第3話 漏らしたっていいじゃない

 --大ピンチや。


 曲げられた腹でのたうつウ〇コ。今にも吐き出されそうや。


 あかーんっ!!

 しっかり閉じられた肛門が押し出されたウ〇コに押されとる。グイグイ来とる!


 待て、まだ早い。今までだってこんなピンチは何度もあったやないか!その度にお前は耐えてくれたやないか!

 頑張れや!16年一緒にやって来たやないかい!諦めんなや!!


 …いやいやもうあかん。出てまう。もう恥を恐れとる場合とちゃう。

 言うんや!「すんませーんトイレ行きたいんやけど……」って言うんや!!

 もう楠畑うん子でもいいわ!ミス脱糞になるよかよかろう!!


 よし言うで……1、2の3で言うんや。言うで!

 1、2の……


「すんませ--」

「あの……トイレに行きたんですけど…」


 ウチが声を上げるより早く後ろからそんな申し出が飛んで来おった。

 振り返るウチと隣のあんちゃんの動きがシンクロ。なんで自分まで驚いとるんや?


 しかししめた!

 このおいちゃんと一緒やったら恥ずかしくないし、ウチだけでトイレ行くより目立たんやろ!

 楠畑うん子でもこのおいちゃんと一緒や!トイレに行くんも2人なら怖ないわ!


 ありがとうおいちゃん……いっしょにウ〇コマンになってくれるんやな?


「……あ?」


 殺気立った犯人の1人がおいちゃんに近づく。さぁ言うんや!ウチもウ〇コに行きたいんや!!


「トイレだと?」

「はい……もう漏れそうで……」


 おいちゃんが言い終わる前に犯人から鉄拳が飛んだ。突然の凶行に人質達が悲鳴をあげる。ウチの顔も引つる。


「てめえそんなこと言って逃げるつもりだろ?」

「そんな--ぐぶっ!!」


 ドカドカ、ボカボカ!


 無抵抗なおいちゃんを感情をむき出しに叩きまくる。青ざめるウチ。隣のあんちゃんも白い顔して見とる。そりゃそうやろ。こいつら正気じゃあらへん。やばい。


「そこら辺でしとけやっ!!」


 殴る蹴るの暴行の後つかつか帰っていく犯人。倒れるおいちゃん。近くのおばあちゃんが何度も声をかけとる。


 ……あかん。


 臨界点に達した肛門の筋肉が引つる。こいつらまじでやばいやん。

 ただトイレ行きたい言うただけやん。なんでそんな怒るん?


 ……てかウチ言わんでよかったわ。

 血だるまのおいちゃんを見ながら安堵と共に絶望。

 これはつまり……ウチが銀行でスマートに用を足すという最後の希望の光が雲間に呑まれて消えたってこっちゃっ!!


