第8話 萌えてみろ

「プロデューサー!」

「誰がプロデューサーだ」


 放課後掃除当番をすっぽかしてこっそり帰ろうとする俺の襟首を捕まえてくそ眼鏡がふざけた声のかけ方をしてきた。

 ふざけるな馬鹿野郎が、帰ろうとしてるのバレたろうが……


 あれ?誰も俺を咎めない。あれ?というか誰も気づいてない。あれ?もしかして俺クラスで空気?


「プロデューサー、部活行こう」


 俺の襟首に握撃かますレベルの握力で掴んで離さない空気その2、橋本がまたしてもそのふざけた呼び名を繰り返す。


「行かない」

「そんな!プロデューサーが居なかったらレッスンが……」

「俺がいつ誰をプロデュースすることになったんだ?」


 ああ何度目だろうこのやり取り……


 あのふざけた同好会に絡まれてから毎日のように俺はこいつに捕まってるけど……いつ気づくんだろう?俺が同好会に入ってないって。もしかして頭にウジでも湧いてんのか?


「そんな……兵長も待ってるのに…レッスンのメニューだってほら、ちゃんと考えて……」

「なんでお前が考えるん?」


 馬鹿に付き合ってる暇はない。

 強引に下校しようとする俺に引きずられながらも諦めない橋本。そのガッツ別のところで発揮するべきだ。


「頼むよぉっ!!毎日お弁当あげてるじゃないかぁ!!」

「テメーら馬鹿に付き合うのにあれっぽちで足りると思ってんのか?弁当の代わりに友達やってやってんのに、まだ足りねぇと?」

「友達なら友達の頼みを聞いてくれ!アイドルになりたいんだ!!」

「友達でも聞ける頼みと聞けない頼みがある。そして無理なものは無理だ」

「あの時の激励はなんだったのさ!」

「知るか」


 俺の脚を捕まえて顔面を床に擦り付ける橋本の悲痛な叫びを無視して校門前までやってくる。

 余計なオプションがついてるが無視してこのまま帰ろうとした時、橋本が声を上げた。


「じゃあ好きなだけご飯奢るからさぁ……」

「……」

「頼むよぉ…廃部になっちゃうよォ…アイドルになれないよォ……友達だろう……?」


 …………

 腹減ったな。


「……今からなんか奢ってくれるなら、友達から親友にランクアップしてやってもいいけど?」

「……っ!本当かい!?その言葉に嘘はないね!?」

「ただし永続的にな?親友料金は昼の弁当と放課後の飯な?」

「!?」


 *******************


 橋本圭介は空閑睦月の親友にランクアップした。


 俺たちは連れ立って飯を食いに行くことになった。これからは腹が減っても困ることはない。こんなのでも役には立つ。


「空閑くん。僕ら親友になったんだし、連絡先交換しないかい?」

「やだ」

「なんで!?」

「厳密にはまだ奢ってもらってないから。店を出たら契約成立ね」

「じゃあ、食べ終わったら交換ね?」

「やだ」

「なんで!?」

「親友といえど言えないことはある」


 ていうかこいつ、同好会のこと完全に忘れてないか?

 俺の隣でビートルズリスペクトの勘違い野郎が気味悪い笑みを浮かべていた。飯を奢ってもらうまでは勘弁してやろう。


「えへへ…親友か…みんなに紹介してもいいかな?」

「だめ」

「なんで!?」

「気持ち悪い」


 こいつは病気かもしれない。

 というか、対価ありきの関係が“親友”なわけは無い。(←言い出したやつ)


 というか、親友の定義ってなんだろう?友達より親しい関係?特別な友達?どこからが友達で、どこからが親友?家族レベルの親密さの他人のこと?ん?


