第28話 私の足舐めなさいよ‼︎
「空閑君」
テントに戻るなり誰かから声をかけられた。振り向いた先に暴力みたいな可愛い顔が鎮座してた。
こいつは確か日比谷……
初めて話しかけられた…いや、球技大会以来か。そういえば今日はカマキリ乗ってない…
そりゃそうか……あのカマキリは……
今頃天国かな?幸せにやってるといいな……
「空閑君?」
「ああはいはい。なに?」
ずいっと顔を近づけてくる日比谷。近くで見ても可愛い。やだドキドキしちゃう。
あとなんでか知らんけど周りの生徒達がキャーキャー言ってる。なに?
「クラス対抗リレー、私と代わって欲しいんだけど……」
「リレー?なんで……」
疑問を投げかけかけてハッとする。あまりにおぞましい記憶ゆえ頭から消し飛ばしてたあの宣言が蘇る……
--彼氏にするわ。
--うふっ♡
--うふっ♡
--うふっ♡
…………あー、忘れてたわ。
しかしこれは…渡りに船?
「あー、リレーね?オーケーオーケー!全然いいよ?うん!いいよ!よろしく!!」
「……うん。あとね--」
『部活動、同好会対抗リレーの出場選手は入場門に集合してください』
「空閑君!リレーのあと大事な--」
「よろしく〜」
「……え?あれ?ちょっと!」
なんか言いかけてたけど呼ばれたから行く。気が変わられる前に押し付けて逃げてしまおう。
一体どういう風の吹き回しかは知らないが、これで一方的な約束を反故にできる。肝心の俺が出ないなら勝負もクソもない。
まぁたとえ出て負けたとしてもあいつの彼氏になる気はないけどな!!だって俺男だし!!
*******************
「アイドル研究同好会はどこに並べばいいっすか?」
「なんだねそのふざけた同好会は」
入場門にはるばるやってきたというのに、俺の所属(した覚えない)している同好会の枠はどこにもなかった。
「空閑君、こっちだよ」
声の方に呼ばれて向かえばそこに橋本と小倉先輩が肩身狭そうに並んで俺を待っていた。肩身も狭かろう。アイドル研究同好会なんてふざけた……
--現代カルチャー研究同好会
先頭に立つ橋本が手にした同好会名の踊る旗にはそのような名前が書かれていた。
……知らない間に別の同好会になっていた。
『生徒入場』
午後の部が始まった。
入場行進と共に各部活動の紹介アナウンスが流れる。全部終わるまでぐるぐる歩かされる。疲れる。
『続いて現代カルチャー研究同好会、この同好会では……えー…………と…まぁ……色々やってます。新入会員募集中です。よろしくお願いします』
「おい!なんだあれ!!なにも紹介されてないぞ!!」
「だって…なんて紹介してもらえばいいのか……アイドル目指してますとか……恥ずかしい……」
「急に冷静になるな!!」
情けない会員だぜまったく。校内新聞の取材に応じておきながら今更……あ、それは俺か……
中身のない同好会にリレーの順番がやってくる。よりによって陸上部とバスケ部と一緒。
どういうことなの?部活と同好会は分けろよ。しかも運動部……
『よーいドン!』
合図とともに一斉に走り出す。リレーは3人。尺の問題で。
うちの同好会は1番が小倉先輩、次に橋本、アンカーが俺。なんで?
並み居る運動部と共にスタートダッシュを切る豚。勝負にならない……と思ったら……
「うおぉぉぉぉぉっ!!みんな拙者を見ろ!!」
走るトド。踏み鳴らす足。爆撃かという程の砂埃を立てながら疾走する豚。
お世辞にも速いとは言えない走りだが……
--ズンッ!!ズンッ!!
「きゃあ!?地震!!」
「地面が揺れてる!!」
「おいおいおいっ!!テントが崩れるぞ!!」
もう他の選手がまともに走れない程地面が波打ってる。もはや災害……
「小倉兵長……すげぇ!!」
「重すぎだろ」
反則じゃね?これ。
徒競走にも体重で階級分けが必要だと知った。
「うわぁぁぁ!!地面が…地面が割れてる!!」
「地割れだァァァ!!みんな逃げろぉぉ!!」
*******************
『グラウンドが割れた為体育祭を一時中断します。再開は15分後です』
突然の地震で地割れが発生して体育祭が一時中断。
暑いから一旦体育館の中に入ろうと私は凪と連れ立って日陰を求めて歩く。
「あー……今日暑いね…」
「……あの、日比谷さん」
「なに?」
シューズを脱ぎ捨てて体育館の入口に腰掛けて足を投げ出す。そんな私の横で凪が遠慮がちに声をかけてきた。
凪の顔を見たらなんかすごく頬を紅潮させて興奮してる様子。
……そっか、ついに私に恋したか。いや違う、全人類は産まれた時から私に恋してる。
私への想いを抑えきれなくなったと言ったところか……
「ごめんね凪。私凪とは友達でいたいの。あなたの気持ちには応えられない」
「日比谷さん、本気でその思い上がり矯正しようか……違うよそんな話じゃない」
思い上がり?なにが?
