第15話 カマキリが乗ってんだろうが!!

 我が校は一学期終業式前の最後の日、授業ではなく球技大会が行われる。

 全校生徒参加でクラス対抗…種目はドッジボール。

 この日をたのしみに放課後自主練という名のただのドッジボールに興じる運動部、それに乗っかる陽キャ女子……


 暑いし疲れるしめんどくせーし、鬱陶しいことこの上ない。


「それでは、皆さん怪我のないよう楽しんでください」


 生徒指導の先生の号令を合図に球技大会が開始する。

 ……のだが。


「空閑君。優勝したクラスにはアイスが配られるらしいよ。頑張ろ…どうした?」


 ………………やばい。


 クラスの女子の肩にカマキリが乗っている。


 *******************


 カマキリとは。

 昆虫綱カマキリ目に分類される昆虫の総称。日本ではほぼ全土で見られる馴染み深い昆虫だ。漢字では蟷螂。

 細長い体に6本の脚、前脚は鎌状に発達している。名前の由来だ。


 今女子の肩に乗っかって俺と睨み合うこいつはオオカマキリ。

 全長約6センチ、緑色の体色。恐らく日本で最もポピュラーなカマキリだろう……


 それはいい。

 なぜ女子の肩に?


「日比谷さん、長袖暑くない?」

「日焼けしたくないから」

「日焼け止め貸そうか?」

「凪、隠されてるからこそ想像が加速して、ロマンが溢れるんだよ」

「ちょっと何言ってるか分からない」


 友人と楽しげに話すクラスメイトの女子。その肩の上で周りを威嚇しまくるカマキリ。

 なぜ誰も指摘しない?

 彼女のふわふわした長い髪の毛が上手いこと隠してるのか?


「…空閑君。さっきからぼーっとしてどうしたんだい?あ……」


 さっきから友達面で話しかけてくる橋本がなにかに気づいた様子。

 教えてやれ。カマキリ乗ってんぞって。


「日比谷さんかい?可愛いよね。でも女子からは嫌われてるみたいだね」


 違うそうじゃない。

 なぜ彼女の姿が目に映ってカマキリに気づかない。

 もしかしてだけど普通なのか?あの子は日常的にカマキリを連れているのか?


「最初は1年の1組対2組です。集まってください」


 体育委員の呼びかけにクラスメイト達がコートに入りだした。日比谷さんも、カマキリ連れたまま…


「日比谷ー、長袖で大丈夫か?倒れるなよー」

「平気」


 女子と仲良さげに話しながら目の前で長い髪をひとつに纏める。隠れてた肩が顕になってカマキリが露出する。

 でも指摘されない。

 あれ?もしかして俺にだけ見えてる?カマキリの霊?


 そうこう言ってる間に始まってしまった。カマキリは乗ったまま。このまま始める気か?


 開始の笛が鳴って試合が始まる。じゃんけんで勝った相手側、1組からの攻撃。


 豪速球で飛んでくるボール。グラウンドの砂を打ち上げるボールのバウンドからきゃーきゃー言いながらみんなが逃げる。


 カマキリは……無事だ。

 行き来するボールを激しく避ける日比谷の肩の上に器用に乗っかってる。両手を掲げて勇ましく威嚇してた。


 おらぁっ!とかこらぁ!とか叫びながらボールを投げ合う両陣営。俺はカマキリが気になる。


 相手側にボールが渡った時、最前線に立ってた女子がボールを掴む。


 ……あ、脱糞女。


 *******************


「来たで……」


 待っとった、この時を…JK界のダルビッシュと言われたウチの豪速球を見せる時や。


 ウチの目の前に無防備に立つ女子の軍団。隙だらけや。当ててください言うてるようなモンやで。


 …………


 なんやあいつ。カマキリ乗っとる。

 確か……2組の日比谷。学年一のモテ女と評判の女や。でも、カマキリ乗っとる。

 なんでや?なんやあれ作戦か?なんのや。

 なんでカマキリ乗せたまま試合しとんのや。あれ反則やろ。2人がかりやんけ。

 いや何言うとるんやウチは。所詮カマキリや。カマキリ如きに何ができる言うんや。


 誘導されるようにウチの狙いがカマキリ…やのうて日比谷に向かう。

 これカマキリに当たってもカウントされるん?


 いかにカマキリが乗ってようが容赦はせん。本気や!


