第11話 私のエロ本じゃないですから!!

 --私は可愛い。


 それは雨の日でも晴れの日でも、雪の日でも雷雨でも、槍が降ろうと竜巻が起ころうと首都直下地震が起きようと変わらない。

 この世に生を受けた生き物の生命にいつか終わりが来るように、空が青いことのように、地球が丸いことと同じように……


 それは当たり前に、世界のルールとして存在する。私の美しさ、可憐さはこの世界の一部、定められた必然。


 例えば天地がひっくり返ったら?

 地球から酸素が消えたら?

 太陽が無くなったら?


 世界の一部として存在するものが、今まで当たり前だったことが覆ったら、みんな困るでしょう?


 そう……


 私はいかなる時でも美しくあらねばならない……人々に等しく私の美貌を振りまくことこそ、私がこの世に生まれた意義なのだから。


 美しさの定義って?

 顔がいい。スタイルがいい。清潔感がある。オシャレ。

 もちろんだ。容姿は欠かせないところだ。

 でも、それだけじゃないよね?

 知的、大人、色気、清楚、性格がいい、優しい、愛嬌がある--


 その人が内包する人間性……

 つまりイメージもまた、美しいってことの割合として多くを占めてる。


 好きなタレント、アイドルの熱愛報道…実は恋人が居ました。結婚しました。寂しいよね?少なからずショックを受けるよね?

 人は羨望を抱くものに対して理想を重ねる。こうあって欲しいって……


 イメージ--彼らの想像を壊さないこともまた、愛される者の義務と言えるのでは無いか…?


 至高の美貌を持つ日比谷真紀奈……

 私はそのイメージを守らなくてはならない。決してそれを壊すことがあってはならない……


「…えー、急ですが6限のロングホームルームでは、抜き打ちの持ち物検査をします」


 担任教師の淡々とした宣言に教室内がざわめく。みんなやましい持ち物を隠し持ってる証だ。


 ……ああ、神様。

 いや違う、私が神か。美の女神……


 何故運命はこのような試練を…?

 どうして今日に限って私は……エロ本を学校に持ってきてしまったんでしょうか…?


 *******************


「なんで?先生!」

「なんで急に持ち物検査とかするん!!」

「うるさいぞー。今日1年生が喫煙してるのが見つかったんだ。それで全員検査だ。早く全員鞄と机の中身を机の上に出せ」


 ……一体どこのバカですか?学校で煙草なんて吸いやがった輩は。

 どうしてやるなと言われてることをやるんですか?馬鹿なんですか?


 ……まずい。


 学園の女神たるこの私の引き出しからエロ本なんて出てきた日には私の美しさが地に落ちてしまう……


 どうしよう……なんでエロ本なんて持ってきたんだ私……


 だって授業中にバレないように読むエロ本って、すごく興奮するんだもの……


 まずいまずい……

 クラスのみんなの前でこんなものが晒された日には……っ!


 私は机の中の快〇天を何とかしなくてはならないんだが……


 全身を嫌な汗が包む中持ち物検査が始まっていく。

 席順に一人ひとり鞄と机の中身をチェックされる。

 面白いように発掘される校則違反達。メイク道具やら漫画やらゲーム機やらが、ボロボロ出てきては先生に没収されていく。


 ああまずい……あんな感じでエロ本を発掘されたら……


「ん?橋本!これはなんだ!!」

「うわっ!橋本君エロ本持ってる!!」

「キモーっ!」


 クラスの地味男の机からエロ本がっ!私以外にエロ本を持ってくる神経の飛んだバカが居たの!?携帯で見ろ携帯で!


 晒される瓶底メガネ君の性癖……ああ、近親相姦が好きなんだね。悪くない趣味だ。背徳感こそがエロをさらに引き立てるスパイス……いや違うそんな場合では無いよ。


 晒されるエロ本にザワつく校内。女子から容赦なく向けられる白い視線。クラス中の視線を浴びて真っ赤になる地味男君。


 ああ〜やばいやばい!!私もこうなってしまう!!どうしたらいい!?


 現状を打破する為にできること。

 ①何とかしてエロ本を捨てる。

 今から?ゴミ箱にでも詰め込むか?

 いや無理無理、ゴミ箱教室の1番前の入口の真横。私の席は入口とは反対の窓側から二列目……

 じゃあ窓から?

