第27話 お前それ詐欺だぞ?

『えー、広瀬君はツチノコ捕獲の為岐阜県へ、三木君は遠距離恋愛中の彼女を迎えに、岡田君はマグロ漁に、神林くんはキアヌ・リーブスを連れにカナダへ、黒田君はダニアン小林を探しに行ってしまった為、借り物競争は中止とします』


 トンチンカンなアナウンスを耳に挟みながらも、私の足は別クラスのテントに向かっていた。

 迷いない足取りでテントまで向かう姿に道行く生徒達が振り返る。私は可愛いから。


 目的のテントに着いた時テント内でざわめきが起こる。当然、この私が来たんだから…


「剛田君、ちょっといい?」


 世界のアイドルからの名指しの呼び出し。何事かと色めき出す同級生。


「あら?日比谷ちゃんじゃない。どうしたの怖い顔して……」


 いや、ざわめきの原因は別かもしれない……


 グラウンドの端っこに呼びつけた剛田君は突然の呼び出しに気を悪くする様子もなくニコニコとフレンドリーな笑みを浮かべてる。ちょっと怖い。いやちょっとどころじゃない。

 揺らぎかける決心を奮い立たせてオカマ君に毅然として言い放つ。


「あなた、空閑君のこと好きなの?」


 はっきりと言ってやる私に対して「あらま!」と恥ずかしそうに黒い頬を染める巨漢。やばい。絵面がやばい。


「さっき2人が話してるの聞いちゃったの…」

「恥ずかしい…うふふ、どーしよ。みんなにはまだ内緒よ?」


 いやもうさっきから一言ひと言に鳥肌が立つんですけど。ほんとにどうしちゃったの剛田君……


「空閑君、嫌がってるように聞こえたんだけど…リレーに勝ったら彼氏にするとか、ちょっと強引じゃない?」

「あら?あなたに関係が?」


 やめろウインクすな。なんだその挑発的な態度は。


「そもそもあなた、私が好きだったんじゃないの?」

「フッたのはそっちじゃない?」


 いやそれはそうだけど……なんかいちいちムカつく。


「今更言い寄ってきても遅いわよ?あたしもうあなたに興味ないもの……」


 おちょくるような剛田君の発言が私の琴線に触れた。それまで感じてた怖気も鳥肌も引っ込んで、私の中に熱い感情が噴き上がる。


 ……興味、ない?


 この私、全世界が恋をする、世界で最も尊く美しく可憐なこの、この!日比谷真紀奈に面と向かって「興味ない」?

 そんな狼藉許される?否。

 たとえ照れ隠しだとしても--いや、そんな感じじゃないよね?明らかに私を小馬鹿にしたその態度。

 私に興味ない生命体なんて居るわけないのに…猿ですら私に恋をするというのに…私が動物園に行った時どれだけの猿に求愛されたことか……


「あら?それとも空閑君の方かしら?あなた特定の人と付き合わないって--」

「ねぇ!興味ないってなに!?私のことはどうでもいいってこと!?興味ないってあんまりな言い方じゃない!?私が帰ってから何してるとかお風呂でどこから洗うかとか私の鼻をかんだティッシュとかも全部どうでもいいってこと!?」

「……えぇ?」


 なんか私がめんどくさい女みたいじゃない。やめなさいよその態度……


「あったまきた!こんな失礼な奴初めて!!」

「…………えぇ?なに?ほんとに私が好きなの?」

「なわけないでしょ!?もーいい分かった!!クラス対抗リレーで私と勝負よ!!負けたから空閑君は私が貰うからァ!!!!」


 怒りに任せた私の怒号が晴天の下炸裂。あまりに大きな声に近くのテントの生徒達が振り返った。


 怒号をぶつけられた当の本人である剛田君…彼はビビるどころか楽しそうににやぁと笑みを浮かべる。

 あーーー!ムカつく!!


「あらあらあらァ?あの日比谷ちゃんがねぇ…でも、あたしに勝てるかしら?」

「吠え面かかせてやるんだから!!」


 オカマの戯言を無視して私は宣戦布告として中指を突き上げる。


 私を小馬鹿にしたその無礼--一っっっ生後悔させてやる!!