 ピッチャー振りかぶった!ウチの手から加速するボールがリリースされる。間違いない軌道や、真っ直ぐカマキリに向かって放たれる。当たった!


「あぶねっ!!」


 狙いすました一投はボールの目の前に躍り出た男子に止められた。


 睦月やんけ!


「おおーっ!」

「ナイス!やるやーん!」


 守られた女子達からの黄色い声援。こいつっ!カッコつけやがって…!いやそれよりウチの一投を簡単に受け止めるとは……


「てめぇ卑怯だぞ!」


 なんにキレとんのか知らんけど睦月から怒りの一投。紙一重で躱す。


 ……こいつっ!!


 ウチの闘志に火をつけたみたいやな。コケにしやがって許さん!


「ボール寄越しや!!」


 回ってきたボールをキャッチしてもう一度。腹に当てたる、糞漏らしや!!


「おらぁっ!!」

「ほい」


 あっさり避けんなや!


 こいつ……やる気あるんか!!許さん!次は確実に--


「楠畑前!!」


 後ろからの警告。矢のように放たれたそれに咄嗟に体が反応した。


 ……あれ?

 急に視界が青一色や。あれ?いつの間にか天を仰いどる。

 わぁ……空が真っ青や。雲ひとつないで。いい天気やなぁ…お天道様もあない輝いて…

 暑いわけやで……


「うわぁ顔にモロ!」

「香菜ちゃん!?大丈夫!?」


 *******************


 ……危なかった。

 危うくカマキリがボールに叩き潰されるところだった。


 危なかったなカマキリ君。と後ろを振り返ったらカマキリに威嚇された。

 ……いやもうみんな気づいてるだろ。


 飛び交うボールに鎌を振り回しながら1組との試合は無事終了。俺ら2組が勝ち進んだ。


 次の試合まで観戦なのだが、グラウンドで激しく行われるボールの奪い合いを日比谷の肩で眺めるカマキリ。

 やっぱり誰も気づかないカマキリ。やっぱり日比谷から降りないカマキリ。

 なんでこんなに人のカマキリが気になるの俺。いやカマキリ乗せてドッジボールしてたら誰でも気になるよね?ほんとなんで乗ってんのカマキリ。


 顔面を潰された脱糞女がグラウンドの端で死んでるのを横目にまた俺らの出番がやって来てしまった。


「日比谷さん、行こ」

「はぁ…はぁ…疲れた。無理……」

「え?20分以上座ってたのに?体力絹ごし豆腐だね」

「はぁ……暑い……」

「脱いだら?」

「日焼け怖い……」


 息も絶え絶えにコートに降りてくる。でもカマキリが乗ってる。ばっちり目が合う俺とカマキリ。


 キシャーッ!!


 すごい威嚇された。なんだよ守ってやったのに。


 次の試合は工業科。全体的に等身が高い。怖。


「強敵だよ空閑君。頑張ろ…さっきからずっと日比谷さん見てるね……もしかして……」

「黙れ。何が頑張ろうだ、逃げ回るしかしてねーくせに」

「次は活躍するよ」


 お前の体力と運動神経の無さはみんな知ってるぞ。


 始まってしまったけどやっぱりカマキリが乗ってる。

 日比谷さんを守護するように威嚇しまくるカマキリ君。もはや飼い主と忠犬の風格…


「来たぞ!」


 ぼーっとカマキリを眺めてたら悲鳴みたいな声と共に鋭い何かが顔の真横を通過していく。ボールが切った風だけで頬が切れるような鋭い……


「ぐわっ!?」

「ぎゃああああっ!!」

「げぶっ!!」


 爆撃みたいな砂埃がキノコ雲の如く持ち上がる。ボールがヒットした3人がコートの外まで吹っ飛んでいった。


 …………?


「うわぁ3人倒した!!」

流石剛田ごうだ君!!」


 戦慄するこちら側、対称的に今の一撃で湧く相手陣営。


 一体誰が…と前を向くとボールを投げたフォームのまま「どうだ?」みたいな顔でこちらを睨みつける大男……

 身長180はありそうな坊主頭の少年。浅黒い肌と筆で書いたような太い眉。とても同い歳に見えない。特攻隊とかに居ましたか?


「な…なんて1発だ!!」

「あんなの当たったら死ぬぞ!!」


 いやほんと死ぬ。誰!?


