第6話 アイドルになりたいんです!!
4月も後半に入り目前に迫ったゴールデンウィークにみな浮き足立ち始める。この頃になったら学校にも馴染みぼちぼち新入生気分も抜けてくる。
そんな今日この頃……
「空閑君は部活動はしないのかい?」
6限も終わり後は帰るだけというタイミングで後ろの席から声がかけられた。
振り返った先に居たのは後ろの席の
入学した時席順が前後ろだったという接点しかないけど、たまに話すようになった子。
マッシュルームカットの重たそうな黒髪、牛乳瓶の底みたいな分厚いメガネをかけた顔色の悪い半病人みたいな男。どこか昭和を感じる。
「部活?しないよ」
めんどくせぇ……するもんか。
「……そうなんだ。じゃあ見学とかもまだしてないんだ?そうか…君はフリーなんだね?」
「フリーって…気持ち悪いなその言い方」
「もし良かったら僕の部活を見にこないかい?」
「やだ」
「そんな…ご無体な……」
「やらないって言ったそばから勧誘すな」
「楽しいよ?見に来るだけでいいんだ」
「見に来るだけなら行く意味もないから行かない」
「部室を覗くだけだよ。ちょっと…先っぽだけでいいから」
「だからやめろその言い方」
「ご飯奢るよ。ね?」
「キャバ嬢に食い下がる客かテメーは…俺放課後忙し--」
「毎日お弁当あげてるじゃないか!」
「……。」
席が前後ろだから昼ごはんを一緒に食べることがある。
その度に昼食を忘れる俺が分けて貰ってるんだが……おかしいな完全に彼の善意だったと思ってたんだけど……今更そんな恩着せがましい……
「お弁当あげたら友達になってくれるって言ったじゃないか!」
「……俺とお前は友達じゃない」
「じゃあもうお弁当はあげない」
「あ?」
「はぅっ…ごめんなさい」
全く失礼なやつだ。そんな下心があったとは……
俺は丁寧にお願いして分けてもらってただけじゃないか……
「そんな……一体なんの為に…君の為にいくら使ったと……」
「キモいキモい。なんなのお前、俺の事好きなの?」
「僕を弄んだのかい!?」
「泣くな!!」
*******************
ホームルームが終わって俺と橋本とで部活棟に向かう。めんどくせぇなぁ…帰っていいかな?
ちらっと見て帰ろう。うん。
「部活ってなんの部活なんだ?」
「秘密さ。行ってからのお楽しみだよ」
……なんかウザい。
文化部の生徒たちが行き交う廊下をずっと進んでたどり着いたのは部活棟の隅っこにひっそりと佇む教室。
……おい。
「部長もう来てると思うから…今日のことも話してるから。」
「勝手に外堀埋めんな。てか、おい」
--アイドル研究同好会
剥がれかかった貼り紙を見て思わずツッコんだ。ツッコみどころがありすぎる。
「ん?何かな?」
「何かな?じゃねーよ」
まず部活じゃねーし。同好会って…しかもアイドル研究会?
「これじゃねぇよな?」
「これさ」
何故か得意げな顔で橋本のヤローは扉を開く。
折りたたみ机とパイプ椅子の並んだ殺風景な教室に1人、部長(?)とやらがムカつく顔で俺たちを待っていた。
「部長、こんにちは」
「来たか同士よ…彼が?」
「新しいメンバーです」
何が新しいメンバーだ。ぶっ殺すぞ?
「初めまして空閑くん。3年の部長、
「帰っていいっすか?」
*******************
部長と橋本2人がかりで羽交い締めにされて無理矢理入室。俺はパイプ椅子に座らされた。
「ようこそ」
部長--小倉先輩は脂ぎった顔で俺に笑いかけた。爽やかな笑顔のつもりか?帰っていいですか?
小倉先輩は100キロはありそうな巨漢--もといデブ。
アンパンマンみたいな膨れた顔にメガネをかけて、ニキビがびっしり吹き出した顔をしてる。薄い前髪が何故か汗でベッタリ広い額に張り付いてた。
……なんというか…うん。
橋本と小倉先輩を交互に見つめてなんか納得した。いやしてる場合では無い。
「早速だが部の説明--」
「早速だが帰っていいですか?もう見たんで。」
「おいおい、話が違うよ空閑くん。見学するって言ったじゃん」
「先っぽ入ったからもういいだろ?」
帰りたい。入部する気ないし、なんか部屋が臭い。
「あとさ、部活って聞いてたんだが?」
「部活さ。れっきとした……」
「同好会って書いてたぞ先輩」
「学校側は拙者らを部活とどうしても認めなくてな…まぁ肩書きに囚われるな少年」
うざぁぁぁぁいっ!!なんだこいつは!!いちいち言動が勘に触るぞ!?
