第23話 ジョナサン・小西はもういいよ

 --私は可愛い。


 廊下を歩くだけでみんなが振り返り、私の通り抜けた道には爽やかな風が吹く。なびく髪は流麗に人々の目を喜ばせ、微かに香る残り香が鼻腔を幸せにする。


 蒸し暑くむさ苦しい日々にそっと花を添える……というか私自身が花。


 可愛い子には鏡が欠かせない。

 美しく産まれた者はその美しさを保つのも与えられた使命。


 女子トイレの洗面台の前に立つ。さっきまで体育祭の練習だったから髪型が乱れてないかチェックしないと…


 嗚呼……なんて可憐。素敵。自分でも惚れ惚れする美貌……

 鏡を覗くだけで自分を癒せる。癒しですら自給自足。これも人々の心に癒しを与える私の特権……


『こんにちわ』


 …………


『きょうはいいてんきですね』


 ………………


『ねっちゅうしょうにきをつけてください』


 ……………………

 もうやだ。助けて。


 *******************


「日比谷さんお昼食べよ…ってあれ?どうしたの?元気ないよ?」

「そりゃ元気もないさ」


 机をひっつけて昼食を共にする凪に私の恨み節が止まらない。


 あの旅館で鏡を見てからずっとアレがついてくる。鏡を見る度に灰色のおっさんが私に話しかけてくる。気だって滅入る。


「日比谷さん、あんなに鏡を見たらダメって言ったのに見るから……」

「幽霊旅館に連れて行った自責の念はないわけね?」

「大丈夫だよ。ただ寂しくて着いてきてるだけだもん」

「全然大丈夫じゃないし。それが幽霊に取り憑かれた友人にかける言葉か!」

「そんなに気になるならお祓いしとく?」


 そんなツテがあるの?

 家に変なお面とか伝わってるしなんかこいつの家系が怖くなってくる。心霊現象慣れしてるっぽいし…


「え…なんか怖いしやだ」

「じゃあいいや」

「いやいやいややっぱりやる」


 顔を青くしたり赤くしたりする私を凪が楽しそうに見つめてる。絶対おもちゃにしてる。私をなんだと思ってる。


 ……はぁ、凪も変わったな。ビデオ屋で話した時より随分フランクになった。冗談とか言うし、私で遊ぶし。


「……凪はそうしてる方が可愛いよ」

「ん?は?え?なに?」


 仕返し。照れてちょっとだけ赤くなった凪の頬っぺを爪の先で突っついてやる。


「もー」


 くすくす笑う私から逃げるように目を背けた。女同士でも、天下統一級の可憐さを持つ私から「可愛い」なんて言われたらそうなるよね。

 流石私。男女問わず魅了する色香。


「……日比谷さん後ろに変な顔が浮かんでるよ」

「うひっ!?」

「うひっだって。変なのー、ダメだよ美の化身がそんな品の欠片もない声出したら」

「…………殺すよ?」


 *******************


 放課後凪に連れられてやって来たのは小さなお寺。

 この街にこんな所があったんだって、新参者の私は初めて知った。それくらい中心地から離れた場所にある。


 春には桜が満開になる鮮やかな街の一部とは思えないほど廃れた佇まい。でも街中の喧騒から遠く離れたそこは異世界に迷い込んだような不思議な感覚にさせてくれる。私は静寂に包まれていた。