「野球部の剛田君だ!!160キロの豪速球を投げるエースだ!!デッドリフトは半トンを超えるらしい超高校生!!」


 ほんとに誰!?


 *******************


 俺は野球部エース、剛田。

 将来は日本プロ野球界…いや、日本は俺には狭すぎる。世界の野球界を背負って立つ超高校級投手。

 こんなドッジボール大会など俺にとってはお遊びみたいなものだ。


 しかし…今のは本気の一球だった。


「あっぶな!!こっち飛んできたよ!?」

「怖っ!?顔に当たったらどうすんの!?」


 恐怖に強ばる女子連中の中で同じように戦慄する女--日比谷真紀奈!!


 ……俺はあいつが好きだった。

 将来有望で中学時代から引く手数多だったこの俺。そんな俺が甘く囁いてなびかなかった女はいなかった…


 あの女を除いて!!!!


 --ごめんなさい、私特定の誰かとお付き合いするつもりないんだ。


 入学早々、輝かしいスターの道を歩むはずだった俺の自尊心はあの女に粉々に打ち砕かれた。

“特定の誰か”とはってなんだ!?不特定多数ならいいのか!?このビッチめ!!


 ……許さん。


 神に選ばれた俺は全てにおいて勝利者でなくてはならないんだ!!


 戻ってきたボールを外野から受け取って右腕に力を込める。ボールを握りつぶさんばかりに。


 日比谷真紀奈……お前だけは許さない…その顔面を二度と見れないレベルに粉砕してやる!!


 俺が本気で投げれば風船ですら殺人級。柔らかいドッジボール用のボールですら、威力はご覧の通りだ。


 懇親の力で振りかぶり力強く踏み込む。地面が割れるほどの力強い踏み込みから生じるパワーは全身を伝って腕に乗る。


 --死ねっ!!!!


 渾身の一投。ミサイルの如く飛んでいくボール。狙いは一点、日比谷真紀奈!!


 さぁ死ね!!脳髄ぶちまけ--


「おっと!」

「ぎゃあっ!?」


 俺の全力の1発は眼鏡の砕ける音と共に大きく宙に弾けた。

 ボールの射線に飛び出してきたのは冴えない眼鏡男。首を引っこ抜かれたマッシュルーム頭が空中で3回転半する。


「なんで蹴ったの!?今なんで蹴った!?」

「いや蹴ってないけど?」

「蹴ったろ!!」


 顔面を陥没させながら後ろの黒髪野郎と揉めるマッシュルーム。


 ……この男。

 なんのつもりだ?今俺の球から日比谷を守った?

 いや気のせいだ。落ち着け、その気があったとして俺の球を見切るなど……


 数度の応酬の末再び我が手に戻ってくるボール。

 今度は外さない……日比谷覚悟!!


 超高速で放たれたボールは矢のように空を駆け日比谷へ……


「こっち来た!!」

「きゃあ--」

「…おっと足が滑った」


 日比谷の顔面目前でまたしても俺の球を防いだのはさっきの黒髪野郎が投げ出した足からすっぽ抜けたシューズ。

 ほんのわずかな衝撃とはいえシューズは球を側面から叩き軌道とスピードを鈍らせる。

 反射的に球を避けた日比谷の横っ面を俺の球が虚しく通過していく。


 ……こいつっ!!


「--死ねっ!!」

「お、太田くんあそこにUFOが」

「まじ!?どこ--痛ってぇ!?」


「今度こそっ!!」

「藤木くん靴紐解けてるぞ」

「ありがと--ぐはっ!?」


「こらぁっ!!」

「あーっと!小石を蹴飛ばしてしまった!!」


 …………………………………………


 間違いない。

 あの手この手で日比谷をボールから守ってやがる。

 何者だ?俺の球をこうも容易く……目的はなんだ?

 そうか、お前も日比谷が好きなのか…だがな!そいつはお前が思ってるような女じゃないぞ!!


 しっかり掴んだボールを手首の捻りを加えながら放つ。俺の必殺曲がる魔球!!

 蛇のように蛇行運転しながら不規則な軌道でボールが迫る。しかしスピード、威力共に今までの球と遜色ない。


 これは避けられない…現実とはこういうものだ!!奇跡は何度も--


「あぶねっ!!痛っ!!」

「きゃーっ!!」

「空閑君やるやん!!」

「すげぇ!!剛田君の球を受け止めたぞ!!」


 …………………………!?


