第26話 ツチノコ持ってませんか?
--私は可愛い……
今日も可愛い。明日も可愛い。誰がなんと言おうと可愛い。世界は私が照らしてる。間違いない。
「日比谷さんおかえり。私も御手洗行こうかな…あれ?どうしたの?」
私は可愛い。みんな可愛い子が大好き。男の子は可愛い子が大好き。
おかしい……あんなのおかしい…絶対おかしい。
「おーい?」
おかしいおかしいおかしいおかしい……
「ひ、日比谷さん…?」
「え?なに…?」
「どうしたの青い顔して…お腹痛い?」
「いやないから、美少女はお腹下したりしないから……」
「じゃあどうしたの?」
「いや……ちょっと……」
足下がおぼつかない。頼りない足取りで私は何とか自分の椅子に腰を下ろした。
私は今、見ちゃいけないものを見た…
--あなたを完膚なきまでに叩きのめして、アタシの彼氏にするわ。うふ♡
--アタシをこの世で唯一叩き潰した男……アタシ、あの時あなたに惚れちゃったのよ…
聞いてはいけない禁断の会話……
え?あれ剛田君だよね?
まず剛田君がオカマ口調ってだけでもう聞いちゃいけないレベルのスキャンダルなんだけど、問題はその会話の内容で……
いやいや、BLを否定なんかしないよ?普通に燃えるじゃん!むしろ好き。
でもさ、いざ同じ学校であの現場を目撃したらさ…やっぱりその……ね?
別にいいんだ。どんな愛のカタチでも、それは尊ばれるものだから!なにも否定する要素なんてない……
ただ……
--………………嫌です。
相手が空閑君だった!!!!!!
「うぅぉぉぉぉぉぉ…………」
「日比谷さん!?どうしたのそんな野獣みたいなうめき声あげて!やっぱりお腹痛いんじゃない!?」
いいんだよ!?別に!!彼は私の彼氏でもなんでもないんだから!!誰だって彼に恋する権利はあるよ!?
でもさ、私の淡い初恋(かもしれない)の、初めての恋のライバルが野球部のエースでしかもかつて私に告白してフラれた剛田君ってどういうこと?
これで、万に一つもないけど私が失恋したら私はムキムキゴリラ野郎に恋で負けたってことになるんですか!?
……いや、落ち着け。冷静に思考を働かせるのよ真紀奈。
空閑君引いてたじゃん?明らかに芽はない。
いや、でも剛田君気にしてなさそうだった…無理矢理にでも彼氏にする的な発言を……
ムキムキ体育会系と色白細身男子の絡み…
いいよ別に。うん。私は美の女神、どんな愛のカタチでも受け入れられる!だって神様だもん!!
いや!神様が負けたらダメだろ!?
*******************
『ブロック対抗借り物競争に出場する選手は入場門に集まって下さい』
「おいおいウチのブロック負けてんじゃねーか」
「頼むぞー、虎太郎」
クラスメイト達からの声援を受けながら入場門に向かう。
借り物競争は得点が大きいから他のみんなも気合いが入ってる。
やだなぁ…借り物競争とか1番恥ずかしいやつ。物乞いの如く観客席や他のテントを走り回らないといけないんだから。
生徒会は競技不参加にならないかな…
生徒会広報--広瀬虎太郎。嫌々ながら入場。
我が校の借り物競争とは、無茶苦茶な無理難題を押し付けられた生徒達を見て笑うのがお決まりなんだ…
去年は出てないけど、「好きな人」とか「お母さん」とか、「マイケル・ジャクソン」とか「ボディビルダー」とかもあった。
変なの引きませんように引きませんように…
「よぉいスタート!!」
合図で一斉に走り出す。みな競い合うように前に前に。それこそ並走するライバルを押しのけん勢いだ。
こういうのは1番にお題の書かれた札にたどり着く方が有利……という訳でもないんだけど、取った札は変えられないし、こればかりは運。
それでも楽なのを他人に取られる前にと気持ちが焦る。
比較的早くたどり着いた俺が落ちてる札を見回す。全部背を向けてるから何が書かれてるのかは分からない。
それでも手書きの札の背にはにはうっすらと文字が浮かんでいる。
なるべく文字数の少ないヤツ…
ここの体育祭は人物とか平気で書いてくるから…なんかこう…メガネとか水筒とかそういうの--
「これだっ!」
背面を見るに4文字。カタカナっぽい。多分物だ。
「げっ!?好きな人!出た!!」「…マ、マグロ…?」「ダニアン小林って誰!?」「どなたかジョン・ウィックお持ちじゃないですかー!?」
ハズレを引いた哀れな生徒たちが駆け回る。
さて俺は……
--『ツチノコ』
……ツ、ツチノコ!?
