第18話 私は今富士山に居ます

 こんにちは!日比谷真紀奈です!

 8月です!夏です!夏休みです!海とか行きたいです!

 今富士山に居ます!大体七合目くらいです!!


 なんで?



 ……私は今、富士山を登ってる。

 なんで?説明するには少しばかり時間を巻き戻す必要がある。


 --一学期終了の翌日、つまり夏休み初日。

 私は凪の家で映画鑑賞してた。

 なんだかんだと、私と凪は一緒に居る。

 あのビデオ屋での一件以来、エロ本事件で私の心中を吐露して以来、私と凪の距離は少しずつ縮まってきてた。


『マイケル!ああ、マイケル…どうして……あれほどソーセージは詰めすぎるなと言ったのに……』

『なんてこった!皮が破裂しちまってる!』

『ファック!!』


 凪はスプラッター映画が好きだ。私は別に好きじゃない。

 ただ、凪の趣味に付き合ううちに少しずつ詳しくなってしまってる。困ったことに凪はこのジャンルがポピュラーなものだと勘違いしてる。究極の美的生命体たる私がスプラッターなど……


「……いやぁ。凄かったね…直腸にソーセージ…斬新だなぁ」


 ただ今日のは良かった。肛門にソーセージをぶち込むとああなるんだ。いい…特に俳優の悶えた顔が……ふぅ。


 凪と映画を観る時は何本も立て続けに観る。一息入れて次の映画に向かおうと……


「……暑くない?」

「……ごめんね?エアコン壊れてて……」


 凪の部屋のエアコンさんは先日お亡くなりになったとかで静かに壁に張り付いてうんともすんとも言わない。

 ので、割と広い凪の部屋の真ん中に扇風機を置いてその風を2人で浴びてる始末。


「……日比谷さんの家で観れば良かったかな?」

「馬鹿言わないで」

「え?あ…そうだね。ごめん」


 こんな映画家で観れるか!親や姉さんに見つかったらどうする!私は美の化身だぞ!


 ……まだ凪を私の家に呼んだことはない。

 だって私の家には私の秘蔵のお宝(エロ本)が大量に……

 でも学校にエロ本持ってきてたのバレたし、そろそろいいのかな……なんて…最近思ったり……


「あ〜暑いね〜…あ、コーラまだ飲むよね?」

「うん」

「どっか涼しいとこ行きたいなぁ…家にいたら死んじゃう……」

「……いいね。行こ」

「え?」

「え?」


 驚いたように振り返る凪。何をそんなに驚くの?自分で言い出したんじゃん。


「…………今誘った?」

「誘ったのそっちじゃん?」

「え?今のは独り言……」

「……」

「……あの……もしかして……誘ったら着いてきてくれたり……します…?」


 ……こいつよっっっぽど友達居ないんだろうなぁ。


「……行こうよ」


 凪の家で映画鑑賞--それ以外私と凪の交流は学校外では皆無。

 そろそろどっか一緒に出かけてもいいんじゃない?

 これだけ一緒に居るんだ、世界最高の美貌を誇る私の隣で「友達」と名乗らせてやらんでもない……


 私が了承した途端、分かりやすく凪の顔が華やいだ。こうして見たらやっぱり、凪もまぁまぁ可愛い顔してる。

 うん、私を1万としたら150くらい…


「うん!」

「涼しいとこね。海?プールとか?」

「あ……私、行きたいところが……」

「どこ?」

「…………山」


 山かぁ……虫刺されそうだし汗かきそうだし……

 まぁ、山も涼しいのかな?少なくとも街中よりは。女二人でバーベキューってのも寂しいけど……


 ま、いっか。


 *******************


 舐めてました。

 山っていってもガチの山でした。登山です。

 確かに涼しいけど…てか寒い!