 無理!隣が窓ならいいけど窓と私の席の間に一列あるし……先生に見つからなかったとしても誰かにバレる。

 ②他の何かにカモフラージュ。

 例えばブックカバーをかけて誤魔化すとか……

 いや文庫本ならともかくこの大判サイズの表紙を上手く隠せるものは……

 ③誰かに預かってもらう。

 いやそもそもバレたらアウトだから無理。


「空閑、これなんだ?」

「パキケファロサウルスの頭蓋骨」

「意味がわからん……」


 こうしてる間にも刻一刻と私の番が迫ってる!!


 いや落ち着け……もう開き直るか?

 可愛かったら大抵許されるもの…美少女がエロ本持ってたって……

 ダメだ。私のイメージがっ!!


 何とかしないとっ!!なんとかっ!!


「古畑、お菓子は禁止だぞ」

「それはアンパンマンの新しい顔で……」


 エロ本は本屋のビニール袋に入ってる!万が一机を覗かれた時の為に…

 袋のまま出したら中身は確認……されるよね!!どうする?


「井上、メイク道具は禁止だ」

「それメイク道具じゃないし〜、画材道具だし〜。ウチ〜美術に目覚めて〜的な?キャンバスはウチの顔〜」


 通学カバンの底板の下!ダメだサイズが合わないっ!!うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!


「……阿部、これは?」


 その時私の鼓膜に先生の引きつった声が滑り込んだ。

 その名前と、その声に私は思わず後ろを振り返ってその現場を凝視した。


 先生の汗ばんだ手には1本のビデオディスクのパッケージが……


 --ヤスデ人間〜頭と肛門をつ・な・げ・た・い〜


 *******************


 ……どうしよう。間が悪いな。


 こんにちは。阿部凪です。

 今日は唐突に抜き打ちの持ち物検査を実施するそうで、席順に順繰り先生が近づいてきてます。


 別に不埒な物は持ってきてないんだけど……ただ1つ。

 今日返済日のレンタルビデオを帰りに返そうと思って鞄に詰め込んで来てました。


 ……怒られるかなぁ。勉強には不要な物ではあるけど。

 没収とかになったらどうしよう……いや、大丈夫だよね?レンタルビデオ店のだし。


 見つかっても謝ればいいんだ、別にやましいことも恥ずかしいこともないです。

 気を落ち着かせて順番を待ってたら前の人たちの持ち物からどんどん変なものが没収されていきます。


 メイク道具とか、ゲーム機とか漫画とか…エロ本まで。

 いくらなんでもエロ本はないです。学校で読んでたんでしょうか?ちょっと気持ちが悪いです。

 それにしてもこうして他の人の持ち物を見てると誰も校則なんて守ってないんだなってよく分かりますね。

 私はきっちり守ってるつもりですけど…やっぱり不要な物を持ってきてるのでおんなじでしょうか?


 ちょっとドキドキしながら待ってると、ついに私の番が……


「……阿部、鞄と机の中身を見せて」


 ……すみませんレンタルビデオ持ってきてしまいました……

 って、自己申告したら印象もいくらか違うんだろうけど…もしかしたらバレないかも?なんて淡い期待もあって言い出せずなるべく教科書に埋もれるようにビデオ屋のビニール袋を奥に追いやってから席を立ちます。


 鞄、机の中身と、先生が順番に検査していくと--


「……阿部、これは?」


 見つかっちゃいました。でしょうね?


 先生がなんだか引きつった表情を浮かべながらパッケージを袋から取り出します。周りの視線が私に集まってきます。


「え?阿部さんも?」

「真面目なのに意外。何持ってきた…ん……?」


 先生とクラスメイト達の視線がパッケージに注目します。恥ずかしい。こんなに注目されたのは入学初日の自己紹介以来です。

 別に持ってきたのはただのビデオなんだけど……普段目立たない人が校則違反してたら余計に目立ちます。


「すみません、今日返しに行こうと思って……持ってきてしまいました……」

「………………え?お、おう」


「……え?何あれ?なんの映画?」「ヤスデ……?頭と肛門……?」「……B級映画?」「え?グロ系?」「阿部さんあんなの観てるんだ……」


 ……?なんだか教室内が騒がしいです。

 レンタルビデオ持ってきただけなんですけど……まるでエロ本が見つかった時くらいのざわつき様です。

 別にジャンルも普通の洋画なんですが……


「……まぁ、あの……レンタルビデオか。仕方ないな。今後は学校には持ってくるな。いいな?」


 流石に没収はされませんでした。良かった。


「はい…すみませんでした」

「しかし……あれだな……ヤスデ……いや、なんでもない。よし、次!」


 ……?なんでしょうか?