 しかし金を払ってまで友達が欲しいか情けない(←言い出したやつ)

 ヒトは1人では生きていけない。孤独とは時にまともな判断力も奪ってしまうのだろうか……


「……人ってのは不完全な生き物だな」

「?どうしたんだい急に…ところで何食べたいの?」

「任せる。なるべく高いやつ」

「安くて美味しい店知ってるんだけど……」

「味はそこそこでも高いやつ」

「……。」


 今回は橋本に任せることにした。

 そのまま無言で駅の方まで歩き続けること十数分。


 俺たちは駅に隣接する複合施設の地下一階までやってきて、その店の前に立つ。


 --きゃっと♡らぶ 港中央区店


 ピンクの外装にでかでかと掲げられたポップな看板。自動扉横の立て看板にはネコミミ型のカチューシャをつけたメイド服姿の女性たちが、手でハートマークを作った写真が貼り付けられてる。


 ……つまり、メイド喫茶だ。


「…着いたよ、空閑くん」

「橋本よ。そういうところだぞお前」

「え?何がだい?」


 *******************


「おかえりなさいませだにゃん!ご主人様♡」

「……」

「ただいまだにゃん♡」


 俺たちの入店に店内のメイドが可愛らしく猫真似ポーズでお決まりのセリフを吐いてくる。デレデレと顔を緩めた橋本も真似してにゃんにゃん言ってる。その顔やめろ吐き気がする。


 黒を基調としたメイド服に猫耳を頭から生やしたメイドに連れられて席に着く。

 その時何気なく視界に入った料金システムの張り紙を見たら、入店料+飲食代とあった。

 喫茶店なのに店にはいるだけで金を取るらしい。なんてこった。


 店内は平日にも関わらず結構混んでて、店内に点在する小さめのテーブル席が囲むように中央付近にステージのようなものが設置された作りだ。

 内装は白とピンクを基調とした目が痛くなるような色調。そしてメイドが歩き回ってる。


「お久しぶりですご主人様♡こちらのご主人様は初めましてですね♡」

「……」


 テーブルにメニュー表を持ってきたメイドがニコニコと営業スマイルをぶつけてくる。橋本のヤローはどうやら常連みたいだ。


 俺は初めてのご主人様ということで店の設定(?)みたいなのを説明された。

 半分以上聞き流してしまったが要約するとここのメイドさんは猫らしい。魔法の力を持った猫で人の心を癒せるんだと。


 そしてこの空間は猫の為の空間とかで、俺らも猫にならなくてはいけないとか……


「良くお似合いですにゃん♡ご主人様♡」

「ありがとにゃん!」

「……」


 ということでメイド達とお揃いの猫耳カチューシャを装着された。あと、もし良ければ語尾にも「にゃん」をつけてくれとか……


 つけるか。


 メイドに見守られながらメニューを決める。

 案の定軽食しかない。俺はちゃんと食べたい気分だったのに……しかも高い。


 ドリンクや軽食にはそれぞれ何らかのオプション(?)がついてるらしく、追加料金でチェキとかゲームとかできるみたい。もちろんそれらをそれ単体でメイドさんにお願いもできるようだが、そのオプションのついたメニューを頼んだ方が安いみたいだ。


 ……いらないけど。


 橋本がオムライスオムライスうるさいからそれにした。注文を受けたメイドは「少々お待ちくださいにゃん♡ご主人様」とお辞儀してテーブルから離れていく。


 当たり前だが飲食店なので特徴的な挨拶とふざけた語尾以外は接客はちゃんとしてる印象。あとメイドが常にテーブルについてるといったこともない。

 あくまでメイドさんと遊べる喫茶店なのだ。


「……橋本。俺はもっとこう……定食とか食べたかった……」

「え?ここのオムライスは絶品だよ?」

「いや……だから……」


 ダメだ顔見れない。ブサイクの上に猫耳が……イライラする。


 同級生を躊躇いなくメイド喫茶に連れていく。しかも行きつけの……

 こういうところだぞ橋本よ。いや、案外メンタル強いのかもしれない……


 それにしても俺は普通に食事をしたかったんだが…メイドに罪はない。本来ならこの頭の猫耳を床に叩きつけたいところだがぐっと堪える。

 あともうこいつとメシは食いに行かない。今後はメシ代だけで手を打とう。


「--お待たせしましたにゃん♡ご主人様♡」


 デレデレとメイドの尻を目で追いかける橋本にイライラしながらオムライスを待っていると先程とは違うメイドの声。


 さっきより元気のいい高い声……どことなく語尾が柔らかい印象の話し方。

 ていうか、なんかすんなりと耳に入ってくる声だ。この声どこかで……


「にゃん♡にゃんオムライスでござ--」


 フリフリのメイド服と猫耳で着飾ったメイドがトレイにオムライスを乗せてテーブルに降臨。


 セミロングの黒髪にシルバーのインナーカラー。派手なピアス。大きな瞳は店内のメイドたちの中でも一層目立っていて--


 ハート型の名札には『かな』って書いてあった。


「……」

「……」


 --脱糞女、楠畑香菜、降臨。


「待ってたにゃん♡」


 *******************


「……っ!?……なっなんでやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 バッチリお互いの顔を確認した後、ミス脱糞が悲鳴をあげる。青い顔をしてるのは気持ち悪い笑みを湛える橋本のせいではないはずだ。