 富士山--言わずと知れた日本最高峰の山。

 山梨、静岡に跨る活火山で標高3,776,12メートル。今回の登山スタート地点の五合目ですら標高2300メートル。


 現在時刻は午後6時。七合目。

 登り始めてから4時間ほど……死ぬ。


 今回私達は吉田ルートと呼ばれるルートで富士山の北川から山頂まで登る…らしい。凪によれば。


「吉田ルートはみんな使ってるルートだし、初心者でも安心だよ!」とは凪の言葉だが、そもそも富士山に登ろうなんて奴がどれくらいいるんだ?


 ……夏休みに何してんだ私。


 周りの登山客に混じってひたすら登り続ける。少し先行した凪が私のあまりの遅さに戻ってきた。

 てかこいつ……早い……


「頑張れ、日比谷さん」

「はぁ…はぁ…凪……泊まる山小屋って……どこ…?」

「九合目手前だよ。早く登らないと真っ暗になっちゃう」


 まじかよあと何メートル?


「日比谷さん、ストック使った方がいいかも……」

「……膝痛い、風冷たい、靴の中砂だらけ……最悪……」

「あ、帽子は被っといた方がいいかも…寒いけど日焼けするから……」

「あ?」

「あうっ…ごめんなさい……」


 なにが?

 もう疲れてて訳分かんねー。


「一緒に登ろう、あと少しだよ」

「ほんと?」

「嘘。まだ七合目」

「なんで嘘つくの!?」


 後ろから凪に押され何とか足を前に前に出していく。地面が砂利みたいで足を前に出しても傾斜になった足場の砂が落ちて後退する。


 登山道の脇には白い雪が残って、見下ろしたら雲が山肌を沿うように覆っている。もう雲の上に居るんだ…


 殺風景な光景だけど、こうして雲を見下ろすなんて始めて。吹き抜ける風の音も壮大で大自然を全身で感じる。


「……すげ。私今雲の上……雲の上の存在。この美貌に天上人、つまり神……」

「日比谷さん何言ってるの?」

「凪、私は神になった…」

「その理屈だとここに居る人達みんな神様……」


 何を言ってるの?類希な美貌を持ってるから神なの!


 しばらく登ったら休憩所みたいなところに着いた。座って休めるし売店とかあるしこれがオアシスってやつか。


「日比谷さんこれ」

「チョコレート……」

「食べるといいよ。あと、水はいっぱい飲んでね?高山病対策。あ、酸素いる?」


 酸素まで売ってんすか?すごいっすね。

 てか……


「……凪、富士山登ったの何回目?」

「今年で16回目」


 まじかよ毎年登ってる?産まれた時から登ってる?もはや富士山?


「ちょっと時間押してるから急ご?さぁ頑張ろ!!」


 *******************


 もう無理でじゅぅぅぅぅぅぅぅぅ……


「はぁ……はぁ……脚が動かない……膝が割れる……はぁ……」

「頑張れ!」


 八合目。

 寒さはより一層厳しくなりなんだか頭も痛くなってきた。

 今すぐにでも膝を折ってしまいたい。きつい、痛い。だけどみっともなく鼻水と涙を垂れ流すことは出来ない。


 世界最高の美しさを持つ私はどんな時でも醜態を晒す訳にはいかないの。強くなければ……富士山ぐらい余裕で登らねば…っ!

 そう美しさとはただ外見だけを指すものじゃない!品、学、常に余裕!歩く姿がそのまま美であれ!たとえそこが富士山でも--


「死ぬぅぅぅぅ!」

「頑張れ!!」


 凪、なんで富士山登るとか言い出した?女子高生が富士山登るか?登山初心者富士山に連れていくか?


「はぁ……頭痛い……死ぬ……もう……」

「頑張って!!倒れたら死ぬよ!!」

「もう凪が殺したようなもんだから……」

「まだ死ぬな!」


 いやもうほんとまじで無理。呪うぞ?