 とにかく、桜色の街の意外な一面にびっくりってこと。


 凪は慣れた様子で本堂から離れた離の戸を叩く。


「こんにちは。阿部です」


 木戸を遠慮なしにバンバン叩いてたらやがてゆっくり戸が開き、薄暗い離の中からお坊さんが顔を出した。


「……ああ、いらっしゃい。待ってたよ」

「連れてきました。この子です」


 後ろに立っていた私を前に引っ張りだす。若い僧は安心させるようなにこやかな笑みを湛えて私たちを出迎えてくれた。


「ようこそ。話は阿部ちゃんから聞いてますよ。本堂へどうぞ」

「あ、はい……」

「なにも心配要らないからね……」

「どうも……」


 なんかこういうのって、洒落怖にありそうな展開……



「凪…ほんとにお祓いするの?」


 本堂に通された私は横の凪の耳元で囁いた。着いてきて今更だけど、なんか胡散臭い。展開が胡散臭い。


「うん。え?日比谷さんアレ何とかして欲しいんでしょ?」

「そうは言ったけど……」

「もしかして信じてない?」


 凪の言葉に前を歩くお坊さんがちらりと振り返った気がした。


「幽霊目撃してお祓いとかは信じてないの?」

「いやいや信じてないとかじゃなくてさ?」

「御安心なさい。今日はその筋でも一流の祈祷師を呼んでおります」


 やっぱり聞こえてたらしく若いお坊さんは鷹揚に微笑んでみせた。どこか申し訳なさを覚えて「すみません」と頭を下げる。


 通された和室の襖を開けた先に、和服を着た10歳くらいの女の子が2人、そしてその間に謎の男……


 どキツイ真っ黄色の半袖シャツと短パン、派手なサングラスをかけて胸元には金のネックレスまでしてる。

 寺にいるには不自然な格好の男だった。


「……誰?」

「はじめまして。ジョナサン・小西と申します」

「…………誰?」

「え!?あのジョナサン・小西先生!?」


 なんともわざとらしいというか腹の立つリアクションが隣の凪から飛んできた。ここは誰それ?って尋ねる場面なんだろうけどなんかムカつくからスルーする。


「今回お頼みした祈祷師の先生です」

「ジョナサン・小西です」

「え!?あのジョナサン・小西先生!?」

「もういいから」


 一気に帰りたくなってきたんだけど。

 どー見てもチンピラな祈祷師が「座って」と自分の前の座布団に私を促す。横にいる凪は終始興奮した様子だ。


「わー!日比谷さん、あのジョナサン・小西先生のお祓い受けられるなんてすごいね!良かったぁ、先生なら安心だね!ね?」

「ね?とか言われても知らんし。世界共通でジョナサン・小西が通じると思わないで」


 もう詐欺の臭いしか感じない私の訝しんだ視線に若いお坊さんがふわふわした凪のジョナサン節を補足してくれる。


「ジョナサン・小西先生は世界的に活躍されてる霊媒師の方なんです。世界中の様々な霊能、呪術に精通し、数々の霊障を解決してきたお方なんですよ」


 やっぱりふわふわしてた。

 そんなこと言われてもちっとも凄さが伝わってこないのは私がオカルトに疎いからなんだろうか……


 まぁとにかく、知る人ぞ知る凄い人だと…


「それで、隣の2人は……」

「弟子です」


 弟子らしい。随分小さいようだけど……ジョナサン・小西の風貌のせいで事案にしか感じない。

 おかっぱ頭の少女2人は全く微動だにせず一言も発さず大人しく座っている。こうしてるともはや人形。


「無駄話もこれくらいに…早速始めようか」

「「お願いします、先生」」

「……お願いします」


 お坊さんと凪に習って私も頭を下げる。

 これ終わってからお祓い料100万ですとか言われたらどうしよう。警察行けばいいのかな?


 *******************


「お祓いの手順としてはあなたに取り憑いた霊を呼び寄せて弟子に移し替えてから祓います」

「あ、はい」

「あなたは自然にリラックスして…いいですか?何が見えても聞こえても動揺してはいけない」

「あ、はい」

「では目を閉じて」

「あ、はい」

「日比谷さんほんとに分かってる?」


 正直まだ信用してないです。

 瞼の落ちた私の体、まず飛び込んできた情報は鼻の中に流れ込んでくる匂い。

 なんとも言えない独特な匂い。息を吸ったらそれが肺に入ってきた。


「げほっ!?」


 匂いの正体は煙みたい。大丈夫なのこれ吸い込んでも。肌荒れとかしないよね?歯が抜けたりしないよね!?


「あんたらぽんたらぴきぴきぺー」


 ……?なんだ?


「うんたらこんたらぽんぽこぴー」


 煙の次は意味不明な歌のような声。霊媒師の声だ。同時に畳を踏み鳴らす足音がリズミカルに響いてくる。


「出た…あれが先生秘伝の降霊の舞…」

「うわぁ…私感動です……」


 え?なに?踊ってる?