 なんだか私を見る先生の目が……引いてるというか……あれ?なんかクラスのみんなの視線も……


 もっとえげつない物持ってきてる人だって居るのに……たかが映画で……


 そんな私に向けられる好奇の目も数分後には塗りつぶされました。

 さらなる驚愕の声と視線に……そしてその中には当然、私の視線も……


「日比谷っ!なんだこれはつ!!」


「え?何あれ?」「エロ本?」「うわぁ……男向けでしょあれ?」「日比谷さんってなんか変わってるもんねー」「変だもんあの人。でもエロ本って……」


 …………あれ?日比谷さん?机から出てきたあれは……まさか……


「………………っ!それっ!!私のじゃないです!!阿部さんから預かってって渡されたやつです!!!!」


 ………………………………………………


 ?


 *******************


 ヤスデ人間〜頭と肛門をつ・な・げ・た・い〜


 凪の机から引っ張りだされた超ニッチなB級ホラーにみんなの気が取られてる間に、とうとう私の番がやってきた。


 でも……

 私にはひとつ、とっておきの秘策が閃いた。

 それは悪魔に魂を売る鬼畜の所業--人としての尊厳、そしてエロ本を失うことになるだろう最悪な一手……


 でも、私は何においても守らなくちゃいけない。私の“美しさ”をっ!!


 先生が私の目の前にやって来た。ちらりと後ろを一瞥して凪を見る。

 どうして自分にこんなに注目が集まってるのか理解出来てない顔だ。ポカンとしてる。


 ごめん凪……

 でもヤスデ人間を万人受けすると思ってるあなたなら…エロ本の所有権を託せる。

 私とあなたはドS村を借りた仲……あなたにだけは私の素を見せてあげる。


 その代わり……私の泥を被ってっ!!


「日比谷っ!なんだこれはっ!!」


 容赦なく机から引っ張り出されるエロ本。嗚呼さよなら……まだ全部読んでないけど。


 集約される視線、好奇の目。

 私の机からエロ本が出てくる--その予想外の事態に教室中に驚きと失望の気配が立ち込めた。

 みんな、私の机からエロ本が出てくることなんて望んでない……どこまでも穢れない美の結晶--それがみんなが私に望む姿……


「………………っ!それっ!!私のじゃないです!!阿部さんから預かってって渡されたやつです!!!!」


 ごめん凪。


 静まりかえる教室。その只中、誰よりも事態を理解出来てない凪がぽかんとした間抜け面を晒してる。


 許して。世界中の美の概念を守ったと思って……あなたはひとつの夢を守ったの。誇っていいの。今度バニラシェイク奢るから!!


「……そうなのか?阿部」


 先生と共にみんなの視線が一気に凪に雪崩る。たった今変態映画を晒したばかりの凪に対してその視線には一切の疑念はない。


 そして……


「………………あ、えっと……ハイ?」

「……これは没収だからな?」

「………………ハイ」


 ……ありがとう。ありがとう。ありがとう。

 あんたいい子だね!この恩には必ず報いるから!!ありがとう!!ありがとう!!ありがとう!!

 バニラシェイクにポテトも付けたげる!!


 乗り切った--

 この苦難を……障害を……試練を……

 私は穢れなき純粋なる美の結晶。凝縮された可憐さの概念。全世界のアイドル。世界の太陽--


 帰りにエロ本を買おう……好きなやつをいっっっぱい。

 失った分を取り返すように、欲望の赴くまま--


「ん?日比谷それ…カラコンか?校則違反だ放課後残りなさい」

「え?」


 *******************


「……日比谷さんって阿部さんと仲良いんだね」

「変わってるよね」

「変な子だし……なんか時々鼻につくよね。私あいつ嫌いなんだよね」

「男子にはモテるけど。」

「どーせ体目当てでしょ?ああいうタイプは」

「分かるー」

「でも阿部さん、大人しそーな顔してああいうのが趣味なんだ。意外よね」

「日比谷さんも、阿部さんとああいうの貸し借りする仲なのね」

「変態同士いいコンビね」

「言えてる」

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