第29話 体育祭楽しかったね

『午後の部を再開します。生徒はテントに集合してください』


 --私は可愛い。

 私クラスになると片足けんけんでも絵になるもので、シューズの片割れを失った私の姿にすれ違う人々から感嘆のため息がこぼれる。


 ……いや、シューズどうしよ。


「凪、シューズ貸して」

「え?私クラス対抗リレー出るから…」

「凪も出るの?ぼっちのくせに…」

「え?全然関係なくない!?てか日比谷さんに言われたくないけどな!!他の人に借りたら!?」

「他の人……」

「ぼっちのじゃん」


 友人というのは困ってる時には助け合うものじゃないの?富士山付き合ってやったろ?


 どーしよ片足けんけんじゃリレー出れないじゃん。剛田に空閑君取られる…


「自分の履いたら?」

「いや…無理でしょ?凪は履けるの?あのヨダレベタベタのシューズ…」

「履けない」

「凪貸してよ!私の恋を応援してくれるんじゃないの!?別に凪が出なくても良くない!?凪の代わりにオタマジャクシ出ても変わんないだからさー……」

「日比谷さんが出るよりナメクジが出た方が勝てるかも…」

「どーいう意味?」

「さよなら」


 無情にも背中を向けて去っていく。あぁ凪…教室のシミだった君の友達になってやったのは誰よ……


 そうこうしてる間にもクラス対抗リレーの選手達が入場門に集まってくる。

 うわぁぁどうしよぉぉぉ!!


「あー、午後から暇やな…午後の部もなんか出ればよかったわ……」


 む!


「ねぇ!君!!」

「うわっ…なんやねん大声出して…2組の日比谷やんけ。今日はカマキリ乗っ取らんな」

「は?カマキリ…?いやそれよりシューズ貸して!!」

「シューズ?」

「片っぽ無くなったの!お願い今からリレーなの!貸して!今暇って言ったよね!?」

「えぇ…他人の履いたシューズ履きとーないんやけど」

「いやこの日比谷真紀奈が履くんだからむしろ嬉しいはず。プレミアになるよ?貸して」

「何言うてんねん自分…」

「いーから貸してよぉ!私の!!私のプライドと恋がかかってんねん!」

「なんで関西弁やねん。変な奴やな…分かった分かった!分かったけ揺らすな!!」


 名も知らぬ女子からシューズをゲットした。


「ありがと!このお礼は必ず!!今度投げキッスあげるからー!!」

「………………は?」


 *******************


 私は陸上部1年速水……雪辱に燃える超高校級ランカー。

 謎の関西弁女に屈辱の敗北を味あわされ、その借りを返す為にここに--


 っていないじゃねーかよ!


 奴は?どこ?どこにも居ませんけど?まさか私の宣戦布告無視?バックレ?ありえないんですけど……


 ……ははぁ。

 さては私にもう一度勝つ自信がないから逃げたね?そうよ、あの時だって終盤微妙な勝負だったんだから。屁が無かったら勝ってた。

 腹のガスが尽きた今奴が私に勝てる要素はない。それを察して……

 だって私を追い抜いた奴がこんな体育祭のメイン種目に出てこないはずがない……逃げたな…


 ……まぁいいわ。


 今回は見逃してあげる。奴が居なければ脅威はいない…先程の汚名返上といこうか。私の走りに酔いしれなさい!!


「あらぁ、逃げずに出てきたのね。とりあえず褒めてあげるわ…」


 …………え?何今の背筋に鳥肌の立つ野太い声は。


 振り向くとこの私をそっちのけで野球部と女子がバチバチメンチ切ってる。

 並んだ位置的に2人とも私と同じアンカーか…

 あの2人は確か……野球部のエース剛田と、学校一可愛いと評判の日比谷…


 ふん、俺は野球だけじゃねーんだぞと、可愛いからトリを飾らせなさいと出てきただけの陸上舐めきった三下共か。叩き潰す。


「逃げないけど?私から持ちかけた勝負だし…」

「うふっ、でも出てきたところでアタシに勝てるかしら?」

「吠え面かかせてやる!リレーの最後には私がトップを走ってるから!私を小馬鹿にしたこと後悔しながら泣き晒せこのオカマ!!」


 トップを走る?この私を差し置いて何言ってんのかしら。


「ちょっと聞き捨てならないね。このリレーにはこの速水も出るってこと忘れて--」

「楽しみにしてるわ」

「ふんっ!!」

「ちょっと……」

「日比谷さん始まるよ」


 は?無視?

 あーそういう態度とるんだー?ふーん。折角手加減して五分の勝負でも演じてやろうと思ったのにもういい。そっちがそういう態度なら手加減しないんだから!


