第10話 取材させて下さい!!
……今日もよく降るなぁ。
放課後窓を叩く大粒の雨を部活棟の廊下から眺めてじめじめした空気に盛大なため息を吐き出す。
毎日続く雨模様。まぁ梅雨が明ければすぐ夏休みだ。そう思えば陰気な6月も乗り越えられる。
雨の日にはいい思い出がない。
雨が降る日は決まって良くないことが起こるんだ……だからこんな日は何事もなく1日が過ぎるよう大人しく時間の流れに身を任せるべきだ。
雨の日に新しいことしようとか、普段と違うことやってみようとか、余計なことを考えてはいけない……
今日も無難に1日をやり過ごす為俺は廊下を歩く足を早めた。
生徒会の広報である俺は月に1度校内新聞を発行するのが主な仕事。
その新聞では毎月1つ部活動や同好会について取り上げることになっている。うちの学校は部活動に力を入れてるから、生徒に率先して部活に参加して欲しいという意味がある。
ので毎月新聞を発行する前にランダムで選んだ部活や同好会に取材を行うんだけど、これが面倒臭いことこの上ない。
新聞は毎月出るのに部活や同好会には限りがあるだろう?頻繁に取材してたら書くことが無くなるんだ。
なので普段は大会とかコンクールのある、書くことに事欠かない運動部や吹奏楽部等に取材するんだけど……
「……サッカー部は今度大会だからその時に取っておきたいし…吹奏楽はコンクールとかなかったし、ダンス部……は結果が悪かったから書くのも……」
今日はどうしたものかと頭を悩ませてた。
記事を作る側としても何か書くことがないと困るから、「ああ、最近はいつも通りの活動してるね。特に話すことないよ」みたいな部活は困る。
正直掲示板に張り出されて誰の目に触れることも無く剥がされる校内新聞なんて記事の代わりに俺のポエム載せてても誰も気づかないだろうけどそんな訳にもいかないわけで…
というか毎回毎回同じような部活動と同好会ばかり取り上げてるからネタが切れるんだ。
なんか……新しい……
「……ん?」
部活棟の廊下、突き当たりの隅っこ……
そこは確か使われてない多目的教室……のはずだったんだけど、細い目を凝らす俺の目には確かに剥がれかかった張り紙が止まってた。
--アイドル研究同好会
……………………?
アイドル研究同好会?なにそれ。
そんな同好会あったっけ……てか、なんだアイドル研究同好会って。
いやアイドルを研究するんだろうけど……アイドルを研究?
それってつまりドルオタが「○○ちゃん萌え〜っ!!」とか言ってるだけってことだろ?ライブのビデオとかチェキを眺めながら。
そんなことに教室を使って?同好会の名を語って?
……いつの間に出来たんだ。
かなりパンチの効いたインパクトあるネタに俺の足は釣られるように……
……いや待て。
こんな同好会、取材なんて応じるのか?
こんな校舎の端っこにひっそり佇んでる同好会……きっと本人達だって目立ちたくないだろう……
だってアイドル研究同好会だぞ?
……アイドル研究同好会ってなんだ?
一体誰が、どういう経緯で、わざわざ同好会を作ったんだ?なぜ学校側はこの同好会を認めてるんだ?
部活動とか同好会ってのは、あくまで学校教育の一環だよな?
アイドルを研究することは学校教育に関わることなんだろうか……?
……あれか?現代の文化?を学ぶ……みたいな?現代人の趣向を……大衆の娯楽について研究して……
………………
……ほんとに、何やってる同好会なんだろう。
先入観ばかりが先行してる。良くない。
もしかしたら真面目に評価される取り組みをしてるのかもしれない……
だって仮にも学校が認めてる同好会だし……
……気になる。
みんなは知ってるんだろうか?この同好会のことを……
どんな活動をしてて、アイドルを研究することにどんな意義があるのか……
それを全校生徒に共有するのが、生徒会広報の存在意義とは言えまいか?
役員としての使命感、そして胸中8割を埋め尽くす好奇心に背中を押されて、俺は同好会の扉に手をかけてた。
*******************
「小倉兵長、今日の練習メニューをプロデューサーと考えていきたいと思います」
「うむ」
「ポテチ食べるのやめてください」
「うむ」
「兵長」
「うむ」
「いい加減にしとけよ豚野郎」
……帰りたい。
親友代(飯)を交換条件に親友にランクアップした橋本とテーブルに突っ伏してスナック菓子を齧る豚。
デブと地味メガネの吐く息で油っこく濁った部室に拘束された俺。
今日帰ろうとしたら小倉先輩に捕まった。並の関取りなら倒せそうな圧倒的パワーに引きづられて連行された俺は二度と跨ぐことはないと思っていたアイドル研究同好会の部室に監禁された。
というかなんだこの豚野郎。自分で連れてきておいてその態度は。やる気あんのか?アイドルなる気あんのか?