「日比谷さん、みんな噂してるよ?剛田君と空閑君をかけて戦うって……」
…………あー。
思い出したら腹が立ってきた……
「まずさ、剛田君と空閑君を取り合うっていう展開が意味不明なんだけど……どういうこと?」
「剛田が空閑君を狙ってんの」
「…………どういうこと?」
「恋のライバル」
「…………剛田君が?」
「まぁ!あんなのライバルなんて言うレベルじゃないけどね?私と剛田じゃ勝負にならない」
「…………どういうこと?」
鈍い凪に一から事情を説明してあげる。説明してあげてるのに凪は終始意味わからないという風な顔だ。
「……まぁ、いいや……それはいいとして、日比谷さんは自分の気持ちに答えが出たんだね?」
「自分の気持ち?」
「空閑君が好きなのかどうか、まだはっきりしないんじゃなかった?」
………………………………ああ。
私としては剛田のことで頭がいっぱいでそれどころじゃなかった。あいつの不遜ぶりに腹が立ってしょうがない。
「……まだ分かんない」
「えぇ!?勝ったら告白するんじゃないの!?」
「……それなんだけどさ、そもそも人類は皆私に恋してる訳だから…その、私の方から告白っていうのは…向こうが告白して欲しいっていうか……されたとしてそれに応えるかどうかも……先に好きになったの彼だし?産まれた時から恋してる訳でしょ?」
「えぇ……もう空閑君は剛田君とひっついた方が幸せになれる気がする」
「な訳あるか!?」
「そんなテキトーな気持ちで向き合ったら空閑君に失礼だよ?」
「テキトーじゃないし!私はみんなの女神だから1人と恋愛していいのかなっていう葛藤じゃん!?」
「もういいよそれは……」
「私はどうしたらいいんだろ……好き…なのかな?」
「なんか段々イライラしてきたよ。どう?さっき話してみて、ドキドキした?」
………………
ドキドキ……?意識はしたけど……ドキドキ。私は長年世界のアイドルに徹してきたせいで恋の仕方を忘れたんだろうか……
「空閑君が剛田君に狙われてるって知ってどんな気持ちだった?」
「いやそれどころじゃなかった。ムカつき過ぎて」
「ムカついたってことは好きなんじゃない?」
「いや私以外と恋愛するのは言うなれば妥協じゃん?美の頂点たる私と自分とじゃ釣り合わないし手に入らないからっていう……でもあいつは私と面と向かって興味ないと……そもそも私が気になってる相手を私を差し置いて……」
「会話が成立してないね。もういいや」
いやここが肝心なんじゃん。良くない。私に興味無いとか言い放つ野郎が居るってことなんだよ?
「日比谷さんは恋愛に向いてないんだと思うよ」
「なにを⁉︎そりゃ私はみんなに恋される存在であって私が恋するのは………………」
「?日比谷さん?」
さっきから失礼が過ぎる凪から一瞬目を離して足元に何気なく視線を落とした。特に意味のない視線の移動、その行動の果てに凍りつく私…
凍りつくさ。私の視線を追いかけた凪も固まったもん。
「へへ…、日比谷さん。日比谷さぁん…」
脱ぎ散らかした私のシューズがどっかの誰かに舐めまわされてたから。
あまりの緊急事態に固まる現場。私たちだけじゃなくて近くにいた生徒達まで固まる。
私の足元に蹲って土やらなんやらで汚れた私のシューズを一心不乱にペロペロしてる。鉢巻の色的に別のクラスの人…だと思う。坊主頭の多分…野球部員。
…え?やだ。剛田といい坊主トラウマになりそうなんだけど。
てか、え?なにしてんの?
…いや分かるよ?私の履いたシューズだもん。舐めたくもなるよそりゃ。いきなりすぎてフリーズしちゃったけど。
人の履いた汗で蒸れた靴やら靴下やらに興奮する気持ちは分かるよ?うん。いいと思う。思うんだけど……
「ああああ日比谷さんの匂い…はぁ…ああ、いい…すごい。元気になってきた。どうしよ?え?お茶注いで飲んでもバレないかな?はぁはぁ……」
「いやもうバレてるから‼︎」
ドン引きしながらも凪が私のシューズを奪い返した。
いきなり国宝級のシューズを奪われた男子はギョッと目を剥く。バレてないと思ったの?
しかし固まるのも一瞬。
彼はなんとも言えないゾクゾクする表情をしたまま私の足元に這いつくばり……
「ああああのね?違うんだ。勘違い。自分のシューズと間違えたんだほんと。日比谷さんの汗の匂い嗅ぎながらシューズ舐めたかったとか思ってないから……」
「日比谷さんの名前呼びながら舐めてたよね⁉︎近づかないで‼︎」
絶叫しながら私を引き剥がす凪。その場の女子全員敵に回した哀れな男子…
………いや、あのさ。
変態プレイに寛容な私だが、私自身に快楽と興奮があることが前提なんだ。
もう履けないじゃん、このシューズ。君のよだれでベトベトだよ?
というかさ……
「莉子せんせー!こいつ日比谷さんのシューズ舐めてた‼︎」
「キモすぎ‼︎超ド変態なんだけど‼︎」
「こっち向くなやー‼︎‼︎」
パニックになる現場。なぜか呼びつけられる莉子先生。私を守るように抱きしめる凪。泣きそうな男子…
…………君の気持ちは分かるし、美の化身たるこの日比谷真紀奈、この程度受け入れなければならない。
…でもさ。
「ああ、暑さで頭がやられたんだろう。保健室に連れて行く」
「違うよ莉子先生‼︎純愛だよ!」
「君の為を思ってのフォローだぞ」
ああ言いたい。ツッコミたい。でも言ったら変態だと思われる。みんな聞いてるし。
世界の可憐さの頂点たる私はこのイメージを守らなくちゃ…
遠ざかって行く男子を見送りながら、女生徒に囲まれつつ、私は心の中だけで彼に一言言わせてもらう。
……私の生足がここにあるんだから足舐めなさいよ。
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