第25話 次は負けないんだから!!

 「宣誓!僕たち、私たちは、日々の練習の成果を存分に発揮して、一生懸命戦い抜くことを、誓います‼︎」


 9月末、日曜日。

 一体何が悲しくて日曜に学校に出てこないといけないのか…なぜだ言ってみろ。

 もうすぐ10月……秋が近づいてきた夏と秋の境目。日中の暑さと夕方の涼しさが同居した今日…


 ……今日は体育祭だ。


 開会式が終わり準備体操が終わって一旦全校生徒達が各クラスのテントに戻っていく。


 「空閑君はなんの種目に出るんだい?」


 テントの日陰で死んでる俺に橋本が話しかけてくる。まるで友人のような距離感だが、ズンドコベロンチョを知らない奴とは友達になれない。そのうえガンダーラにも行ったことがないと言うじゃないか。

 

 まぁ…こいつの弁当を頂戴しなきゃならないからここは愛想良くしておくか…


 「クラスのリレーだけだ。お前は?どーせ綱引きとかだろ?ん?球入れ?」

 「そうだね…綱引きと同好会対抗リレーさ。種目が少なくてよかった…」

 「誰もお前みたいなもやしには期待してな…え?」


 同好会対抗リレー?

 なにそれ?


 「……同好会でリレーすんの?」

 「そうだよ。全部活動と同好会で…空閑君はアンカーだけど、よかったよね?空閑君足速いもんね?」

 「まぁお前らの中では一番…あ?」


 俺出るの?

 疑問と抗議の視線を今日の日差しの如く浴びせると橋本のやろーはキョトンとした顔をした。


 「……なにか言いげだね。当然、君も選手登録してるけど……」


 ……こいつはいつか殺す。


 そうこうしてるうちに最初の競技が始まった。最初は三年生の100メートル走。


 先輩の中に特に知り合いとか居ないし、盛り上がるテントの中でぼんやり先輩達の走りを眺める。

 必死に走る先輩達の姿に、後で自分もこれをやらなければならないのかと陰鬱な気分になる。 


 二年生の100メートル走も終わりに近づきうちのクラスの生徒達が一年の100メートル走に備えて入場門に向かう。


 …トイレ行こう。


 入場門とは逆側のトイレに向かい歩を進める。グラウンドの方で入場の曲が流れ出した。


 「あら、空閑君じゃない」


 膨れる膀胱を意識しながら内股で歩く俺の後ろからゾッとするような声が背中を撫でる。

 野太く低い男の声だった。でもその粘っこい喋り方と口調は反射的に全身に鳥肌を立たせる破壊力…


 振り返ってはいけない…


 直感した。全身を嫌な汗が伝う…

 きっとこの先には見てはいけないものがある。俺には分かるぞ…

 だって、おそらく同じ学校の生徒…それがあんな猫撫で声…いや考えるな!


 走ろう。そうだ、振り切ろう。聞こえなかったことにして…

 逃げーー

 

 「待ってよ」


 立ち尽くす静止の状態から一気に地面を蹴った俺の真ん前にあっさり回り込んでくるそいつ……

 オカマに絡まれる覚えなどないがその男の顔には見覚えがあった。


 坊主頭で太い眉、よく焼けた肌はどう見ても逞しい男のそれでーー


 「うふ♡球技大会以来ね、会いたかったわ」


 どー見ても剛田君だった…

 

 ……え?どうしたらいいのこれ?なんて反応したらいいの?

 将来はメジャーリーガーだと期待されているはずの超高校球児が……


 「あなたにお話があるんだけど…いいかしら?」


 いや言い訳できねーよ?どー考えても喋り方がオカマだよ⁉︎

 なにがあった…?まさか俺に負けたショックで…?球技で負けたショックで自分のタマまで落とした⁉︎


 全く反応できない俺を無視して勝手に話し始めるかつて剛田君だったなにか。


「一学期の球技大会……あの日あなたに敗れてから今日まで、アタシ鍛えに鍛えたわ。あの時のアタシは自分はこれ以上ないってくらい完璧なんだって思い上がってたの…アタシの目を覚まさせてくれたこと、とりあえず感謝するわ」


 いや目覚めてないぞ?むしろ深い悪夢に囚われてないか?


「あなたのお陰で目が覚めて、師匠と猛特訓を積んでここまで来た。今までにないベストな仕上がりだと自負してる……空閑君…あの時の借り、返させて貰うわ」

「…………いや、返してもらわなくて結構なんで…あの俺急ぐんで……」

「この体育祭であなたを完膚なきまでに叩き潰す」


 オカマって謎の強キャラ感あるよね?オカマ口調で屈強な大男にこんなこと言われたらまじで怖いんだけど。

 というか宣戦布告抜きに怖いわ。関わりたくないわ。


 しかし俺はこの直後、真の地獄と言うやつを垣間見ることになる……

 それは剛田君のとんでもない一言から--


「この体育祭であなたを倒して、アタシはあなたを手に入れる」

「…………は?」

「あなたに叩きのめされたあの日……自分の本当の姿を師匠に見出されたあの日……あの日々からずっっと考えてた……アタシ、あなたに恋をしたみたいなの」


 …………は?


「あなたを完膚なきまでに叩きのめして、アタシの彼氏にするわ。うふ♡」

「……嫌です」


 冗談抜きに鳥肌が立ったんだけど……え?


