第22話 こっくりさんは帰りたい

 夏休みが終わって新学期が始まった。

 夏が終わったという感じだけどまだまだ暑い日が尾を引きそう。

 エアコンのリモコンを手放せない残暑きびしい9月--


「莉子せんせー!!」


 今日も退屈しなさそう……


「先生!またです!」

「……そうかね。じゃあベッドに寝かせて」


 保健室に飛び込んできた男子生徒に抱えられた男子を2人がかりでベッドに寝かせる。2つしか無いベッドがまた埋まってしまった。


「先生!暴れてます!!何とかしてください!!」

「……じゃあ手足を縛ろう」


 ベッドを軋ませる男子生徒の手足をベッドに縛り付けてなんとか動きを封じる。男子高校生のパワーを抑えるのには心許ない。


「ううぅっ!うわぁぁぁぁぁぁうっ!!ああああああああああああああー!!」


 我が校では現在、不特定多数の生徒が原因不明の発作に苦しめられていた。



 --遡ること1か月前。一学期末。

 その頃からこの謎の集団ヒステリーは始まってた。


 最初は1年1組の長篠風香ながしのふうか田畑たばたレン。

 授業中に突然放心状態になったと思ったら奇声を上げて暴れだしたという…

 2人の症状は数分で収まったが、そのヒステリー症状は伝染病のように伝播し、今では学校全体にまで広がっていた。


 原因は不明。

 症状も次第に悪化していて、数時間にわたって激しい痙攣を繰り返す。

 ただ不思議なことに学校から出るとこの症状はパタリと収まる。


 病院に連れていこうとした生徒達はみな校門を出た瞬間正気に戻る。そして症状が起きている間のことを全く覚えてないと言うのだ。


 一時期は生徒たちのイタズラかとも思われたが、こんなことを学期を跨いで1か月も続けるだろうか?


 まるで悪魔憑き……


 そんなこんなで。

 発作が広範囲に広がり始めたこの二学期、私は気の休まらない日々に追われてた。

 毎日のように埋まるベッド。保健室を明けられない。


「……はぁ」


 今日も埋め尽くされたベッドの上からあーだのうーだの聞こえてくるのをカフェオレを飲みながら聞き流す。


 由々しき事態だ。

 でも、不謹慎だけど……面白いんだよな。


「……君たち、静かにしてくれないか?」

「あああああああ」

「うきぃぃぃぃ!」

「……」


 絶叫しながら白目を剥く男子達。ベッドを破壊しかねない勢いだ。


「……黙ってくれないか?」

「ぷぷぷぷぷぷっ!!」

「いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「…………おっぱい」

「おっぱいいいいいいいお!」

「ふぉぉぉぉぉ!」


 ……正気を失ってても男子だな。


 あーおもしれー。

 でもどうすんのこれ?


 *******************


 正気に戻ったそばから新しい患者が運ばれてくる。ちょっと疲れる。


 おもしれーけどうるさいし寝かしとくことしかできないし。


「……葛城かつらぎ先生…どうにかならんですか?」

「いや…どうにもならんです」


 頭を抱えた教頭先生相手に私は淡々と返してた。

 養護教諭は医者じゃない。保健室は病院じゃない。

 勝手な治療は出来ない。せいぜい怪我した生徒の消毒くらいしか出来ない。


「あああああうううううぅっ!!」

「困りました……」

「そうですね」

「びええええええええええ!!」

「葛城先生は原因はなんだと?」

「さぁ……」

「ほぉぉぉぉぉぉっ!!」

「集団カウンセリングとかしてみます?」

「うーん…これ、精神的ななにかですか?」

「さぁ」

「……チッ、ツカエネーナ。困りましたねぇ…」


 聞こえてるぞ?お前が3年の大木の親御さんと不倫してるのバラすぞ?


「なんとかしないと…学校のイメージが……」

「そーですねぇ」


 カフェオレを呑気に啜る私の目の前でうーんと唸りながらハゲ頭を抱える教頭先生。あっちもこっちもうめき声だらけだ。

 もう帰ってくれないかなぁ…なんて思いながら苦しげな教頭先生をぼんやり見つめていたら、突然彼のハゲ頭が上がる。見事なハゲが天井の照明の明かりを反射する。不意打ちの目潰し、目が!!


