第24話 それ、なんですか?
「えー、この虎になったっていうのは李徴の臆病な自尊心、尊大な羞恥心を表してる訳で……」
……やばい。
教科書を立てて顔を伏せ、俺は自分の下半身を見つめていた。
壇上から聞こえてくる先生の声も、板書するクラスメイト達のシャープペンシルが紙面を滑る音も、何もかもが俺の焦りを駆り立てる。
それは鼓膜を抜けて入ってくる音たちが、今は授業中だといやでも思い知らせてくるから……
俺は生徒会広報、広瀬虎太郎……
生徒会役員とは全校生徒の模範であるべき存在であり、決して隙を見せてはいけないんだ。
そんなこと考えながら学校生活を送ったことは無いけど、そう思わせる程に俺は今隙だらけだ……
生理現象とは生きている限り切っても切り離せないものだと思う。
しかし、社会の中でそれを律することこそ、人が人である所以であり欲求に刺激される生理現象を人前で露わにするというのはもはや人にあらず、社会で生きる上で最も恥ずべき隙というか…
とにかく…隙を見せてはいけないんだ。特に男子高校生なんてのは娯楽に飢えた獣。少しでも笑いの種を零すようなことがあればすかさず噛み付いて来るわけで……
まぁ…その……
長々と色々並べたが、要するに俺は今大ピンチなんだ。
…………息子が大変元気になってます。
*******************
「……会長、会長、後で数学の課題見せて」
隣の席から小声で話しかけてくるクラスメイトに無言で頷いて返し、私は視線を黒板に戻す。眼鏡の奥でクリアな視界がチョークの尾を引く白い文字を追っていた。
みんな私を『会長』と呼ぶ。私が生徒会長だから……私には潮田紬という名前があるのにだ……
数学の課題か……やってないな……
私の印象は堅物、頭良さそう…らしい。
まぁどう思ってもらっても構わないんだけど…みんなは私のことを誤解してる。
私は頭良くないし別に堅物でもない。課題をし忘れたクラスメイトに丸写しさせてあげるくらいには柔軟な普通の女子だ。
……やってないけど。
押し付けられた生徒会長を律儀にこなしてるうちにこびりついた私のイメージ。
それを悲観する理由はないけれど、せめて好きな人には自分の素の姿を理解してほしい…そう思うのは恋する乙女として自然でしょう?
人並みに恋するくらいには私は普通の女子。
好きな人のことが気になるくらいには……
「……」
何言ってるのか全然分からない先生の言葉から意識を隣の席に移す。
そこに座る私の想い人……
……その彼--広瀬虎太郎君の股間が膨らんでるのが気になってしょうがない。
なんだろあれ…ポケットに入れた何かが大きくて膨らんでる…?
どう考えても不自然な股間の膨らみ…虎太郎君は特に気にした様子も見せずに真面目に教科書と睨めっこしてる。
でも気になる……だって気になるでしょ?
好きな人が何を持ち歩いてるのか、どんな物を愛用してるのか…気になるでしょ?
私は彼の持ち物からパンツの柄からお風呂の時どこから洗い始めるかまで把握してるけど…
……今日の彼の荷物にあんな不自然な膨らみを作り出す物はないはず……
……あれ、なんだろう。
*******************
--何故俺のご子息が元気になってるのかについては説明が必要だろう……
生徒会というのは各委員会を取りまとめる役割も担ってる。
今日--まさについさっきの昼休みに、熱心な風紀委員の生徒が生徒会室に持ち込んだのが、1冊のエロ本だった…
風紀委員の没収した私物は生徒会室に集められ生徒指導の先生の元に渡る……
生徒会を一度経由するのでそれらに触れる機会があるわけで…
まぁ、見ちゃうよね?男子だし?
ただエロ本の没収なんて日常茶飯事。そんなことで動じる俺じゃないが…その風紀委員の語る没収の経緯に俺は興奮を禁じ得なかった……
「--屋上へ上がる階段の踊り場で1年の女子が見てました。」
女子が?
