第7話 禁断の向こう側

 --私は可愛い。


 入学早々から男子から引く手数多。毎日のように告白してくる男たちを粉砕する日々。

 私はみんなのアイドルだから……ごめんね。

 誰のものにもならないけど、私はみんなを愛してるの……


 ……さて、そんなことはどうでもいいんだけど……


 放課後男子から憧れ、女子から羨望の視線を浴びつつ美しさを振りまきながら下校する。私と並んで下校する生徒は居ない。私のあまりの可憐さにその存在が霞んでしまうから……


 いや、また話が脱線した。


 とにかく私はいつも1人で帰る。私のあまりの美貌にクラスメイトも近寄り難い様子。授業中私の可憐さが放つ輝きは蛍光灯の如し……ああ、美しすぎるっていうのは罪なこと--


 違う。


 とにかく!美しすぎる私はそんな事情でまだ友達が居ない。でも、1人で行く登下校は私にとって非常に都合がいい。

 特に今日みたいな日は……


 駅へ続く道を反対側に逸れて、生徒の影が無くなったのを確認。

 私の色香に寄せられた虫がいないことを確認して近くのトイレに篭った。


 トイレの個室で通学カバンの中から着替えを引っ張り出して手早く着替える。

 ピンクのパーカーとジーパンで学生服を隠して完全私服姿にフォルムチェンジ。こっそりトイレを出る。


 改めて知り合いがいないか警戒しながら私は目的地に向かって足を向ける。浮き足立つ歩調が自然とハイペースになる。


 私は今から、戦いに向かうんだ……



 --唐突だけど、私の性事情について説明する。


 彼氏を作らない主義の私にはそういう相手は居ないから、いつも1人でシてるんだけど、そのときお供にするのはそういうビデオなわけ。

 今はなんでもインターネットで観れるから、夜のお供に困ったことはない。

 痴漢、SM、人妻、ロリ、etc.....

 インターネットという大海には、数々の至宝が沈んでる。それを見つけ出し釣り上げ、堪能するのも私の生きがいのひとつなんだけど……


 アダルトビデオ……

 女優、男優、監督、スタッフ……彼らの情熱の結晶をより味わい尽くすにあたって、私は考えた。


 確かにネット上に散りばめられた宝石達からご馳走を厳選するのは楽しい……でも、そこにリスクはない。

 ないのだよ君!!


 やっぱり……こういうのは、レンタルビデオ店でドキドキしながら借りるっていう、その一工程を経て自宅で堪能するのが、王道ではないのか!?


 鍵をかけた自室の中に引きこもって、誰の目も気にせずにネットで品定め……

 違う!!

 18禁コーナーの暖簾をドキドキしながら潜って、ギンギンのおじさん達に混じってパッケージを手に取って、ドキドキしながらレジを通して、人目を気にしながら店を出る!!


 それこそが、アダルトビデオを楽しむ正式な作法ではなかろうか?


 なんの苦労もなく手に入れた財宝に魅力がある?否!

 スリルと苦労の果てにあってこそ、真に楽しめるというものでしょうっ!


 というわけで、今からアダルトビデオを借りに行きます。


 *******************


 --アダルトビデオ。

 それは人々の性の欲望を凝縮した画面の向こうだけの夢の園……そして大人の禊を終えたものだけが手にすることを許される金の果実……


 日比谷真紀奈、16歳……私は今から禁忌に手を伸ばす……

 本来私はそれらに手を伸ばすことを許されざる年齢……故に禁忌、禁忌故に昂る。


 ただ、だからこそ馬鹿正直に借りようとしても叶わない……

 だからこそこうして制服を脱ぎ、通学カバンをわざわざ貸ロッカーに預けて、学生という身分の気配を全て消し去る。会員証も、姉さん(22歳)のを借りてきた。


 花の女子高生--魅力的な若さの象徴であるこの身分を、今日この時だけなら喜んで捨て去ろう……


 駅から離れたレンタルビデオ店の前までやってくる。

 やばいな…ドキドキしてきた。


 自動扉を潜ったらポップな入店音。バイトと思われる金髪のチャラい兄ちゃんが「らっしゃいませー」と気の抜けた声を出してくる。


 ……落ち着け。ここでビビってどうするの真紀奈。


 客や店員の視線を気にしながらまずは店内を物色。いきなり18禁コーナーに足を運ぶのは無礼というもの…

 最奥に構える宝箱を覗く前に一般コーナーで身を清める。


 邦画、洋画、アニメ……


 たいして魅力的な作品もなく、フラフラと棚の間を行ったり来たり……


「あれ?日比谷さん?」


 後ろから名前を呼ばれて背筋がビンッと伸びる。不意打ちに声をかけられて心臓が凍りつく。


 誰だっ!?私の名前を呼ぶのはっ!!


