第5話 人を呪わば穴二つ

 歓迎遠足。


 4月に入学したばかりの俺たち新入生を歓迎する為毎年行われる恒例行事。高校生活最初のイベント……


 毎年同じ遊園地で行われるこの歓迎遠足。その日は遊園地は貸切となり、1000人近い我が校の生徒達だけがその日夢の国を闊歩するわけだ。


 よく晴れた遠足日和。

 眩しい青空のキャンバスにジェットコースターや観覧車が張り付いたみたいに浮かんでる。


 ……高校生にもなって遊園地で遊んで楽しいのだろうか?


 そんな俺の疑問は集合場所で入場を待つ同級生達の楽しげなやり取りに霧散する。いくつになっても遊園地は楽しい。


 ……ところで、絶叫系のアトラクションに乗れない人はどうやって遊園地を楽しめばいいんだろうか?

 友達の居ない人は1人でどうやって遊園地を楽しむんだろうか?


 行き場のない俺の疑問に答えは返ってくることなく、俺はクラスの列の最後尾から先生たちの注意事項を右から左へ聞き流す。


 一通り連絡が終わり、先生の合図で解散になる。

 全校生徒は思い思いの友人と連れ立って入場ゲートを目指す。

 俺に声をかけるやつなんて誰もいなくて、俺はみんながはけた後にゆっくり集合場所から入場ゲートへ足を進めた。


 その時だった。


「あっ!」

「え?」


 突然横から飛んできた間抜けな声にそちらの方向へ視線を滑らせる。

 ……なんかこれ、デジャブを感じる……


 俺の横で立ち尽くし目をひん剥いて口を開けた少女。

 黒とシルバーのツートンカラーの髪。耳にジャラジャラ空けたピアス。大きな瞳……


「……あ!」


 こいつは……

 この前の銀行の……

 脱糞娘!?


 *******************


 こんなことってあるん?


 気の重い歓迎遠足。それもそのはず、地元から1人出てきたウチにはまだ友達なんておらへん。

 この学校、みんな地元の子らが集まっとるんか、入学した時点でグループができとって余所者の入る余地があらへんねん……


 まして往来で盛大にぶちかましたウチ……

 とても自分からは近寄っていけんねん!だってウチ、糞たらし女やで!?

 今んとこ気づかれとる様子はないけど、分からん。狭い街や噂なんてあっという間に広がる。

 もしかしたら影でウチのこと「ウ〇コ垂れ女」言うとるんかもわからんし……


 だめや。とてもやないけど話しかける勇気があらへん……


 なーんて……

 入場して1週間、悶々としとった矢先に……

 ウチは命的な再会を果たした。


 こいつはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?


 間違いあらへん!!間違うはずあらへん!!こいつこそ!ウチの花々しい新生活を真っ茶色に染め上げてくれたクソッタレや!


 あの日--頭に閃いた妙案を実行して、あと一歩で全ての苦しみから解放されるっちゅうその時に、ウチの腹に蹴り入れて全てを台無しにしおったあいつ……!!


 あん時のあんちゃんがここにおる!!


 込み上げる怒り、煮える腸、沸騰する血潮。

 え?なんで蹴ったん?あん時なんで蹴ったん?


 額に浮かぶ青筋を何とか抑えてヒートアップする思考をギリギリんとこで鎮める。落ち着くんや。ここで感情的になんなや。


 そう……ここで感情的になったらあかん。これはまさにウン命……


「自分この間のあんちゃんやんけ!覚えとる?銀行の……」

「……そりゃ…ねぇ?」


 何目逸らしとんねん!誰のせいで漏らした思てるん!?

 おどれタダで済むと思ったらあかんで?そう!ただでは済まさん……


「なんやこないなトコで会うとか奇遇やなぁ?」

「……まぁ、同じ学校だからね?」

「自分1人なん?実はウチもやねん。良かったら一緒に回らへん?」

「…………え?」

「なんや?1人やないん?」

「いや…1人だけど……」

「せやろ?ウチもやねん。せやけど1人で遊び回っても退屈でかなわんわ。な?ええやんここで会ったのもなんかの縁やで!」

「……はぁ」

「ほないこか!」


 有無を言わさずクソッタレの腕を引く。捕まえたで。


 ……ウチにあないな恥かかせて自分だけ呑気にトイレ行くなんて許されへんねん!

 ……同じ目に遭わせたる!!覚悟しぃ!!


 *******************


 ウチは常日頃から下剤を持ち歩いとんやけど、それをこいつに盛って大勢の前で脱糞させたろ!