「…いっひっひっ、そこのお方」


 リポビタンDのCM並に励まされながら歩を進める私達に何者かのしゃがれた声が呼びかける。

 誰?こんな登山道のど真ん中で……


 視線を向けた先に、登山道から外れた山肌に簡素な机と椅子を置いた老婆がまるで露店のように店を構えてた。


 机に置かれた商品ラインナップの描かれた紙…

 こんなところで何してんだろ?お土産でも売ってるのかな?


 疲れも限界だった。私と凪は休憩がてらそれを覗くことに--


 富士山七合目--19,000円。

 富士山八合目--23,000円。

 富士山九合目--28,000円。

 山頂--30,000円。

 山頂付近(ご来光拝みスポット)--40,000円。


 ……不動産?


「…え?4万円で富士山買えるの?」

「えっえっえっ、買えるとも……棺と墓石合わせて今なら15万でどうだい」

「「棺と墓石?」」


 何を言ってるだろうと露店の横に立てられたのぼりに目を向けた。


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「…おばあちゃん、おばあちゃんをここに埋めてやろうか?」

「えっえっえっ、お嬢ちゃん、もうダメなんじゃろ?死ぬんじゃろ?」

「死ぬか!!こんな所で死にたくないわ!!」

「粋がるな小娘……お主ごときに踏破できるほどこの山は甘くないぞ?どうじゃ?今ならいい所が空いとるわい、今のうちに買っとかんか?こんな所で野ざらしは嫌じゃろ」

「てめーを野ざらしにしてやろうか?」

「私達、無事に下山する予定なので……」


 私達の啖呵に老婆は「ひっひっ!」と不気味に笑い声を鳴らす。いちいち怖い。


「威勢がいいのぉ…お主らがそこら辺で野垂れ死んどらんか、楽しみにとるぞ?」

「べーっ!」


 寄って損した。なんだあの商売。

 ……というかあのおばあちゃん、ここまで登ってきたの?私もしかして、あのおばあちゃんより体力ない?


 *******************


 午後8時。もう辺りは真っ暗になって足下も見えない。頭に装着したライトの光が視線の先を照らしてる。


 ……この可憐さ凝縮100%の私がまさかこんなチョウチンアンコウみたいな格好をすることになるなんて……


「日比谷さん!あと少し!!頑張れ!!」


 先行した凪が上からエールを送ってくる。そこは今日宿泊する山小屋……つまりゴール。

 燃え尽きかけた私の体力もゴール目前で絞りカスを燃やす。足首が痛い。膝が痛い。頭痛い。寒い。

 富士山怖い。死ぬ……


 最後の一段--木製の踏み板を踏んで階段を登りきった。その先で待っていた凪が感涙を流しながら拍手する。


「やったねぇ!!よく頑張ったよ!ほんとに!!」

「すげーぞ嬢ちゃん!」

「おめでとう。」

「根性あるな!女の子がこんなとこまで登ってくるなんてよー!」


 なんか関係ない人達まで盛り上がってる。

 ……まぁ仕方あるまい。歩いてるだけで全米を泣かす私だ。ここはこの声に応えてやろう。


「……っ!よっしゃぁぁぁ!!」


 お淑やかに上品に--そう思ったけど込み上げてくる達成感に抗えず声を張り上げてガッツポーズ。

 凪や山小屋の皆さんからの熱い拍手。スポットライトを浴びるスターの気分。


 みんな!ありがとー!!


「早く休もう日比谷さん!日の出に間に合うように明日は2時に出発だから!」


 ……は?



