第14話 出ていってください

「アイドル研究同好会って、なに?」


 生徒会で発行してる校内新聞が出来上がったから顧問の先生に確認してもらった。

 普段なら1発で通るはずなのに温厚な顧問からそんな疑問符付きの質問が飛んできた。


「……読んでの通りですが」

「いや読んでも分かんない」


 だろうな。俺にも分からん。


「アイドルになる為の同好会?レッスンは相撲?なにこれ」

「…………」

「そもそもこんな同好会知らない。申請してる?」

「…………」

潮田しおた知ってる?アイドル研究同好会」


 奥でファイルを漁ってる2年の生徒会長--潮田に顧問の声が飛んだ。

 顔を上げた彼女のメガネの奥で何言ってんだ?みたいな目がこちらを向く。この人は目付きが怖い。


「……知りません」

「そんな同好会ある?確認して」


 余計な仕事増やしやがってみたいな顔で部活、同好会が全て記されたファイルを引っ張り出す。誰に対しても不遜な態度の生徒会長。顧問に対しても変わらない。


「……ないです」

「おい」

「いやおいって言われても…」

「申請してないのに教室使ってんの?こいつら」

「……はい」

「叩き出せ」


 *******************


「……虎太郎こたろう君」

「なに?会長」

「どうしてあんな同好会を取材しようと思ったの?」


 同好会に向かう俺に隣の会長が尋ねてくる。俺の方には一瞥もくれない。


「……いや、他に取材することなかったから…」

「……ふぅん。変わってるよね。君」


 あんたも変わってるよ。


 潮田紬しおたつむぎ--生徒会会長。


 さらりと伸びた黒髪は後ろでシンプルにポニーテールに纏められ、鋭い三白眼を覆う眼鏡は理知的な雰囲気と近寄り難さを漂わせてる。

 鼻の上にうっすら浮かぶそばかす。


 生徒会長という肩書きと堅物そうな印象を抜きにすればまぁまぁ整った顔立ちの美人。

 生徒会の仕事も真面目にこなし先生からの評価も高い。弓道部に所属して大会では上位常連。


 まさに文武両道……では無い。


「……会長今回追試は何科目?」

「……」


 睨まれた。やっぱり怖いわこの人……


 怒らせたと思ったけど無言で指が四つ立つ。赤点は4科目らしい。上々だろう。


 この人はとっっっても頭が悪い。


 誰も想像しないだろう…

 授業に誰よりも真摯な態度で臨み学校行事にも積極的。誰にでも愛想がないのを除けば完璧な生徒会長……


 でもうちのクラスで1番頭が悪い!!


「……また勉強教えて」

「何回教えても赤点なのは流石」

「喧嘩売ってる?」


 おっと怖い。体力もやしな俺では喧嘩では勝てまい……


 まぁ会長の事はいいんだ今は。



 部活棟の3階、誰の目にも止まらないような隅っこの空き教室に『アイドル研究同好会』の張り紙が今日もある。当たり前だけど…


「……本当にあった」

「あるよそりゃ」


 教室の外からもやかましいBGMが漏れ聞こえてくる。どうやらレッスン?中らしい。

 またあのタムシと巻貝の盆踊りみたいなのをやってるのか…?どうでもいいけど静かにして欲しい。


 正直もう関わりたくないと二の足を踏む俺を無視して会長が勢いよく扉を開けた。


「っ!?」


 殺風景な教室でスマホから流れる軽快な音楽。それに合わせて(?)コミカルに手足を振り回す瓶底メガネの少年。

 体操着のジャージ姿の彼と俺たちの視線が交差して場が一瞬凍りつく。


「……生徒会です」


 何も見なかったと言わんばかりに淡々と告げる会長。固まる少年--確か…橋本君?


「なっ…ななっ、勝手に入ってきてもらっては困るです!?今練習中なので!?」


 見られたのが余程恥ずかしいのかすごく挙動不審なマッシュルーム頭が机の角に足をぶつけながら隠れた。


 ……プロデューサーじゃないけどそんなザマで本当にアイドルになれると思ってるのだろうか。

 ほんと…色んな意味でそんなザマで。


「生徒会です」

「ななっ…なんスか!?」


 半分キレ散らかしながら頭を半分だけ出して橋本君が机の向こうから怒鳴る。


「こ…この教室に女子が……入会希望なら部長が来てからに--」

「生徒会です」


 耳にクソでも詰まってんのか?