 怪訝そうな顔してウチに引っ張られる糞たらし野郎(予定)。いきなり連れ出されて怪しんどるみたいやな…

 まずは警戒心を解かなあかん。


「自分名前なんて言うん?」

「…………空閑睦月くがむつき

「そーなん、ウチは楠畑香菜くすはたかなや。よろしくな?カナって呼んでや」


 空閑睦月……覚えたでおどれの名前。数時間後凍りつかせたる!


「……ところで何故俺と?」


 やっぱり怪しんどる様子やな。まぁ無理もないけど、こいつはいちいち人と遊ぶんも理由がいるんかい?つまらん男やで。


「なんやいいやんけ。それともウチとは嫌か?」

「そういう訳ではないが……」

「無事に銀行出られたらご飯奢ってくれる言うたやん」

「ああ……そうだっけ?まぁ……無事かどうかは--」


 睦月の言葉に凍りつく場。

 それをおどれが言うん?誰のせいなん?


 無意識に吊り上がる目に睦月の顔も引きつった。いかんいかん。今は抑えるんや。ここで警戒されたら逃げられる。


 こいつかて自分が蹴っ飛ばしたのは覚えとるはずや。そんな相手が遊ぼうなんておかしいとも思うやろ…

 今はまだ、抑えなあかん。復讐を悟られたらあかん。


「--ほな!まずどれ乗ろか?」


 *******************


 ……おかしい。

 銀行で蹴っ飛ばした少女が俺と遊園地デート?おかしい。


 こんなかわい子ちゃんと遊園地を回れるなんて思ってもみなかった。君が糞を垂らしてなかったら好きになってたよ。


 ……何かある。


 こいつのおちゃらけた言動の裏に、確かに黒……いいや茶褐色の不穏な空気が漂っている!


「じゃあ……俺絶叫系苦手だから--」

「じゃあこのシアター入ろ!ちょうど今からやるみたいやで!」


 ……ぐいぐい来るなぁ。


 関西人ってすごい。俺は香菜に引っ張られるままシアターの中に入っていく。同じタイミングで入っていくのは男女ばかりだ。


 おいおい意識しちゃうぜ……


 シアターではスターウォーズ的な(?)アトラクションを楽しめた。

 目の前の大きなスクリーン上で宇宙空間を戦闘機(?)が飛び回り、機体の傾きに合わせてシアターの座席も右に左に動く動く。

 中々の迫力だった。ちょっと酔ったけど……


「あれが噂の3Dちゅうやつか!?すごいなぁ!」


 シアターから出てきた香菜の興奮しようときたら……よっぽど楽しかったんだろう。可愛い。

 ああ、これで路上で糞さえ垂れてなければ……


「凄かったねぇ」

「お、そや睦月。喉乾いたろ?なんか飲むか?」


 自販機を指さして香菜が財布を取り出す。女子に奢ってもらうのは悪いし……

 それになんか怪しい!!


「いや…別に喉乾いてないや」

「……ふーん、そか。そしたら次はぁ……あれや!」


 指さしたのは巨大なジェットコースター。嫌だ。

 全く乗り気じゃなかったけど、人と回ってる以上は自分の都合ばかりも言ってられない。

 それに子供みたいに楽しげな香菜の姿に首を横に振ることは出来なかった。


 *******************


 手っ取り早く飲み物に下剤を仕込む作戦は失敗や。

 まだ喉は乾いとらんらしい……まぁ、まだ焦らんでいい。

 絶叫マシンにでも乗って叫ばせたら喉も乾くやろ。それや!


「あれや!あのでっかいジェットコースター!」

「うわぁ……」


 園内中央、他のアトラクションを見下ろす一際でっかいジェットコースターの列に並ぶ。

 ところでジェットコースターってどうやってあないぐるぐる回りよるんやろか?普通レールから落ちん?


「--うぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「わー(棒)」


 舐めとった。

 いざ乗ってみたらすんごいスピードや。しかも途中一回転しよった!すげぇ!!


「これすんごいな!!ディズニー顔負けやで!もっかい行こか!?」

「……ええぇ」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「きゃー(棒)」


「もっかいや!!」

「……」


「きゃぁぁぁぁおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「うりきーっ(棒)」



 --その後1時間以上もアトラクションを回った。どれもすごかったわ。

 つい目的を忘れて夢中になってもうた。てか……

 遊園地って楽しいな!!


 *******************


 すごい振り回された……

 改めて遊園地の絶叫アトラクションの恐ろしさを体感する。震えが止まらん。

 あんな高所で高速でぐるぐる回る乗り物とか正気じゃない。なぜあんなの作った?