「……もしかしたら」

「なにか?」


 なにか思いついた様子の教頭先生。天啓を受けたような表情で私を見つめてくるが、どうやら打開策が見つかったらしい。


 しかし私には分かる……ここの教師も生徒同様あんぽんたんだ。きっとろくな案じゃないぞ。


「……これ、幽霊かなんかの仕業でしょう……」


 それみたことか。


「……幽霊ですか」

「だって変ですもん、こんなの。集団でヒステリーを起こして、学校から出たら治るなんて…葛城先生もそう思いませんか?」

「いや私は--」

「きっとこの土地に取り憑いた地縛霊の仕業です!そうですよね?」

「いや……」

「そうだと言ってください。形だけでも」

「じゃあ…はい」

「葛城先生がそう言うのでしたら、そうでしょう!」


 ……わぁ。


「では、除霊?お祓い?をしたら解決すると……そういうことですな?」

「……はぁ」

「そういうことですな?分かりました。その道のプロに頼むとしましょう!」

「……はぁ」

「葛城先生がそう仰るなら、間違いない!早速、上に話を通してきましょう!ね!?」

「……はぁ」


 意気揚々と保健室を出ていく教頭の背中をぼんやりと見送った。何故か解決したみたいな気軽さを感じる足取り。

 これで解決したら自分の手柄…失敗したら私のせいってことか、そうでしょう?


 ……ま、どうでもいいや。


「うりきぃぃぃぃぃぃ」

「あーーーーーー、うーーーーーー」

「……乳首」

「ちくびぃぃぃぃぃぃぃ」

「こりこりこりこりこりぃぃぃぃ」


 ……うわぁおもしれー。


 *******************


 --後日。


「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ」

「ほーーー、ほーーー、ほーーー」


 相も変わらず騒がしい我が保健室に教頭先生と怪しげな風貌の若者が尋ねてきた。


 紫色の半袖シャツにシマシマの短パン。金縁のサングラスに虎模様の髪の毛。顎や腕、脚を覆う濃い体毛。

 大きく開いた胸元には金のネックレスが輝き、Vシネマのチンピラみたいな風貌の男だった。


「葛城先生、こちら祈祷師のジョナサン・小西先生です」

「ジョナサン・小西です」


 もう見た目から面白い。待ってたよあなたが来るのを。


「早速、除霊をお願いします!」

「……おっけい」


 おっけいらしい。この胡散臭い祈祷師に学校はいくら払ったんだろう。絶対慈善活動じゃない。だってどう見ても詐欺師だ。


 促されるまま発作を起こす生徒と祈祷師を対面させる。


「おほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「ありぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!アリアリアリアリっ!!!?」


 汚いおっさんへの拒絶反応か、はたまた取り憑いた霊が何かを感じ取ったのか。発作を起こした生徒達が激しく痙攣を始める。


「……ふむ」

「どうですか?先生……」


 どうですか先生。なんか面白いことして下さい。


「……霊の仕業でしょうな」


 なるほど。霊の仕業だったのか。


「霊と言うと?」


 意地悪で突っ込んでみた。設定を練ってるのか気になった。


「……恐らく、低級の動物霊でしょうな。人を殺すほどの力はないでしょうが、このまま影響を受け続ければ危険です」

「動物霊ですか?なんの動物ですか?」

「狐ですな」


 へぇー。怖いな。


「普通こんなことは起こらないのですが…なにか儀式をしましたか?降霊術とか……」


 私と教頭は互いに顔を見合わせる。


「はぁ。生徒達がそういうことをしたかもしれませんが……」

「降霊術は悪ふざけで行っていいものでは無い。恐らく降霊術を正しく行わなかったのが原因でしょう。でなければ動物霊がこのような悪さを働くとは思えない。今後、このような行為は厳しく取り締まって頂きたい」


 私と教頭がまた顔を見合わせる。今度は祈祷師の鋭い視線から逃れるようにだ。

 それくらい真剣に怒ってる様子だったから。怖いくらいまじだ。

 迫真の演技だな。


「……先生それで…何とかなりますか?」


 脂汗を拭きながら頭をテカらせる教頭。すっかり祈祷師の迫力に押されてしまった情けないおっさんに祈祷師は一瞥くれてベッドの上で暴れ回る生徒を見る。


「……私はこの業界では1、2位を争うその道のプロだ…何とかしましょう」

「よろしく、お願いします」


 この教頭は本気でなんとかなると思ってるんだろうか?


「では除霊を始める……霊をここに呼び出して丁重にお帰り頂きます」

「葛城先生!私はこの後忙しいから、後のことはよろしく!」


 ビールっ腹をブルブル揺らしながら慌てて保健室から出ていく教頭の背中を見送った。止める気にもならない。

 まさか本気で霊が降りてくると?