「あ、やっぱりそうだ。こんにちは」


 振り返った先にいたのは真っ黒なショートヘアの、ボーイッシュな雰囲気の女子。その制服は間違いなくうちの制服だ。


 こいつは……阿部!?


 阿部凪あべなぎ--私のクラスメイト。教室の風景その一みたいな、地味ーな女子。

 そいつが今、私の目の前に降臨していたっ!!


「……こんにちは」

「偶然だね…こんな所で会うなんて…あれ?もう家帰ったの?」


 不自然に視線を逸らす私に凪はぎこちない笑顔を向けて私の全身を見つめる。


 なんてこった……なんだよこのベタな展開!!アダルトビデオ借りに来たら同級生とばったり遭遇するなんてっ!!


 いかに友達の居なさそうなボッチ--教室の壁のシミみたいなクラスメイトとはいえ、学校で美の女神として通っている私が、アダルトビデオを借りて観てるなんて知られる訳にはいかないっ!!


 かと言ってこのままそそくさと店を出るのも不自然だし……どうしようっ!!


「日比谷さんは何借りるの?」


 ……なるほど。

 お宝にありつくには試練が必要ってことね?


「……別に?ただふらっと立ち寄っただけだよ?」

「そうなんだ。私、よく来るんだここ」


 呑気にはにかんで並んで棚の作品を物色し始める。何しれっと一緒に選ぼうみたいな雰囲気を……っ!

 分かってるの?君の隣にいるのは神の芸術作品、美の女神が全てをかけて創り上げた現代のヴィーナスなのよ!?

 私と君が並んで立つことの不自然さ分かってる!?もっと遠慮しろ!!なんだこいつ!!


「日比谷さんは普段どんなの観るの?」

「えー…そーだなー…」

「洋画とか好き?私よく観るんだ」


 知らねーよてめぇの趣向なんて!!死んどけ!!


 さっさと選んで出ていって欲しいんだけど、こいつ中々私の隣から離れない。

 まさか私が選ぶのを待ってるの?一緒に選んで、一緒に帰ろうとか考えてるの!?


「日比谷さん駅だよね?」

「なにが!?」

「うわぁ声でか…えっと、帰り。ここ駅からだいぶ離れてるけど……」

「悪い!?」

「悪くないよ!?…なんかごめん」


 私の刺々しい態度に凪はしゅんとして作品の物色に戻る。

 落ち着け……あんまり態度悪いと私の学校でのイメージに関わる。美しい女は心も美しくなきゃだめなんだ。

 ここはひとつこの陰キャにもおおらかな対応をしてやろう。そしてさっさと追い出そう。


「凪はなに借りるのー?」

「えっと!私はね……あ、これオススメだよ!」


 凪が棚から1本作品を引っ張り出す。洋画みたいだ。


 --The・ピエロマン〜夜を切り裂く殺戮ピエロ〜


「…なにこれ」

「すごいんだよこれ…えっと、お墓から蘇ったピエロが街の人を殺していくんだけど…これのカップルの拷問シーンがね--」


 こいつこんな顔してこんなもの観てるの!?


「オススメだよ!2の方がスプラッタ描写はすごいけどストーリー繋がってるからこの1から……」

「あのさ…もうちょい別のないの?」

「え?」


 ぽかんとした顔をした凪から熱が引いていく。ハッとなにかに気づいた様子の彼女は慌てて作品を棚に戻した。


「ごめんね…そうだよね…苦手だよねこういうの……」

「苦手っていうか…凪がそんなの観てるのがびっくりだよ……」

「じゃあこれは!?」


 今度こそと凪が近くの棚からまた別の作品を引っ張り出してきた。


 --マリーさん〜その女、最凶…〜


「居候として主人公の家に転がり込んだマリーって人がサイコパスでね?近所の人とか主人公の家族の友達とか殺しまくるんだ!特に主人公の彼氏を山で燃やすシーンは……」

「いや、さっきと何も変わってないから」


 人の話聞いてた?ピエロと何が違うのよ。


「…あ、ピエロがダメなのかなって……人間ホラーもダメ?」


 またしても別作品を抜き取って「これは?」と私の前に突き出す。


 --ドリルセイウチ3


「……」

「これはねB級モンスターパニック映画なんだけど、ナチス軍の実験で牙がドリルになった水陸両用のセイウチが街で大暴れするの。でね、設定とかめちゃくちゃだけどグロ描写は--」

「話聞いてた?」

「モンスターパニック系も苦手?」

「違うでしょ。グロ推しすごいなあんた」


 すごく不思議そうな顔してるけどほぼ面識ないクラスメイトにいきなりスプラッタ映画進めるか普通。

 美の化身たるこのわたしにこんなゲテモノを突きつけるなどなんたる暴挙。

 それとも何?流行ってんの?私が遅れてるの?