「認められるわけねーだろなんだアイドル研究って!俺そういうの興味ないんで!!」
「大丈夫、空閑くん素材いいから。磨いたら光るさ。流石橋本軍曹。目の付け所がいいね」
「道端の石ころが上から評価してんじゃねー!こいつは他に友達が居ないだけだろ!」
「……ひどい」
学校にアイドル研究会なんてものがあっていいのか?家でやれ家で。
しかし……と、俺は部室(?)を見回してみる。
室内には椅子と机くらいしかなくて、アイドルのポスターとか、グッズとか、そういうものは一切ない。空き教室を「今日から部室」って言ってる感じだ。
ほんとに研究してんのかよ。
「では空閑一等兵、早速だが部の説明を始めようか」
「いらねーよ。あと、そのいかにもなオタク口調やめろや。ムカつくんだが?」
「空閑くん!小倉兵長に失礼だろ?」
「なんで部長が兵長なんだよ!お前軍曹じゃなかったか!?」
「「え?軍曹の方が偉いの?」」
「分かんねーなら使うなや!!」
まぁまあ落ち着けと、小倉先輩が鷹揚な態度で俺を宥める。本当にいちいち癇に障る。
「で、我が部の--」
「同好会な?」
「我が部の活動なんだが…毎日放課後3時間、土日も活動している」
「土日も!?」
「部長の家でね」
「もう家でやれ」
「基本的にダンスレッスン、発声練習、あとはスマイルの練習だ。たまにカラオケで歌う練習もする」
……は?
「目標としては来月のアイドルオーディション……」
「待て待て待て」
「何か?」
何か?じゃないだろ?レッスンってなに?アイドルオーディション?
「この同好会はアイドルをひたすら愛でるというものじゃないのか?」
「何を言ってる。愛でられるのは拙者達だ」
お前がなに言ってんの?橋本もなに呆れたような笑みをこぼしてる?ムカつくなはっ倒すぞ?
「……この同好会は何をする同好会なの?」
「だから部活だと言ってるだろうに……何も聞いてないのかい?」
「聞かねーよ。入る気ないし……」
俺と小倉先輩の間に割って入る橋本が瓶底メガネを煌めかせ絶妙にダサい決めポーズを決めて声高に言い放つ。
「我が部はアイドルを目指して特訓の日々を送っているんだよ!!僕らは--」
「アイドルになるのさ!」
…………………………
は?
*******************
「……え?」
「ん?」
「ん?どうかしたのかい?」
どうかしたのかい?じゃねーよ瓶底メガネ。俺の耳は腐っちまったのか?
「……誰が、何になるって?」
「僕らが、アイドルになるんだよ」
「……アイドル研究じゃないの?」
「アイドルになるには研究は不可欠だよ」
「……帰っていい?」
席を立つ俺を橋本と小倉先輩がしがみついて止めに来る。
「巻き込むな!!そして現実を見ろ!!」
「グループ名も決めてあるんだ!!グループ名はNI☆KI☆BI……」
「やかましいっ!!なんだそのグループ名!!ニキビはてめーだろ!!まじで家でやれ!!ふざけんな!!」
「分かった!!じゃあ君がセンターでいいっ!!」
「やらねーっつってんだろ!!」
「「頼む!!」」
こいつら意地でも離れないつもりだ……
「僕達!!アイドルになりたいんです!!」
「なっとけ勝手に!!メガネ割るぞ!!」
「切実な問題なんだ!!話だけでも聞いてくれ!そしてセンターは譲ってくれ!!」
「要らねぇよ!!誰でもセンターやれや!」
小判鮫みたくくっついて離れないのでとりあえず座る。
しかしえらいところに来てしまった……
「実はこのまま新しい部員が入らないと来年には廃部になってしまうんだ……」
落ち着きを取り戻した小倉先輩が神妙な面持ちでそう切り出した。でも内容は全然神妙じゃない。
「俺は3年だろ?来年には卒業だ……そしたら部員は橋本軍曹1人になってしまうんだ。部員が1人しか居ないのでは部活動として稼働させられないと言われてしまって……」
「ただでさえ部員は今2人……この時点で危ない状況なんだよ。分かってくれた?空閑くん」
「廃部にしてしまえ」
殴りかかってくる橋本を無言で蹴り飛ばし俺は小倉先輩に向き合う。
「そもそも学校でやることじゃないし…第1あんたらにアイドルデビューは無理だし……」
至極真っ当な言い分だろう?でも彼らは納得しない。むしろ余計に怒り出す。
「君にそんなこと言われたくないなぁ!?君に俺らの何が分かるってんだい!?」
「僕らの熱いアイドルへの想い--」
「顔見りゃ分かるだろ」
俺の吐き出した正論は真っ直ぐに飛ぶ矢のように2人を貫く。自覚はあったのか2人はその言葉にショックを受けたように固まってしまった。
「お前らアイドルアイドル言うけど、歌とか踊りの前にやる事あるだろ?」
「……何があるってんだい?」
「小倉先輩、あんたそんな体型でそもそも踊れんの?こんなデブったアイドル他に見たことある?」
「いや……男性アイドルとかよく知らん。居るんじゃない?」
舐めとんのか?
