第19話 あなたのパンツは何色ですか?

「お帰りなさいませだにゃん♡ご主人様」

「ただいまだにゃん」


 バイト先に奴が現れよった。

 いつもの完璧メイド香菜ちゃんの営業スマイルに気持ち悪い語尾を真顔で返すウ○コ野郎が応えた。

 あかん顔見てなかった。死にたい。


「……睦月やんけ、何しに来たん?」

「おいご主人様のご帰宅に何しに来たはないだろ?」

「なんやハマったんか?メイド喫茶通っとるやつ居るて学校で言いふらしたろか?」

「お前がメイドしてることバラしたろか?」


 こいつ前回タバスコ食わされてよーまた来る気になったな。

 てか、同級生の働いとるメイド喫茶とか普通来れへんで?


「前来た時の割引券があったのを思い出してな…腹が減ったから飯を食いに来た」

「ご注文はお決まりかにゃ?ご主人様♡」


 たとえウチに2度もクソ漏らさせたウ〇コ野郎だとしても客は客。

 ウチは心は関西人やからな。大阪は商人の街やで。


「ところで学校のトイレの個室の鍵が壊れて閉じ込められたってのは、あれお前?トイレって言ったらお前だよね?」

「いてまうぞこら。そんな話初耳や。あと、ウチ=ウ〇コとかトイレみたいなイメージ広めたらトイレに沈めるけな?」

「事実だろ」

「はよ注文決めや」


 気だるそうにメニュー表を眺める睦月。昼間っから1人でメイド喫茶とかこいつも寂しい夏休み送っとるんやろうな…友達居らんやろうし……

 今回は前一緒に来たオタクは居らんのか……


「あーあ、どれも高いなぁ……あと、メニュー表がピンクピンクしてて目が疲れる。もっと見やすく……」


 メニュー表に視線を滑らせながらうだうだ吐かしよるウ〇コがなにかに気づいた様子で目を止めた。


「……うん子、これなに?」

「誰がうん子じゃ!店でそない呼び方せんとって!?ウチのイメージに関わるやろ!!営業妨害で訴えるで!!」


 軽率なウ〇コの口を塞ぎつつメニュー表に指された指の先を見る。

 何をそんなに気にしとん--


 --期間限定、メイドおぱんつセット!


「……ああ、これか」

「………………なにこれ」


 明らかに興味津々、目を血走らせてメニュー表に小さく踊るピンクの布切れの写真を凝視する変態。変態ウ〇コマンや。近寄りたくないわ。


「その対象メニュー注文したらオプションでパンツが付いてくるんや」

「………………」

「おパンティ貰えるっちゅうこっちゃ」

「………………?」

「今ウチの店でそういうキャンペーンやっとんねん」

「……………………??」


 *******************


「ご注文お決まりにゃ?」

「愛のアツアツオニオングラタンにおパンツセットでお願いするにゃ!」


「ぐふっ!拙者……濃厚キュートカルボナーラにおパンティで…ぐふふっ!」


「灼熱ハートの激辛ペペロンチーノとメイドおパンツセットをお願いするにゃ」



 ……店内の至る所から聞こえてくる意味不明なオーダー。

 香菜ちゃんメイドから説明されてもやっぱり意味不明な、メニュー表にでかでかと乗せられた謎のメイドおパンツセット。


 なんでも対象のメニューを注文すると一商品につき1枚、メイドさんのパンツが貰えるんだとか……


 ………………?


「……パンツ?」

「そうや。パンツや」


 とんでもない店だった。これはもう健全な飲食店とは言えないのではないか?


「…………それはあれですか?今履いてるやつを脱いで渡してくれるっていう……」


 ご主人様大好きな猫耳メイドのはずの香菜ちゃんメイドがドン引いてる。そりゃ引くわ、俺でも引く。


「な訳あるか…ウチらの下着は自前のやぞ?大体飲食店使用済み下着がテーブルに乗ったら衛生的にいかんやろがい」

「パンツが乗る時点でアウトだ」


 大きくため息を吐く香菜が周りに聞こえないようにこっそり耳打ちしてくる。


「新品未使用のパンツや。メイドおパンツと銘打ってはおるけど実際誰も履いとらん。セール品の安物パンティを高値で売りつけとるだけや」

「お前それ詐欺だぞ?」

「使用済みとは誰も言ってへんやろ。それにメイド喫茶のパンツやからメイドおパンツや。なんも嘘は言うてへん。ここは客に夢を売る喫茶店や。みんなそんなことは承知の上で妄想を楽しむんや」