「敗者をどうするかを決めるのは勝者…負けたら拒否権なんてないのよ?一年生のリレー……あなたとアタシ、真剣勝負よ!!」

「嫌です」

「アタシをこの世で唯一叩き潰した男……アタシ、あの時あなたに惚れちゃったのよ…今度はあなたを叩き潰してアタシのモノにする……覚悟なさいね!」

「……………………え?嫌です」


 *******************


 陸上部一年、速水はやみ

 この学校に私より速い女子は居ない…そう断言出来る。

 私が走れば風となり、影すら見せない神速はまさに狩人の神アタランテー……


 その俊足が今まさに日の目を見る…

 今日は有名体育大の先生も体育祭に来てるらしい…ここで私の実力を見せつけて、栄光ある未来まで駆け抜ける足がかりとするのよ!


 女子100メートル。さて私の相手は…


 2組はデブ、4組は冴えない眼鏡…いかにも運動は不慣れ。そして1組はチャラチャラ髪を染めたピアス女…こんなギャル系が私より早く走れるわけが無い……

 勝ったな……


 スタートラインに立ちシューズの紐を結び直す。うん、体も軽い。コンディションはバッチリ……


「なんやそのシューズ、ウチらのと違うやんけ。ずるない?」


 気合いを入れる私にちゃちゃを入れてきたのは隣に立つ1組のチャラチャラ女…てかあんたのも違うじゃん…


「部活のシューズだから…」

「へー、なんや気合い入っとるな?せやけどウチ速いで?今日は勝たせてもらうわ。よろしくな?」


 ……なんだこいつ。まさか私を知らない?この学校にいながら?

 しかも宣戦布告だと?私より速いつもり?


 面白い……


「その大言壮語、後悔させてあげる」

「……なんやトゲトゲした子やな…ま、お互い頑張ろや。」


 あっさりと流された…

 こんな奴には絶対負けない!!いや、誰にだって負けない!!負けたことないんだから!!


「それじゃ位置についてー」


 体育委員の号令と共にクラウチングスタートの構えをとる。あいつは棒立ちのままだ。やはり素人!


「よーいドン!!」


 スターターピストルの銃声と共に一斉に走り出す。初っ端から他の3人をぶっちぎって風となる。


 私の後ろからバタバタと足音が聞こえてくる。遅い遅い。やはり勝負にならない。

 みんな見て!!これが私!!これが私の俊足--


「よっしゃ先頭やで!!」


 私の高揚感を横切って先頭に躍り出る影。そのままぐんぐん私の前に……


 は?


 あのチャラチャラ女!?

 ばばばばばばばばばば馬鹿な!?そんな…私の前を走るなんて……え?速い!?


 大言壮語ではなかった!?こいつ私と同じくらい…あるいはそれ以上に速--

 そんな訳あるか!!1番は私だ!!1番は私の為にあるんだ!!!!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!うぉりやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 こんな奴に私の未来をくじかれてたまるか!負けない!!絶対負けない!!


 回転が上がる。トップギアに入った私の速度が周りの景色を置き去りにする。間違いなく過去最高速。

 最高の走りを見せる私、ぐんぐん近づいていくやつの背中。勝った!!


 ゴールまであと数メートル。ここで抜けばもう追い越されない!目と鼻の先にやつの背中を捉える。


 私の前を走るなんておこがましい!!負けない!!ゴール目前で追い抜かれる屈辱感に悶え--


 --ぶっ!!


「あ、屁こいてもうた」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!?」


 音を置き去りにする私のスピードをそのままに、やつのケツから吹き出したガスの異臭が鼻に突き刺さる。

 突き刺さる……

 突き……


「……臭っ!!」


 突然の攻撃に完全に足が止まった私。その後ろから2人の人影が私を抜き去って……


 ……え?


「はい、4着」


 フラフラとゴール線を踏んだ私に体育委員が4番の旗を手渡してきやがった。

 眼前には先にゴールした3人が走り終えた生徒達の列に加わっていく……


 …………は?


 ドベ?え?この私が……??え?


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?この私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「早く並んで」


 *******************


 競技が終わって退場門まで歩くウチの足が跳ねるようにグラウンドを蹴る。まるで羽になったみたいや。足裏にバネでも入っとるみたいな……


 入っとんのやけどな?


 履くだけでボルト級と評判の俊足シューズ。今日の為に買っといたんやが…今の記録何秒やろか。


 見たかウチの走り!まさに風!!今日限定でウチに勝てるやつはおらへんで!


 いい気分で自分のクラスのテントまで戻ろうとしたウチの目の前に突然何かが滑り込んできた。


「うわっ!」


 慌てて足を止めたウチの目の前で目を真っ赤に腫らした女が唇を噛み締めて睨んできおった。


 ああ、さっきの……なんや恐ろしい顔しおってからに……

 あ、ウチが屁こいたから?


「……負けたわ」


 泣き出しそうな…てかもろ泣きながら震える声でウチに向かって絞り出す。


 うわ…そんな悔しがる?なんか急に申し訳なくなってきたわ……


「いや……あんな?ちゃうねん。実は……」

「オナラは言い訳にならない…勝負は結果が全てよ……」


 ダメや聞く耳もたん。てかそんな大声で言わんとって?周りの奴らにバレてもうたやん。みんな見とるやん。

 え?なんの公開処刑?


「でも!!次は負けない!!次のリレーで勝負よ!!次は絶っっっ対!絶対!!負けないんだからっ!!!!」


 吠え散らかしてウチの返答も聞かんでものすごいスピードで走り出してもうた…わぁ速いわあいつ……


 …………そない悔しがるとは思わんかった。


「……ウチリレー出んのやけど」

「……香菜ちゃんオナラしたの?いつ?」

「やかましい」

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