「いる訳ねーだろ!?お前らアイドル研究会なのになんでアイドルのこと知らんのだ!?自分の目指す世界のことどれくらい理解してる訳!?」
「……」
「お前が女だったらお前みたいな体型の汚らしいデブを推せるか!?」
「汚っ……!?いくらなんでもそれは言い過ぎだろう……」
「兵長は毎日風呂入ってるぞ!!」
「毎日風呂入るなんて当たり前だろーが!!大体お前らアイドルになって何がしたいんだ?」
「何がって……アイドルになりたい」
「女の子にちやほやされたい」
ぶっ飛ばすぞ?顔見て出直してこい。
「だからよ……お前らがちやほやされる顔か?鏡見てこい」
「おい軍曹、なんでこんな奴連れてきた?」
「お前らアイドルがちょっと顔が良くて歌えて踊れるくらいでちやほやされてずるいとか思ってんだろ?あの業界がどれだけ厳しいか知ってんのか?俺は知らん」
「「知らんのかい。」」
「お前らだって知らんのだろ?チラッと聞く話だけでも厳しい業界だぞ?お前みたいな自分の体型も維持出来んやつに務まると思うか?」
「軍曹!!さっきからこいつ俺の体型のことばかり……デブハラだっ!!」
「兵長が太ってるのは覆しようのない事実なので……」
口を滑らせた橋本にすんごい張り手が飛んできた。相撲取りもかくやだ。目指す場所を間違えてる。
「なんの努力もなしちやほやされると思うなよ?」
「してるわ!!吾輩達がどれだけ厳しいレッスンを--」
「してねーだろその体で!!てかまず努力の方向性が違うわ!!お前らが本物のアイドルになりたいんだったらまず痩せて顔の脂とって芸能事務所に売り込んでこい!!レッスンはそこからだ!!身なりは人を表すんだよ!そんな小汚いなりでいくらテクニック磨いたって100年経ってもアイドルになんかなれねーぞ!?」
「人は中身だ!!」
「アイドルは外見なんだよ!!」
「ぷっ…くくっ、まぁ一理ある……兵長にアイドルは無理……」
隣で橋本が声を殺して笑ってる。こいつらの絆は半紙のように薄い。お前こいつとユニット組むんじゃないのか?
「てか笑ってる場合じゃねーよ。お前もだ」
「ボクイケメンダヨ?」
「どこがじゃ。そのダサいメガネを外せ。髪型変えろ。似合ってねーから。オタッキー全開な見た目でなに寝言ほざいてんだ」
「オタクじゃ悪いのかよ!?」
「オタクが悪いんじゃなくてお前の目指すものと根本的に合致してない。てかお前らはその……元々のパーツが……」
「ふんっ、そういじめてやるな。はっきりとブサイクなどと……」
「てめーもだ兵長」
……俺何してんだろ?
すぐ帰るつもりだったのに、なんでこいつらの馬鹿話に付き合って熱くなってるんだろ?
「とにかく、お前らじゃアイドルは無理だからこんな同好会はさっさと潰しちまえ。あれだったら俺が学校側に進言してやる。「あの人たち真面目に活動してないのに教室を占領して--」」
「それが人のすることかぁっ!!」
ベチィンッ!!