 どうしようすごく見たい。声を聞く限りふざけてるとしか思えないけど…

 ていうか凪はなんでこんなに興奮してるの?オカルト好きなの?もうキャラ分かんない。スプラッター好きで富士山登るアウトドア派オカルトマニアってなんだよ。


「あーめんそーめんひやそーめん。あじゃらかもくれん!!」


 その言葉には意味があるんですか?それとも舐めてんすか?

 煙たい部屋で正座しながら謎の歌を聞くこと5分……なんか段々腹立ってきた。私のアダルトビデオ鑑賞の為の大切な放課後を食いつぶして……

 てかほんとに何やってんだろ?


 足痺れてきたしもう帰ろうかなと本気で思い始めたまさにその時--


 まるで氷の棒で背中をなぞられるようなくすぐったさと不快感。突然背中を這う謎の感触と気配に私は思わず小さな悲鳴をあげて背筋を伸ばしてた。


「出た!」


 舞の音頭が止みジョナサン・小西が声を上げた。私の後ろから凪とお坊さんのざわめきのような声が漏れる。


 ……え?出たの?

 マジで?今私の後ろにいるの?え?


 ……目、開けていいかな?


 見たくないけど見たい……隠されてるものほど興味を惹かれる。そう、女子のスカートの中とかシャツの隙間から覗くブラチラとか膨らんだトランクスの中とか……

 そういうものだ。


 だから開けました。後悔しました。はい。


『こんにちは』


 まず視界は霧に包まれたみたいに白んでぼやけてる。それが匂いを発する謎の煙だとすぐ分かった。

 そしてその中に確かに、半透明のあの鏡の中の顔が浮かんでた。


 私の目の前に。

 鼻先がくっつきそうな距離に。


『こんにちは』

「うわぁぁぁぁっ!?私のモナ・リザ×100のピチピチ最強ギガンティックご尊顔に触るなぁぁぁぁっ!!」

「日比谷さん!?ビビり方が意味不明な上にムカつくよ!?」


 私が畳の上でひっくり転げるのをじーっと真っ黒な両眼で見つめている顔がゆらゆら風に吹かれるみたいに近づいてくる。

 近づいてくる!なんで!?


「うわぁぁぁっ!!汚れる!私の美貌がぁぁぁぁっ!!!!」

『きょうもあついですね』


 知るか黙れ!!てか怖い!今までは鏡に映るだけだったけど目の前に実態を伴って現れたら怖い!!汚い!!最悪!!死ね!!


 私が退る分引っ張られるように近寄ってくるそれの輪郭が突然揺れた。

 立ち込める煙に巻き込まれるように歪みながら掻き消える。そこで気づく、部屋中の煙がどんどん流れているのに……


 私の視線の先、ジョナサン・小西の弟子の女の子の1人が大きく口を開けて…煙をどんどん吸い込んでた。多分霊と一緒に……


 弟子に移し替えてとは言ってたけど…ええ?

 吸うんだ……降ろすとかじゃなくて…え、具合悪くなりそう。

 掃除機もかくやという脅威の吸引力で部屋の煙を全て飲み込んだ女の子が口を固く閉じる。


 部屋を包む沈黙。その場の全員の視線が女の子に釘付けになった。


 そして……


『…こんにちは』


 女の子の口からその顔からは想像できないガラガラ声が呑気に飛び出した。


「成功です」


 成功らしい。え?大丈夫なの?

 てことは私はもう開放されたと…?もう鏡見てもあれ映らない?