 *******************


 ……やばい。


 引つる表情、震える肛門、躍動する胃腸。


 今のタイミングでトイレに行きたいと申し出たかった俺の唯一の希望は目の前でおじさん共々叩き潰された。


 奴らは俺たちをここに張り付けにするつもりだ。トイレにも行かせないつもりだ。

 クレイジーすぎる。トイレくらい誰だって行くだろう。ふざけるな。


 これで俺が「あのぉ、トイレ行っていいっすか?」と申し出た際の未来が決定した。この状態でタコ殴りにされたら間違いなく出る。


 ……てかもうちょっと出てる。やばい。


 微かに顔を覗かせる排泄物が床に接地しないよう少しだけ尻を浮かせておく。


 これは覚悟を決めなければならない。


 俺は壁の時計に視線をやって残りの猶予を弾き出す。既に肛門をこじ開けたこの悪魔を押し止められるのはせいぜいあと5分といったところだろう……


 あと5分で解放されなければ、出る。世紀の脱糞野郎の出来上がりだ。

 しかしあと5分で事態が好転する兆しは見えない。つまり絶望。


「……最悪だ」「最悪や」


 大きなため息と共にこぼれた声が重なった。つられて横を見るとあの少女と目が合った。

 今にも死にそうな顔をして汗をダラダラ流してる。顔の血の気も引いている。無理もない、目の前で人が撃たれて殴られて……極限状態の中精神を強く保つのは難しいだろう。


「……大丈夫?」


 なので俺は少女の心を案じてそっと声をかけた。明日をも知れぬ我が身で他人を気遣う。


「なんがや?」

「いや、顔色悪いから……」

「そりゃ自分やろ。真っ青やで?」

「あんたも真っ青だぞ」


 冷や汗ダラダラの2人が見つめ合う。傍から見たら恐怖に負けないように励まし合う健気な光景……しかし俺はケツからはみ出してる。


 悟られる訳にはいかない……君の目の前の男はケツから味噌が飛び出てるなんて……

 最早時間の問題とはいえ、もしかしたらなんとかなるかもしれないから。

 そう、希望を捨ててはいけない。


 *******************


「大丈夫?」


 横の屁こき野郎が声をかけてきた。なんやこの緊急事態に!


「なんがや?」

「いや、顔色悪いから……」

「そりゃ自分やろ。真っ青やで?」

「あんたも真っ青だぞ」


 やかまし!自分に分かるんか!?ウチの置かれた絶望的状態を!


 確実に降りてきているウ〇コ。もってあと5分ちゅうところか……

 呑気に屁こいとる場合とちゃうねんぞ!?自分の隣で、今まさに産まれそうなんやぞ!?

 このままやったらこの密室空間で大勢の目のある中ケツからアサヒビールの金のオブジェひねり出す羽目になる!!


「……そういえば、君ウチの学校の生徒なんだね」


 だけなんやねん!!ウチは今必死に考えとんねん!!黙っとりや!!


「……あー、そうやな」

「バッヂの色…もしかして1年?」

「……あんたもかい。奇遇やなぁ」

「ここであったのもなんかの縁だね…ここから出たら、ご飯でも奢ってあげるよ」


 銀行強盗に巻き込まれてナンパ!?信じられん奴やでホンマ!!自分の隣に居る女は腹にウ〇コ詰まっとる女やで!?


「大丈夫…絶対出られるから。ね?」


 今“出る”とか言うなや!!出てまうやろうが!!


「--おい」


 あかん。犯人こっち見とる。騒ぎすぎた。このバカタレが目ェつけられてもうたやんけ!!


「そこの2人、こっちに来い」

「「え?」」


 指名されたウチとあんちゃん。無理矢理立たされて犯人たちの前まで連れてかれた。

 やめたれや!漏れてまう!!

 立ち上がったせいか腹ん中のウ〇コがさらに下がってきた。あかんあかんあかん!!


「このまま籠城してても埒が明かねぇ…こいつら盾にして逃げるぞ」

「なるほど……肉の盾ってことか。これならポリ公どもには撃たれねー」


 なんて物騒なことを相談する犯人たち。


 その時楠畑香菜に電流走る!


 しめた!外に出られるで!!

 外に出てしまえばこっちのもんや!警察がこいつら捕まえてくれる!

 こいつらも甘いで。そんなんで逃げ切れるわけないやん。

 銀行の真向かいはコンビニや!直ぐに駆け込めば……

 最悪間に合わんで漏らしても外やったら誤魔化せるやろ。この密室で漏らすよりマシや!

 犯人が外に出てきたら野次馬も逃げるやろ。おろしたてパンティーは犠牲になるけど、安いもんや!犯人に漏れたのバレても別にええわ!


 ……馬鹿め。ウチをこない苦しめた罪豚箱で償わせたる!


「……あの」


 その時ウチの思考に水を差すように隣のあんちゃんが口を開いた。


「人質なら俺ひとりがなるんで!この子は勘弁してあげてくれませんか!!」


 --なんやこいつっ!?

 なに安い正義感振り回しとんねん!!やめぇやいらん世話や!今1番大事なんはここから出てトイレに行くことやろうもん!!邪魔すんなや屁こき野郎がっ!!