 *******************


「日比谷さん…ほんとにやるんだね」

「やるわよ」


 シューズ借りてまで出てきてんのよこっちは、気合いが違うっつうの。

 やる気満々な私に水を差すように凪は不安げな顔を浮かべてる。


「ていうか、勝てるの?運動部だよ?」

「ふっ、これはリレーなんだから、私一人で戦うわけじゃないじゃない?頑張って差をつけて」

「ああ…他力本願……」

「みんな私の為に頑張って!!」


 私の激励に男子達の士気が向上。当然よね?みんな私の為に走ると言っても過言ではないんだから。

「途中から割って入ってきて何言ってんの」と女子の声がヒソヒソ聞こえたけど多分私のことじゃない。うん。



『位置について…よーいドン!!』


 掛け声とともに一斉にスタート。生徒達が一斉に駆け出した。


 序盤、中盤、うちのクラスのリード。剛田のクラスはドンケツを走ってる。

 これなら圧倒的に大きい差をつけられるはず…勝ったな。


 そうよ、私と剛田のサシ勝負なんて言ってないもん。リレーで勝負だもん。私のクラスが勝てばいいもん。


 そして終盤…圧倒的一位でうちのクラスがリード。凪にバトンが回ってきた。

 このまま凪が順当に走れば次は私。剛田が走り出す前にスタートできる…

 凪は富士山登るくらいだから運動得意でしょ?速いんでしょ?

 頼んだよ凪…!!


「……あっ!」


 私の熱いエールの中で、間抜けな声と共に凪が盛大にずっこけやがった。


 うちのクラスから溢れるざわめき。

 慌てて立ち上がる間にどんどん他クラスが追いついてきた。やりやがったこいつ。


 追い抜かしていく選手達を追うように猛ダッシュする凪の速度は陸上部顔負けで流石に速い。ぼっち属性のくせに運動得意だ。

 ずっこけて尚大きく順位を下げなかったのは流石だけどこれ完全に負けたら凪のせい……


 てか……


 凪と同列で3人の選手が並んでる。そのうちの1人は剛田のクラス……


 私の甘い期待は見事に砕け散った。わざとこけたんじゃないだろうな?おい。


 てかやば……どうしよ……

 これうちのクラス一位確定みたいな流れだったのに…

 私絶対勝てない。剛田より速く走るとか多分無理だし、もう1人同着のクラスのアンカーも確か陸上部……


 これ負けたら私のメンツ丸つぶれだし空閑君掘られるし負けたら凪のせいになる雰囲気だし流石にそれは可哀想……


「ごめん!!」


 剛田、陸上部女子のクラス選手と並んで凪が私にバトンを手渡す。先頭3クラス、アンカーが一斉に走り出す……出さなければいけない……


 あああああああああああ終わったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ勝てないよぉぉぉぉぉぉ!!


 バトンを受け取った直後、隣の剛田がニヤリと笑いながらスタート。もう勝利を確信したその表情…ムカつくけどまじで勝てない。

 体力と運動神経には全然自信が無い。天性の美貌を誇る私の唯一と言っていい短所だから……


 でも走らなきゃ。あああなんで勝負とか言ったん私のバカ!!アホ!!


 --もーどーにでもなれ!!美の女神様今だけあなたに美の頂点の座譲るから今だけ私に力を……っ!!


 やけくそ気味に地面を蹴った私の足裏で爆発するような勢いと衝撃が生まれる。

 産まれてから1度も感じたことないようなその異様な推進力はそのまま私の体を前に弾き出した。


 ………………え?


「え?」「え?」「え?」


 周りが驚愕する中で、私の蹴ったスタートラインの地面が激しく爆ぜて抉れ、凄まじい勢いで私は駆け出してた。


 ……え?


 *******************


 --絶望的かと思われた我がチームも、2組の女子が下手をうったおかげで先頭まで躍り出た。


 流れるようなバトンパスで私の手にバトンが渡る。

 先頭はあと2人居るけど関係ない。同列なら私が勝つ。

 アイドル気取りの馬鹿女は眼中に無い。野球野郎に関しても走りで私が負けるものか。


 勝った!ここが--これこそが私、速水の栄光へのスタートダッシュ……


 --ドンッ!!


 勝利を確信して高揚感に浸りながら走り出した私の横で、漫画みたいな轟音と土煙が上がる。

 つま先から地面の衝撃が全身に伝わり、芯まで震える。


 何事かと横を向く間に私の視線を弾丸のような影が横切ってそのままトップに躍り出た。


 ……躍り出た?


 …………は?


 私と野球野郎が仰天する前を馬みたいなスピードで爆走する女--日比谷。


 ……え?抜かれた?こんなにあっさり?

 あれ?


 つま先から脳天まで謎の衝撃が電気のように突き抜けて、フリーズした思考は私に現実を理解させなかった。


「--嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 100メートル走に続いてまた!!またしてもこの私が!?

 私より速い女子が今日だけで2人!?この速水を上回る走りを2人も!?


 ありえないっ!!そんなことは許されないっ!!!!


 負けない負けない負けない負けない負けない負けない負けないっ!!


 確かに出鼻手を抜いた。勝ちを確信してた。私はエンジンをかけ直す。

 こんな奴に負けてたまるか!!


