第21話 オトコニシテアゲマショウ
俺の名前は
学校は今夏休みだが俺たち球児に夏休みなどない。
それどころでは無い。俺は今、雪辱に濡れていた。
一学期末の球技大会……俺にとってはただのお遊びのようなあの大会で、俺の自尊心は粉々に打ち砕かれた。
--空閑睦月。
俺の球をことごとく避け、受け、投げ返し、この俺を敗北にまで追い込んだあの男……
将来世界の野球界を背負って立つこの俺をあんなヒョロヒョロなもやし野郎が…
このまま黙って引き下がる訳にはいかない。俺の沽券に関わる。
やつを完膚なきまでに叩き潰す。そうしなければ俺は先に進めないのだ。
我が校の野球部は甲子園出場をかけた地方大会で惜しくも敗退し、来る来年の大会に向けて既に闘志を燃やし練習に励んでいる。
その中で灼熱の太陽より熱く燃えていたのが俺だ。
奴は俺の球を全て見切っていた。スピードが足りない。そしてドッジボールのボールとはいえ俺の球を難なく受けていた。パワーも課題だ。
「おらぁぁぁぁぁっ!!」
一直線に向かう俺の豪速球。バッティング練習の相方がバッドを振るう。2年生のエースだ。
俺の球とバッドが激しく打ち合う。流石だ。
しかしバッドの方が耐えきれずにへし折れて先っぽが飛んでいく。
「うぉっ!?」
「……すげぇ。剛田君」
周りから歓声が飛ぶ。コーチも俺の豪速球に驚愕の表情だ。
……まだだ。奴はこの程度簡単に避けてしまう。
奴の舞のような流麗な身のこなし…只者ではない。
やつを倒すにはもっと…早く鋭い一投を……
「剛田、気合い入っとるな」
「コーチ……」
真っ黒に焼けたたくましい体つきのコーチが俺の肩を叩く。かつてはプロとして活躍したという名コーチだ。この人にスカウトされてこの学校に入り、俺はメキメキ成長できた。
「どうしても倒したいやつがいるんです。コーチ……」
「ほう…大会でも敵無しの活躍を見せたお前がそこまで言うライバルか…」
「コーチ!もっと俺に強くなる為の指導を!!奴を倒さなければ俺はこの先に進めない!!」
俺の熱い眼差しをコーチは真剣に受け止めてくれた。いつもそうだ。この人は部員一人ひとりに真摯に向き合ってくれる。俺はこの人について行く。
「剛田、お前はもう俺の教えを超え始めている…」
「コーチ」
「もっと高みに行きたいか?」
「はい!」
「そうか…ならば世界トップレベルの力、肌で感じてみんか?」
「……え?」
「着いてこい」
真っ黒な顔に輝く真っ白な歯を見せながら、コーチは俺を連れてグラウンドを離れる。
*******************
何故か理事長に通された俺を待っていたのは理事長ともう1人…
大柄で黒人と見紛う真っ黒な男は俺の……いや世界のよく知っている人物だ。俺は思わず腰を抜かしかけた。
だってそうだろ?メジャーリーガーが目の前に居るんだから…
「紹介しよう…この人はゴンザレス
コーチの紹介を受けてソファからのっそり立ち上がった大リーガー。でかい……2メートル以上ある。迫力が違う。
「ゴンザレスデス。ハジメマシテミスターゴウダ。キミニアイタカッタ」
「……っ、俺に…?」
「彼は俺の後輩でもあるんだ…お前のことを話したら是非1度会いたいと言ってな…」
コーチの話に目を白黒させる俺を理事長とコーチが可笑しそうに笑って見ていた。
俺は将来野球世界を背負って立つ天才…
でも、その自負と目の前の現実が一致しない。これ夢?え?夢?
「ゴウダ。キミニアイタカッタ」
伸びてきた巨大な手のひらが俺の手のひらを包み込むように握る。がっしりとした硬い手。
これが……この手が…あの160キロにもなる豪速球を放つ黄金の両手……
「……自分、感動です…っ!」
「ハハ……」
思わず緩む涙腺。俺の初心な反応に大スターは寛容に笑った。
握手から解かれた手は俺の肩に触れ、上腕二頭筋、背中、尻の筋肉を執拗に撫でていく。
特に尻の肉を凄い触られた。めっちゃ確認してる。
「フム…フム……」
ずっと揉んでる。俺のケツ…ただ大スターが俺の筋肉を吟味するように確認するその事態にそんな些末なことは一切気にならない。
品定めされている……俺という原石を、世界に通用する大リーガーが確かめている……!
その興奮は俺に向けられる満足そうな笑みによって最高潮に達した。
「オモッタトオリダ。キミハ…スバラシイ」
「……ゴンザレス選手……」
「はは、良かったな剛田」
コーチが肩を叩き、理事長も誇らしげに笑う。
なんだかできすぎた展開だし急すぎるがそんなことはどうでもいい。俺は世界に認められたんだ。
「キミヲイマスグニデモ、ツレテカエリタイクライダ」
今すぐ連れて帰りたいだと!?つまりこの場でプロデビュー……
いやいや流石にそれは無い。
ただゴンザレス選手の目にお世辞の色は見えない。本気でそれほど俺を評価してくれているんだ。
感動と共に火の出るような羞恥心が湧き上がってきた。
……世界の大スターに認められた。でも俺は、とうしろうに負けている……
途端に揺らぐ自信……俺はそれほど評価される程の男なのか…?
--世界トップレベルの力、肌で感じてみんか?