 *******************


 渡りに船とはこのこと。トイレ直行便。

 このまま全部出てしまうのかというタイミングでまさかの展開。


 外に出てしまえばこっちのものだ。

 ただひとつ……この女。


 こいつが一緒だと垂れ流しって訳にもいかんだろう。俺だって男の子……同じ学校の女の子の前で救出されて直ぐに「ウ〇コ行っていいですか?」とか言いにくいし…恥ずかしい。

 まして垂れ流すなど……

 翌日から俺のあだ名は『ケツからマーライオン』だ。


 この女は邪魔だ。いや今は恥も外聞も言ってる場合ではないが、引き離せるなら引き離したい。


「この子は勘弁してあげてくれませんか!!」


 見ろ、この漢気。とてもケツからウ〇コはみ出してる男には見えまい。

 俺の隣で感激の視線を向けてくる少女……そうだろう?礼には及ばない。

 俺は誰にも知られずに排便したい。君はさっさと開放されたい……利害は一致している。


「うるせぇ」


 しかし現実とは非情なもので、返ってきたのは凄まじい張り手。

 乾いた破裂音と共に頬が爆ぜる。


 --ぶっ!ぶぶっ!!


 やめろぉぉぉぉ!!出ちまうだろうが!!

 今の衝撃でまた少し出た。大丈夫か?ズボン盛り上がってないか?


「おい!シャッター開けろ!!」


 俺と少女の襟を捕まえた犯人が銀行員に怒号を飛ばす。怯えた表情で銀行員がシャッターを操作し、他の客は頭を伏せた。


 大丈夫だろうか?銃撃戦とかならないだろうか?もし腹にでももらったら確実に噴き出す。

 もう仕方ない。最悪ブリっと出ても外なら臭いもわかるまい。みんなそれどころでは無いだろうし…


「オラッ!前に出ろ!!」


 犯人が銃口を突きつけて俺たちを押し出す。その勢いに少女は派手に前につんのめって倒れてしまった。


 *******************


 ぶりっ!


 あかぁぁぁぁぁぁんっ!!


 押されて倒れた衝撃がモロ腹に来た。貝のように固く閉ざしてたウチの肛門が悲鳴をあげよる。肛門括約筋が限界に達してとうとうやつがこんにちはしよった!!


 ……さよなら、おろしたてのパンティー。


「立て!」


 痛いねん髪引っ張んなや!おどれ覚えとけよ貴様!!その顔しかと覚えたぞ!!


 あかん、ホンマにあかん。

 いや落ち着け。こういう時は素数を数えて落ち着くんや……いや素数とか知らんがな!素数ってなんや!!


 落ち着くんや……まだ先っぽが出ただけや。バナナの頭が飛び出しただけや。まだ慌てる時間やない。


 ぐるるるるるっ!!


 ぬぅあああああああああ落ち着け!!まだ早い!ここはトイレやない!!

 せめて外で……外まで待て!!


 シャッターの隙間から外の光が差し込む。ピカピカの床に反射した日差しが眩しい。

 ああ……早く……お巡りさん早くこいつら捕まえて……なんでこんな遅いねんはよ開けやシャッター!!


「……君ほんとに大丈夫?なんだか顔が--」

「やかましいねん黙っとりや!!!!」


 ええいムカつく!なんやその余裕そうな表情は!おどれ人質やぞ!!もっと怯えとかんかい!!そして気づくな、ウチが外でブリっといっても何も気づくな!!


 シャッターが開ききって外から野次馬の雑踏が聞こえてくる。結構人居るやん。何しとんのや警察は、はよおっぱらわんかい!


「動くんじゃねー!!」


 青筋立てた犯人達がウチらを盾にして前に出る。

 身構えてた機動隊がそれに後ずさる。

 何ビビってんはよ捕まえてー!!

 ああ、向かいに見えるコンビニ……これ程コンビニに行きたいと思ったことはないで。


「近寄るんじゃねー!!ガキの頭吹っ飛ばすぞ!!」

「下がれ下がれ!!」

「車1台寄越せ!!」


 そんな後ろから押すなや!あかんて!