 ……てか、マジで?マジで本物?この人……


『きょうはいいてんきですね』


 女の子は真っ黒に染まった両眼を見開いてブツブツとうわ言のように繰り返してる。ぶっちゃけ鏡に映ってるより怖かった。

 そして女の子の虚ろな表情は常に私の方を向いている。


「…これで、どうするの?」

「今から祓います」


 ジョナサン・小西がそう言うともう一人の弟子の女の子が立ち上がり、霊を取り込んだ弟子を後ろから羽交い締めにする。

 それにまったく無反応な霊入り女子の前にジョナサン・小西が向かい合いいよいよ除霊が始まる。


「帰ってもらっていいですか?」

『きょうはいいてんきですね』

「帰ってください」

『ねっちゅうしょうに、きをつけてください』

「迷惑してるんです」


 除霊とは、すごくストレートに退去をお願いすることだった。

 なんか道具とか儀式とかするんじゃないんだ…地味……

 というか明らかに普通じゃない顔の少女と正座で向かい合うグラサンのおっさんの絵面がシュール。


 ……てか帰ってもいいかな?もう。


「聞いてるんですか?」

『ねっちゅうしょう』

「聞いてないなコレ」


ジョナサン・小西が困り果てた顔で頭をかきだした。彼の熱心な説得に霊の方は聞く耳も持たない。

 というか、黒目に覆い尽くされた少女の目はこっちを向いてたし……


『ねっちゅうしょう。いって』

「少しでいいんです聞いてもらっていいっスか?」

『ねっちゅうしょう』

「あのね?相手の子も迷惑してんスよ」

『ゆっくりいって』

「無視しないでもらえます?」


 …………ずっと熱中症って言えって言ってる。


「……ねっちゅうしょう」

『ゆっくり』

「こら、あんたは話に入ってこない--」


 ゆっくり?


「…ね、ちゅう、しょう」

『いいよ』


 羽交い締めされたままの少女が信じられないパワーで無理矢理立ち上がった。抑え込んでた少女を引きずりながら私の方に……


 あ、「ね、ちゅうしよ?」ってこと?


『ん〜〜〜』

「うわぁぁぁぁっ!!私の唇を奪おうなんておこがましすぎる!?ベルサイユ宮殿でウ〇コ漏らすくらいの狼藉なんだけど!?」

「日比谷さん、ベルサイユ宮殿ってウ〇コそこら辺に垂れ流しだったらしいよ?」

「今したら犯罪だろーが!!」


 唇をすぼめて近づいてくる少女の顔に私の張り手が飛んだ。

 一同目を剥く中で弾ける少女の顔…綺麗な紅葉マークをつけた少女がばたりと後ろから倒れた。


「ぐえっ!?」


 後ろから羽交い締めにしてた女の子が潰れたカエルみたいに悲鳴をあげる。


『……なんで?いま、いったのに…』

「言わされたんだけど?大体!全世界全人類で共有するべき天然記念物クラスの私の唇に無理矢理触れようなんてそんなことアメリカ大統領だって許されないんだからっ!!」


『……?』

「?」「?」「?」

「…日比谷さん」


 現世から切り離された幽霊に、当たり前の世界の理を説いてあげる。きっと幼稚園児だって分かってることだけど、私の唇を奪うって言うのはそういうことだから!

 なのに何?その残念そうな視線は……


『ぼくたち、きょうまで、ずっといっしょ…なにの……なんでそんなに…きょうはつめたい?』

「なんか急に言葉が拙くなってない…?私は好きで一緒にいる訳じゃないし……」

『まいにち、かがみをみて、ぼくにあいに……』

「それ、あなたに会いに来た訳じゃないし…私は鏡を見るのが好きなの」

『がーん』

「…日比谷さんが除霊始めてない?」


 なにかにショックを受ける幽霊と私のやり取りを見て、ジョナサン・小西は納得したように呟いた。


「この霊はあなたに惚れてしまっているということなんですな……」

「……え?」

「そしてあなたは極度のナルシスト……」

「?ナルシストって自己評価が高すぎる人のことですよね?私の場合は正当な評価なのでナルシストには当てはまりません。失礼なのでやめてください……」

「…」「…」「…」『……』「…日比谷さん」


 だから何?その残念な視線は?

 もうそんなことはいいから早く祓ってほしい…

 --とそこで私はあることに気づいた。いや、気づいたと言うより、ジョナサン・小西の言葉を咀嚼し呑み込みその意味を当たり前に理解して至った。


 ……この幽霊は類稀なる私の美貌に誘われた一人ってこと?

 私の美貌についついフラフラ着いてきちゃうってのはまぁ人類の本能みたいなものだし……仕方ないわけだ。

 私の美貌は死者をも惹き付ける…当然の事実。


 そして私の使命とはそんな人々に私の美貌を振りまくこと……

 それは幽霊でも例外ではないはず……

 彼は全人類に等しく与えられた『私に恋する』という当たり前の権利を行使しているだけなんだ。

 それを祓うってどうなのよ。


「……あのですね?あなたがいくら恋しても無理なんです。成仏してください?」

『……むり』

「いや、むりっじゃなくてね--」


 私は失念していた。自らに課された使命を。

 そうよ!そもそも私に霊が取り憑くなんて私に恋したから以外にあるはずない!!こんな可憐な乙女を悪意を持って呪うなんて、例え悪魔でも無理でしょ!!