吹き出す鼻血。小倉先輩の張り手が顔面に炸裂した。めっちゃ痛い。普通に失神する。
「拙者達だって分かってるんだ!!拙者らがアイドルなんて……でもっ!!憧れちまったんだよォ!!仕方ないだろ!?」
「……痛いんだけど」
「今すぐ何かしないと……この熱い憧れの熱に内側から破裂させられそうなんだっ!!」
「兵長、破裂しそうなのは憧れではなく脂肪--」
ベチィンッ!!
「痛いっ!?」
「メガネ割るぞ?軍曹。とにかくっ!!分不相応なのは分かってるんだ……でも、それでもアイドルになりたいんだよォ!!」
「……お前らが憧れたのはアイドルじゃなくて女子にちやほやされるイケメンだろ。てか、憧れるのは結構だがどう考えても学校で同好会作ってやることじゃない……」
「スクールアイドルになりたいんだァっ!!!!」
「てめーらみたいなスクールアイドルがいるかぁっ!!」
小倉先輩は激しく息を切らしながらその場に巨体を横たわらせた。もはやただのトド。この場面なら膝を着くんじゃないか?ああそうか重すぎて膝が耐えられんのか……
「どうしろってんだ……」
「お前らは自分たちができる限りの努力をしてるみたいに言うけどな?勘違いだからな?お前ら何もしてないから。その体型見てみろ。お前らレッスンは一生懸命やってたとしても終わったら寝転んでスナック菓子でも食ってんだろ?そういうのはな!本気じゃねーってことなんだよ!!行住坐臥!日々の全てをアイドルになるために向ける!それが本気ってもんだ!!お前らは何もせずになりたいなりたい言ってるだけのトドとキノコだろーがっ!!」
「……行住、坐臥」
「本気でなりたいならその為の努力は全部しろや!!こんなとこで乳クリ合ってる暇ねーぞ!痩せろ!肌荒れ治せ!コンタクトにしろ!その野太い声何とかしろ!!」
俺の激励(?)に小倉先輩がのっそりと立ち上がった。鼻血出しながら前に出る橋本が立ち上がっただけでフーッフーッ言ってるデブと並ぶ。
……本当に、何してんだろ?俺……
虚しさと時間の浪費に涙を流しながら立ち尽くす俺を前に2人の馬鹿が顔を見合わせ頷いた。
「……目が覚めたよ。空閑くん」
「は?」
「君の……言う通りかもしれない……俺たちは…自分の容姿や性格ばかりを憎んで、向き合うこともせず、レッスンという名のカラオケ大会に興じてただ怠惰に過ごしてた……いつかなれるだろう……なにかしてればいつか叶うだろうって……」
カラオケ大会ってなんだ?もしかしてこの2人でカラオケで歌唱大会してたの?悲し。
てか本気でなれるとは思ってたの?心のどこかでは?
「君の熱意に比べれば…僕らの情熱なんて北極に浮かぶ氷塊のようなものだった」
熱意?なんの熱意?ないけど?今俺の中で燃えてる熱意は一刻も早く帰宅することに関してだけだけど?
「……君しかいないと確信した!」
突然デブが俺の手を両手で包み込むように掴んでものすごい握力で握ってくる。汗ばんでて気持ち悪いし痛いし……
痛だだだっ!?すんごい握力!?
……こいつ肉体のポテンシャルは高い…まじで関取になれ。
「君に拙者達の夢を預けたい!!」
「僕らのプロデューサーになってくれっ!!」
……は?
「俺たちをトップアイドルにできるのはお前しかいないんだっ!!」
……は?
どうでもいいけど一人称ブレすぎだろこのデブ。俺か拙者かどっちかにしろや。そういうとこだぞ?
……てか、は?
こいつら俺の話聞いてた?
俺、同好会入るとか一言も言ってなくね?
反論の口火を切ろうとする俺の目の前で、潰れたような細い目と汚れた瓶底メガネが熱い炎に滾ってた。目の前で燃え盛る情熱はガソリンを撒いた炎のように、まるで本当に熱でも伝わってくるような……
……こいつら。
彼らの熱く濁った眼差しに俺は口を閉じた。こいつらには何を言ってもダメだろうと、そう感じたから……
だから俺は口から飛び出しかけた言葉を呑み込んで、彼らにかけるべき言葉を舌に乗せて吐き出した--
「……帰っていい?」
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