 脅しかける犯人たち。せやけど警察も退かん。

 メガホンでウチらを解放するように呼びかけながら、車を奪われんように立ちはだかる。

 ここに来て膠着状態。

 銀行前で犯人と警察が距離を保ったまま固まりおった。


 ぐるるるるるるるるるるるっ!


 下がってきおる!こじ開けられた肛門じゃこれ以上はもたん!!


 あかん。いくらなんでもここで出たら誤魔化されへん!後ろには銀行の人質居るし……スカートから脱糞したらバレバレや!

 かと言ってこのままじっとしとっても……

 ええいクソ!髪の毛ひっ掴まれて逃げられへん!!

 ええんか!?出るで!?おどれらの目の前で垂れ流すで!?ええんか!


 あ、あかん……もう限界。ほんと無理……


 --そこで問題だ!

 この脱糞直前の状態をどうやって打破するか?

 3択-ひとつだけ選びなさい。

 答え①ハンサムの香菜は突如現状打破のアイディアがひらめく。

 答え②警察が助けてくれる。

 答え③どうしようもない。現実は非情である。


 あかん、どれもあかん!

 アイディアなんてないし警察も動かれへんし!悠長にしとる場合とちゃうし!

 答えは③--ウチにはもう希望はないんか!?


 --諦めたらあかん。まだ耐えるんや。必ず道は開ける。


 --もう出しちゃいなよ。人間誰だって糞はするんや。何が恥ずかしいことあるん?


 --諦めない先に道は開けるんや!


 ……なんや幻聴が聴こえてきたわ。ウチもとうとうここまでやな……

 衆人環視のただ中、花の16歳が派手にケツからぶちかます……はは、大スクープやでこれは。

 なんや走馬灯まで見えてきおった……こんなことになるんやったら、昨日ビデオ屋で借りた名探偵コンナン観とくんやっ……


 --せや!


 再び香菜に電流走る!ウチの中にか細い、けど確かな一筋の光明が差し込んだ。


 確か昔人質助ける為に人質の脚撃つとかいうシーンあったやないかい!逃走する犯人にとって脚を負傷した人質はただのお荷物……


 これや!

 足くじいたろ!怪我して動かれへんことなったらこいつらもウチを置いていくはずや!


 アイディアが降りてきた、答えは①やった!


 世紀の天才楠畑香菜、自らの脚と引き換えにトイレへ--いざっ!!


 覚悟を決めればもう躊躇いはあらへん。ウチはその場で足首を曲げてから地面に向かって勢いよく叩きつけ……


「--キィェェェッ!!」


 *******************


 --トイレはすぐ目の前!!脱糞は目前!!


 外に出たはいいが警察と犯人グループは膠着状態。俺のケツは臨界点。

 辿り着いた未来への道は限りなくか細い。


 目の前のコンビニに駆け込めない……かと言って野次馬達から遠ざかる訳でもない。このままでは前と同じ状況。大勢の目の前で糞を噴き出す羽目になる。


 ……何とかしなければ。


 俺たちのせいで警察は動けない。ただ、隙あらばすぐにでも飛び出す構えだ。

 一方犯人たちも隙がない。俺らに銃口を突きつけて警察から距離を取りながらジリジリパトカーの方に向かっている。警察は車を渡すまいとパトカーの前で構えてる。


 いつまで続くのこれ?どうする?

 ケツ筋がいよいよ震え出した。細かな振動にゆすられて少しずつ着実にチョコソフトクリームが押し出されてきている。


 まずーい!!


 考えろ。状況を変えるんだ。

 警察も犯人も動かない。この場で流れを握ってるのは……両者の間に挟まれている俺らだ。


 もうケツ論は目の前まで出てきていた。アレもすぐそこまで出てきている。


 つまりあれだ。俺らがどうにかしなければならない…と。

 どうやらトイレに行くには試練が必要らしい。

 かと言ってどうする?俺たちは肉の盾として、銃口を突きつけられているんだぞ?