 走りながら勢いよく地面を蹴る私はさらに加速。万全のコンディションから爆発的な加速をみせ野球野郎をあっさり抜き去る。

 間違いなく私の全速力。高速で流れていく景色の中で観客が歓声をあげてる。


 しかし奴はまだはるか先--

 緩むことの無い爆走は私に奴の影すら届かせず首位独走。ふざけるな。


「絶対…………まけないんだからぁぁぁぁっ!!!!」


「うぉぉ!速水さん速い!」「追いつくぞ!!」「2人とも頑張れー!!」


 聞こえる。私の背中を押す声が…私に期待してる。そうだ!私はひとりじゃないんだ!

 ……これか、プロのアスリートは声援に後押しされて実力以上のパフォーマンスができるっていうけど…これがそうなのね!

 私が今見てるのはプロの景色--これが頂点の世界。


 過去最高の私のパフォーマンス…徐々に差が縮まっていく。背中を捉えた。追い越せる!

 ゴールは目前……ここで抜き去れば確実に--


 ……あれ?このシュチュエーション、前にもあったような……


 最高の気分に水を差すように私の背筋を一筋の悪寒が走り抜ける。予感とも言えないその僅かな嫌な気配を感じ取った直後--


 前方あと数センチのところを走る日比谷の足が蹴っ飛ばした小石が私の左目めがけて一直線に飛んできた。

 最高速で走る私にそれを避けることは叶わず、飛んでくると認識した次の瞬間--


 --バチィッ!!


「うわぎゃああああああああああああ!!目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」


「うわっ!速水さんどうした!?」「速水さんがコースアウトした!!」「おい、地面をのたうち回ってるぞ!?」


 *******************


 クラス対抗リレーの結果--1着普通科1年2組、2着工業科1組……ドベ、普通科1年4組。


 --私の祈りが天に届いた!!


 拍手喝采。ゴールテープを切った私に浴びせられる賞賛と感涙の嵐……走っててこんなに気持ちのいいことは今までなかった!

 まさに神憑り……私に美の女神が味方した。今この瞬間こそ、なんの誇張でもなく私が神……


「日比谷さぁん…!ありがとぉぉ!私、転けちゃったから負けたらどーしようかと……」


 達成感に酔いしれる私に凪が泣きながら抱きついてくる。クラスメイト達も集まってきて口々に賞賛の言葉を投げる。


 ……あれ?もしかして私人気者? 今私は世界の中心?これは普段謙虚な私も今日くらい調子に乗ってもいい?


「…負けたわ」

「うわっ!」


 最高の気分のところに変態的声が割り込んで振り返ったらそこには肩で息をしながら立つ剛田の姿。

 彼も全力だったということだろう。リレーでも勝負でも勝った。文句なしの勝利…


「最高の走りだったわ」

「……ありがとう」


 ……なんだ、良い奴じゃん?

 私の秘めたる力を引き出せたのはあなたのお陰よ。

 口には出さなかったけど、固く握り合う握手に想いを込める。


「今回は大人しく負けを認めるわ。でも、諦めないわ…アタシ、あなたから必ず彼を奪い返すんだから」

「いや諦めなさいよ…」


「速水さん?大丈夫?」「目どうしたの?莉子せんせー!」「うわっ!…泣いてる……」


 *******************


 --全てのプログラムが終了し、無事に体育祭を終えることができたようだ。

 怪我人は地割れに巻き込まれた生徒2名、暑さで頭がおかしくなった生徒1名、目に小石が飛んできた生徒1名……あと謎の腹痛で助けを求めてきた生徒の兄1名。


 途中意味わからないトラブルもあったが、何とか今日を終えることができた。運営テントで最後の仕事を終え救急箱を片付ける私の肩の荷も下りた。


「いやぁ無事に終わりましたね。葛城先生もお疲れ様でした」

「ああ教頭先生……お疲れ様でした」

「どうですか?この後打ち上げですが…葛城先生もたまには……」

「遠慮しときます」


 お誘いを丁重にお断りし、太陽を反射する教頭の眩しい頭から視線を逸らして閉会式を眺める。

 明日は振替休日で、明後日からはまたいつもの日常が始まる。それでも退屈させてくれないこの学校が私は好きだ。


『えー、今年度も無事に体育祭を行い、こうして終わることが出来まして……』

「…校長話長ねーな。早く終わんねーかな……」「今始まったばかりだよ空閑君…」「ウ〇コ行きてーんだけど…」

「私っ、私……なんであんな奴らに……えぐっ、ひっぐ……ううぅぇぇぇぇぇぇん…」「速水さん……」

「てかウチ裸足なんやけど!?ウチのシューズいつ返ってくるん!?」

『…………みなさん、静かに……』

「マグロ取ってきたぞぉぉぉぉぉ!みんなぁぁぁぁぁぁ!!!」

『…………………………』


 ほらね?

 退屈しないでしょ?

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