 勝手につかつかと教室に踏み入って橋本君が隠れた机を乱暴に脇に退ける。

 女子への耐性が異常に低いらしいチェリーボーイが逃げるように端から端へ距離を取る。

 そこでようやく俺と目が合った。


「……先輩はこの前の…あ、もしかして記事を見た入会希望者…?」

「生徒会です」


 何度言わせるんだろう。


「この前はありがとう……えっと、プロデューサーと小倉先輩は?」

「……プロデューサー?」


 会長が何言ってんだこいつみたいな視線を向けてくる。そりゃそうだろうけど…どうでいいけど本当に目が怖い。


「……プロデューサーはまだ来てないです。兵長はぶつかり稽古に……」

「……兵長?ぶつかり稽古?」


 分かるよ。そうだろう何言ってんのか分かんないだろう。


「君一人か…まあいいか。あのね、今日は--」

「立ち退き要求に来ました」


 俺の言葉を押しのけて宣告を突きつける会長に慈悲の心はない。きっと要らない仕事を増やされて怒り心頭なんだ。

 怯えきった橋本君と対峙する目つきの悪い会長の画はなんか地上げ屋と土地の所有者みたい。


「……た、立ち退き?」

「そうです。この教室から出ていってください」


 固まる地主。睨みつける地上げ屋。

 いや、彼らはこの教室の所有者ではないか…

 何を言われてるのか分からないという顔で俺と会長を交互に見る橋本君。そんな汚いチワワみたいな顔されても……


「……な、なんで…?」

「なんでって教室の使用許可取ってませんよね?」

「…………いや、僕に言われても…分かんない…」

「分かろうが分かるまいが出て行ってくれと言ってるだけなので、出ていってください」

「…………あなた、なんの権限があってそんな……」

「生徒会です」


 *******************


 あれから数分……事態は完全に膠着状態。

 何を言っても「僕は分かりません」の一点張り。取り壊し予定のアパートにいつまでも居座る住人の如し…


「そもそも、この同好会は学校側の認可が下りてませんので」

「いや、僕に言われても……」

「学校側の認可が下りていない活動は認められません」

「僕ら細々勝手にやってるだけなので……」

「教室を無断で使用しないで下さい」

「いや……」

「いやじゃなくて」

「いや……」


 どちらも退かない。こっちが退く理由ないけど。

 いつまで経っても平行線だから、俺が助け舟を出してやる。


「使うなって言ってるんじゃないんだよ?ちゃんと申請して許可が下りれば使っていいんだ。許可が下りたら活動費だって出るんだから」


 アイドル研究同好会がどうなろうが知ったこっちゃないんだけど、今潰れたら記事を書き直しになってしまうので、せめて今月までは存続して欲しいというのが正直なところ。


「申請したら許可下りますか?」

「いや知らんけど……」

「下りるわけないでしょう」


 無情にも切り捨てる会長。言わなくていーじゃんそんなこと。


「でしょ?当たり前じゃないですか。出ていきません」


 開き直るな。


「そもそも何をする同好会なんですか?」

「だから…アイドルになる為のレッスン…」

「学校でする必要ありますか?」

「…………」


 自覚はあったんだな。自覚があってなぜ立ち上げた?


「自宅でやってください。ということでこの教室は今後利用禁止--」

「同好会として許可が下りたら使っていいんですよね?」


 汚いチワワがなお食い下がる。会長の目がどんどん冷めてきてる。てか引いてる。

 何か考えがあるのだろうか。しかし、すごく嫌そうに会長は「まぁ……下りないでしょうけど」と小さく呟いた。


 まぁそういう決まりだし…認可を出すのは俺らじゃないし…


「僕ら、本気でアイドル目指してます」

「だから、ご自宅でどうぞ」

「諦めませんから!!吠え面かかせてやります!!」


 退室時にチワワが声高に宣言する。まさに負け犬のなんとか。

 別に認可が下りたからと言って俺らはどうでもいいんだけど、橋本君は俺らの背中が見えなくなるまで何度も何度もそう叫んでた。


 ……まぁ、顧問が叩き出してこいっていうくらいだし、下りるわけもないんだけど……


 *******************


 一学期ももうすぐ終わりという時期、二学期の様々な行事の準備に生徒会は追われる。

 体育祭とか文化祭とか…生徒の自主性とか体のいいこと言ってるけど教師が面倒臭いだけだ。絶対。

 自主性とか言うんだったらもっと自由にやらせて欲しい……


 とかぼやきながら今日も文化祭のポスターを広報として作る日々…文化祭は11月だけどもう準備が始まる。


 そんな忙しい時に--


「おーい、広瀬」


 行事にあてる経費の計算をしてた顧問に呼ばれて机に向かうと何故か会長まで呼ばれてた。


 何事かと予想する俺の顔は会長と共に数秒後ひきつることになる……


「同好会の申請が来たんだけど…これ、お前らがこの前行った所だよな?」


 顧問が差し出した申請書類に踊るミミズの這ったような字。そこにはこうあった。


 --現代カルチャー研究同好会

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