 ガクガク震える脚を引きづって俺たちはレストランに入っていた。


 店内はうちの生徒ばかり……まぁ当然だ。今日は貸切だから。

 散々遊び歩いといて今更香菜と2人で店内に入ることへの恥じらいを感じる。

 未知なる甘酸っぱい気持ち……ここまでは本当にただのデートって感じ。

 ああ、これでこの子が道で脱糞してなければ……


「いや楽しかったわぁ……てか自分絶叫系強いやろ?」

「いや」

「絶叫棒読みやったやんけ。楽しめたか?」

「おかげで死にそうだけど……」

「またまたぁ」


 メニューを開いて何を頼むか選ぶ。金があんまりない。財布と相談だ。


「ウチ金欠やねん。奢ってくれる?」

「え?奢ってくれねーの?」

「……いや流石に男やろ?有り得んわ」

「誘ったのそっちじゃん?」


 まぁ流石に冗談だ。断腸の思いでカルボナーラを注文する。香菜も同じものを頼んだ。多分安かったからだと思う。


「タダで遊ばせてくれるんやったらメシもタダにしてほしーわ」

「無茶な……」

「ほんでな?この後やけど……飯食ったらこれ行かん?」


 園内のパンフレットを開きながら香菜は1番やばそうなのを指し示す。


 --日本最長!!絶叫、最凶幽霊病棟


「……お化け屋敷?」

「ワクワクせぇへん?な?ええやろ?な?」


 全然ワクワクしねーよ。なんでこんなとこに日本最長のお化け屋敷が……


 そうこう言ってるうちに頼んだカルボナーラが2人前運ばれてきた。湯気が立ってる。美味しそう。


「せや、今のうちにトイレいっとき?お化け屋敷入ったら行かれへんで?」

「……」

「ほら早う」


 ……唐突に怪しい。

 ここに来て忘れかけていた疑念がふつふつと再燃してくる。なぜ飯前に急にトイレに行けなど……もう料理運ばれて来ているのに……


「……わかった」

「せやせや、いっときいっとき!」

「俺が戻ったらお前も行きなよ」

「行く行く!はよ行きな行きな!」


 白い目を向けながら俺を追い払う香菜の前で席を立つ。

 机にスマホを置いたまま……


 *******************


 睦月がトイレ行ったの確認してからカバンから下剤の瓶を取り出す。


 かかったでこのアホンダラ!地獄見せたる!!


「……えっと、1日3錠毎食後……と、どんくらい入れたろか」


 ま、5、6粒も入れときゃ充分やろ。瓶から錠剤を手のひらに出す。8粒出てもうた。ええわ、入れたれ。


 錠剤やからすり潰して粉にせなあかん。カルボナーラのクリームに絡んだら分からへん。

 ナイフの持ち手のとこの頭で受け皿に出した錠剤をぐりぐり--


「ケータイ忘れた」

「どわぁぁおっ!?」


 いきなり戻って来おった!!

 咄嗟に受け皿を膝の上に乗せて隠す。

 これからウ〇コ垂れ野郎予定の睦月はウチの慌てように怪訝そうな顔を向けてくる。

 ……バレてへんか?


「…先食べてなよ」

「お…おう、もう済んだんかい?」

「まだ、ケータイ忘れたから、取り来た。ないと不安でさー」

「心配せんでも覗いたりしぃひんよ?」

「そんな心配してねーよ。行ってくる」


 …………

 あぶねっ!バレてへん!!

 ヒヤヒヤさせよるでホンマに。しかしバカめ。いかんで、食いもん目の前にして目ェ離すなんて……何盛られてても文句言えんがな。


 --食らえっ!!


 粉末状にした下剤をクリームとよーく絡める。完璧や。匂いもない。バレへんで。


 ウチの仕事が終わった頃に呑気な面して睦月が帰ってきおった。遅いでぇ?

 待っとり!数十分後真っ青にしたる!


