
於菟:どうしてかなぁ……(真っ黒な瞳でうつむきながら)
宇迦:と、とりあえず岩爺に聞こうよ!なんか知ってるかも!
於兎:そうだね……明日また口寄せしてみて、それでもダメなら聞いてみる……。
宇迦:そうだよそうだよ、とりあえずそれで!じゃ、おやすみ!
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翌朝、昨日よりもどんよりした於兎を囲んで朝ごはん。
食後、於兎は無言で出ていく。
ネム:……勘弁してくれ!お通夜か!坊さんを呼べ!
咲耶:まばたきもせず、ずっとボソボソ「私は無価値……」とかつぶやいてたよね。
ネム:怖すぎるわ……。必要なのはエクソシストか……。あの兎娘、今なら首180度回るんやないか?
宇迦:ごちそうさま!ちょっと於兎の件、岩爺の部屋行って話してくる。
ネム:たのむで、ほんま……。
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岩爺の部屋。宇迦と岩爺が対面する。
宇迦:岩爺、突然口寄せできなくなるなんてこと、ある?
岩爺:……わしが知っているかぎり、突然できなくなるということはないな。
宇迦:そうだよね。
岩爺:一度泳げるようになった人間が、突然「泳ぎ方を忘れる」ことはない。口寄せもそれと同じなんじゃが……。
宇迦:そうかぁ、岩爺でもわからないとなると……。
岩爺:……試練じゃ。於兎なら、必ず乗り越えるじゃろう。友として見守ってやりなさい。
宇迦:そうだね。ありがとう岩爺、もうちょっと様子を見てみるよ。
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日が沈む寸前、里の広場。寒々しい空の下で、於兎はひとり佇んでいる。
宇迦:……やっぱり、ダメ?
於兎:……うん。
宇迦:そうかぁ……。
於兎:兎が口寄せできない私なんて、肉の入ってない肉まんみたいなもんだよ……。
宇迦:そ、そう……。
於兎:しかも、冷めきっている……。私なんて、冷えて固まった、無価値な白い塊だよ……。
宇迦:(なんかちょっと饒舌だなこいつ……)
於兎:これからどうすればいいんだろうなぁ……。
宇迦:が、岩爺は試練だって言ってたよ。乗り越えられるって。
於兎:知ってる?兎って寂しくて死ぬんだよ。兎を呼べないなんて、寂しくて私が死んじゃうよ……。
宇迦:も、もう一回だけ、試しに口寄せやってみれば?
於兎:……そう、だね。ダメでもともと、人生は無謀なサイコロを振り続けるしかないし、人は大なり小なり絶望して生きて死ぬんだよね。
宇迦:(くそぉ、言い回しがいちいちめんどくさい)
於兎:…………口寄せの術!
ぼうぅん!!!
宇迦&於兎:え!出た!!
大きな兎:えっ?なに?於兎ちゃん、なんでこんな時間に呼んだの!?
宇迦:いや、え?
於兎:……なんで、なんで、呼んでも来てくれなかったの!?
大きな兎:え?………休暇くれるって言ったの、於兎ちゃんだよ?みんなで風魔温泉に行ってたんだけど……。
於兎:……え?
宇迦:おい。
於兎:そんな話してたっけ?
大きな兎:いやいやいや、於兎ちゃん、めっちゃ温泉について熱く語ってたよね!ぼくらの話をさえぎって、それはもう温泉のすべてを語り尽くさんばかりの勢いで。
於兎:それは覚えてる、けど……。
大きな兎:いや、普通に「一泊二日のサク旅、楽しんできてねッ★」って言ってたよ。最初に。
宇迦:……おい……。
於兎:……どういうことだよ……。(宇迦の真似をしながら)
宇迦:違うよな?
於兎:……テヘペロッ★
宇迦:………!!!(声にならない怒り)
(温泉の手土産のまんじゅうを食べる岩爺)
【終】
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