 --山小屋の布団はふわふわで温かくて天国だった。

 簡素な夕飯を終えて速攻で布団に潜り込んだら頭を割るような頭痛もいくらか和らいだ気がする。


 もうこのまま寝よう……

 そう思った時、隣の布団から声が聞こえてきた。


「……日比谷さん、今日はありがとう」

「……?」

「私、誰かと遊びに出かけるの初めてだから…しかもお泊まりまで……」


 全然遊びじゃないけどね。


「富士山も1人で登るより、日比谷さんが一緒の方が全然楽しい…」


 私は全然楽しくないけどね。


「……今度出かける時は海とかにしよう。高いとこはもう無理……」

「……今度」


 山頂目前で弱音を吐き散らす私に対して、凪は次のことを話す私の言葉に反応した。

 隣から小さく「うん」と弾むような返事がして、疲労と高山病で限界まですり減った精神が少しだけ和らいだ気がした。


 ……まぁ、悪くないわ。


 *******************


 最悪。

 寒いし眠いし頭痛いし暗くてなんも見えないしキツいし二度と登らない。


 翌午前2時過ぎ。

 山頂で日の出を見る為に多くの登山客が出発し始め、私達もその列に続く。

 あの後初めてのお泊まりにテンションが上がった凪が永遠話しかけてきて全く眠れなかった。


 こいつは悪魔かもしれない……


「頑張れ!もう少し!」

「なんでそんなに元気なの…?」

「だって山頂までもう少しだよ?」


 跳ねるように上がっていく凪の体力は無尽蔵だ。私は昨日から疲れを引きずっててとてもじゃないけど追いつかない。


「ひっひっひっ!」

「あれ?」


 山頂まであと少しという所で、聞き覚えのある笑い声に視線を傾けたらそこでまたあの老婆と邂逅。


「よくここまで登ってきたね…褒めてやるよ。どうだい?ここらで骨を埋める気になったかい?」

「埋めない」

「ふん、強情な子だよ…このあたしに大見得切ったんだ、頂上までたどり着かなかったら焼いて食っちまうよ?」

「あんたはなんなのほんとに……」


 RPGのNPCかよ。



 ゼェゼェ言いながら、途中転けながら、頭痛くてとうとう泣きながら--


 歩き続けること2時間ちょっと……


「着いたー!」

「ぐずっ……え?ここてっぺん?」


 私と凪は同時に山頂の地面に足を着けていた。

 薄暗い中で遠くが白む藍色の空を眺めながら、達成感に湧く登山客と凪を交互に見やる。


 もう頭痛くて涙止まんなくて意味わかんない。

 ぐったりしてたら凪がぎゅっと抱きしめてきた。痛い。


「着いたよ!日比谷さん!!頑張ったね!」

「……めちゃ頑張った。もう……死ぬ……」


 まじで、二度と登んない。


 *******************


 山頂では暖かい豚汁とか、色々振る舞われてたし売店とかもあるし人もいっぱい居て少しだけ安心できた。


 豚汁を啜りながら殺風景な岩肌ばかりの山頂に腰掛けて日の出を待つ。

 今か今かと待ち続ける私達の目の前でゆっくりゆっくり空が明るくなってきた。


「……ねぇ、日比谷さん」

「なに?」


 ああ……豚汁うめぇ……


「また…遊んでくれる?」

「富士山以外なら……」


 間髪入れずに返したら凪は可笑しそうに笑った。


 ちょうどその時、雲の狭間から強い光が差し込んだ。

 目に突き刺さる美しくも強い光が朝の到来を告げる。日の出だ。


「凪!ご来光だよ!ねぇ写真--」


 疲れが吹っ飛ぶ。これを見る為にクソみたいな思いして登ってきたんだから。

 興奮気味の私が凪の方を見ると、凪は真っ直ぐに私を見つめてた。目の前でご来光だって言うのに……


 ……まぁ。

 仕方ないか。私の美しさは太陽すら霞むレベルだし?


「日比谷さん」

「ん?」

「私達……ずっと友達で居れるよね?」


 ……なにそれ。

 そもそも私は友達とか言ってないし、なんでこんなタイミングでそんなクサいこと……


「……ん」


 私が小さく頷いたら凪は嬉しそうに笑った。私にはその笑顔が太陽より眩しく見えた。


 ……友達、か。友達……

 私の、初めての友達……


「さぁ、帰りも頑張ろうね!日比谷さん!!」

「……え?帰りも歩くの?なんか……車とかリフトとか……」

「あるわけないじゃん」


 ………………あ?

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