あの時俺に向かって吐いた熱意はどこ行った?
「空閑プロデューサーよ。拙者は昨日我がグループNI☆KI☆BIの曲を考えてきたんだが……」
「あーはいはいすごいすごい」
「作詞は拙者がやるから作曲して欲しいでござる」
「あーはいはいすごいすごい」
「聞いてるでござる?」
なんだその語尾。
「兵長。そんなことを考えてる場合ではないです。僕らプロデューサーのお陰で目を覚ましたじゃないですか。レッスンです。プロデューサー、今日はダンスの指導をお願いします」
なんだ『今日は』って。まるで毎日やってるみたいな言い方しやがって。
「あー橋本君?悪いんだけど俺今日どーしても外せない用事があってだね……」
「プロデューサー。僕ら親友でしょ?」
「なに?そうなのか空閑プロデューサー!」
「あんたも親友になるか?そうだな…毎日1000円で親友契約してあげる」
「橋本君、君は騙されてる」
トドでもまともな思考力は持ってるんだなぁ……
て、感心しながらどうやって逃げ出そうかと思考を巡らせてたその時。
「……失礼しまーす」
控えめな挨拶と共に許可もしてないのに何者かが部室に侵入してくる気配。俺たち3人は顔を跳ね上げて扉を注視する。
誰だっ!?こんな見るからに怪しい…てかキモイ、前を通り過ぎるのもはばかられるような同好会の戸を叩く勇者はっ!!
俺らの視線を一気に浴びる男子生徒はあまりの注目具合に石のように硬直してその場に立ち尽くす。
……青のバッチ。2年生だ。
150無いかもしれない位の低身長。暗めの、ほぼ黒に近い茶色の髪の毛は校則通り耳、目にかからないように切りそろえられ、大人しそうな気性を表すような糸目。
おかっぱ風な髪型のおぼっちゃまを連想させる大人しそうな男子生徒はその腕に腕章をつけて、パンパンの筆箱と手帳を抱えていた。
……あの腕章は、生徒会の?
--はっ!?まさかとうとうこの謎の同好会を解体せんと生徒会が乗り込んできたか!?
俺の予想に乗っかるように橋本と小倉先輩が勢いよくパイプ椅子を蹴倒しながら立ち上がり威嚇を始める。
「なっ……なんでござる!?」
「ご……ござる?」
「生徒会の人が何の用ですか!!まさか立ち退き要求!?」
「教室の使用許可はこれから取る予定でござる!!今日は帰ってくだされ!!」
使用許可取ってないんかい!?
追い詰められたオタクの気迫とは恐ろしいもので、今にも飛びかかりそうな小倉先輩の巨体は物理的な威圧感がハンパない。下手なチンピラにナイフ突きつけられるより怖い。
完全に萎縮しきった生徒会役員は引きつった表情を浮かべ後ずさりながら否定するように首を横に振りまくる。
「いや違います!自分生徒会広報の
「「「校内新聞?」」」
なんだ……解体しに来たんじゃないのか。てか校内新聞ってなに?取材?
……取材!?
この同好会を!?アイドル研究同好会を!?取材!?
「……こ、この同好会をでござるか!?」
「はい……てかなんすかその語尾」
同様しまくる豚と瓶底メガネ。ギットギトの脂汗が2人の顔をコーティングしていく。
顔を見合わせた2人は明らかに乗り気じゃ無い様子。そりゃそうだろ。
……まてよ。
校内新聞で取り上げられて生徒の目に触れたら新規の入会希望者が来るかも……
そしたらそいつを身代わりに俺とこのふざけた同好会の関係を断ち切れるのでは無いか…?
元々俺が誘われたのも会員数の増加のため…
ここでいい記事書いてもらったらもしかして……
俺って天才?
*******************
「取材の御協力ありがとうございます」
……なんか変なとこに来てしまった。
やっぱり雨の日に普段と違うことするといいことないかもしれない……俺の顔は内心の引きつり具合をおくびにも出さず完璧な愛想笑いで塗り固められる。
「い、いいんでござる!?取材なんて……え、てか、何を取材してもらうの!?」
「そうだよ空閑君!全校生徒が見るんだよ!?安請け合いして…」
……ござるってなんだろう。
「いいじゃないですか兵長」
兵長?