コーチの言葉が蘇る。
そうだ……俺はさっきまで何に闘志を燃やしてた?俺は前に進まなければならない。
「……ゴンザレス選手」
「ン?」
「……お、俺に…稽古をつけてください!!」
勢いよくその場で額を床に擦り付ける。その勢いはそのまま俺の熱意を吐き出したものだった。
驚きに目を丸くする一同……ただ1人。
「ハハハ……」
ゴンザレス選手だけが鷹揚に俺の熱意を受け止めてくれた。
「イキガイイ…スバラシイ。キミハ、イチニンマエノ“オトコ”ニナリタインダネ?」
「はい!俺を漢にして下さい!!」
俺の喉で弾ける決意。燃える闘志。
大スターに認められた。しかし、俺が先に進むには、奴を倒すしかないのだ…!俺の中ではマグマのように煮える闘志だけが熱を放っていた。
「……オーケイ」
「……っ!」
ゴンザレス選手の分厚い手が俺の肩に優しく触れた。
先程の力強さはない。俺の決意を優しくそして慎重に包み込むような大きな手のひらだ。
「……キミヲ、ドコニダシテモハズカシクナイ、“オトコ”ニシテアゲマショウ」
「……ゴンザレス選手」
「ウフッ」
*******************
ゴンザレス選手に連れられてやって来たのは何故か体育倉庫。
なぜグラウンドでは無いのかと疑問に思ったが、ゴンザレス選手は俺を前に立たせ満面の笑みを浮かべている。
「モウイチド、キミノカラダヲヨクミセテクレ。キミノハカリシレナイポテンシャルヲ、アラタメテカクニンシタイ」
計り知れないポテンシャル……
「はい!」
「フクヲヌイデ」
「え?」
「キンニクヲ、ミセテ」
ああそういう事か…
言われるがまま上を脱ぐ。薄暗い体育倉庫で男2人…なんだかいけない雰囲気だ。
いや、何も邪なことは無い。
「シタモ」
「下も?」
「カハンシンガダイジ。パンツイッチョニナルンダ」
パンツ一丁……
言われるがままパンツだけになる。
俺の下着姿を上から下から舐め回すようにじっくり眺める。
……なんだか。
「オモッタトオリダ。シタモイイ……イイ」
「……ありがとうございます」
ゴンザレス選手が俺の筋肉を撫でるように触り出す。
硬さや質感を確かめるように力を込めて…太っとい指が俺の焼けた肌を這い……
……這い…下に……
「あの……」
「イイ。イイ……」
「ゴンザレス選手」
そこ、股間……
あれ?そこ触る必要ある?
「あの…これ必要ですか?」
「ヒツヨウ、ココノオオキサ、ジッセンデスゴクジュウヨウ」
どういうこと?
「イイ……デカイ」
「あの、握って動かさないで…ゴンザレス選手!?」
おかしいよなこれ!おかしい!!絶対おかしい!!
「ゴンザレス選手!?」
「……オーソーリー、ムチュウニナリスギタ。」
「なぜ股間に…?」
「オーケイ。デハハジメヨウカ」
……始める?練習か?ここで?
「ジッセンデハ、アイテノチカラヲミキワメルノガ、ジュウヨウ。メジャーデハミンナソウシテル。キミモ、イマノウチニケイケンシテオクトイイ」
「相手の力……」
「カラダヲミレバ、ワカル」
言うなりゴンザレス選手は勢いよく上を脱ぎ捨てた。ボディビルダーばりの筋肉が黒光りしている。流石に圧巻だ。
「……どう分かるんですか?」
「フム……サワッテミレバイイ」
「触る……?」
「キンニクノシツカン、カタチ…ソレデジツリョクガワカッテクル」
ゴンザレス選手が俺の手首を掴んで自分の胸板に触れさせる。固くて重厚感のある手触り。存在感が違う。
自分の筋肉を触らせるゴンザレス選手の手が胸板の出っ張った突起ら辺に俺の手を……
「……オフゥ」
「ゴンザレス選手!?」
これやっぱりおかしいよな!?
俺は身の危険を感じてゴンザレス選手の手を振り払う…振り……
振り払えない!?なんて力!!
「…………ミスターゴウダ。ドウシテテイコウスル?コレモ、ダイジナベンキョウ」
「いやいや!もういいッス!!それより別のトレーニングとか……あれ!?ゴンザレス選手!?」
間近に迫るゴンザレス選手の黒い顔。逆光でもはやただの黒い丸に見える。超至近距離。
「…………ダイジナレンシュウ、コレダイジ。シタモ……」
「下!?」
俺の手が強引にゴンザレス選手のズボンの中に……
……でか。
「……ウッ。イイ…ソノママ」
「いややっぱりいいですすみませんでした!!勘弁して!!」
流石に分かる。これはつまり…そういうことだ。
俺は窮地に立たされている……
「ニゲルノハユルサナイ…キミヲ“オトコ”ニスルヤクソクダ」
「いやよく考えたら俺もう男でしたごめんなさい許して!!」
奪われる!このままでは俺の尊厳が!!貞操がぁ!!
逃げなければ……逃げなければっ!!
「ツギハコウモンノトレーニング。イイタマナゲルタメニハ、コウモンノキンニク、ダイジ」
「やめ……っ!」
「ワタシテホンミセル…ソノアト、キミモジッセン」
「助けて……」
「キミノナカノ“オンナ”ヲオシエテカラ、“オトコ”ニシテアゲヨウ」
「ああっ!」
「…………ヤサシクスルヨ」
--おかあさーんっ!!
……………………ああっ♀
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