第13話 こっくりさんは答えたい

 やかましいなぁ……


 放課後ほとんどの生徒のはけた教室で、机に向かって教科書と睨めっこするウチの後ろでさっきから2人の女子がやかましい。


 なんでウチが放課後に教科書なんて広げとるかと言うと、定期考査の追試やからや。

 ちなみに後ろの女子は関係ない。放課後暇やけん遊んどるだけやろ。

 なぜ分かるかってウチは再再々追試やからや。もう赤点取った奴らも大概クリアしとる。まだ追試受けとんのはウチだけや。

 てか追試って何回でも受けられるん?知らんかったわ。


 ええ加減受からなあかん……てか追試で赤点てどないなっとん?ウチて馬鹿なん?これ落ちたら5回目やで?5回もあるん?


 つまりや、ウチはな、今大ピンチなんや。このままやったら夏休み迎えられへん。


 なんやけど……


「え?え?まじでやるの?」

「うん……」

「嘘ー。やっぱりやめよ?」

「だめ…ここまで来て逃がさないから……」

「やばーい。やばいやばい怖いわ。心臓バクバク。え?だってやばいことになったこともあるんだよね?これ」

「うん…禁止してる学校もあるって……」

「やばいよ」

「大丈夫だって。レンビビりすぎ」

「風香だって……」


 ……なんしよるんやろか。


 あと10分で追試始まるんやけど。はよ帰ってくれへんやろか……ホンマに気が散る。


 ちらりと後ろを覗き見ると、机を囲んだ女子2人が向かい合って座っとる。その2人の視線の落ちた先には白い紙が1枚置かれとった。


 なんやろか……気になるなぁ……


 会話の内容から何かしらやばいことをしようとしてるんやろけど……


 教科書と後ろを交互にチラチラ見ながら様子を伺っとったら、ビビり散らしてたレンっちゅう方が大きく息を吸い込んで、意を決した顔をした。


「……いくよ」

「覚悟決まった?」

「うん……」


 2人は同時に紙の上に手を置いた。いや…指やな。指を置いとる。ふたつの人差し指が紙の上のなんかに置かれとる。


「「こっくりさんこっくりさん、おいでください」」


 息のあった2人の声が重なって有名なそのセリフを紡ぐ。降霊の儀の始まりを意味するその禁断の言葉を……


 ……こいつら、人が追試の勉強しとる後ろでこっくりさん初めよった!!


 *******************


 こっくりさんっちゅうのはいわゆる民間の降霊術で、狐とかの霊魂を呼び出して質問に答えてもらうみたいな…そういう遊びや。

 なんで狐の霊が質問者の疑問に答えてくれるんかは知らん。


 やり方は簡単で紙に鳥居の絵と『男』『女』『はい』『いいえ』、それに1から10の数字、五十音を書く。

 んで10円玉用意してその上に参加者全員の人差し指を乗せる。

 準備が出来たら「こっくりさんこっくりさんおいでください」って唱えたらこっくりさんが降りてきて質問に答えてくれるっちゅうことや。


 ただしルールもあって、途中で10円玉から指離したり、こっくりさん怒らせたり、最後に「こっくりさんこっくりさんありがとうございました。お帰りください」って言うの忘れたらこっくりさんに取り憑かれてまうそうや。

 実際にこっくりさんやって心神喪失状態になってもうた学生も居ったとか……こっくりさん怖。


 ……つまり今、うちの後ろにこっくりさんが降りてきたっちゅうことやけど……


 いや、ウチはそういうの信じんもん。うん。

 無視や無視。勉強しよ。そうやウチはそれどころじゃないんや。


「……来たのかな?」

「訊いてみよう」


 集中しようにもどうしても声が聞こえてくる。あああ気になる!!今日この教室で追試って知っとるやろ!?なんでここでするん!?