「スッキリスッキリ。ここのトイレ男女共用なんだねぇ……あ、行ってきなよ香菜も」

「せやな。お化け屋敷でチビったら恥ずかしいもんなっ!!」

「……そーだねぇ」


 *******************


 ゆっくり食べて腹ごしらえも終わって、お化け屋敷の前に来た。

 外からも悲鳴が聞こえてくるわ。よっぽど怖いんやろうなぁ…楽しみや。色んな意味で。


「ほないこか」

「行きたくねー……」

「なんや情けない。怖いのダメなん?」

「うん」


 今のうちに震えとき。地獄見せたる。

 日本で1番長いお化け屋敷や。入ったら30分は出てこれんで。

 下剤の効果は30分くらいして出てくるらしい。食事の時間も調整していい頃合いやろ。


 受付で懐中電灯を貰っていざ中へ。暗幕を潜ったらもう真っ暗や。


 このお化け屋敷は廃業した病院っちゅう設定らしい。非常階段みたいな入口から中に入る。

 非常灯みたいな明かりがチカチカ着いとるだけの暗い中でライトをつける。懐中電灯は2人でひとつ。


「うわぁ」

「雰囲気あんなー。上までぐるっと回ってロビーから出るルートみたいやな…大体1時間くらいで出てこれるらしいで」


 ふふ1時間か……長いのぉ。


 とりあえずしばらくはお化け屋敷を楽しむ。上にあがったら早速首だけの患者が天井から降ってきた。迫力あるのぉ。


 診察室、手術室から入院棟……気合いたっぷりのキャストに恐れおののきながら15分。


「うわぁぁぁ(棒)」


 ……そろそろのはずやけど、おかしいのぉ。


 棒読みで悲鳴をあげる睦月に今だその気配はない。なんでや?そろそろ来てもいいやんけ……

 まぁええわ。まだ先は長い。そのうち催すやろ。トイレ行かれへんで?覚悟--


 --ぎゅるるるるるるっ!!ぐるるるっ!!


「うっ!?」

「ん?どした?」


 突然腹の中で唸る鈍い痛み。大人ししとった胃腸が「おはよ」て思い出したみたいに動きを活性化。


 なんでや!?

 まさかこんなタイミングでウチが催すなんて……レストラン出る前にもトイレ行ったのに……っ!


「……どした?」

「……いや」

「行こうか。まだ先は長いぞ」


 大事そうに腹抱えて睦月に着いていく。腹の中身を捻りだそうと動き出す胃腸は収まる気配もなく、ますます働きモンになりおる。


 ……これは。


 おかしい……いきなりこんな……っ、あかん出そうや!

 いや絶対おかしい!こんな急に来て…いや便意なんていきなり来るもんか…いや、こんないきなり来てもう限界が……


「うわぁ(棒)今のびっくりしたぁ…なぁ香菜……ん?どした?」


 なんがびっくりしたって?見とらんかったわ。

 てかなんでそんな涼しい顔しとんねん!おどれなんも--


 ……まさか。


 頬を伝う嫌な汗。腹痛とは別に訪れる嫌な予感。


 ……まさかこいつ。

 気づいとった!?あん時スマホ取りに来た時、見られた!?

 ウチがトイレに行っとる間にウチと自分のカルボナーラすり替えた!?


「大丈夫かよ?まだまだ先は長いぞ?」


 うずくまるウチを見下ろしてニヤニヤ笑う睦月。

 間違いない。こいつには一向にその気配ないし……計られたっ!?


「ほら行くぞぉ?」


 なにわろてんねん!!うっざ!!コノヤロウ……ウチの計画丸々利用してウチをはめおった!!


 …………あかん。肛門が限界や。調子乗って8錠も入れてもうた……死ぬ……

 こいつウチを漏らさせといてまだ足りん言うんか!?さらに恥を上塗りさせよっちゅうんか!?


「……いや、ちょっとウチ…調子が……」

「おいおい怖いのか?自分から誘っておいて?ちゃんと最後まで行ってもらわないとな?どの道途中リタイアの出口はまだ先だぞ?」


 ……こんのウ〇コ垂れ野郎!!

 いや毒づいてる場合ちゃう……さっさとここを出てトイレ行かんと……


「……行こか」

「平気かい?」

「やかましいっちゅうねん」


 内股で腹抱えながら睦月と進む。途中のプレートで途中出口まであと15分って書いとる。


 15分!?

 15分ってもつんかいな!?あかん。もう出そうや……っ!

 この下剤めっちゃ効くやん…あかん。8錠も入れるんやなかったわ。

 やっぱ悪いことはできんで…人を呪わば穴二つとはよく言うで。

 いやふたつも要らんがな。ウチの分の穴だけでええねん。ウチがウ〇コ出す穴だけでええねん。


「おいおいどうした?辛そうだな?腹でも下したか?頑張れ頑張れ」


 ……こいつは殺す!!


「やかましいねん…はよ行かん--」


 悪態ついとったら突然後ろから奇声を上げて血まみれのナースが追いかけてきた。


「うわぁー(棒)」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」


 あかんねん追いかけんなや!今走れんねん!!