「校内新聞で取り上げてもらったら新規の入会希望者が来るかもしれないでしょ?」
「いや、拙者らは本気でアイドル目指してるんで」
「そうだよ空閑君!半端な気持ちで入会されても困るんだ!!」
????
……やめときゃ良かった。
--アイドル研究同好会。
活動内容、不明。
会員、3年小倉、1年空閑、橋本。
活動場所、部活棟3階空き教室。
……ていうかさっき教室の使用許可はこれから取るとか言ってた?こんな同好会聞いたこと無かったしもしかして活動許可貰ってない……?
…まぁいいや。とりあえず取材しよう。そしてとっとと帰ろう。
「あの…取材初めて大丈夫ですか?」
俺が切り出したら他2人を置いてけぼりにして空閑君がとてもとても愛想良く応対してくれた。
「はいはい。いい記事にしてくださいね?先輩」
なんだろう……グイグイ来る。怖。
「えっと…じゃあまず活動内容を教えて貰っていい?」
「…………」
「?」
「カツドーナイヨー?」
「普段どんなことしてるのかな?」
「……」
なぜ固まる?
*******************
やばーいなんて言おう。
目的は全校生徒に興味を持ってもらえる記事を書かせることだが……よく考えたらアイドル研究同好会なんて誰が入りたいん?
名前からアウトなのに内容が「アイドルになる為に練習してます」とか俺なら絶対入らない。
しかもメンバーみんな男とか……キモっ!!
俺が馬鹿だった。一体どうオブラートに包んだら魅力的な同好会になるんここ。鼻セレブに包んでもあかんやろ。
……アイドルについて語り合ってますとか言ったらオタクが釣れるかもしれない。
「……アイ--」
「拙者らアイドルになるために日々精進してます」
てめぇ後ろから余計なこと言うな豚!!なんで取材乗り気じゃなかったのに割り込んで来るんだ!豚が人の言葉喋んな!!
「……アイドルになる…」
ほら引いてるじゃん。
「僕達アイドル目指してるんです。ここではその為の特訓を日々行ってます」
黙れ瓶底メガネ。嘘をつくな、ろくに活動してねーだろ。
完全に固まる広瀬先輩。そりゃそうだろうけど、そもそもこの人なんでこの同好会を取材しようと思ったんだろうか……
……どうする?
このままではただ気持ち悪い勘違い野郎の吹き溜まりになってしまう……
……もういっそこの広報使ってぶっ潰すか。
テキトーなことしてるの見せて、記事書かせて、「なんですかこの同好会?」って全校生徒に思わせてやろう。
こんな意味不明な同好会、直ぐに解体だ。
俺って天才?
*******************
……アイドルを研究するんじゃなくて、アイドルになる為の同好会?
……アイドル?こいつらが?
メンバー3人をじっと見つめる。
……こいつらが?
何言ってんのこいつら。
あれ?もしかして間違えた?ここ精神病院?
「へ…へぇ……アイドルに……なるほど……えっと……じゃあ具体的にどういうことを……」
「レッスンです」
食い気味に返す空閑君。すごい気迫を感じる。怖。
「レッスンしてます。是非見てって下さい」
「……」
「是非。話聞くだけじゃ取材にならないでしょ?」
「おお……空閑君がやる気になってる……」
「拙者達の熱意がようやく伝わったんだな…」
……小倉先輩、語尾安定しないな。
え?これレッスン見せられるの?やだ。見たくない。
でも取材させろって言って見たくないってのは……
「じゃ、じゃあ……是非見せてもら--」
「よし今日はダンスレッスンだ!体育館行くぞ!!」
「「はい!プロデューサー!!」」
……あ、プロデューサーなんだ。
空閑君に引っ張られてやって来たのは体育館。
体育館はバレー部が練習に使ってるみたいだけど、彼らは遠慮することなくズカズカ上がり込む。
そんなアイドル研究同好会をバレー部が冷たい視線で睨みつける。
あれ?使用許可取ってる?
彼らは体育館の隅っこに固まって、空閑君に向き合うように小倉先輩と橋本君が並び立つ。
「はい、じゃあ今から音楽流すからリズムに合わせて踊って」
「いきなり!?」
「プロデューサー僕ら振り付け知らない!!」
「適当でいいよ」
適当でいいの?
なんか投げやりなプロデューサーの態度に不満感を募らせた視線を向けるメンバー2人。空閑プロデューサーは大きなため息を吐いて「分かってないなぁ」と腹の底から絞り出したような声を投げかけた。
「アイドルってのは想像力なの!夢を売るのがアイドルだろ?つまり想像力なんだよ。振り付けなんて自分のイメージでいいんだよ。己の肉体で、自分の伝えたいものを表現するんだ。分かったね?」
そういうのもなのか…?