「では、始めます。あなたも出ていくなら今のうちですよ?」

「……いや」


 面白そうだから見てます。


 見物人1名の中祈祷師の除霊が始まる。

 まず手持ちの鞄から香炉を取り出して謎の香を焚き始める。しかもすごい量。思わずむせてしまった。

 独特の香りが鼻を突く紫色の煙。吸っても大丈夫なやつだろうか。あと火災報知器が反応しないか心配。


 私の懸念を無視して香の立ち込める保健室で祈祷師はサウナで使うヴィヒタの葉を掲げて……


「アーメンよーそらほーそらホイホイ!やーらんめーけれぺーけれホイホイ!」


 降霊の舞だろうか。チンプンカンプンな口上と共に葉っぱを振り回し踊り狂う。どっちがヒステリー患者か分からない。


「ああああああううああああうううああうううううあっ!?あーーーーーーーーーー!!」


 舞が始まってすぐに生徒達が激しく痙攣を始めた。苦しそうに呻きながら苦悶の表情を浮かべて目から涙を垂れ流し始めた。

 まさか効いてる?


「ポケポケペケペケこんじらはーっ!!」


 気合いの入った降霊の儀だ。おもしれー。でも煙い、やめて欲しい。


 なんて呑気に構えてたら立ち込めた香の煙が輪郭を作りなにかの形を成していく。

 ……あれ?これまさか本物?


 煙がはっきりと形を成した。それは祈祷師が言ったように動物の…狐の顔に見えなくもない。

 それに伴い激しく体を震わせていた生徒2人はピタリと大人しくなってまるで魂が抜けてしまったようだ。

 ……あれ?ガチじゃん。


『……なにするん』


 部屋の中、いや鼓膜を通さずに頭に響く謎の声。祈祷師と出てきた動物霊が向かい合う。

 ていうか第一声が軽い。フランクだ。


「あなたが取り憑いた霊ですな?悪さはやめて出ていって頂きたい」


 煙と話してる…てか除霊ってそうやるんだ。会話なんだ…


『……俺だって帰りたい』

「帰れないと?」

『降霊術が中途半端で終わったから帰れない』


 頭の中で響く声がなんとも気持ち悪い。音にならない声とは不思議な感覚にしてくれるものだ。

 祈祷師に不満を垂れ流す動物霊は心底不機嫌そう。これは戦いが始まるのか?激しい戦いが……


『俺だってもう勤務時間過ぎてるのに…サービス残業だよ。でも帰っていいよって言ってもらわないと帰れないじゃん?』

「いや帰ってください」

『いや規則だから』


 残業があるの?霊なのに?社畜なの?文字通り会社の畜生なの?


『大体困るんだよね…呼ぶだけ呼んで放ったらかしにされたら…ちゃんとマニュアルがあるんだからその通りにやって貰わないと』

「マニュアル……」

『こっちだってさ、都合ってものがあるんだよ!他でも呼ばれてんのにここから帰れないから行けないじゃん?クレームきてんだよね。あーあやってらんね。もう辞めてやる。大体狐だけ待遇悪いんだよな。こっくりさんとか狸でもいいじゃん。こーゆー時いっつも狐狐ってさー?』

「あのそう言うのいいんで帰ってもらっていいですか?」

『たがらさ!帰れないの!!』


 狐の霊に頭下げながら怒られるチンピラ風祈祷師。なんとも言えないシュールな構図だ。

 言ったら帰ってくれると思ってたのか祈祷師は渋面で困り果てた顔をする。とにかく、私の思ってた除霊と違う。


「じゃあどうしたら帰ってくれます?ほんと頼みますお金払うんで」

『いやそういうの受け取れないんで。とにかく儀式を終わらせてくれなきゃこっちも帰りたくても帰れないんスよ』

「儀式と言うと?」

『こっくりさん』


 ほんとに誰かこっくりさんやって連れてきたのか。暇な子も居るんだな…


 狐が言うにはどうやらこっくりさんの儀式を正式に終わらせないと規約上契約終了にならないようだ。こっくりさんのシステムはこっくりさんの降霊術を行った時点で質疑応答に応じるという契約らしい。そしてちゃんと儀式を終わらせないと契約を終了したことにならないんだって。