 思わぬ再会に俺もフリーズ。


 メイド喫茶に来たら同級生が働いてました。

 つまり香菜は--否、糞垂れ流し女の正体は魔法の力を持った猫だったわけだ。わぁびっくり(棒)


 ……来てよかったかもしれない。思わぬサプライズだ。


「……な、何してんねん」

「……ご飯食べに来たんだにゃん♡」

「やめぇや、キモ……」

「ご主人様になんてこと言うんだにゃん♡」

「キモォォォォォォいっ!!」


 俺と香菜のやり取りの間で橋本がぽかんとしてる。香菜とはクラス違うから、こいつは同じ学校の生徒って知らないのかもしれない。


「……空閑くん?知り合いなの?」

「ちゃうちゃう!知り合いちゃう!他人の空似や!忘れて!!初出勤でなんでこんな……うわぁぁぁぁっ!!」

「……橋本知ってるか?歓迎遠足でクソ漏らしたやつがいるらしいんだけど--」

「いてまうぞコラ!2度もウチにあんな狼藉……一生忘れへんからなおどれ!覚えときや!?」

「1人で怒ってどうしたにゃん?」

「しばくぞ?」


 おっと周りの視線が集まっている。

 面白いおもちゃだが、あまり調子に乗ったら目立ってしまう。


「落ち着けよ。仕事中だろ?」

「ホンマなんやのんおどれ……ウチになんか恨みでもあるん?1回死んでくれへん?」

「ところで香菜ちゃん、ここトイレあるの?なかったら大変だけど……」

「トイレあらへん喫茶店なんかないわ!」

「あら良かったね。もう漏らしちゃダメよ?ちゃんとオムツ履いてる?」

「しばくぞ?」

「え!?かなちゃんおもらししたの!?」


 急に興奮するなくそメガネ。テメーは黙って座ってろ。


「ほら、はよ給仕して。ご主人様は腹が減った」

「くっ…なんなんこいつ、こんなキャラやったか?」


 香菜はオムライスとドリンクを俺らの前に配膳して、やたら震える手でケチャップを握った。


「……ふーっふーっ」

「おいおいどうした?」

「……っ……っ、それでは、美味しくなる魔法をかけますにゃん♡」


 ここに来て引きつった笑顔を見せながらも語尾ににゃんが戻った。素晴らしいプロ精神。メイドは伊達ではない。


 どうやらオムライスに絵を描いてくれるらしい。想像上のメイド喫茶のまんまだ。


 まず橋本のオムライスの上に綺麗なハートマークと猫のイラスト。ここは素直に感嘆してしまった。ケチャップでこんなに上手に描けるのか。


「ご主人様のは、ちょっと待っててにゃん♡」

「?」


 次は俺の番……というところで香菜メイドは駆け足でどっかに行ってしまう。直ぐに奥から戻ってきた香菜メイドはその顔に歪んだ笑顔を貼り付けていた。絶対ろくなこと考えてない。


「ではご主人様♡美味しくなーれ!!」


 後ろ手で隠してたそれを俺のオムライスにぶちまける。タバスコだった。

 瓶を真っ逆さまに中身をほぼ全部オムライスにぶっかける。しかも書かれたのは『死ね』

 メイド喫茶ってなんだっけ?


「それでは美味しくなるおまじないにゃん♡一緒にやってくださいにゃん♡」

「はーいにゃん♡」

「……」


 絶句する俺を置いて橋本と香菜が手を構える。猫の手を真似たポーズで2人が満面の笑みを浮かべながらオムライスに向かって

「おいしくなぁれ♡にゃん♡にゃん♡にゃん♡」

 とかほざきながら最後に手でハートマークを作った。


「め・し・あ・が・れ♡」


 悪意に満ちた声と顔で俺にオムライスだった何かを押し付けてくる。食えと言うのか?これを?

 いや食えるか。死ぬわ。タバスコほぼ1本入ったぞ?