よく分からないけどとりあえずプロデューサーの言葉をメモしておく。
空閑プロデューサーはスマホを取り出して音楽アプリを立ち上げた。
「はい、行くよー。せーの」
合図と共にアップテンポな曲が体育館に流れ出す。急に鳴り出した音楽にバレー部達の視線が集まった。迷惑そうな顔してる。視線が痛い。
そんな視線など気づかない様子で、小倉先輩と橋本君が踊り出す。
BGMに合わせて躍動する肉体。投げ出される手足。飛び散る汗……
………………
弾ける贅肉、小汚い眼鏡から滴る汗、額に張り付く薄い前髪、テカりだす顔……
うわぁ……
なんて言うか……題するなら「暴れる陰キャ」。
おいプロデューサー、死んだ目して見てるんじゃない。指導しろ指導。
「ねぇ!!ちょっとっ!!」
そこで割り込んで来たのはプロデューサーのダメ出しではなく向こうで練習してたバレー部の皆さん……
体育館で謎のパントマイムを披露する道化達にバレー部から容赦のない視線が敵意と共に向けられる。
「なにしてんの!?今ウチら練習してるんだけど!?邪魔!!」
「は?うちも練習中ですけど?」
気の強そうなバレー部の女子に空閑君怯むことなく反撃。残り2人は空閑君の後ろに隠れてしまった。
「は?なんの?てか今日はうちらが体育館使うことになってんだけど……何あんたら!?」
ちょっとこっちを向かないで下さい。関係者と思われる。
いやほんと……怖。
「何ってほら……あの…………」
「は?」
「…………………………………………すみません」
*******************
何も言い返せずに退散した。結局何したかったんだろ……
「体育館使うのに許可が居るとか知らんかった……てか、生徒みんなのものだろ。独占しやがって……今度バレー部の水筒に水酸化ナトリウム入れてやる」
「しかしプロデューサー…その……人の目がある所でのレッスンは……恥ずかしいでござる……」
「はぁ!?あんたらトップアイドルなるんだろ!!アイドルになったらな!あんなものじゃないんだぞ!?何千何万って人に見られるんだぞ!?たった数十人の前で踊るのが恥ずかしいって…舐めてんのか!!」
「すみませんプロデューサー!!」
……意識だけは高いようだ。
これでレッスンも終わり……かと思いきやプロデューサーは俺らをある場所に連れて行く。
--相撲部
「……あの、ここで何を?」
「ぶつかり稽古」
は?
「まず体がたるんでるんだよ、お前ら。ここで体を鍛えるぞ。ちょっと話つけて来るから……」
そう言って中に入っていった空閑君が数分後出てきた時、いい笑顔を湛えた相撲部の部員がアイドル研究同好会を出迎えた。
「入部希望だって?ささ、入ってくれ!存分に見学してってくれよ!」
……?入部希望になってるんだけど。
「いいから入れ」と急かす空閑君と相撲部員に押し込まれ困惑する俺らは相撲部の練習場に詰め込まれた。
そこからはトントン拍子に……
「なんだお前、筋肉が足らんぞ筋肉が!うちで頑張るならもっと飯食わないとな!」
「その点君はいーい体してるね。ちょっと手合わせしてみようか!!」
…………
「プロデューサー、これ、完全に体験入部……」
「いやいや、こうして他の部にも協力してもらってるんですよ。ウチは人も資材もまだまだ足りませんから」
ずっと前から気づいてたけどこの人、真面目にプロデュースする気ないな……
というかなんで彼がプロデューサーなんだろ。プロデューサーとしての実績があるのか?
「どすこいっ!!」
「どすこいっ!!」
「どすこいっ!!」
俺と空閑君が見守る中で地面に叩きつけられる橋本君。
そして相撲部員と互角にぶつかり合う小倉先輩……
バチィンッ!!バチィンッ!!と肉を打ついーい音が激しく鳴り響き、巨大な筋肉と筋肉が躍動する。
狭い土俵の中で互いの体を絡め合い、わずか数秒の間に全力でぶつかり合う……
男と男の真剣勝負。
小倉先輩のぶつかり稽古は、素人とは思えないほど--それこそ相撲部の先輩を本気にさせるほど白熱して……
……………………
「プロデューサー、これ…相撲じゃん」
「うん」
「…アイドル研究同好会って、何をする同好会なんだっけ?」
激しくぶつかる巨漢達を前に空閑君がゆっくりと俺に向き直った。
その目は死んだ魚みたいに乾いてて--
「……俺が知るか」
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