 *******************


 --亡き祖父の教え。


 じいちゃんの家の庭でバッタが死んでいた。バッタの亡骸に群がるゴマ粒みたいな蟻を蝉の声を聴きながら俺とじいちゃんは眺めてた。


「……バッタさん、可哀想」

「睦月、どうしてバッタが可哀想だと思うんじゃね?」

「だって蟻さんに食べられるんだよ?可哀想。きっと骨も残らないんだ」

「虫に骨はないわい…いいか睦月、これが自然の摂理じゃ。土に還ったものは次のものの糧となる……そうして新しい命が芽吹き、そしてまた糧となっていくんじゃ」

「そーなの?」

「睦月よ、それが自然じゃ。そしてその自然の理から外れたのがわしら人間なのじゃ。人は死んでも自然の糧とはならん。命は全て大地と海の子……じゃがわしらの命は火葬され灰となり、骨壷に収められ自然に還るのに長い月日を要する……睦月よ、覚えておけ。自然の理から外れたわしらが自然の子供たちを…無垢なる命を奪うことは決して許されんのじゃ」

「でも、お肉もお野菜も食べるよ?」

「じゃから、わしらは自然には還れんのじゃ……睦月、命を慈しむ心を、忘れてはならんぞ」

「うん!」



 ……じいちゃんの教え。

 俺たちは慈しまないといけない。目の前の小さな命を……

 多分今が、その時なんだろう。知らんけど。


 あんなのが当たったらカマキリ君の体は間違いなく跡形もなく四散する……じいちゃん、俺に力を貸してくれ!!


 *******************


 ……さっきから、私にばっかりボールが飛んでくる気がする。

 そしてさっきからこの男子がずっとそれをブロックしてる気がする。


 気のせい……じゃないよね?

 もしかしてこいつ、私のことが好きなのか?


 否定はできない。いやむしろ自然なこと。私は可愛い。この世界の“美”という概念を全て詰め込んで煮詰めたような存在…それが私。

 老若男女問わず私に惹き付けられるのはもはや世界の掟と言っても過言じゃない。


 ……やっぱりこいつ私のこと好きだ!


 しかし、こうも露骨にアピールしてくる男も珍しい。

 今までの男子は私の眩しい美貌と可憐さに気圧されかえって自分をアピールすることができない様な奴ばっかりだったのに…


 それにしてもさっきから全部防いでる。地味にスゴイな……


 でもごめんね?私はみんなのもの。私は全ての人類に等しく美貌を振りまくもの。あなたのものには--


「やべえ!うち内野あと2人だ!」

「がんばれー!!」


 ……あれ?


 気づいたらあの豪速球に叩き出されて、うちのクラスで内野に残ってるのは私と彼の2人だけになってしまった。

 あれ?


「…はぁ、はぁ、追い詰めたぞ…これで小賢しい搦手も使えまい。愛する女の顔面が弾けるのをその目に焼き付けるがいい!!」


 剛田がなんかラスボスの最終形態みたいなこと吠えながらボールを構えてる。

 てか、ほら、やっぱり私のこと好きなんじゃんか。


「どうした?勝手にきつそうだな」

「黙れ!!」


 対する私のガーディアンも圧倒的余裕を醸した敵キャラみたいなこと言ってる。


「死ね!!」

「おっと」


 私をボールの軌道から外しながら華麗な体捌きで躱していく。私はさながら勇者に守られるお姫様--


「逃げてー!!」

「危ない!後ろ!!」

「……え?」


 私たちを通過していったボールが外野から返ってきた。真後ろから迫るボール、それが私の肩あたりに……


「あぶねっ!!」

「……っ!」


 またしても彼が私を守るように前に出てボールをキャッチ。そのまま相手側に投げ返した。

 華麗に私を守る彼に茶化すような声援が飛ぶ。そんな声を意に介さず彼は私に振り向きざま--


「ぼーっとしてたら当たるよ。危ないから、俺の後ろに……」


 ………………

 あれ?

 あれれ?おかしいぞ。私今……


 また飛んでくるボールをキャッチ。投げ返したボールが相手側の内野を削っていく。


 ドキン、ドキン…


 あれ?あれれれれ?

 まさか…ばかな。美の女神の生まれ変わりな私がまさか……こんな……


 ……こんなっ!?