女子がこのエロ本を……?けっこー過激だけど……
だってこれ…ほら……無理矢理とか、親子でとか……うわぁ……
女子がエロ本持ち込んでるんだぜ?興奮するだろ?顔も知らない女生徒と、オカズを共有--
これ以上はやめておこう……
あと、俺は見ただけ……誤解しないでくれ。ただ見ただけ。確認も必要だから……決してそれを見ながら色んなことなんてしてない。
してたら今頃息子は縮こまっていてくれているはずだ……
まぁそんな訳で、俺の下半身は今ギンギンなんだけど……
俺はこの事実を誰にも悟られるわけにはいかないんだが……
……さっきから凄い視線を感じる。
隣の席から遠慮なく降り注ぐ視線--ちらりと様子を伺うと顔をこちらに向けた会長の鋭い三白眼が俺の下半身を睨んでる。
もうバレてるし……
それにしたって見すぎじゃないか?
授業など知ったこっちゃないと言わんばかりに俺の方を向いて股間をガン見している。どうしよう…え?どうしたらいいんだこれ?
「……潮田、ちゃんと聞いてるかー?」
そこで教壇から先生の声が飛んでくる。弾けたように会長の首が前に向き直る。助かった…
「潮田、この時の李徴はどんな気持ちなんだと思う?」
「……恥じていると思います」
「……おう、まぁそうだな…そう、さっきも説明した--」
俺の股間を見つめながらもしっかり授業を聞いていたのか?まさか授業中に当てられて会長が即答できるなんて……
*******************
……恥じ入るばかりね。
愛してる人の股間がどうなってるか分からないなんて…私にはそれを知る義務があるというのに…
それにしても気になる……あれなんなんだろう……
今の彼のポケットにはハンカチくらいしか入っていないはずなのに……
ズボンの膨らみの形状--あの形からして細長い棒状の物…?
確かめたい……訊いていいかな?でも授業中だし。
真面目に教科書を睨む虎太郎君の視線、真剣に授業に望んでる。邪魔しちゃ悪い…
でも自分のズボンの膨らみも気になってる…?さっきからちらちら視線が下に行ってるような……
待って?大体ズボンのポケットに入った物があんな股間の中心部で膨らみを作るなんておかしくない?
ポケットの中のものが膨らんでるなら太ももら辺に脚に沿った形で膨らまない?だってポケットって普通細長い作りよね?あんな股間中央部まで横に広くないよね?
あれはズボンのポケットの中の物じゃないの?
あそこに膨らみができるってことは……
ズボンかパンツの中に直接入れている…?
なにを!?
あぁぁぁぁ気になる!!気になる!!
どうして?どうしてポケットに入れないの!?
ポケットに入らない物だから?じゃあ鞄とかに入れればいいのでは!?
……もしや、股間に直接装着しないといけない何か…?
…気になる。調べよう。
先生にバレないように膝上にスマホを置いて検索……
--股間、装着……検索と…
………………
…………?
てーそーたい?
*******************
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響きようやく解放される。
解放されるのはいいけどこれどうしよう……
よし…中腰で立ってポッケに手を突っ込んで膨らみを目立たないようにしてからトイレに……
「虎太郎君」
「うん!?」
ゆっくり立ち上がった俺に横から会長が声をかけてくる。中腰の不自然な体勢のまま固まる俺。
そうだ……会長には気づかれてる…いや大丈夫。会長は言いふらしたりする人じゃない。
それにしたってこんな時になんの用--
「貞操帯付けてるんだ」
「!?」
人目も憚らない会長の遠慮ない声量に教室が凍りつく。俺も凍りつく。
え?なんて?
「偉いね」
「!?」
「え…?今なんて……?」
「貞操帯って言った?」
「は?どゆこと?広瀬が?」
「え?え?あの二人ってそういう…?まじ?」
「てか貞操帯って、そういうことできないようにっていうアレよな…?会長に着けられてんの?」
「うわぁ、虎太郎のやつ見た目によらずもしかしてヤリ……」
……………………!?
「その股間の膨らみ……」
「!!!?」
「見せて」
「!!!!!!!?」
…何を言ってるんだこいつ!?