ツチノコ!!!?
しまった!!ハズレだ!!
俺のお題はツチノコ!!ツチノコを持ってこいと!?ツチノコ!?
--ツチノコとは。
日本に生息すると言われている蛇によく似た姿の未確認生物--つまりUMAである。
大きな特徴として通常の蛇と異なりその腹部は大きく膨れているそうだ。
毒があるとか、5メートル近くジャンプするとか、酒が好きとか…色々な特徴があるらしい。
その正体に関しては卵を呑み込んだ蛇とかマツカサトカゲとか色々囁かれているが……
……未確認生物来ちゃった。
途方に暮れる俺、暮れるしかない……
いや暮れてても仕方ない。
他の生徒も厄介なお題だったのかまだ誰もゴールしてない。今年は酷いらしい…
このまま突っ立っててもゴール出来ない。恥を忍んで俺は観客席を走り回る。
「ツチノコお持ちの方いませんかー!?ツチノコ!!ツチノコお持ちの方ー!!」
トンチンカンな探し物をしながら走り回る生徒達をグラウンドの全員が笑いながら眺めてる。体育祭は1番の盛り上がりを見せる。
……いや、ツチノコ持ってるやつなんていねーよ。どーすんのこれ?
「誰か!!ツチノコ持ってません!?ツチノコ!!あのお腹の膨れた蛇!!」
「居るわけねーだろ」
「居たら事件だわ!」
「こんなとこでツチノコ見つかったらどーすんのよ」
うるせぇぇ知るか!!笑ってないで何とかしろ!!ツチノコ!!ツチノコ!!
誰もゴール出来ないまま縦横無尽に走り回る参加生徒たち。もう5分近く経つのに誰もゴールしない。事件だろこれ。実行委員は悪ふざけがすぎる、反省しろ。
「ツチノコー……」
「ツチノコ持ってるよ」
「どなたかツチノコ……え!?」
運営前のテントを走り回ってたらどこからかそんな声が聞こえてきた。
まさかツチノコを持ってる人が…!?え?ツチノコ持ってるならこんなとこ居ないでテレビ局とか行ってください。
いや今そんなことはいい!!
「誰!?」
「ほら、こっちだ」
運営テントの隅っこでパイプ椅子に座る先生……保健室の莉子先生!!
先生なんでツチノコ持ってんすか!?
「持ってるんですか!?ツチノコ!?」
「うん」
そう言って莉子先生が自分の後頭部に手を回してゆっくりと髪を解いた。
「ほら」
差し出された手のひらには小さな、しかし確かにツチノコ……のバレッタ。
目玉から鱗の一つひとつまで丁寧に造形された本物と言っても通りそうな……
「…先生、独特なセンスですね」
「要らないの?」
「お借りします」
丁重にお預かりしてそのままゴールに走る!ゴール地点で待つ体育委員もまさかツチノコ持ってくるとは思わなかったのだろう。一瞬ギョッとして俺のゴールを出迎えてくれた。
「…まじ?ゴール出来ないと思って書いたのに」
「競技として成立しないだろそれ…ツチノコだよ!」
チェックに入る体育委員にやけくそ気味にツチノコを見せる。まだ誰もゴールには来ない…これは俺の一人勝ち……
「これツチノコじゃないね」
「…え?」
「これ、ヒガシアオジタトカゲのバレッタだね」
「……は?」
「ほら、足が……」
指摘されながらひっくり返されたバレッタを見ると、精緻に作られた裏側に確かに足らしきものが……
「……いや、これツチノコ…」
「いやツチノコ足ないから。蛇だから」
「……実はツチノコには足があるんだよ。知ってる?ボアやニシキヘビみたいな大型の種には昔の脚の名残が……」
「屁理屈いいから、はい失格ー」
「--先生ー!!莉子先生ー!!これツチノコじゃない!!ヒガシアオジタトカゲ!!」
「……ああ、そうなの?何トカゲだって?」
「そーなの!!足があるからこれ!ツチノコじゃないからこれ!返します!!ツチノコ持ってないっスか!?」
「じゃあ持ってないかな」
「あああああああああああああああああああああああああっ!!」
「岐阜県は全国有数のツチノコ目撃多発地帯らしいよ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
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