「……こっくりさん、いらっしゃいましたか?」


 風香とやらがビクビクと縮こまりながらも勇気を出してこっくりさんに尋ねよる。


「っ!?っ!!うそっ!!」

「動いてる動いてるっ!!「はい」って!!きゃああああっ!!」


 来とるらしい。

 きゃーやないやろ。自分らで呼んどんのやろ、来たら来たできゃーって、こっくりさんも傷つくわそれは。


 ふん。そういうんは無意識に自分らで動かしとるだけや。なんも怖ない。せいぜい騒いどれ。


「レン!ダメよ!!離しちゃダメ!!」

「分かってる!分かってるけど……」

「大丈夫だって!なんの為に呼んだと思ってるの?気をしっかり持って!!」


 ……こいつら多分ウチのことなんて目に入っとらんのやろな……

 お遊びっちゅう雰囲気やない深刻な2人の空気感。なんや目的があるらしい。


 ……まぁ、どうせしょーもないことやろ。「○○君の好きな人誰?」とか。

 ウチがこっくりさんに頼りたいわホンマ。今日の追試の答え教えて欲しいわ。


「……じゃあ…訊くよ?」

「え?え?いきなり?風香……ちょっと待ってよ!心の準備が……」

「何よもう!じゃあ……本題じゃないことから……」

「えぇ……」

「とにかくなんか質問しないと!」

「じゃあ……なんか訊いて……」

「もうレンったら……」


 なんや……何訊くんや?勝手に耳がそっち向きよる。あぁぁぁ気が散るわ!言おうかな。他所でやってって言おうかな?言っていいかな?


 ……割り込んだら呪われるとかあらへん?


「…こっくりさん、歓迎遠足で漏らした1年って誰ですか?」


 なんちゅーこと訊いてくれてんねんっ!!!!


 あかーんっ!こっくりさんそれはあかーんっ!答えたらあかんっ!!プライバシーやっ!!個人情報やっ!!本人ここ居るで!?


「あっ!動き出した!!」


 おどれこっくり分かっとんのか!?訴えるで!?出るとこ出たろか!?こっくりさん言うてもなんでも言っていい訳やないで!?そないなことしよったら信用失うで!?

 おい、やめぇ……せめて今はやめて。本人ここ居るから!ウチここに居るから!!

 そないなことカミングアウトされたら残りの時間どんな顔してここで勉強すればええんや!!


「…『い』」

「『え』」

「『な』」

「『い』…」

「言えない……?」


 そうや!それでいいんや!!よう分かっとるやないけ!

 危ねーっ!!バレるとこやった……つかまだ知らん生徒が居るのがびっくりや。


「言えないってどういうこと?こっくりさんって訊いたことになんでも答えてくれるんでしょ?」

「こっくりさん、どうして言えないんですか?」

「『お』『ど』『さ』『れ』『た』…脅された?」

「え?どういうこと?」

「こっくりさん、誰に脅されたんですか?」


 おいこっくり!それ言うたらさっきの質問に答えるん一緒やからな!?分かっとるな!!


「……『言えない』」

「え?こっくりさんが脅されたって……どういうこと?」

「え?……分かんない」

「!?風香動いてる!『訴えるって言われたから、言えない』……?『こっくりさんにも守秘義務がある』……?『本人が質問への回答を拒否しました。どうしても知りたいなら本人に許可を取ってください』……?」

「????」


 こっくりさんにも守秘義務があるん!?てか守秘義務があるこっくりさんとかもうなんの為に呼んどんのか分からへんやん。


「……これ、なに?ほんとにこっくりさん?」

「意味わかんない……」

「風香、別の質問」

「え?うん……じゃあ……うちの学校の生徒がメイド喫茶で働いてるって噂があるんですけど……誰ですか?」


 それもウチやろがい!!おいこっくり!分かっとんやろな!


「……『あ』」

「あ?」

「…………『あんまり言えないことばっかりだとこっちの仕事に差し支えるんですけど』……って」

「は?」


 こっくりさんこっちに話しかけて来た!?

 てか、え?来とん?こっくりさんホンマに来とんの!?これウチ参加してるん!?


「『質問に答えるのが僕の仕事なんですけど』……って、これ、何言ってんの?」

「分かんない。質問の答えでは……ないよね?」

「あ!また動き出した……『楠畑香菜に関する質問は受け付けられません』『質問を変えてください』……?」

「???」


 言うとるやんけ!?

 それ暗に糞漏らしてメイド喫茶で働いとるのウチって言うとるやんけ!!