 全人類がみなグロ耐性があると勘違いしてる凪が「じゃあね……待ってね」と慌てた様子で次のオススメを選んでる。


 正直どうでもいいから早いとこ選んで帰って欲しい。私は18禁コーナーに行きたいの!


「これ!これはオススメだよ!私何回も観たもん!」


 もう期待してないしそもそもオススメを紹介してくれなんて頼んでないしあんたの趣味もどうでも--


 --ドS村


 ………………


 ドS……


 押し付けられるパッケージを受け取って見てみる。不気味な目が中央で存在感を放つパッケージの下の方に『ドS村〜狂気と狂喜〜』とおどろおどろしいタイトルが踊ってる。


 裏面を見るとストーリーの説明といくつかのシーンの切り抜きがあった。


 --ヒッチハイク中に怪しげな村に引き込まれたケビンは村の狂気に呑まれていく……その村で行われている狂気の日常に蝕まれたケビンも段々背徳の甘美に堕ちて……


 という内容みたい。


 貼り付けられたシーンも、ケビンと思われる白人男性が血まみれでなんとも言えない表情を浮かべて叫んでたり、小汚い村人(?)がニタニタ笑ってたり、不吉な逆十字架のシンボルが廃れた村を背景に佇んでたり……


「これはねぇ……やばいよぉ……観たらしばらく鬱になるよぉ……」


 お前の方がやばいわ。なんでこんなの観るの?

 ……と言いつつ、タイトルとストーリーの説明に何故か惹かれるものがある。


「……ちなみにどうやばいの?」

「私が1番グッときたシーンはやっぱり屠殺場で豚とセ○クスさせられるシーンかな…」


 豚とセ○クス!?

 豚とできるんですか!?え!?豚と!?豚だぞ!?


「あとは肛門にナメクジ入れられるシーンとー……」


 肛門にナメクジ!?

 一体どうなっちゃうんですかそれ!?どんな感じなんですか!?


「村人の便器にされて顔で糞を受け止めさせられたりとかー……」


 村人の便器!?顔で糞を!?


「そもそも最初の時点でヒッチハイクした主人公の股間を村人の男の人が車の中で……」


 車で男同士で股間!?


 …………なんだろう?すごく惹かれるものがある。

 というかなんでこんな映画が一般コーナーに置かれてるんですか?

 ……ドS村かぁ。


「……気に入った?もしかして」

「えっ!?いや…えっと……」


 --私は現代に降り立った美の女神。

 そんな私が豚とヤったりウ○コ顔に受けたりナメクジ入れたりなこんな……

 こんな……


「……日比谷さんと同じ映画の話出来たら…楽しいな」


 もじもじと恥ずかしそうに凪が上目遣いでそんなこと言ってくる。大きなぱっちりした瞳で健気に……


 うっ……こいつ、意外と可愛い……

 美の権化である私を1万としたら100くらい。


 ………………

 ドS村かぁ……



 --人は何が為に生きるのか?

 富?名声?力?否!

 己の性欲だよね?

 前世がアフロディーテとはいえ私も現世では人の子。むしろ神に近しい存在だからこそ欲望には素直でなければいけないのではないか?

 ゼウスだって浮気するんだよ?


 今まで現代の生きる美しさの権化として皆の網膜を幸せに導いてきた私だ。ちょっとくらいご褒美があったっていいんじゃない?


 たった1人、私の内なる姿を知ってたって、いいんじゃない?

 78億人の内の1人なんて、ノーカンじゃない?



「ありがとごさいしたー」


 大事に大事にビデオ屋の袋を胸に抱いて凪と一緒に店を出た。


 ただのひとつの汚点のない生きた可愛いにあってはならない醜態……しかし内なる欲望に従った私の胸は晴れやかだった。


「今日はありがとう、日比谷さん」


 隣で凪がニッコリ曇りない笑顔を向けてくる。私も視線を合わせないように逸らしながらも、ほんの少しの笑顔をサービスで返してやる。


「……うん」

「観たら感想、聞かせてね?」

「……うん」


 バイバイと、弾む声で自分の帰路につく凪を見送りながら私も背中を向けた。ふわふわな私の髪の毛が風に揺れていく……


「……あ」


 あれ?私今日何を……しに……


 ……………………。


 立ち尽くす私の前を風と共に自転車に乗った学生が通り過ぎていく。呆然とする私の美貌に後ろ髪を引かれるように通り過ぎたあとしばらく視線で追っている。私は可愛いからね。


 ……ちなみに今晩は普通のアダルトビデオより捗りました。

 ドS村、今度2を借ります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る