 ……いや、落ち着け。

 リスクを恐れて未来を掴むことはできない。そもそもこの状況事態がリスキー。ならば、躊躇いは捨てるべきだ。

 今犯人たちは警察に釘付け……


 やるしかない。

 今こそ幼少期より鍛錬を重ねたカポエイラを活かすとき……


 ケツに味噌を挟んだ状態で俺の後ろの男たちの手から散弾銃を蹴り飛ばす……できるか?

 いやできる。

 俺は人としての尊厳を守る為に、命をかける。男には、戦わなければならない時がある。それが今だ。

 便意という最強の敵と戦っている。今更銃を持った男などおそるるに足らず。


 よし……1、2の3でいくぞ……いいな?覚悟はいいな?

 ……ほんとにいいな?行くぞ?


 ……1、2の……


「--キィェェェッ!!」


 喉で炸裂する気合いの声。回転する俺の体。旋風と化す脚--

 鋼と化した俺の脚が、後ろに向かって勢いよく回転し--


「っ!?うぐっ!!」


 ……たところで、真横に居た少女の柔らかい腹に突き刺さった。


 ……しまった。スペースを考えてなかった。


「あ、ごめん」


 *******************


 突然奇声を発して回転し始めた屁こき野郎が、そのまま脚を勢いよく投げ出してきおった。

 その蹴りが容赦なくウチの腹部に直撃--


「っ!?うぐっ!!」

「あ、ごめん」


 突然の事態に呆気に取られる犯人、警察、人質、野次馬……


 そして--


--ぶりゅゅっぶりゅゅゅゅゅっぶっ!!


 炸裂する快音。空気と共に勢いよく噴き出すアレ。立ち込める悪臭。パンツから溢れて太ももを伝う生温かさ……


 ……ああ、神様。

 なんでヒトをウ〇コするよう作ったんです?なんか他にあったやろ?


 ケツから噴き出し、地面に落ちる味噌の音を聞きながら、ウチは天を仰いだ。

 どこでも自由に、誰に気兼ねすることなく、ウ〇コできない世界……

 ああ……来世は人間にだけは絶対ならへん……


 沈黙--それは異常に長くて、今までのモンとは全く異質な沈黙やった。

 空気が重い。視線が痛い。

 でもええねん……もう出てもうたんやから……ウチは負けたんや……

 もうなんも怖くない。夕刊にでもニュースにでも好きなとこに出せばええやん。


「………………あ〜……」


 ウチにトドメ刺して、社会的に引導渡したあんちゃんがすごく複雑そうな顔しとる。ちらっと後ろ見たら犯人達まで後ずさって距離取っとる。


「--確保ーっ!!」


 ウチらから犯人たちが離れたその瞬間。こっそり後ろに回り込んどった警察が犯人たちに飛びかかった。


 後ろで怒号と格闘音が響いとる。でも、そんな世界から切り離されたみたいにウチの耳ん中は静かや。

 なんかもう……今まで抱えとった将来への不安とか、悩みとか、全部どうでも良くなってもうたわ……

 だって……


 --だって、これ以上のことってこの先の人生起こらんやろ?



 ウチがただ天を仰いで立ち尽くす傍で、犯人たちは警察に連れてかれて銀行の中の人質たちもみんな保護されていく。


 ただ1人……ウチにだけはなんでか誰も近寄ろうとせんけど……


 ウチは乾いた瞳で隣を見た。

 ウチの隣でウチにトドメ刺した屁こき野郎は、わざとかウチと目ェ合わせんよう明後日の方を向いとる。


 いやいや自分やろ?なに「俺カンケーねぇから」みたいな面しとん?自分やん。腹蹴ったの自分やん?


 ……おどれの顔は一生忘れんで?


「……君、大丈夫かね?」


 そっぽ向いた屁こき野郎に警察が声掛けとる。いやいや順番おかしいやろ?なに?無視なん?ウチのことはそっとしとこってことなん?それが優しさなん?ウチこのままやったら帰れへんのやけど?


 屁こき野郎は相変わらずぼんやりした顔で警察の声掛けにコクコク頷いて……


 奴の口から飛び出した台詞、ウチの耳にも確かに入った。


「……トイレ行ってもいいっすか?」

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