「どうかしたにゃん?」

「いや…どうかしたってお前……訴えるぞこら。なんでこれ…俺の分はケチャップじゃないんですか?」

「ご主人様への燃えるような愛を再現したにゃ♡」


 おいおいその顔でそんなこと言われたら勘違いしちゃうぞ。あと死ね。またクソ漏らしたいんか?


「ご主人様♡オムライスのオプションの『メイドさんのラブラブあ〜ん♡』はどうするにゃ?」

「……メイドさんのラブラブあ〜ん♡…?」

「追加料金でメイドさんに食べさせてもらえるんだよ。空閑くん。かなちゃん僕お願い」

「は?いてまうぞおどれ。」

「ひえっ!?」


 追加料金で食わせてくれる?

 追加で金払って無理矢理タバスコ食わせる拷問を受けろと?そう言ってるのかこのクソ女。


「ご主人様♡あーん♡」


 俺何も言ってないのに香菜メイドがスプーンでオムライスを押し付けてくる。いや、あれはオムライスか?真っ赤だぞ?玉子見えないぞ?おかしいな。


「いやいいです。自分で食べます!!」

「ご主人様?にゃんだぞにゃん♡」


 やかましいわ貴様。ムカつくからその語尾やめろ。


「あ〜〜〜ん♡だにゃん(怒)」

「いらないいらないいらないっ!!」


 突きつけられるスプーンが口元まで迫ってきやがった。その光景を正面から橋本が羨ましそうに見つめてる。代わってやろか?


 ひたすら逃げる俺を捕まえて俺に覆い被さる勢いで上からスプーンを押し付けてくる香菜メイド。


「てめぇっ!!ご主人様がいらないって言ってんだろ!!」

「香菜はご主人様の愛が深すぎるゆえ粗相をしちゃううっかりメイドだにゃん♡」

「自覚あるうっかりはうっかりじゃねぇ!!」

「ええから食わんかいこら!!おどれがウチに何したか忘れたとは言わせへん!!」

「元々お前が俺に下剤盛ろうとしたんだろうが!!」

「それは誰のせいやっちゅう話や!食え!!クソ漏らすよりマシやろ!!全部食うまで帰さへんで!!」

「だーすーけーてーっ!!」


 --パクっ。


 ヒトは限界を超えた苦痛には声すら出ないもの。俺の舌は襲い来る熱さと辛さに悶絶。


 痛い痛い痛いっ!!まじどんだけ入れたんだあの女!!ふざけんな!!


 きっと俺は口から火を吹いてる。漫画なら吹いてた。死ぬ。メイドに殺される。


「あ〜ん♡そんなに喜んでもらえて香菜嬉しいにゃん♡もっと食べるにゃん!!」

「んーっ!!んんーっ!!」

「おら食わんかい!!」


 椅子に座った俺の上に乗っかって無理矢理スプーンを口にねじ込む光景は他の客にどう映ったんだろうか。


「……いいなぁ」


 少なくとも、目の前の変態には刺さったらしい。


 おい橋本。てめぇこんな店に連れてきやがって覚えとけよ?


「まだいけるやろ!!遠慮せんと食えや!!大サービスで全部食わしたる!!」


 *******************


「……いやぁ、香菜ちゃん良かったなぁ……まさか同級生とは…僕学校で香菜ちゃん見れないよもう……はぁはぁ」

「……」

「内緒って言われたけど……なんか……2人だけの秘密っていいよね?あ、3人か。それにしても空閑くんに女子の友達が居たとは……?ここどこ?」

「……」

「空閑くん、帰り道違うくない?なんでこんな路地裏に?……あ、そうだ。ご飯奢ったんだから今日から親友--」


 隣でぺちゃくちゃうるさいくそメガネに渾身の右ストレート。顔に拳がめり込んで美しい弧を描く橋本が舞った。


 てめぇのせいだから。口が痛いのてめぇのせいだから。


「……ぐはっ!空閑……くん?」


 割れた眼鏡で天を仰ぐ橋本を放置して裏路地から出る。外はぼちぼち暗くなってきた。


 何となく財布の中のチェキを見る。橋本にせがまれて撮ったチェキ。なぜ俺まで?

 猫耳メイドの香菜の横で口の痛みに悶絶する俺が青い顔で映ってる。


「……メイド、怖い……」


 俺もう、二度と行かない。

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