 *******************


 午前中のプログラムが全て終了して昼休憩。この時を待っていた。もはやこの時しか待っていない。

 ご飯の時間だ♪


 ……しかしご飯は無い。

 なぜなら俺の家族は来てないから。

 そして飯を持ってくるのを忘れたから。


 ミスター空閑。午後を乗り切るための栄養補給が必要……


「おーい、大親友の橋本クーン。睦月お腹空いちゃっ……」


 我が愛しき大親友の背中を見つけて嬉々として声をかける。きっと家族と一緒にご飯だろう。お行儀よく輪に加えてもらお--


 寂しく歩く背中を捕まえようとしたその時、俺より先に橋本の襟首を捕まえる手が伸びた。


「見つけた」

「!?え?宇佐川さん!?あれ?なんで!?」


 ……誰?

 女だ。黒い三つ編みの、スラリと背の高い女。同い歳くらいに見える…

 姉?妹?いや、「宇佐川さん」と言った。

 ……彼女?


 ……カノジョ?カノジョって何?橋本に?橋本のカノジョって何??何その意味不明な造語。「橋本」と「カノジョ」なんて1番合わさらない単語だよね?だってメイド喫茶に通ってるようなマッシュルームだよ?


「何してるのここで!?」

「見に来た。ご飯でしょ?食べよ」

「え?え?え?」


 当人もわけ分からないうちに連れていかれてしまった……


 あれ……俺のご飯は?


「なんやラムネとか売っとんのかこの学校!!ええなぁ!!」


 ……む、飯の声がする。飯が俺を呼んでいる。

 あのコテコテの関西弁は、1人しか居ない。藁にも縋る、糞にもしがみつく勢いで俺は声のする方を振り返った。


 運命を感じるようにバッチリ俺と脱糞女の視線が交わる。ドラマなら恋が始まる。そして俺の昼飯が始まる。

 …と思ったがこいつの隣にもなんか見知らぬ男が……こいつもつがいか?いい加減にしろ。


「あ?なんやシケた面して。ウチの顔になんか付いとんの?」

「香菜、お友達か?」


 脱糞女の隣に並び立つ背の高い男が俺と脱糞女を交互に見る。


「彼氏?」

「ちゃうわ、やめてや兄貴。どいつもこいつもそう見えるん?目腐っとんの?」


 --兄貴……お兄ちゃんか。

 ならまだ目はあるな……


「友達です」

「誰がマブダチやねん」

「初めましてお兄さん、実はお昼ご飯を忘れてしまって……え?いいですか?すみませんなんか催促したみたいで」

「流れるように1人で完結すな!モロ催促しとるやんけ」


 脱糞女は置いといて脱糞兄は朗らかに笑ってみせた。そうだろうそうだろう。関西から妹の応援に駆けつける兄貴だ。いい兄貴に違いない。


「一緒に食べるかい?僕らも2人だけじゃ寂しいからね」

「寂しない」

「ご馳走様です」

「気が早いわ」


 *******************


「いやぁ、香菜に友達が出来るなんてね。お兄ちゃん嬉しいよ」

「香菜さん友達居ないんすか?」

「やかましいわ」


 生徒と家族たちで所狭しと埋め尽くされた一角にシートを敷いて俺たち3人は弁当を囲む。

 脱糞兄が作ったという3段弁当は女子力の高さを感じさせる。遠慮なく頂こう。


「香菜は中学まで友達1人も居なくてね…」

「やめぇや」

「昔は地味ーな見た目してたしね。こーんな丸眼鏡に野暮ったいおかっぱ頭で……」

「ホンマにやめーや」

「へー…脱糞さんは高校デビューなんですね」

「脱糞?」

「なんでもないです」


 おっと口を滑らせた。黙ろう。ご飯が逃げるから。

 脱糞女の過去とか正直どうでもいい。さっさと腹に詰め込んでトンズラしよう。


「ほんとにこけしみたいな--痛い痛い!やめなさい香菜!」

「もう黙れやホンマに…てか食いすぎやろおどれ!エビフライほとんど持ってったやないかい!!」

「ん?おはへかふぁっふぁとふわないふぁら……」

「なんて言うてんねん、食ってから喋れ。てか食うな!それウチの!!」


 俺と脱糞女との醜いエビフライの取り合いを脱糞兄は微笑ましげに眺めてる。


 優しい兄貴の眼差しは妹に友達ができたことを嬉しく思っている温かい視線だ。

 ……しょうがないもう少し構ってやるか。


「そーいえばお兄さんは関西弁じゃないんですね?妹さんはコテコテなのに」

「あ!ウチの卵焼き!!おどれ遠慮っちゅうのはないんかい!!」

「うん、僕ら関西出身じゃないから」

「へー、そうなんで……え?」

「埼玉出身だから」


 ……え?