 *******************


「ぼーっとしてたら当たるよ(カマキリに)。危ないから、俺の後ろに(カマキリ避難させて)…」


 さっきからあいつカマキリばっかり狙ってない?なに?前世でカマキリに恨みでもあるのか?

 しかし……


 鋭く空気を裂いて飛んでくるボールを両手でしっかりキャッチする。

 初めは戦慄すら覚えた豪速球も今ではスローに見えてくる。


 体に力が漲ってくる。まるで俺の後ろで誰かが俺を支えてるような……

 まさかっ!


「……おじいちゃん?」


 全力で放ったボールを受け止めた剛田君の体が浮いた。


「バカな…!まるで二人かがりで投げているような威力……」


 これは……ドラゴンボールのセル戦の親子かめはめ波的な…………

 おじいちゃんが力を貸してくれてる?


「うぬぁぁぁぁぁぁっ!!死ねぇぇぇぇ!!」

「だからさっきからなんで私ばっかり--っ!」


 カマキリの眼前に迫ったボールをキャッチ。


「馬鹿なっ!!片手だと!?」


 片手で止めたボールをそのまま体ごと振り回し全力投球!

 俺+おじいちゃんの全力の乗ったボールの破壊力は真空派(?)的なのを放ちながら一直線にコートを突っ切る。

 真正面で大きくスタンスを広げた剛田君が両腕を構えて迎え撃つ。周りの生徒が逃げ出す中で妙にかっこいい剛田君が気合いの声と共にボールを受け止めた!


 え?受け止めるん?


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!りゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 全力で威力を止めようとする剛田君をボールが押し込め、踏ん張った足がグラウンドの地面を削っていく。これなんなん?ドッジボール?


「あああああああああああああああああああああああああああああぁっ!!!!」


 気づけば全校生徒が固唾を呑んで見守ってるこの一戦……


 俺と彼との戦いの結果はコートの外まで押し切られた剛田君の姿が告げていた。


「うぉぉぉぉっ!?」

「剛田君が負けたぁぁっ!?」

「空閑君すげぇぇええええっ!?」


 全生徒が湧くグラウンドの真ん中で剛田君ががくりと膝から崩れ落ちた。その手からボールがこぼれ落ちて小さな砂埃を立ち上げる。


 ……なんか、疲れた。


「……空閑君」

「え?」


 疲労感と謎の達成感に包まれる俺の後ろから涼やかな声が呼びかける。振り返った先にはカマキリ君がじっとこちらを見つめてた。


 良かった……無事だったか……


「……えと、すごいね……」


 カマキリの丸い眼光が痛いくらい真っ直ぐに俺を見てる。ずっと見てる。最初の威嚇しまくる刺々しさはなりを潜め、その目は今は陽光を浴びてキラキラ輝いてる。


 いいんだ……君が無事なら……君が強く生きてくれたら……

 じいちゃんありがとう……これでいいんだよね?


「あと、ありがとう……それでさ、空閑君……?あれ?聞きてる?空閑く--」


 --バチィンッ!!


 俺と相思相愛のカマキリ君の間に割り込んだ肉を打つ激しい音。その音と共に俺とカマキリ君の結ばった視線は千切られた。


「痛った!?」


 後ろから不意打ち気味に叩きつけられたボールは日比谷の肩の上でカマキリ君の小さな体を叩き潰して、木の葉のように軽々しくその命を地面に叩き落とす。


「あーっ!何やってんだ2人とも!!」

「もらってんじゃねーよ!!さっきまでの気合いどこいった!?」


 あ……そっか、まだ終わってなかった。

 剛田君を倒して勝った気になってた。バトル映画だったらエンドロール流れてたろ……

 いや!それより!!


「うわぁぁぁ!?」

「え!?なに!?」


 軽く引いてる日比谷の前で地面でひっくり返ったカマキリを拾い上げる。

 あんなに力強く持ち上げられてた鎌もぐったり垂れ下がり、生き生きしていたお腹も俺の手のひらでふにゃっと折れていた。


 死ぬな……!死ぬな!!おじいちゃぁぁぁん!!


「あれ?空閑君どこ行くの!?え!?」


「うわぁぁぁっ!!なんのために俺がっ!ちくしょう!!死なせはしない!!莉子せんせーっ!!カマキリが…っ!カマキリがぁぁっ!!」

「…………いや、カマキリ持ってこられても、ちょっと……」

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