 てかなんなんこの事務的なこっくりさん!


「……楠畑香菜?」


 あかんっ!!バレてまう!!この場に居て名前が出てきたらもう脱糞メイドはウチしか居らん!!おどれこっくり、やらかしやがって……覚えとけよ!?


「……誰?」

「さぁ……」


 知らんのかいっ!!同じクラスやろがっ!!

 ここや!ここに居るで!?悲しいわ気づいて!?


「……なんか変だよ。このこっくりさん」

「うん……でも、呼んじゃったし……」

「風香、そろそろ本題いく?」

「うん。じゃあ…いくよ」


 本題に入るみたいやな。

 もうええ、関わらんでええ!勉強や。あと5分もないやんけ!

 とにかく追試を突破することに集中するんや!えーっと……この公式は……


「……こっくりさん、私たちの親友、あいりを殺したのは誰ですか?」


 スルーできんわっ!!

 え!?えらいえげつない質問来てもうたでこっくりさん!こいつら何があったん!?


 ……親友が殺されて、その犯人探しの為にこっくりさん呼んだってことか……


「……風香、やっぱり……私聞きたくない」

「は!?何言ってんの!?ここまで来て!」

「だって、思い出したくないもん!」

「だめよ!ちゃんと向き合うの!あんなに元気だったあいりがいきなり死ぬなんておかしいんだから!!」

「でも……」

「こっくりさん!!答えてくださいっ!!」


 教室の空気がピリピリと張り詰めていく。大きな力の奔流を感じるわ。

 これは無視できへん。もう2人の方ガン見しとるけど、居合わせた者として知る義務がある!


 誰や……誰なんやこっくりさん!!


「…動き出した!!」


 誰や!!


「……『ま』『さ』『ご』『ろ』『う』…まさごろう……」

「ああっ!そんなっ!!」


 誰や!!まさごろうって誰や!!教えてくれこっくりさん!!


「やっぱり」

「嘘だ!」

「レン…」

「だって愛し合ってた!!ずっと一緒だったんだよ!?それなのに……」

「本人達はそんなこと一言も言ってない。私達がそう思い込んで無理矢理……」

「だって!ずっと上手くやってた!!喧嘩だってしなかった!!それなのに突然……」

「レン!!」


 なんや、恋のもつれか?何があったんや。気になってもう勉強どころやあらへん!何が起きたんや、あいりとまさごろうに!教えてくれ!!


「風香…私こんなの、納得できないよ…」

「こっくりさん……どうしてまさごろうはあいりを殺したんですか?」


 そうや!気になるわ!!何があった!!


「……『ムカついたから』」


 ……え?

 喧嘩か?ムカついたって……

 恋人ムカついたから殺したん?中々サイコパスやでまさごろう……

 一体どんな喧嘩を……


「『クワガタは闘争心が強いから、繁殖以外なら単体飼育』」


 ……?


「『繁殖でもオスがメスを敵と間違えて襲うことがある。要注意。幼虫でもケンカする』」


 ……………………………………


「……そんなっ!あいりっ!!あいりぃぃぃぃっ!!!!」

「……レン」

「あいりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 *******************


「また一からやり直そ?」

「うぅ…っ、せっかくクワガタでひと山当てようと思ったのに……」

「何度でもトライしよう。レン。とりあえずまさごろうはムカつくから素揚げにしよ?」

「……うん」


「--追試始めるぞー…って、何してるお前ら、はよ帰れ」

「「はーい」」


 ……そっか、クワガタやったか…

 人やないんやな…よかったわ。


「楠畑、教科書しまえ。始めるぞ」


 ……ん?あいつらそのまま帰りおったけど…「こっくりさんありがとうございました。お帰りください」は?

 あいつらなんも言わんと帰りおった!?


 知らんでどうなっても!!ウチは知らん!!


「始めるぞー。いい加減合格してくれよ?」


 ホンマ知らん。祟られればいいんや。そうや、散々ウチの邪魔しよってからに…っ!邪魔を……


 ……………………


 あかん。

 なんも分からん……これどないしよ。


「……こっくりさん、この問題の答え教えてください」

「何言ってんだお前」

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