 --私は可愛い。それはなんのため?


「……もういいです」


 除霊交渉に割って入った私の声はその場の全員の注目を集めた。

 全員の視線を浴びながら私は霊を真っ直ぐ見つめて繰り返す。


「もういいです。このままで…」

「……いや、弟子の中にずっと居られたら困るから……」

「言葉選びが悪かったですね、違います。私に取り憑いてていいってこと」


 愕然とするジョナサン・小西。後ろで「日比谷さん?」と凪の心配そうな声が飛ぶ。

 大丈夫よ凪。私は私を取り戻したから!


『ほんと?…うれし--』

「だってあなた!私の事好きなんでしょ!?」


 大きくスタンスを広げて胸に手を当てる。大きく髪をかきあげるその仕草!

 私の堂々たるその姿、神の創りし美貌と慈母の如き慈悲深さにその場の全員が言葉を失った。


「いいの。私のことを好きになるのは全人類が持つ権利だから。世界中の生命体は私に恋するようにできてるから!だからあなたはなにも間違えてないし私の使命はそれを等しく受け止めること!でもごめんなさい。私はあなた個人の気持ちに答えることは出来ない。ホントは最近ちょっと気持ちがグラグラしてたりするけど基本的に私はみんなのものだから!でもあなたにはこれからも私を愛で恋する資格があるから!私にもあなたに私の美しさを振りまく使命がある!だから私に取り憑いててもいいんだよ!?これってすごく名誉な事だから、泣いて喜んで!!ほら!!泣いて!!泣きなさいっ!!」


 炸裂する世界のルール。私が産まれた瞬間から『美』の概念が私に変わった。

 全世界の『美』を背負う者の覚悟--

 その覚悟を説く私の姿にもう周りのみんなは言葉も失い、幽霊すら優しく抱擁してしまう輝く今の私はもはや太陽。ほら、今この瞬間に太陽という概念が私に変わっていくのが分かる。明日から私が太陽。私が起きてから一日が始まる。空のアレ?知らん。


 とにかく私こそ今この世界を照らす真理の--


『……いくらなんでも、ちょうしにのりすぎ』


 ………………………………

 は?

 今、なんて?


『その、れべるの、なるしすとは、さすがにひく。なんかむかつく。ばかにしてる』

「……」

『ちょうしのんな。ぶす』


 ………………………………………………

 ぶす?

 ブス?

 醜女?

 ブスっていうのは不細工ってことでつまり容姿に恵まれてない、醜い見た目の人みたいな意味なんだけど?え?待って?今のは誰に向けてのブス?文脈的に私への返しなんだけどでも私とブスっていうのはプリンと味噌汁くらい乖離した概念というか私にブスって言うってつまりどういう…いやいや違うでしょ?きっと他の人に向けて言ったんだろうけど…え?

 ……え?


「ひっ…日比谷さん!?固まってる!?え?そのダメージの受け方は最高にムカつくから戻ってきて!?」


 嗚呼……遠くから凪の声が……

 凪…そうか凪のことか。私と一緒に視界に入ったから思わず……ごめんね凪。凪は可愛いよ?大丈夫……ブスじゃない。


「なんか今凄いバカにしたような視線を向けられた気がする!?」

『こんなひとだと、おもわなかった。もういいや』

「え!?」


 驚愕するジョナサン・小西の目の前で少女が天井を仰いで口を開けた。

 そこから飛び出して昇っていく煙のようなものは天井に吸い込まれるように消えて、それと同時に少女の体が支えを失ったようにパタリと倒れる。


 今のって……成仏?的な?

 いやそんなことどうでもいいや。それより、私の脳内回路に損傷が……

 修復しないと……

 大丈夫……あれは凪……あれは凪のこと……


「…………終わりました。多分」

「日比谷さん!?終わったってよ!!日比谷さん!?とりあえず1発張り手かましてあげるから戻ってきて!!」


 ………………私は可愛い。

 可愛い……


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