会長は確かにバカだけどいやこれはバカのベクトルが違うというか……
…は?貞操帯?貞操帯??
…………
「あ」
「あー!広瀬逃げた!!」
教室から飛び出した俺はとにかくトイレに走った。
あのまま教室に居たら何を言われ続けるか分かったもんじゃない…
しかし……は?意味がわからん。なんで俺が貞操帯…?
「なんで逃げるの?」
「ぎゃああああっ!?」
全速力で廊下を駆ける俺の真横に平然と並走してくる会長。
じーっと鋭い目付きが俺を至近距離から睨んでくる。見つめられるだけで怖いのにいきなりあんなこと言われたら余計怖い!!
「見せてよ」
「見せられるか!!てかあっちいって!!」
「なんで隠すの?」
「隠すって言うか……隠すもんだよ普通!?なんで見たいの逆に!!」
「見たことないから」
「見せないし!そもそも着けてないし!!」
「……え?違うの?」
「そんなもん着けるか!!」
「……」
何をそんな驚いてるんだ。着いてる方がびっくりだろーが!
「……会長貞操帯って何か知ってる?」
「……股間を守る下着的な?」
「多分会長の思ってるようなものじゃないし、普通の人は着けない」
俺の指摘に会長の目がまん丸に見開かれていく。驚きの形相が迫力を帯びて、愕然としながら俺の顔と股間を交互に見つめる。
ああっ!やめて!こんな状況でも女子にそんなガン見されたら余計に元気に……
「……じゃあそれ、なに?」
「なにって見ればわかるでしょ!?」
「見ればわかるの…じゃあ見せて」
「違う!そうじゃない!!」
俺の拒否も無視して会長の手がベルトに伸びた!
何考えてんの会長!?廊下の真ん中で!?
ベルトの金具を手際よく外して緩んだズボンが落ちかける。慌てて押さえる俺の手と会長の手が同時にズボンにかかる。
「なんで?」
「見せられるか!?」
なんだ!?会長って痴女なのか!?
急に身の危険--主に貞操の危機を感じて鳥肌が立つ。今こそ貞操帯が必要だ。
「……いいじゃん、見せてよ」
やっ……やばいっ!!
「……っ!むっ!無理だからっ!!」
体を捻って会長の手を無理矢理振り払う俺が逃げるように走り出す。ベルトを絞めるより何より今は会長から距離を取らなければ…!
廊下を走る俺の背中にピッタリと足音がついてくる。なんで!?そこまでして見たいの!?俺のが!?怖いんだけど!!
逃げろ……!逃げろ……!!逃げろ……!!!!
こんなとこでズボン引きずり下ろされたら学生生活終わるどころか警察が飛んでくる--
焦りとパニックに駆られた俺の足は、ずり落ちるズボンの裾に取られて派手にもつれた。
前のめりにバランスを崩す体……がくんとブレる体の軸は修正不可能。トップスピードから急にストップがかかった衝撃でズボンを押さえてた手が離れる。
--あーーーーーっ!!
前のめりに体勢を崩しながらズボンが落ちていく……
露出するパンツ、突き破らんばかりのイチモツ……
あぁ……終わった--
「……空閑くん、大事な話ってなんだい?」
「……橋本よ」
……あっ。
あぁーーーっ!まずい!!
廊下の曲がり角から突然人が……!角から出てきて俺に背中を向ける男子生徒……
まずいぶつかっ--
「ズンドコベロンチョって知ってるか?」
「いや知らな--」
--ズブっ!!
--その偶然は奇跡と呼ぶに相応しい見事さでドッキングした。
前方を歩く眼鏡の男子生徒の向けたお尻と、固く突き出したした俺の息子……
突起物と穴……割れ目と棒。
これが互いに吸い寄せられたように合体するのは、地球の物理法則に従って倒れ込む俺と前を歩く彼の位置関係を考えればもはや必然であり、なにも不思議なこともやましいこともないんだ…
そう、ないんだ。
「--あっ!!!?♀︎」
「え?…橋本ぉぉぉぉっ!?」
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