 だろうけどね。


「……プラスいくら払えば使用済みパンツを売ってくれるんですか?」

「売るわけないやろ!!頭にウジ湧いとんのか!?」

「スカートの裾を押さえるな。誰もお前のシミ付きパンツは欲しくない」

「おどれの料理全部タバスコトッピングしていーい?」


 蘇る悪夢。煽るのはこの辺にしておこうか。今日は純粋に食事しに来ただけ…タバスコも萌え萌えも要らん。


「……濃厚キュートカルボナーラとコーラ」

「パンティは?」

「…………」

「要らへんの?ん?メイドさんのおパンツやで?メイドさんのお尻包んどったパンツ--」

「包んでねーだろ」

「濃厚キュートカルボナーラとコーラでございますね?少々お待ちくださいませだにゃん♡」

「……さっさと持ってこいにゃん」


 注文が届くまで店内を眺めて暇を潰す。

 そこで繰り広げられている光景は中々にカオスなものだ。


「お待たせ致しましましたにゃん♡特製フワトロにゃんにゃんオムライスにメイドおパンツセットでございますにゃん♡」


 当たり前のように料理と並んで運ばれてくるパンツ。小太りの中年男性の元に運ばれてきたのは薄ピンクのパンツ…


「ふふっ…これ、誰のパンツ…?ふふっ」

「もー、ご主人様、エッチ♡秘密ですにゃ♡」

「ぐふっ!ぐふふっっ!」

「それじゃご一緒に、美味しくなーれにゃんにゃんにゃーん♡」


「お待たせしましたご主人様、愛のアツアツオニオングラタンにメイドおパンツセットですにゃ♡」

「ふぅ…ふぅ……まあやちゃん、パンツにサインして……」

「はーい」

「ふぅ……僕の頭に被せて……」

「はーい」


 控えめに言って気持ち悪い。

 チェキを撮れるコーナーでメイドと客が片手ずつパンツを摘んで記念撮影してる。どういうこと?


 料理そっちのけで一心不乱にパンツを吸うもの、じっとパンツを眺めてる者、持ってこられたパンツを履いてくれと無茶ぶりする者…


 とにかく色んな客が色んな楽しみ方をしてるようだ。カオスすぎる。

 もうここに来るのはやめよう。

 そう胸に誓った時、猫耳ウ〇コメイドが俺のテーブルに注文を持ってやってきた。


「お待たせだにゃ、カルボナーラとコーラだにゃん♡あとこれサービス」


 注文通りのカルボナーラとコーラに並んで、純白の白い布が俺の目の前に配膳された。

 なんで?


 *******************


「おい香菜ぁ〜。」

「あ?」


 オーダー取って厨房に入ったらトレイを片手に同僚がウキウキしながら話しかけてきてきおった。


 パフェの乗ったトレイを片手で持つこの女は足立美玲あだちみれい。同い歳のバイト仲間や。

 金髪のショートカットに長っがいつけまつ毛やら化粧やらでバッチリキメたイケイケメイド。派手めな見た目がただでさえ整っとる容姿をさらに華やかに見せる。


 ええなぁ可愛くて……顔ちっさ。


 突然声をかけてきた美玲はウチに擦り寄って来ながらその端正な顔をニヤニヤと歪ませながら客席の方に向ける。


「なんだなんだ?今入ってきた客、随分仲良さそうじゃん?こっそり耳打ちとかしちゃって、見せびらかすなよ〜」


 は?


「何言うとるん自分」

「彼氏だろー?バレバレだぞ?仲良さそうにしやがって、うちの店客との恋愛禁止だぞ?」

「あのなぁ…勘違いやでそれ。あれはただの同級生やて。そんなんじゃあらへん」

「嘘つけ、同級生がメイドしてる店に来れるか。それに香菜、ああいうのがタイプって言ってたじゃん?」

「それは見た目だけやろ、中身が肝心やで人は」

「香菜って地味めなのが好きなのよね〜」


 あかん、全然話聞いとらんわ。


「この前も来てたでしょ?彼。いいな〜ラブラブで、私も彼氏作るか……」

「やかましいて、勘違いすんなや。ほんとにそんなんじゃあらへんから」


 ウチが本気で弁明するのを無視してウチの手からオーダーの書かれた紙を奪い取る。


「ふむふむ…カルボナーラね。パンツは?付けてないの?」

「…そういうの興味ないんやと」

「そりゃ彼女の前でメイドおパンツは頼めないわ」


 こいついい加減殺したろか?


「そこで何してんの2人とも、美玲パフェのアイス溶けてんよ?」

「あ!聞いてよー今ね?香菜の彼氏が来てんだけど……」


 立ち話して油売っとるウチらに先輩が声をかけてくる。そして広がる風評被害。


「ちゃうて!彼氏ちゃう!!」

「…ああ、この前来てたあの子……」

「初めて来た時からもうそんな噂が!?」

「だってスキンシップが過剰だったし…別に彼氏呼ぶなとは言わないけどさ、もっとバレないようにイチャつきなよ?」

「だからちゃいますねん!!」


 美玲め…殺す。トイレの紙お前が入る時全部抜き取ったる。

 睨みつけるウチなど気にもせず美玲は面白そうにオーダーを確認してから妙案を思いついたと言わんばかりにウチに擦り着いてくる。


「な、な、パンツサービスで出してやれよ。ただし、自分のをさ〜……」

「アホか、なんで自分のパンツ渡さないかんねん」

「サービスだろ?あれ?もしかして清純なお付き合いだったか?まだ下着姿も見せてない?」


 なんなんやこいつは、どう言ったらウチの話を聞くんや。1回頭かち割ってええか?ええよな?