 虚をつかれた俺の視線が脱糞女に向かう。視線を浴びる脱糞女の目が泳ぐ。

 いやいや、意味がわからん。


「……関西圏に住んでたこととか……」

「ないね」


 ないんかい。

 じろりと白い目が向く中で開き直る脱糞女。


「ええやんけ!!ウチ心は大阪人やけん!!埼玉県民が関西弁喋ったらアカンの!?」

「いや……喋る意味が……」

「必死に覚えたねん!ウチは大阪に産まれたかったんや!埼玉なんぞなーんもないとこやのうて、美味いもんあって遊ぶとこいっぱいあって楽しい大阪に!!」


 やめろ埼玉が何をした。


「こいつは昔電車で乗り合わせた関西弁の女の子が可愛くて真似するようになったんだよ。こんなんだから友達も……」

「ええやん関西弁!可愛いやん!?嫌いか!?関西弁嫌いか!?」

「いや……お前……それは詐欺」

「なんも偽ってないやん」

「出身地偽ってる」

「関西産まれとか一言も言ってないもん」


 言ってるようなもんだろ。


 *******************


 こいつのせいで兄貴が要らんことペラペラ喋りおった、なんでこないな恥かかなあかんねん。


 怒った。下剤入れたろ。

 せや、こいつには脱糞の借りまだ返してないやんけ。こいつもクソ漏らしてそれでこそ大円団やん。全校生徒の前でクソ漏らさせてこの長い戦いに終止符打ったろ。


 ウチは日常的に下剤持ち歩いとんねん。

 馬鹿が兄貴と喋り倒しとる間にこっそり下剤を取り出す。

 バレへんように背中向けて下剤の粒を割り箸の頭ですり砕く。3錠くらい入れたれ。完成や。


「なんや睦月、茶入っとらんで。淹れたる」

「え、ああ自分で……おい」


 下剤の粉手のひらに忍ばせてその手でペットボトルの緑茶を注ぐ。緑色の液体に混じる白い粉……

 どうやウチのテクニックは。バレへんやろ?グイッといきや!


「ほれ」

「…俺麦茶が良かった……」

「何言うてんねん。麦茶より緑茶のが--」

「じゃあこれ僕が貰お」


 横から伸びた手がウチの手から紙コップを掠め取る。ウチが声を発する前に兄貴が緑茶(下剤入)を勢いよく喉に流し込んだ。


 ……流し込んでしもた。一気に…


「ああああああっ!!」

「なに!?…なんか変な味。こんな苦かったっけ?」

「緑茶ですから」

「そっか」


 納得すな。


「何してん!ウチは睦月に淹れたんやで!」

「おお…そんなに怒るなよ。ごめんて…」

「待っとれや!麦茶淹れたるから…それ飲んで……」


『--午後の部開始10分前です。生徒は各テントに集合してください』


 なんでやぁぁっ!!


「じゃあ行くわ…お兄さんご馳走様でした」

「ちょい待ち!!ウチの淹れた茶は飲めん言うんか!?待たんかいこら!無視すな!!おい!!」

「香菜、お前も早く行かないと…」

「いやいやいやお茶!!お茶飲んでけって!1杯くらいいいやんけ!!こら!」


 明らかに不審そうな眼差しを向けてくる睦月がそのまま足早に逃げていく。逃がさへん!!こうなったら無理矢理にでも……


「空閑君」


 逃げるように去っていこうとする睦月を止めたのは兄貴。

 兄貴はシートの上で座ったまま穏やかな笑みを浮かべてクソ野郎を見つめてた。


「香菜とこれからも仲良くしてあげてね?」

「……はい」


「はい」ちゃう。おどれがウチに何したか忘れたんかこら。


 ウチが止めるのも聞かずに睦月はさささっと駆け足でテントに向かっていく。こいつの勘の良さと運の強さはなんや?こいつにはなんべんやっても勝てんのか?


「……あいつ!水筒に直接--」

「香菜」

「なんやねん!!忙しいねんウチは!!」


 殺気立った形相で兄貴に振り返った先で、兄貴は昔と変わらない優しげな目をしてた。そこだけ空気が和らぐような……

 兄貴がこんな嬉しそうな目するのいつぶりやろか……


「面白い子だね。大事にするんだぞ?」


 ……なんかその言い方恋人みたいやんけ。やめてもらっていい?


 てかいくらいい雰囲気にしてもおどれ下剤飲んどるけな?

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