 どうやらこっくりさんは冥界での役所の窓口的なものらしい。


 衝撃走る。こっくりさんはお役所仕事だった。


「じゃあこっくりさんの儀式ちゃんとやるんで帰ってもらえますか?」

『いや、あんたとしても仕方ないんだってば。こっくりさんは重複出来ないの。あんたが今からこっくりさんしても応じれないの。俺を呼んだ子達にしっかり終わらせてもらわないと』


 流石に役所だ、めんどくさい。

 こっくりさんも祈祷師も辟易してる。誰も幸せにしない無駄にお堅い規律…どんなシステムにも柔軟性が必要だと言うことだ。


 *******************


 狐が契約用紙の紙面(?)を確認したところ長篠風香と田畑レンという生徒がこっくりさんを行ったらしい。

 最初にヒステリー発作を起こした2人だ。


『--1年1組長篠、田畑、至急保健室に来るように。こっくりさんがお待ちです』


 抱腹絶倒意味不明な校内放送で呼び出された2人が狐の前に揃うのに5分とかからなかった。


「……」

「……」


 モヤモヤとした煙が狐を形作る保健室で呆然と固まる2人。見てるだけで面白い。

 2人で間違いないことを確認したこっくりさんはご立腹な様子だ。1ヶ月以上残業させられているんだから当然か。


『困るんだよね?ちゃんとしてもらわないと』

「あ、はい…」

「すみません……」

『じゃあ違約金払ってもらうから』


 これであっさり解決したと思いきや、狐が2人に予想外の発言をしてきた。


「「違約金?」」

『契約したよね?俺ちゃんと答えたよね?こっくりさん契約は1時間以内なの。超過したら罰金なの。ほらここ見て、書いてるでしょ?』


 契約用紙を2人の前で晒す狐さん。目をひん剥いて寝耳に水な2人。


 --こっくり式質疑応答契約書

 上記の儀式の完了をこっくり式質疑応答契約成立とし契約を結びます。尚、下記事項の違反が発生した場合は違約金の支払い義務が発生します。


 こっくり式質疑応答契約は質問の内容に関わらず1時間とします。時間を超過しての契約に関しては違約金23万いなりを請求致します。


 ……いなり寿司なんだ、23万個ってこと?


「……いや、こんな契約書知りませんけど」

「そうよ!こんなのいきなり見せられて払えなんて冗談じゃないわ!」


 今度は2人がご立腹の番だ。


『いやいや、決まりだから。払って?』

「ふざけんじゃないわよ!!」

「詐欺よ詐欺!!」

『詐欺て…』

「大体!質問に答えるって言って答えてくれなかったのもあるじゃん!!」


 風香に指摘されて狐の顔が歪んだ。


「歓迎遠足でウ〇コ漏らした奴とメイド喫茶でバイトしてる奴教えてくるなかったじゃん!」


 風香の反撃にレンも乗る。痛いところを突かれたのか狐の表情がどんどん引つる。


『それは説明したよね?答えられないこともあるんだって…』

「インチキ!」

「それで違約金払えとか意味わかんない!逆にそっちが払いなさいよ!」

「そうだ!インチキ!!このインチキ野郎!なんでも答えくれるんじゃないの!!」

『なんでも答えるとは言ってない』

「インチキ!!」

「詐欺師!!」


 なんだか話がもつれてきた。役所からの支払いを拒否する迷惑客…冥界も現世もお役所仕事は大変だ。

 それはいいとしていつまで続くんだろこれ。


 結局両者は主張を譲らずいつまでも平行線。気がつけば30分以上も怒鳴り合いが続いてた。

 しかしこんな意味不明な状況で自分達の主張を通そうとする風香とレンの肝っ玉はすごいな。


 置いてけぼりの祈祷師が困り果てた顔でとうとう座ってコーヒーを飲み始めた頃、狐の方も我慢の限界がきたようだ。


『そんなに言うなら裁判します!?言っとくけど勝ち目ないよ!?』

「やったろうじゃんよ!」

「吠え面かかせてやる!」

『いーですよ?法廷で白黒はっきりさせましょか?』


 戦いは法廷に移るようだ。役所もあれば裁判所もあるのか。


 最後まで罵り合いながら狐は霧散して立ち去っていく。風香とレンも最後まで中指立て続けてた。


 ……あれ?


「帰りましたけどこれ、除霊成功ですか?」


 コーヒーを啜る祈祷師に振り返ると、祈祷師ももう疲れたという様子でぼんやりと狐の居た虚空を眺めてた。


「分かんねっス」

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