 全力でダッシュ。締めとった肛門が脚が動く度に緩む…緩む!


 やばい出る出る出るっ!!


「うばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 こんなタイミングで前から腹から血ぃ出した患者が飛び出してくる。前と後ろで挟まれた。

 どないするん!?どこに逃げるん!?


 ぐるるるるるるるっ!!ぐるるるるるるっ!!


「こっちこっち」


 睦月が棚と棚の間から手招きする。こんな狭いとこ通らせるん!?


 薬品棚の間に無理矢理体をねじ込む。おっぱいが苦しい。ホンマにギリギリのスペース。

 あかんお腹が……潰れるぅぅぅっ!


「うわぁ怖かったなぁ……」

「……あかん、ほんま無理……限界……」

「おいおい情けないなぁ?ほらほら、早く早く」


 おい引っ張んなや!出てまう!出る出るっ!

 ここで出す訳にはいかん!でも…もう……

 いや耐えろ!!こんなことで屈するウチの肛門やないっ!!学校行事で糞たらしなんてホンマに洒落にならん。死ぬ。

 頑張れウチ!


 ウチは耐える。こんな奴に負ける訳にはいかん。


「うぉぉあぁぁあ……」

「急に出てくんなやびっくりするやろがいっ!!」


「クスリ……クスリ……」

「やかましいわ!下剤飲ましたろか!?」


「お母さァァァァんっ!!」

「はよどかんかい!!おどれのお母さんやないねんっ!!」


「……遊ぼ……遊ぼ……」

「うわぁっ!?後ろから来んなや脅かすんやないわっ!!」

「……脅かすアトラクションだろ」


 次々襲い来るキャスト達を蹴散らし(?)つつ、進む。肛門を押し開けてくる便を押しとどめつつ、進む--


 進むっ!!


「……あ、リタイア用の出口だ」

「ホンマか!?」

「ェェェェェェェェェェ」

「じゃかあしいねんっ!!邪魔すんなや!!」


 足元でエーエーうるさい生首を蹴っ飛ばして出口に走る。


 勝ったっ!!ウチは自分に……便意に勝っ--


 --お疲れ様でした。出口はこの先500メートルです、懐中電灯を扉横の籠に戻してお進み下さい。


 なんでそんなに遠いねん!!

 500メートルってどれくらいや!?歩いて五分くらいか?なんで出口まで日本最長やねん!


 あかん…出口まで焦って走ったぶん肛門が緩んどる……揺れたせいで下に……


「クソがァァっ!!舐めんなやっ!!」


 懐中電灯籠に叩きつけてダッシュ。ウチの後ろ姿に睦月が白い目向けとる。

 100メートルの世界記録が9.58とかやろ!×5や!楽勝や!間に合うっ!!


 ぐぐぐぐぐっぶぶぶぶぅっ!


 耐える!!耐えるわっ!耐えてみせ--


 ウチの執念の勝利。

 オリンピック並の走りで出口まで駆け抜けたウチは扉を勢いよく開け放ち外の光を浴びる。それはさながらウチの勝利を祝福するスポットライト--


「お疲れ様で--」

「トイレ!トイレどこ!?」


 入口の係員の胸ぐら掴んで問いかける。引きつった顔の係員がすぐ横を指さした。

 その先に踊るWCの文字--ウチを歓迎する赤い女性マーク。


「ぬぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 出てきおる!もう出始めとる!!ええで!もう我慢せんでも--


 駆け込んだトイレ、並ぶ個室の前でウチは取っ手に手をかけて絶句した。


 押しても引いても開かぬ扉。手元で光るのは鍵のかかっていることを意味する赤。


「入ってまーす」


 個室は4つっ!!どれかひとつ--


 ……………………


 開いとらんかった。


「入ってまーす」

「使用中です」

「ちょっと!使ってるでしょ扉叩かないで!!」


 ウチを拒絶する個室の扉は全て固く閉められて、ウチの肛門は反対にゆるゆると……


 ……あ、あかん。


 --ぶっ!ぶりっ!


 ………………………………


「…おーい、間に合った?あれ?おーい」


 女子トイレの向こうからクソ野郎が呑気にウチの安否を確認しよる。それを立ち尽くしたまま尻の生温かさを噛み締めて聞き流すウチ。

 あ、そっか…クソ野郎はウチか……


 ……ああ、神様。

 生まれて初めて神に祈る。どうか今朝まで時間をまきもどして下さいと……


「お待たせしましたー……え?臭」

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