「…面白いな。彼氏君にパンツ出したらどんな反応するか試してみよう」

「先輩まで何言うてん?」

「おっし!パンツ取ってくるぜ!これで鼻の下伸ばしたら別れろ!!」

「美玲、どーでもいいけどパフェぐちゃぐちゃだぞ?」


 *******************


「……サービス?」

「そや、サービスや。嬉しいやろ?」


 目の前のパンツに困惑する睦月。

 厨房から注がれる視線が鬱陶しい。あんまりこいつに構っとったらますます噂が加速しそうや。


「……頼んでない」

「ええから受け取りや。お代は要らんで」


 別に気にならへんけど、どんな反応するんかちらっと横目で伺う。

 意外というかなんというか、本当に興味無さそうにシラケた面で目の前のパンツを眺めとった。

 まぁ……ただの未使用パンツやからな。

 それでも男っちゅうモンは女物のパンツだけで喜ぶもんと違うんか?やっぱり履いとらんと意味ないんやろか。


「……パンツと一緒にチェキ撮れるで?撮るか?」

「パンツと一緒に撮ってどうする」

「ちゃうわ、パンツ持ったメイドとチェキ撮れるんや。ほら、そしたらそのメイドの使用済みパンツみたいに思えるやろ?興奮せぇへん?」


 ……何言うてるん自分。

 ウチのパンツと思われたくもないわ。いやでも、仕事やしな…これも仕事やしな…


「……お前のパンツならケツのとこに茶色い筋が付いてるはずだから…」


 は?


「喧嘩売っとる?付いとらんわ。ウチがいっつもクソ垂れ流しとる女みたいに言わんとって貰える?」

「2回も漏らしてんだろーが」

「誰のせいやねん。おどれも漏らすか?ん?カルボナーラにタバスコぶっかけるぞ?」

「いやいや、別に喧嘩売ってる訳じゃないから。むしろあれだ。付いてるくらいがいいんだよ。こんなまっさらパンツ、ただの布切れだからね?ハンカチ代わりだよ?」

「ハンカチにでもしとけ」

「あのさぁ…こだわりが足りないのよ。メイドおパンツとか言うくらいならちょっとでも使用済み感を出せって話…それこそ、茶色いシミでも付いてた方がまだそれっぽさが出るってもんだ」

「だから付いてへん言うてるやろ!!」


 ウ〇コのシミ付いたパンツなんて誰が喜ぶん……?

 いや、ここの客なら喜ぶかもしれへん。

 それにしても使用済みパンツについて熱く語る男とかキモすぎやろ。


「…………付いててもいいんだぞ?」

「だから付いてへんって言うとるやろ!!やっぱり喧嘩売っとるなおどれ!!」

「いいんだって付いてても…それくらいの方がいいんだって。次からはお前のクソでもこびりつかせとけ」

「頭きたわ!どーしてもウチをクソ漏らし女にしたいみたいやな!?」

「したいってか事実だろ?」

「ほなウチのパンツにウ〇コ付いとるか確かめてみいや!!ウチのパンツはな!いつだって清潔純白なんや!!」

「へー」

「ホントやぞ!?付いとらんかったらおどれどないするん?タバスコ1瓶飲んでもらうぞ!?」

「……いやいや、俺は付いててもいいんだよって言ってるだけだから。付いてるって決めつけてる訳じゃないから」

「やかましい!!吠え面かかせたる!」

「……………………?え?」


 頭きた。後悔させたる。見とれよ?おどれは数秒後タバスコ地獄や。おどれが腹下して悶え苦しんでパンツに茶色いシミでも付けとけ!!


「おらぁ目ん玉ひん剥いてよー見いや!!これがウチのパンツ--」

「うわぁぁぁっ!?香菜!?流石にヤバいって!!」


 思いっきりスカート持ち上げたウチの前後を隠すように、美玲と先輩が滑り込んできた。


「何してんの!?他のお客さんも居るのに…いくら彼氏の前だからって……」

「止めんな!!こいつが……こいつが悪いんや!!分からせたる!!ウチのケツがどれだけ綺麗か分からせたるんや!どいてや!!」

「ケツ!?あんた達どんなプレイしてんのよ!?帰ってやって!?」


「…………彼氏って何?俺?」

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